第27話 お金には勝てない
「ええっと……。レイモンドさんって、お強いんですね?」
「どうやら、俺の凄さがようやく解ったようだな。褒めてやろう」
私はただただ驚くしかなかった。
冒険者ギルドのお姉さんから聞いていた話と、実際の姿が違いすぎる。
彼女の話では、レイモンドさんは魔術学院に入ったばかりの世間知らずの貴族。
魔術をちょっと覚えただけで強くなった気になり、使いたがってうずうずしている子供。
そんな彼に戦いの怖さを教えて、冒険者の厳しさを叩き込むのが、私の仕事のはずだった。
だけど、蓋を開けてみれば全然違った。
さっきの戦いをたった一度見ただけで、私は悟った。
レイモンドさんは『超一流』の魔術師かも知れない。
だって私は、ナルサスさんを知っている。
超一流の魔術師で、半月もの間、彼の隣でその戦いぶりを見てきた。
だから分かる。レイモンドさんも、その域にいる。
「ありがとうございます。
ところで、今の魔術って……。ファイヤーウォールとマジックアローですよね?」
そう尋ねると、レイモンドさんは目を細めた。
ナルサスさんが好んで使っていた魔術、マジックアロー。光の矢を放つ魔術だ。
標的を追尾してくれる誘導性があって、とても便利で強力だったのに、不思議なことにナルサスさん以外が使っているのを私は一度も見たことがなかった。
冒険者ギルドは、危険が伴う依頼を単独で受けることを原則として認めていない。
もし、冒険者が帰って来なかった場合、依頼を成功したかどうかの判断が難しいからだ。
一昨日、冒険者ギルド職員のお姉さんに紹介してもらって、とあるパーティに混ぜて貰った時のこと。
どうしても気になって、魔術師の女の子にマジックアローのことを聞いてみた。
だけど、彼女はその存在すら知らなかった。
それどころか、昨日の朝早く、わざわざ私の泊まっている宿に押しかけてきた彼女の師匠である魔術学院の先生でさえも。
「ほう、マジックアローを知っているのか?」
レイモンドさんは目を細め、驚いたように私を見つめた。
「超古代のロストスペルを知っているとは……。お前、見た目は戦士だが、魔術の心得もあるのか?」
そこで初めて気付いた。
レイモンドさんの瞳が、ナルサスさんと同じ紫の瞳だということに。
世間に知られていない同じ魔術を使い、同じ瞳の色を持つ人。
もしかしたら、ナルサスさんと血の繋がりがあるのかも知れない。
そんな期待が胸の奥からふっと湧き上がってきた。
「いえ……。教えて貰おうとしたんですけど、その前に別れちゃって」
私は視線を伏せながら言葉を続けた。
「ナルサスって、人がよく使っていたんです。もしかして、知ってますか?」
「ナルサス? 知らないな」
レイモンドさんはあっさりと首を横に振った。
胸にふくらんでいた期待は、あっけなくしぼんでしまう。
視線を戻すと、彼も同じように失望した顔をしていた。
私達は揃って、短く溜息をついた。
「あっ、そうだ! さっき、呪文を使ってませんでしたよね? あれはどうしてですか?」
気を取り直して尋ねると、レイモンドさんは鼻で笑った。
その目は、何か面白い秘密を打ち明けようとしている子供みたいに輝いていた。
「見ろ、あの鳥を」
「えっ!?」
空を指さされ、私は思わず見上げる。
青空の下、何羽もの鷹や鷲が大きな弧を描いて旋回している。
きっと、ゴブリンの死骸を狙っているのだろう。
「お前、鳥が呪文を唱えて飛んでいるところを見たことがあるか?」
「へっ!?」
「魚でも良いし、馬でも良いぞ?」
「……何を言ってるんですか?」
意味が分からず、私は思わず顔を見返した。
レイモンドさんは得意気に胸を張っていた。
「呪文など不要だ。
鳥は唱えずとも飛ぶ。魚も水を泳ぎ、馬もただ走る。
呪文や儀式なんぞ、所詮は補助にすぎん。
俺ほどになれば、初級や中級の魔術は……。呼吸と同じことだ」
「はぁ……」
凄い理屈なのか、とんでもない自信なのか。
私はただ相槌を打つしかなかった。正直、全くついていけない。
ナルサスさんもかなり説明好きだった。
けれど、あの人は優しく、ちゃんと私に分かるように話してくれた。
さっきの胸に浮かんだ期待なんて、気の迷いだ。絶対に違う。
こんな嫌味な人が、ナルサスさんと関係があるはずがない。
だって、ナルサスさんは格好良い。
確かにレイモンドさんも顔は二枚目だけど、それだけだ。
「あともう一つ、お前は勘違いをしている」
「勘違い?」
「お前、俺の魔術をファイヤーウォールと言ったな。あれは……。ファイヤーアローだ」
「えっ!? でも、ナルサスさんのは……。」
「同じ魔術でも、用いる者の力量によって威力は変わる。そのナルサスとやらも、まだまだ未熟だな」
その一言で、私は凍りついた。
ナルサスさんを侮辱した。私にとって、命の恩人で、師で、尊敬する人を。
心がざわざわと掻き乱され、顔が引きつるのが止められない。
「鶏を割くに焉んぞ、牛刀を用いん」
「んっ!? 何だ、それは?」
「意味が無いってことです。無駄なんですよ」
気づけば、ボソリと口をついていた。
レイモンドさんは怪訝そうな顔をしたが、少なくとも褒め言葉でないことだけは理解したらしい。すぐに眉をひそめる。
私はもう我慢できなかった。
胸の奥で煮えたぎるものが堰を切り、声となって飛び出す。
黒炭の粉になったゴブリン達を指差し、思わず怒鳴りつけた。
「やりすぎなんですよ!
ゴブリンの耳を持ち帰らないと、討伐の証明にならないんです! 報酬、もらえないじゃないですか!」
「な、何っ!? き、聞いてないぞ!」
「マジックアローで倒した分もそうです! こんな広い麦畑の中で倒しても、探すのが大変なだけです!」
「ぐぬぬ! ならば、麦をウィンドカッターで刈れば!」
「麦を守りに来てるのに、刈ってどうするんですか!
損害賠償ですよ! そんなことも分からないんですか? バカですか! アホですか!」
「こ、この俺に向かって……。ば、バカ? あ、アホ?」
言葉が止まらなかった。
ここまで容赦なく責めた人間は、きっと私の生涯でレイモンドさんが初めてかも知れない。
「とにかく、レイモンドさんの強さは理解しました!
でも、次からは私の指示に従ってください! そうじゃないと、今日はただ働きどころか、損しちゃうんですから!」
「わ、分かった」
私が人差し指でビシッと突き付けると、レイモンドさんは怯んだように両手を上げて後退った。
そう、どんな世界でも、古今東西、お金の前では誰だって逆らえないのだから。




