第26話 護衛任務、開始30秒で終了
「ゴブゴブ!」
太陽の光を浴びて、青々と育った麦畑。
黄金色に色づく一歩手前の穂が、風に揺れてさわさわと音を立てていた。
そのあぜ道を歩いていたその時。
左右の麦畑がざわめきだしたかと思うと、影がいきなり飛び出してきた。
緑色の肌、醜い顔つき。口を閉じても突き出している二本の牙。
冒険者たちの間で雑魚御三家と呼ばれるモンスターの一角『ゴブリン』だ。
背丈は私とそう変わらない。
力では人間に劣るけれど、その分素早く、数で押してくる厄介な相手。
しかも、それが前に7匹、後ろに5匹。完全に挟み撃ちだ。
「う、嘘っ!?」
驚きはしたが、焦りはしなかった。
私はどちらかといったら、掃除や洗濯みたいな銅ランクの平和な依頼を好む。
けれど、戦闘経験ならナルサスさんと一緒に山ほど積んできた。
それこそ、ナルサスさんに『場馴れが必要だ』と言われて、普通の冒険者だったら一生無縁なはずの『ドラゴン』との戦いにも立ち会ったこともある。
正確に言うなら、私がしたのは遥か後ろから声援を送るくらい。実際に戦っていたのは、もちろんナルサスさんだ。
その時に比べたら、ゴブリンなんて、全然怖くない。
むしろ、今の私なら落ち着いて相手にできる。そう、私はもう怯えるだけの初心者じゃない。
「レイモンドさん、私の傍に!」
問題はただひとつ。すぐ後ろにいる護衛対象、レイモンドさんの存在。
もし、彼に傷でもつけようものなら、大ごとになるのは目に見えている。
やっぱり、初心者相手の戦闘レクチャーなんて、受けるべきじゃなかった。
男の人は気付いていないと思っているだろうけど、女は解るんだぞ。
会った時から何度も何度も、胸やお尻を見て、本当に信じられない。
挙げ句の果て、胸を指差して『それ、偽物だろ?』ときた。
はい、その通りです。この鎧の胸のカップ、私のサイズより二つは大きくて、中に布をぎっしり詰めています。
いっそ、レイモンドさんの方から依頼を断ってきてくれたら、どれだけ楽だったか。
けれど、彼は私に文句を散々ぶつけながらも、結局はついてきた。
これもそれも、七つ角屋のフルーツタルトが美味しすぎるのが悪い。
あの味が忘れられなくて、つい高額な報酬に目がくらんだ。
その結果、よりにもよって『男性にものを教える』という自分には不向きすぎる依頼を受けてしまった。
そして、ナルサスさんはもういない。
レイモンドさんを守れるのは私しかいない。
背中から剣を引き抜き、両手で柄を固く握る。
右へ振りかぶり、駆けながら迫るゴブリンに横薙ぎを放とうとしたその瞬間。
「ゴブゴブーー!」
「ゴブ! ゴブブ!」
赤白い光球が、私の右側を通過した。
不自然に軌道を湾曲させ、正面のゴブリンへ直撃する。
前髪が靡き、おでこが露わになるほどの大爆発。
炎の柱が天へと伸び、熱風が身体を押し戻す。思わず右足を引いた。
耳をつんざく絶叫。
数秒後。炎が消えると、前方にいたはずの7匹のゴブリンは、全て黒炭になっていた。
強い風が吹き抜け、黒炭は音もなく崩れ、大地に散らばっていく。
それが何だったのかすら、今はもう分からないほどに。
「えっ!? ……えっ!?」
「どうした? 何か酷く焦っていたようだが?」
目をパチパチと瞬きさせる。
呆然としたまま後ろを振り返ると、レイモンドさんは誇らしげに胸を張っていた。
更にその後方、5匹のゴブリンが武器を振り上げたまま固まっていて、私と同じように目をパチパチと瞬きを繰り返していた。
「ゴ、ゴブーー!」
そのうちの1匹が、甲高い悲鳴をあげて踵を返した。
次の瞬間、残りのゴブリン達も我先にと麦畑へ飛び込み、蜘蛛の子を散らすように四方八方へ逃げる。
「あっ!?」
すぐさま私は後を追うとする。
だけど、どれを追えば良いのかが分からず、無様に顔を左右へキョロキョロ。
なにしろ、ゴブリンは繁殖力が強く、成長速度も早い。
だから、冒険者の間では『見かけたら必ず全滅させろ』と言われている。
しかも今回の依頼は、この広い麦畑に巣食うゴブリンの徹底駆除。
刈り入れが始まるまでに片付けなければならないのに、一匹でも残せば大問題だ。
他の冒険者パーティも、きっと別の場所で戦っているはず。
ここで取り逃がしたら、私たちのせいで余計な迷惑がかかってしまう。
「ふっ……。愚か者め」
そんな私をよそに、レイモンドさんは余裕の笑みを浮かべ、右掌を掲げた。
そこからほとばしった光線は、一直線に天へと昇る。
それは五方に散って、流星のような軌跡を描いて降り注ぎ、麦畑へ散ったゴブリンたちを正確に貫いた。
「ゴブ! ゴブゴーー!」
悲鳴が次々にあがり、麦畑のあちこちで火柱が噴き上がった。
爆発音と土煙が連鎖し、視界が赤と黒に染まる。
ゴブリンたちとの遭遇から、まだ1分どころか、30秒も経っていない。
信じられないほど、あっさりと片付いてしまった。
「おい、こんなものか? 呆気なさすぎて、つまらんぞ。もっと歯応えのある場所へ連れて行け」
「ええぇぇ~~~っ!?」
冒険者ギルド職員のお姉さんはレイモンドさんを『世間知らずのお坊ちゃん』と評していた。
でも、絶対に嘘だ。
私は情けなく叫ぶしかなかった。




