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57~犬も歩けば……~

(さて、行くか……)


 流花が学校に行ったのを見計らい、俺は一晩お世話になった仲島宅をこっそりと出て行く。予め打ち合わせたとおり、ここからはまたしても俺の単独行動。昨日のような事件を起こさず、巻き込まれず無事に七瀬の家に辿り着くのが今回のミッションだ。

 道のりは前回とほぼ変わらないが、何せ流花の家は南部とはいえ夢見ヶ丘地区の市街地。街中を個人で歩くのはそれなりの危険が伴うし、治りかけの傷が万が一にでも開いてしまえば、今度こそ助けは望めない。全く知らない動物病院で目覚めるか、保健所で処分される直前に目覚めるか。想像するだけで鳥肌が立ってしまう。


(……ま、これがあれば大丈夫か)


 そんな考えを払拭するかのように、俺は流花につけられた毛糸製の首輪の存在を確認し、小さく息を吐く。単独行動するにあたって、最も怖いことは野良犬と間違えられること。こうして飼い主の存在を仄めかすような装飾を身に着けていれば、いざ倒れても助けてもらえる確率はかなり高くなる、とのこと。

 ミサンガの要領で作られた首輪はこそばゆいが、俺が寝ている間に流花が作ってくれた、世界に一つの俺だけの証。愛おしそうに右前脚で触れつつ、俺は見慣れぬ土地に一歩を踏み出す。

 中学の頃は達弘の家に向かいがてら、流花の家もたまに訪れたことはあった。ここからの道のりだと少し自信が無いが、要は一度達弘の家に向かえば問題はないのだろう。生前の記憶を頼りに、俺は目的地へと最短距離で進む。もちろん、手負いの体に負担をかけないよう、ゆっくりと。

 十分ほど歩いたところで、見慣れた割とボロい一軒家に辿り着く。『河波』と表札に書かれたその家は、中学時代は七瀬と共にひたすら通いつめては、ゲームやスポーツに興じていた俺たちの聖地。別に自宅でも良かったのだが、中学はどちらかといえば夢見ヶ丘地区寄りにあったし、交通の便や街中の利便性を考えると、こちらの方が集まりやすかったのだ。


(懐かしいな……全然変わってないや)


 建物の壁面には蔦の様な植物が一面を覆っていて、数年前のそれよりも繁殖しているようには見えなくも無い。それを除けば、本当に昔と変わらない。

 思い出に花を咲かせつつ、本来の目的を思い出した俺は我に返るとすぐに河波邸に背を向け、往くべき道へと歩みを進める。鋭くなった方向感を頼りに、道を見ながらもひたすら南下した。目安としては、昨日の事件現場であるあかね公園を見つければ帰路はもう分かったも同然。

程なくして、『ドリーム商店街』と記された錆の目立つ看板に辿り着く。ここまで来れば、後は慣れた道のりを進むだけ。そしてトラブルに巻き込まれぬよう、なるべく目立たぬよう帰るだけ。簡単な事だ。


(……あれ、あいつ)


そんな中、俺は商店街の入り口に、見覚えのある黒ずくめの姿を見つける。格好もさることながら、あの時感じた匂い、息遣い、全てが一致する。間違いなく、数日前にコンビニで出会った不審者だ。

懲りずに同じ格好をしている辺り、本当は悪気など全くないんじゃないだろうか。前回だって、未然に犯罪を防いだように思えて実は普通に買い物をしに来たのかもしれない。

とはいえ、疑われる側にも問題があるのは明白だ。こんな夏にあそこまで厚着をして、表情もほぼ隠しているとなれば、不審者と思われても文句は言えないだろう。


(ま、関わらぬが吉だな)


そう、俺はこんな所で他人の事を気にしている場合ではない。兎にも角にも、早く七瀬の家に帰らなければ。よしんばあの不審者がこれから犯罪を起こそうとしていても、俺の傷付いた身体では止めることは出来ない。

どうか、あいつが早まった真似をしませんように。俺は心の中で小さく祈りながら、人も疎らな商店街をゆっくりと進んでいく。

幸い、俺が商店街の南側に抜けるまで、問題という問題は起きなかった。念のため背後に耳を傾けてはいたものの、どこかで騒ぎが起きている様子は全く無い。

ほっと一息吐くと、少し歩き疲れたので隅っこで一休みすることにした。昨日ほどの激痛こそ無いものの、やはり傷口がまだ落ち着かない様子で、身体を捻ると鈍痛が走る。


(やっとこさ道のりの半分くらいか。思ったより長いな……)


そろそろ水分補給をしておきたい所だが、生憎と綺麗な水をタダで飲めるような環境は、目に見える範囲には存在しない。仕方がない、帰るまでの辛抱だ。

脚の張りが少し和らいだところで、俺は再び七瀬の家に向かい歩き始めた。

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