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46~うそつき~

 数日後、俺は再びあかね公園へと向かう。距離こそ遠いものの、行き方が分かっているため迷うことなく道のりを進む。幼稚園が終わりおやつも食べずに向かっているので、太陽も高く時間はまだ早い。

 ちなみに、本日は七瀬と一緒ではない。どうやら家族とともに温泉旅行へと出掛けているらしく、昨日から何処とも知れぬ秘境へと旅立った。誕生日も近いし、きっとお祝いを兼ねての旅行なのだろう……当時はすごく羨ましかったが。

 程なくして、俺はあかね公園に辿り着いた。前よりも早い時間だからが、子供の数は多い。俺はその子供の中に、仲島がいないかキョロキョロと見渡した。まだ出会って間もないけれど、少しだけ彼女の性格を掴んでいた俺には分かる。きっと、また誰とも遊ばずにるぅちゃんと二人で遊んでいるに違いない。

 そんな予想は的中し、またしても公園の隅で仲島はるぅちゃんと遊んでいた。というより、二人で座りながら何かを話しているみたいだ。その様子を見ている子供はおらず、誰も話しかけようともしない。まるで、避けているかのように。

 妙な違和感を覚えつつ、俺は何の気なしに仲島の元へと向かう。今度はるぅちゃんも仲島も驚かせないように、自然体で歩み寄った。


「おーい、るかちゃん!」

「……あっ、ひとしくん!」


 こちらに気付いた仲島は、ぴくりと体を震わせながらも俺の存在を確認した途端、可愛らしい笑顔で大きく手を振る。最初に会ったときの泣き虫なイメージが強い所為か、これほどはつらつした笑顔は珍しいと思った。


「きょうもるぅちゃんとあそんでるの?」

「んー……」


 開口一番、俺は何の気なしに問いかけるが、仲島は実に複雑そうな表情になる。何を言おうか迷っているのか、はたまた言うべきことを言おうか躊躇っているのか。子供ながらそんな印象を受けた、形容しがたい表情。

 しばらく唸った後、仲島は不安そうな表情で口を開いた。


「えっと、ね……わたしのいうこと、しんじてくれる?」

「あったりまえだろ、ともだちじゃんか!」

「……わたし、ね。わんちゃんとおはなしできるの。さっきまでずっと、あついねーって、アイスたべたいねーって、そんなおはなしをるぅちゃんとしてたの」

「…………」


 仲島がゆっくりと話す言葉に、俺は思わず固まってしまう。にわかには信じ難い出来事だが、当時の俺は好奇心の塊だった。自分に出来ないすごいことは、素直にすごいと言える人間だった。もちろん、この時もその通りに事は進む。


「……すっげぇぇぇ! るかちゃんってちょうのうりょくしゃなのか!」

「え、えっ?」


 あまりにリアクションが大きかったからか、不安から一気に戸惑いへと表情が変わる仲島。俺は興奮を抑えきれず、ただただ嬉しそうに仲島の手を握ってブンブンと振った。


「ねぇねぇ、いまるぅちゃんはなんていってるの?」

「くぅん……」

「え、えっと……ひとしくんがさけんだから、びっくりしてるみたい」

「あ、ごめん……でも、すごいや!」


 仲島が本当のことを言っているとは限らない。けれど、俺の心に彼女に対する疑惑という感情は皆無だった。純粋に、犬と話せる事実を賞賛し羨望するだけ。そんな仲島の存在は、俺の『親友』たり得る十分なきっかけを持っていたに違いない。

 そして、俺はその場で判断を誤ってしまったのだろう。ただただ仲島のすごさを知らしめたいが為に、公園全体に響き渡る大声で叫ぶ。


「おーい、みんなー! るかちゃんっていぬとはなせるんだぜー!」

「あ、ぅ……」


 俺の突飛な行動に驚いた仲島だったが、興奮していた俺は気付く由もない。ぞろぞろと俺の下に子供たちが集まってくる状況を想像していたが……何故か、誰も反応しない。寧ろ、こちらに向けてあからさまに白けた視線を送ってくる子も僅かながら存在する。

 あまりに不自然すぎる為、俺は近くに居た男の子へと歩み寄る。俺よりも少し背の低い、気弱そうな男の子。彼は俺を見た瞬間、怯えたように後ずさった。


「ねぇねぇ、きいて――」

「きみ、うそつきるかちゃんとともだちなんでしょ? ちかづかないでよ……」


 うそつきるかちゃん。その言葉が俺の頭の中で反響する。明らかに嫌悪感を示している男の子の反応が気に入らなかった俺は、少しムッとなりながらも質問した。


「ねぇ、うそつきるかちゃんってどーゆーこと? わけがわからないよ」

「きみ、しらないの? るかちゃんはいっつもいぬといっしょにこうえんのすみでぶつぶつつぶやいて、いぬとはなしてるのってうそついて。きもちわるいからって、だれもちかづかないんだ。みんなであそんだほうがたのしいのにねー……いだだっ!」

「るかちゃんをわるくいうな! るぅちゃんのことがだいすきな、すっごくやさしくていいこなんだぞ!」


 まだ自制心が弱かった俺は、思わずその男の子のほっぺを強く抓ってしまう。流石に殴るという方法は七瀬に散々食らって痛みを知っているため、俺としては手加減をしたつもりなのだが。それでも今にして思えば、この状況では俺が完全に悪人だ。

 一気に騒がしくなった俺たちの周囲には、いつしか子供が集まっていた。大人は遠巻きにこちらを眺めているものの、流石にただ事でないことは察知しているらしく、こちらの状況を密かに伺っている。


「ふえぇぇぇぇ! このこにつねられたぁぁぁ!」

「きみがるかちゃんをわるくいうからわるいんだぞ!」


 やり返されたならまだ状況は改善されたかもしれないが、件の男の子は対抗するどころか盛大に泣き出した。そうなると、周囲の子供は必然的に俺を責める。


「わー、なかせたー!」「いーけないんだー、いけないんだー!」「たっくん、かわいそー」「おかあさんにおこられちゃえー!」「あやまれよー!」


 様々な言葉が飛び交う中、それでも俺は怖気づくことはなかった。西山地区では敵なしの俺と七瀬、こんなことで怯むような臆病者ではない。


「うるせぇ! だったらるかちゃんがうそつきじゃないって、しょうめいしてやる!」

「ひ、ひとしくん……」


 完全に怯えきった仲島は、いつの間にか俺の背後に立つと服の裾を弱く引っ張る。まるで、もう止めてと懇願するように。

 そのサインがきちんと届いていれば、これ以上の騒ぎにはならなかったはず。けれど、頭に血が上っていた俺は仲島の気持ちも考えず、ただ自己主張を認めさせる為にだけ言葉をまくし立てていた。完全に意味を履き違えた俺の気持ちが、いつの間にか仲島を傷つけているとも知らずに。


「ほら、るかちゃん。いまるぅちゃんはなんていっているの?」

「がるる……!」

「…………ぐずっ」

「ど、どうしたんだよるかちゃん!」


 きっと、るぅちゃんの言葉は分かっていたに違いない。けれど、それを翻訳することなく、ただ俯くと涙を流していた。突然の涙に驚いた俺は、仲島の肩を大きく揺さぶる。

 それを好期としたのか、先ほど俺が抓った男の子は急に強気になると、仲島を指差しながら堂々と、そしてはっきりと言葉にする。


「そらみろ! やっぱりいぬのことばなんてわからないんだ!」

「るかちゃんのうそつきー!」「そーだそーだ!」「うそつきはどろぼうのはじまりなんだぞー!」「うそつきでなきむしるかちゃんだー!」


 子供の集団とは結託すると強いもので、次第に俺の心に焦燥感を呼び覚ませる。これだけの大多数を相手にすると、流石の俺でも恐怖を感じるものだ。多数の威圧に思わず一歩引くと、仲島は掴んでいた裾をすっと離した。慌てて振り返ると、るぅちゃんと共に駆け出す仲島があかね公園から出て行く様が見えた。


「まってよ、るかちゃん!」


 子供たちの威圧から逃れるように、俺は一目散に駆け出していく。これは仲島を追いかける為で、決して逃げているわけではない……そう言い聞かせながら。

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