第44話 夏祭りの前夜、君と
夕方。
部屋の窓から、燃えるようなオレンジ色の夕光が差し込んでいる。
俺はベッドに寝転がったまま、今日何度目か分からない「トーク画面」を開いていた。
最後のメッセージは、昼間に送った一言。
『明日、楽しみにしてる』
既読はついているのに、返事はない。
スマホを握る手が、じんわりと汗ばむ。
――もう一回、何か送ろうかな。
でも、しつこいと思われないか。
画面を見つめる。一分、二分……。
その時、不意にスマホが短く震えた。
『私も、すごく楽しみ!!』
短い一言。
たったそれだけで、肺の中に溜まっていた重たい不安が、一気に春の風に変わる。
俺は返事を打とうとして、指を止めた。
「楽しみ」なんてさっき言った。
「明日ね」じゃ、少し冷たすぎる気がする。
打っては消し、打っては消しを繰り返していると、再び通知が踊った。
『浴衣、ちゃんと着られるか不安……。変になってないかな』
想像する。
真琴たちが選んだ浴衣に身を包み、鏡の前で不安そうにしている美咲を。
俺の指は、思考よりも先に文字を綴っていた。
『大丈夫。絶対似合ってるし――』
一瞬、躊躇して、でも送信。
追加で、心臓が痛いくらいに脈打つのを感じながら、もう一通。
『見惚れる自信しかない。……っていうか、もう確信してる』
送信した瞬間、あまりの恥ずかしさにスマホを顔に押し当てた。
「……っ、何言ってんだ、俺……!」
これじゃ、まるでナンパ師みたいじゃないか。
引かれていないか。
一秒が永遠に感じるほどの静寂。
ピロン。
『…………ありがとう。楽しみにしてて』
照れて顔を真っ赤にしているスタンプ。
俺は、全身の力が抜けるような安堵感に包まれ、一人でベッドの上を転げ回った。
一方その頃、美咲は自分の部屋で、吊るされた浴衣をじっと見つめていた。
真琴と菜月が「悠真くんを落とすならこれ!」と選んでくれた、淡い水色に花が散るデザイン。
――本当に、似合うかな。
不安な気持ちでスマホを見ると、悠真くんからの強烈なメッセージが目に飛び込んできた。
『見惚れる自信しかない』
「…………っ、もう、バカ……」
読むたびに、頬から火が出そうだ。
でも、その真っ直ぐな言葉が、私の背中を優しく押してくれる。
美咲は震える指で、ずっと書きたかったけれど飲み込んできた言葉を打ち始めた。
『明日は……迷子になったら嫌だから、手、繋いでもいい……?』
「あぁぁ、もう! 何言ってるの、私!」
送信ボタンを押してから、顔を覆った。
でも、これは真琴たちとの約束。
そして、何より私の本音。
一分後、スマホが震えた。
『もちろん。俺から、離れないで』
その返事に、美咲は息を呑んだ。 彼の言葉が、一文字一文字、心臓を甘く刺していく。
夜十時。
眠らなきゃいけないのに、頭が冴え渡っている。
目をつぶれば、明日隣を歩く彼女の笑顔ばかりが浮かぶ。
その時、画面が白く光った。
『……もう寝る?』
『まだ起きてるよ』
『私も。……なんだか、眠れなくて』
『奇遇だな。俺もだよ』
短いラリー。
でも、深夜の静寂の中で、文字が体温を持っているみたいだ。
『明日が楽しみすぎて、遠足の前の子供みたい』
美咲からの微笑ましいメッセージ。
俺は小さく笑って、一番伝えたかった言葉を打つ。
『俺もだよ。……早く、明日になってほしい』
『うん。……じゃあ、そろそろ寝よう。おやすみ、美咲』
『……おやすみなさい、悠真くん。……明日、絶対に迎えに来てね』
「悠真くん」という名前に、胸がぎゅっと締め付けられる。
スマホを置いて、深く息を吐いた。
でも、やっぱり眠れない。
明日、俺は彼女と夏祭りに行く。
あの眼鏡の裏に隠れていた「ぼっち」が、美少女四天王と呼ばれた彼女の手を引いて歩く。
想像するだけで、世界が輝いて見えた。
窓の外、夜の静寂が、明日という「特別な一日」へのカウントダウンを告げている。
――明日、最高の一日にしよう。
俺は少しずつ、けれど確かな幸せを感じながら、深い眠りへと落ちていった。
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