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元魔王先生のスパルタ勇者塾  作者: 浦賀やまみち
第六章 虎族の娘

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第35話 ニャー、四日間の集大成




「ニャー……。」



 ニャーは虎族の族長の娘である。名前はタリアだ。

 生まれた里はこの大陸の西の果て。あの頃はニャーニャーと毎日が楽しくて、お腹いっぱいだったと記憶している。


 それが今はどうだろう。

 かつては牛や馬を繋いでいたであろう石造りの小屋。補修もされず、経年劣化で隙間だらけになった壁から、ひゅうひゅうと冷たい風が吹き込んでくる。

 そんな小屋を牢屋に丸太で仕立てた格子の中で、ニャーは転がっていた。


 胸に巻いたサラシとパンツの下着姿で、土の床に頬を押しつけて。

 こんなはずじゃなかったと、情けないと、ニャー自身でも思う。



「もう駄目ニャー……。」



 蒼い瞳、褐色の肌、金色の髪。どこにでもあるただの特徴。


 だけど、ニャーには、もっと目立つ特徴がある。

 両頬にひょろっと伸びた3本のひげ、もふもふの毛に覆われた耳。

 それにパンツのゴムの上から伸び、今はしおれた草みたいにしなびた虎縞の尻尾。


 さっきも言ったけど、ニャーは虎族。獣人のひとり。


 一人旅の途中、空腹に負けて毒キノコをパクッ。

 見事にぶっ倒れて、幻覚と腹痛で地面をゴロゴロ。


 いつの間にか、盗賊どもにさらわれたなんて、ニャーを『お前なら絶対に出来る!』と送り出してくれた里の父ニャンには絶対に言えない。



「死んじゃうニャー……。」



 身ぐるみを剥がされ、牢に放り込まれたとき、もう終わりだと思った。

 でも、ニャーが獣人だと分かると、人間たちにはびこる『獣人と交わると不幸になる』という迷信のおかげで、慰み者にされずに済んだ。


 その代わり、粗末な飯とボロ屋根付き牢獄のオマケつき。

 運が良いのか、悪いのか。


 牢の隅に転がされた酒樽が、ニャーに与えられたトイレだった。

 初日は腹痛に耐えきれず、何度も駆け込んだ。


 その度に、わざわざ見物にきた盗賊どもに鼻を摘みながらゲラゲラと笑われた。

 情けなくて、本気で泣いた。


 しかも、中身は放置プレイ。今ではタプタプ。

 ここは昼になると蒸し風呂みたいに暑くて、鼻が利くはずのニャーでも臭いに慣れてしまうくらい、空気は淀んでいた。


 今日で四日目。

 ようやく幻覚と腹痛は治まったけれど、もう体力はすっからかん。


 それでも、諦めたくなかった。

 今夜こそ、逃げ出してやる。そう心に決めていた。



「ニャっ!? ニャんだ、ニャんだっっ!?」



 突如、地面が激しく揺さぶられた。

 小屋ごと崩れ落ちるんじゃないかと思うほどの揺れに、半開きだった目が一気に冴える。ニャーは飛び起きた。




 ******




「いったい、何が起こってるんだニャ~?」



 ニャーは耳を壁に押しつけて、外の様子を必死に探った。


 でも、よく分からない。

 外では、カタコト、カタコトと何かが絶え間なく鳴っている。

 盗賊たちが何かと戦い、右往左往して逃げ回っているのは騒ぎ声で分かるのに、それが何なのかまでは分からなかった。


 最初は、領主軍か国軍が盗賊退治に来たのかと胸が高鳴った。

 だが、軍隊なら必ず飛び交うはずの罵声や号令が聞こえない。


 なら、魔物の大群か。

 そう思ったけど、それならそれで咆哮や羽音が混ざるはずだった。


 おかしい。追っている連中は、一声も出さず、ただ黙々と盗賊たちを追い回している。

 気味が悪くて仕方なかった。



「とにかく、今はやるニャ! 頑張るニャ!」



 怖いのは確かだけど、大チャンスなのも間違いない。


 ニャーは牢の片隅に転がっている酒樽の蓋を手に取った。

 トイレ代わりにしかならなかった忌まわしい酒樽。その蓋が、いまは脱獄のためのスコップだ。


 狙うのは牢出入口の近く、右から二番目の丸太。

 三日かけて調べた結果、ここの土が他より緩んでいると突き止めていた。

 20センチ。いや、30センチほど傾けられれば、ニャーの柔らかい体なら、抜け出せるはず。


 問題は、小屋の出入口のドア。


 当然、閂で閉められているだろう。

 しかし、見た目が粗末だし、蹴り破るか体当たりすれば、なんとかなるはず。


 たぶん、きっと。いや、今は考えない。



「ニャーーー……。でも、やっぱ気になるニャ! 外で何が起きてるんニャ!」



 掘っては止まり、掘っては止まる。

 集中したいのに、外の騒ぎがどうしても気になって仕方ない。


 つい我慢できず、もう一度壁に耳を押し当てたその時。



『愚かにも、俺の女を奪おうとした盗賊どもに告げる!』

『お、俺の女って何ですか! わ、私はレイモンドさんのものじゃありません! わ、私には好きな人が!』

「ニャっ!?」

『うるさい、黙っていろ! お前の声も聞こえているんだぞ!』

『えっ!? 嘘っ!? ……ごめんなさい。でも、ちゃんと訂正はしてください!』

「ニャ、ニャ、ニャ、ニャっ!? ニャっ!?」



 声が聞こえた。

 耳からじゃない。頭の中に、直接。


 ニャーは驚きのあまり、思わず後ずさった。

 キョロキョロと辺りを見回すが、声の主はどこにもいない。



「ニャーーーーーーーーーーっ!?」



 その拍子に、お尻がトイレ樽にゴツン。ゴロゴロゴロ。

 中身がいい具合にかき混ぜられ、悪臭と一緒に、ニャーの四日間の集大成が牢屋いっぱいに解き放たれた。




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