47~沈黙の理由~
公園を出た俺は、キョロキョロと周囲を見渡して仲島を探す。随分と遠く離れた場所だけれど、俺の目は確かに一匹の犬とツインテールの少女を捉えた。
「るかちゃん! るぅちゃん!」
走ればなんとか追いつけそうな距離。けれど、相手も走っているため差は一向に縮まらない。それでも疲れを忘れて走り、ひたすらに仲島とるぅちゃんを追いかけた。
「あだっ!」
そして、俺はあろうことか小石に躓いて転ぶ。派手に擦りむいた膝を見て軽くパニックを起こしかけるが、仲島を追うという目的意識が痛みを一時的に忘れさせ、俺の体を立ち上がらせた。それでも傷には変わりなく、すり足で追いかける格好になったため距離はどんどんと離されていく。
「ま、まって……」
遂には姿が見えなくなるほど距離を離された。けれど、諦めるわけにはいかない。俺は是が非でも仲島に追いついて、聞かなければならない。
どうして、あの時本当のことを答えなかったのか。
すり足のまま半ば勘だけで追うと、いつの間にかまた先日訪れた商店街に辿り着いた。ここに仲島がいるとは限らないけれど、少なくともるぅちゃんの向かう場所には心当たりがある。切なる希望を抱きつつ、俺はゆっくりと、しかし着実に一箇所を目指す。
商店街の中腹、二度目の俺でもすぐ分かるオレンジ色の看板。『コロコロコロッケ』の小さな出店の傍に、予想通りしゃがんでいる小柄な少女と一匹のチワワを発見する。
「はぁ……やっとみつけたよ」
「ひとし、くん……っ!」
俺の姿を確認した仲島はすぐに右膝の擦り傷に気付き、顔面蒼白で尻餅をついた。その様子を見たるぅちゃんはというと、仲島の前に立ちはだかると俺に向けて犬歯をむき出しに、低い唸り声を上げてくる。
――そっか、俺、るぅちゃんにも嫌われちゃったんだな。
子供ながらに悟ってしまった事実に、俺は深く奥歯を噛み締める。正直な話、泣きたい。
それでも、絶対に仲島の前では泣くまいと俺はひたすら耐える。もし泣いてしまったら、きっと仲島も泣く。もう、この子の涙は見たくなかった。ただそれだけの理由で、俺は必死に涙を堪える。
「……さっきは、ごめんね。おれのせいでるかちゃんがわるくいわれちゃった」
「…………」
弱く、それでも首をふるふると横に振ることでどうにか意思表示をする。言葉が通じただけで妙な安心感を覚えた俺は、一歩近づくと仲島の隣にしゃがみこむ。相変わらずるぅちゃんは俺に対して威嚇するのを止めないが、この際気にしていられない。
「さっきは、なんでこたえなかったの?」
「……って…………ら」
「え?」
「だって、こわかったから。さっき、『るかちゃんをいじめるおまえたちなんてだいきらいだ』って、るぅちゃんがいってた。そのままいってたら、きっとみんながわたしとるぅちゃん、それにひとしくんのこともきらいになるとおもった。だから……っ!」
「るかちゃん……」
全ての合点が入った。言葉は理解していたものの、るぅちゃんはあの子供たちに対していい印象を持っていない。そりゃあ、自分の大好きな人を悪く言う奴なんて、たとえ犬とて好きになれるはずがない。けれど、仲島は自分のことを差し置いて、強く主張した俺と正直なるぅちゃんを守るため、一人『うそつき』の烙印を押されたのだ、
そんな仲島の心遣いがとっても嬉しくて……同時に辛かった。もっと自分の意思を通せばいいのに、もっと我が侭になればいいのに。まだ『自己犠牲』という言葉を知らなかった俺にとって、仲島の行動は不思議なものに思えてならなかった。
それでも、自己主張を躊躇わず我が侭を貫いている俺にも分かること。それは――。
「るかちゃん、おれのためにきずついてくれてありがとう。それにるぅちゃんも、るかちゃんのためにおこってくれてありがとう。……だったら、こんどはおれがふたりのためにがんばらなきゃ!」
「えっ?」
「くぅ?」
一人と一匹の疑問符が浮かび、同時に漏れた声は商店街の喧騒に掻き消される。今にして思えばどうにも曲解していたみたいだが……この時は、選択を誤らなかったと今でも思う。
申し訳ないと思う、それはとっても大事。けれど、それ以上に大事なのは感謝すること。自分の為に、誰かの為に行動してくれた人に感謝し、それに対する精一杯の恩返しをする……それが、俺の出した結論。俺の思う最適解。
「とりあえず、こうえんにもどろう。それで、あのこたちに『るかちゃんはほんとうにいぬとおはなしできるんだ!』って、おしえてやらなきゃ!」
「で、でも……わたし、もうきっとだれにもしんじてもらえない。それに、べつにわんちゃんとはなせることをじまんしたいわけじゃ――」
「ちがうよ! るかちゃんがうそつきじゃないって、しょうめいするんだ!」
そう、さっきまでの俺は単純に仲島のすごさを知らしめたかっただけ。それは仲島の損得を一切考えなかった、俺の自己満足に基づく行動。
けれど、今度は違う。俺の自己満足の所為で、仲島の純粋すぎる心がきっかけで失った彼女の信用を取り戻す為の自己主張。もう、我が侭なんかではない。ただひたすらに仲島を助けてあげたいという『願い』なのだ。
しばらくの沈黙。だが、それ以上の言葉は要らなかった。俺の意を汲み取ったのか、仲島も零れ落ちそうになっていた涙をごしごしと拭うと、俺の手を取って立ち上がる。
「きゃんっ!」
「わっ! ……るかちゃん、いまなんていったの?」
「……ゆるしてやる、だって。るぅちゃん、さっきまでカンカンだったんだよ?」
「そっか……るぅちゃんもごめんね。るかちゃんのために、いっしょにがんばろう!」
「わぅっ!」
仲島の言葉が嘘でないと証明するように、るぅちゃんは俺の足に頬ずりをしてくる。少しだけ感じていた距離感も、どうやら縮まったようだ。
急に温かくなった心が俺に勇気を与えてくれたのか、不安や迷いは一切なくなった。七瀬と一緒にいるときとは違う、また別の安らぎ。仲島とるぅちゃんもまた、俺にとってかけがえのない大切な存在になったに違いない。
膝の痛みも忘れて元気になった俺は、腕を突き上げながら商店街の中心で叫ぶ。
「いっくぞー!」




