第52話 鼻血で誓う仲間入り
「随分と遅かったな」
村長宅前に戻ってきた私とタリアさんを待っていたのは、レイモンドさんのデリカシーのない一言だった。
やぶ蛇になりそうだったので、思わず言い返したくなるのをぐっと堪える。
「ニャはっ! でっかいの出たニャ!」
でも、タリアさんは違った。
タリアさんは元気いっぱいに応え、満面の笑顔を見せた。
私の秘密まで喋られたら堪らない。
慌ててタリアさんの口を塞ごうと手を伸ばすが、動きを止める。
「そ、そうか……。」
凄く、凄い。レイモンドさんが引いている。
頬をヒクヒクと引きつらせているのを見て、私は素直にタリアさんの元気さに感心する。
それに、レイモンドさんがちゃんと服を着ているのを見て、少し安心した。
きっとアドソンさんが窘めてくれたのだろう。
レイモンドさんだけなら、水浴びを済ませてもまだパンツ一枚でいたに違いない。
今まで何度もその光景を見てきたし、私が怒鳴ってやっと服を着るのがいつものことだった。
「レイモンド殿、お願いします」
アドソンさんが静かに咳払いをして、場の空気を変えた。
私とレイモンドさん、タリアさんの三人には、こうした対応力はなかった。
素直に感心しつつ、何が起こるのかを少し緊張しながら見守っていると、レイモンドさんが指をパチンと鳴らした。
「来い! メアリー!」
レイモンドさんの前に魔法陣が描かれ、白く輝き出す
その中から、ゆっくりと一人の貴婦人が浮かび上がってきた。
青白い肌に、真っ赤な口紅。
胸元を大胆に見せる黒いドレスを纏い、手には手綱を握る。
その先には、巨大な黒馬が厳かに佇んでいた。
一人と一匹が立ち上らせる黒くてオーラの禍々しさに、私は思わず息を呑んだ。
「マスター、お呼びでしょうか?」
貴婦人が膝をつき、恭しくレイモンドさんに頭を垂れる。
だが、次の瞬間。頭がポロリと落ちた。
「ああっ!? 私の頭っ!?」
それも慌てるあまり、頭を取ろうとして蹴ってしまう貴婦人。
間違いない。このドジっ娘ぶりは、メアリーさんだ。
メアリーさんはあたふたと両手を伸ばしながら頭を追いかけて、また蹴っては追いかけるを繰り返し、村の彼方へと去っていった。
「なら、この馬はっ!?」
残された馬に視線を向ければ、タリアさんが巨大な黒馬とじゃれている。
「立派になったニャ! ほ~ら、ニャっしっしっ!」
「ヒッヒッヒッーン!」
やっぱり、あの仔馬が成長した姿だった。
タリアさんに眉間をこちょこちょと掻かれ、黒馬は大喜び。
「ニャはっ! 行くニャー!」
「ヒヒーン!」
タリアさんはヒラリと黒馬に跨ると、そのまま村の彼方へと去っていった。
「うーーーん……。」
自然と唸り声が漏れた。
鎧も着ていないし、メアリーさんはドジっ娘だし、黒馬には愛嬌があった。
しかし、最初に現れた姿は、威圧感たっぷりだった。
アドソンさんが語ってくれた『都市落とし』の異名にふさわしい、禍々しさが漂っていた。
「レイモンド殿ぉぉぉおおおおおっ!?」
すると突然、バターンと倒れる大きな音が響いた。
何事かと目を向けると、アドソンさんが五体投地していた。
「私は! ……私は、猛烈に感動しました!
あなたの、その気高き姿に、我が仕える神の教えの真髄を見ました!
何卒! 何卒、お願いします! 私を臣下の端に加えてください!
貴方様の往く道を、この目で直に見てみたいのです! ……我が勇者よ!」
その最後の言葉『勇者』に、心臓がドキリと跳ねる。
一呼吸置いて、レイモンドさんがこちらをチラリと見た瞬間、胸が再び高鳴る。
妙に意味深な間と視線だった。
『まさか……。』と不安が渦巻き、鼓動がどんどん速くなる。
「ぷっ!? 俺が勇者だと? よりにもよって、俺が勇者とは面白い!
くっくっくっ……。あ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」
しかし、それは杞憂に過ぎなかった。
レイモンドさんの大笑いは、私の不安を一瞬で吹き飛ばすほどの迫力だった。
レイモンドさんの性格を考えれば、『勇者』と持ち上げられたことで、単純に調子に乗ったのだろう。
それでも、私に視線を向けたのは、レイモンドさんにしても、やはり『勇者』が特別な存在だからだ。胸をホッと撫で下ろす。
「良かろう! 丁度、荷物持ちが欲しかったところだ! 俺の側に仕えることを許す!」
「はっ! ありがたき幸せでございます!」
こうして、私たちの旅は四人目の同行者を迎えることになった。
なお、本人は五体投地でぶつけたせいだろう。顔を上げると、鼻血をダラダラと流していた。




