凄く、凄い鬼ごっこ
「たった二回でこれほど消耗するとはな。
やはり、人間という器は不便で仕方がないな。何か、良い手を考えねば……。」
隣で満足そうに語るレイモンドさんに、私は返事を返す余裕がなかった。
そう、レイモンドさんがいう『伝説』を私は二度見た。
一度目は、盗賊たちのアジトと世界を隔てる巨大な壁。
二度目は、地獄そのもの。スケルトンの大軍勢の召喚。
二度目の魔術詠唱も、やはり長かった。
だけど、そこにあったのは一度目のような派手さではなく、ただただ不気味さだけだった。
詠唱が進むにつれて、周囲の気温がじわじわと下がっていった。
風はぴたりと止み、アジト一帯を白い霧が覆い隠してゆく。
やがて、あちらこちらからカチャカチャと骨の擦れる音が響き始める。
最後のキーワード『レギオン・オブ・デッド』が紡がれた瞬間、一陣の風が霧を払い、そこには無数のスケルトンの軍勢が立ち並んでいた。
「凄く、凄いです……。」
壁の上から眼下を眺めて、やっとの思いで呟いた。
さっきからレイモンドさんが私をチラチラと見ていたのは分かっていた。
これ以上、黙り込んでいたら不機嫌になるのは分かっていたから、私は無理やり言葉をひねり出した
「そうだろう、そうだろう!
もっと称えて良いんだぞ! さあさあ!」
案の定、レイモンドさんは満面の笑みを浮かべ、胸を張る。
凄く、凄い魔術を二連発したというのに、いつもと変わらない調子。
その姿に、張りつめていた私の心は、ほんの少しだけ余裕を取り戻した。
はっきり言って、スケルトンは基本的に弱い。
私たちがそうしているように、立番としてなら多少は役に立つけれど、動きは鈍く、反応も遅い。
その見た目の恐怖さえ我慢すれば、駆け出しの冒険者でも倒せる。
だからこそ、盗賊たちも最初は強気だった。
アジトと世界を隔てる巨大な壁には恐れおののいていたが、次に現れたのがスケルトンだと分かると、たちまち余裕ぶって笑い合うほどだった。
だが、数が膨大すぎた。
いくら斬り倒しても、いくら叩き砕いても、次から次へと現れる。
それどころか、時間が経つと散らばった骨が勝手に組み上がり、再び立ち上がってくる。
数は、もう数え切れなかった。
視界のどこを見ても骸骨。骸骨、骸骨、骸骨。
もしかしたら、一万を超えているのかもしれない。
「あれ、何ですか? 普通のと明らかに違いますよね?」
「うむ! あれはデスナイトだ!」
「デスナイト?」
「ああ! 『地獄の将軍』の異名で呼ばれる、スケルトンの最上位種のひとつだ!
その昔、俺が死者の迷宮で捕まえてな! たまにああしてこき使っている!」
その中に一匹、特に目を惹く存在がいた。
恐る恐る『ついでに』尋ねると、レイモンドさんはますます得意気になった。
「つ、捕まえて? こ、こき使う?」
たまらず顔を引きつらせる。
レイモンドさんが軽く言ってのける『デスナイト』は、絶対にそんな言葉で片付けていい存在じゃない。
眼窩に灯るのは、青白く不気味な灯火。
全身からは黒いオーラが揺らめき立ちのぼり、近づく者を拒むように空気そのものを重くする。
手にしたロングソードをわずかに振るうだけで、刃先から雷光がほとばしった。
その身を包むのは白銀に輝くフルプレートアーマー。頭蓋骨以外を完全に覆い隠し、まるで生前の騎士そのものの威容を誇っていた。
しかも、しかもだ。
時折、デスナイトが力強く右足を踏み出せば、大地が割れ、そこから新たなスケルトンが這い出してくる。
正しく、『地獄の将軍』の異名に相応しい姿。
RPGでいうところのボスクラス以外のなにものでもなかった。
余談だが、これは後になって知ったことだ。
デスナイトは、国家災害級に指定されるモンスターらしい。
討伐難易度は金クラス。
私たちが持っている青銅クラスのずっと上で、一番上の白金クラスのすぐ下。
基本的に古城の奥か、地下迷宮の深層に潜んでいるため、発見が確認された時点でまずは放置。
その古城、あるいは迷宮そのものが封鎖され、大きな被害が出て初めて、世界中の金ランク以上に存在が通達され、討伐が試みられるのだという。
「どうした? 褒め足りんぞ!」
顔を引きつらせる理由は、もうひとつある。
デスナイトは別として、スケルトンはそう素早くない。
だから盗賊たちは走って逃げるのだが、アジトはレイモンドさんが造った壁に囲まれていて、逃げ場がない。
そして、出来上がったのが『鬼ごっこ』の地獄絵図。
それもスケルトンたちはその見た目通り頭がからっぽで、ひたすら盗賊の後を追うだけ。まるで金魚の糞だ。
強いて例えるなら、男子たちが体育のサッカーの授業で、戦術なんて持ち合わせず、ボールの行方に全員が群がっている感じ。
但し、転んだり、鬼『デスナイト』に掴まったり、そこで命を落とすのだから全然笑えない。
確かに、レイモンドさんがやったことは凄く、凄い。
でも、眼下の光景は、総合的に見れば凄く、凄い下らない。
「いやぁ~~……。これは無い。うん、無い」
「何っ!? 何が不満だ! 言え!」
つい漏れた私の声に、不服の色を感じ取ったのだろう。
レイモンドさんが眉を跳ね、猛烈な勢いで食いついてきた。
「あははは……。はぁ……。」
ヤバい。面倒くさいことになりそうだ。
どうして私は、普段の肝心なところで勇気が出ないくせに、こんな時ばっかり余計なことを言ってしまうのだろう。




