↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボッチの僕、イケメンの俺  作者: リディア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/58

第37話 夜空に咲く その1

 空の青さが深まり、藍色に変わり始める。


  会場に近づくにつれて、遠くからお囃子の音と、醤油が焦げる香ばしい匂いが漂ってくる。


 人の波。

 高揚した笑い声。

 カラン、コロンとアスファルトを叩く下駄の音。


「あー! 白石く〜ん、こっちこっち!」


 人混みの向こうで、桜井さんが大きく手を振っているのが見えた。

 その隣に中村さん、そして――。


「…………」


 雑踏の音が、一瞬で遠のいた気がした。


 そこに、彼女がいた。


 淡い桃色の生地に、鮮やかな花柄が散りばめられた浴衣姿。

 いつもは下ろしている髪が綺麗にアップにされ、白く華奢なうなじが、提灯の明かりに照らされて露わになっている。



 綺麗だ。



 そんなありふれた言葉じゃ足りないくらい、息が止まった。


「……白石くん? どうしたの、そんなに固まって」


 橘さんが、不思議そうに小首を傾げて覗き込んできた。

 いつもより少し濃いめのメイクが、彼女を急に大人びて見せる。


「……い、いや。何でもない。……その、似合ってる、なと思って」

「……えっ」

「あ、いや! ……とりあえず、行こうか」


 俺は自分の顔が一気に熱くなるのを感じて、慌てて視線を逸らした。


 橘さんも「……ありがと」と蚊の鳴くような声で答えて、扇子で口元を隠している。


「はいはい、見せつけないのー。ほら、屋台回るよ!」


 桜井さんがニヤニヤしながら俺の背中を叩き、四人で歩き出した。


 金魚すくい、焼きそば、真っ赤なりんご飴。


 祭りの熱気が肌にまとわりつく。


 桜井さんと中村さんが先頭で「あれ食べたい!」と騒いでいる後ろを、俺と橘さんが少し遅れて歩く。


 慣れない下駄のせいか、橘さんの歩幅はいつもより小さい。

 それに合わせるように、俺もゆっくりと歩く。


「……人、すごいね」

「そうだな。はぐれそうだ」

「……うん」


 橘さんが、人波に押されるようにして、すっと俺の方に寄った。

 ふわりと、甘い香りが鼻先をかすめる。

 シャンプーの匂いじゃない、整髪料と、彼女自身の匂い。


 距離が、近い。


 歩くたびに、俺の腕と彼女の浴衣の袖が、触れるか触れないかの距離で揺れている。


「……はぐれないように、しないとね」


 橘さんがそう呟いて、俺の浴衣の袖を、指先でちょこんと掴んだ。


 布越しなのに、そこから電流が走ったみたいに熱い。


「……ああ。絶対、はぐれないようにする」


 俺は前を向いたまま、短く答えた。


 周囲の喧騒も、遠くで鳴り始めた花火の合図も、今の俺には届かない。


 耳の奥で響いているのは、痛いくらいに速く打つ、自分の心臓の音だけだ。


 ――今日だ。 この熱が冷めないうちに。


  夜空に大輪の花が咲くその瞬間に、俺は、全部を伝えるんだ。


「あ、そうだ。ねえ、二人とも」


 人混みの流れが少し緩んだ場所で、桜井さんが突然足を止めて振り向いた。


 その目は、楽しそうに細められている。


「私たち、あっちの屋台見てくるね。向こうに凄いのがあるみたいだし!」

「え?」

「菜月も、射的やりたいんだって。ね?」


 話を振られた中村さんが、口元のりんご飴を離してコクンと頷く。


「……うん。特賞取るまで、帰らない」


「ちょ、ちょっと待ってよ。四人で回るんじゃ……」


 橘さんが慌てて声を上げようとしたけれど、桜井さんは聞く耳を持たない。


 俺の方を見て、パチリと片目でウインクを飛ばしてきた。


『――あとは、頑張んなさいよ』


 声には出さないけれど、その口の動きは確かにそう言っていた。


「じゃ、花火始まる前に連絡するから! それまで逸れないようにねー!」


 言うが早いか、二人は俺たちの返事も聞かずに、人混みの中へと消えていった。

  嵐のような早業だった。


 残されたのは――俺と、橘さんだけ。


 周囲の喧騒は変わらないはずなのに、急に世界が静まり返ったように感じる。


 行き交う人々が川の流れのように俺たちを避けて通り、この場所だけがぽっかりと孤島になったみたいだ。


 二人きり。

 もう、誰も割り込まない。


「……行っちゃった、ね」


 橘さんが、困ったように、でも少しだけ安堵したように眉を下げて笑った。


「……だね。完全に、計られたな」


 俺は苦笑いしながら、心の中で真琴さんたちに深く感謝した。


 これは、「行け」という合図だ。


 もう逃げるな、という彼女たちなりの荒っぽいエールだ。


「……どうする? 追いかける?」


  橘さんが上目遣いで聞いてくる。


 でも、その瞳は答えを期待しているように潤んでいる。


 俺は、首を横に振った。


「いや……このまま、二人で回ろう」


 その言葉を口にした瞬間、橘さんの頬が、提灯の明かりよりも赤く染まった。


「……うん。……私も、そうしたい」


 蚊の鳴くような、でもはっきりとした肯定。


 俺たちの関係は、もう「友達グループ」という隠れみのを失った。


「じゃあ、行こうか」

「うん」


 俺たちは並んで歩き出した。

 さっきよりも、意識して近づけた肩の距離。

 浴衣の袖が触れ合うたびに、心臓が痛いくらいに跳ねる。


 花火が上がるまで、あと数時間。

 この喧騒の中で、俺たちは「二人だけの世界」へと踏み込んでいった。

 本日も読んでいただきありがとうございます。

 もし「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけたら、ブックマークや評価をしていただけると執筆の励みになります!

 どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。