第45話 禁忌の代償
「残念だが、あの村はもう駄目だな。お前の仲間も生きてはいまい」
レイモンドさんがそう言い切った瞬間、私は息を呑んだ。
先ほど問答無用で殴り倒してしまったあの巨漢、アドソンさん。
しかし、意識を取り戻した彼はすぐに土下座し、『是非ともご助力を願いたい!』と悲痛な叫びを上げた。
気絶させてしまった負い目よりも、その切実さの方が胸を強く締め付け、私たちは断ることなどできなかった。
アドソンさんが命がけで切り拓いた森の道を逆に辿り、休む間もなく走り続けた。
ようやく鬱蒼とした森を抜け、開けた空間に出た瞬間。
私もタリアさんも安堵の息をついた。
夕焼けに染まった麦の穂が風に揺れる。その穏やかな光景に、アドソンさんの訴えた惨劇なんてとても信じられず、胸の重さがふっと軽くなる気がした。
しかし、麦畑の向こうに小さな村の姿を目にした途端、レイモンドさんは大きく吸った息を、重い落胆の溜息へと変えた。
「それはどういう意味で?」
すぐさま問い返したアドソンさんの目は、鋭く険しかった。
彼は火の神を信奉し、村々をめぐる巡回使だという。
一箇所に留まることなく、広い世界を歩き続けているらしい。
彼の話では、前方に見える村はかつて訪れたことがあり、どこにでもある小さな村で、働き者ばかりだったという。
だが、その村人たちが、アドソンさんと仲間たちに襲いかかってきた。
しかも、アンデッドの一種『ゾンビ』へと変わり果てて。
仲間たちは、この危機を伝えるためにアドソンさんを逃がした。
命がけで走り続け、ついに私たちと出会った。
それを思い出しただけで、胸が痛む。
命がけであんな過酷な道を駆け抜けたのに、レイモンドさんは無情な言葉を投げた。アドソンさんの反応は当然だった。
「魔法が使われた形跡がある」
その言葉に、私は息を呑んだ。
レイモンドさんは腕を組み、忌々しげに村を睨みつけている。その横顔は背筋が寒くなるほど冷たかった。
「なっ!? ……ま、真にございますか?」
アドソンさんも息を呑んだ。
けれど、タリアさんだけは首を傾げて、不思議そうに私たちを見ていた。
まだ旅が私とレイモンドさんの二人きりだった頃、道中の暇つぶしに、彼がふと話してくれたことがあった。
魔法とは、場所や地脈、月の満ち欠けなど複雑な条件を要する秘術。
魔術が世界を変化させる術なら、魔法は世界を捻じ曲げる法である。
その難度は神話級と呼ばれ、超一流の魔術師でさえ手に余すほど。
かつて見せてくれた盗賊たちのアジトを囲んだ壁も、アンデッドの軍勢を呼び寄せた召喚も、あれですら伝説級に過ぎないという。
興味に駆られて、かなり遠回しに質問してみた。
すると私をこの世界に呼んだのは、まさしく魔法なのだと知らされた。
「見苦しい……。酷く歪で、中途半端なものだ。
そのせいで地脈は断たれ、土地そのものが力を失っている。二年か、三年も経てば、この一帯は荒野と化すに違いない」
レイモンドさんが冷ややかに吐き捨てる。
かつて彼は、魔法を芸術と呼び、究極の美だと語っていた。
私の目には分からない。
だが、レイモンドさんの目には、村が醜悪そのものに見えているのだろう。
「ここが……。荒野に?
ですが、レイモンド殿! あの村には、魔術の心得を持った者など一人もいないはず。それなのに……。なぜっ!?」
アドソンさんの声には必死さが滲んでいた。
だがレイモンドさんは、まるで興味もないかのように肩をすくめ、ただ静かに指を差した。
「そこまでは知らんよ。だが、あれを見ろ。坊主なら、あれが何なのかが解るはずだ」
「あ、あれはっ!?」
茜色に染まった空を仰ぐと、ひとつの小さな発光体が浮かんでいた。
その周囲へ、幾つもの朧な白い光が吸い込まれるように渦を描き、不吉に揺らめいている。
それがとても忌まわしいものだと、私は直感で気づいてしまった。
タリアさんが私の腕を無言で掴んだ。互いに顔を見合わせ、血の気が引いているのを悟る。
「この麦の育ちを見る限り……。あの村は、豊かな地脈の通り道にある。
そして、三日前は新月……。術者は村人たちを贄に捧げ、死者の復活を願ったのだろう」
「そ、そんなっ!?」
アドソンさんは絶句した。
死者の復活、その響きに胸の奥が氷のように締め付けられる。
それはまさしく魔法、世界の法を捻じ曲げる禁忌。
それでも人は決して諦めず、求め続ける。
行き着いた果てが、この災厄だ。
「今、あの村に生者は居ない。居るのは、死者だけだ」
レイモンドさんの言葉が冷たく突き刺さる。
アドソンさんは天を仰ぎ、頭を抱えて慟哭した。
「おお、神よ! これも試練だと仰るのですか!」
胸が締め付けられ、私はただ唇を噛むしかなかった。




