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ワールド・エラー ―境界と案内人―  作者: 藍乃木是羅
第1章 境界と案内人
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#019 駆り立てる衝動

 探索用の小型ライトが周囲を照らす。小さいながらに光は強く、廊下の向かいの壁をも照らし出す。

 天井のライトは光源部分が割れていて使えない。壁は硬い材質で、白い塗装の痕が微かに残っている。所々金属製になっているところもあり、錆びて脆くなっている。横の壁にはいくつか扉が設けられており、それぞれが部屋に別れているらしい。破られたものもいくつかあるが、中には特に何かがあるのでもないようだ。


 敵影が無いのを確認しつつ、シェリーは廊下の向かいの曲がり角まで駆け足で移動し、エルミナがその 後ろに続く。

 角に着くと足を曲げて姿勢を低め、両眼とレーダーを併用して機体の影を捉えようとする。急いでいるとは言え、何の警戒も無しに走り抜けるのは自殺行為である。あくまで安全を確保した上で進行しなければならない。


「エルちゃん、いつ戦闘になっても大丈夫なように、銃の準備しておいて。両方(・・)ね」

「大丈夫です」


 顔は廊下の先に向けたまま、エルミナは戸惑うことなく返答する。ここに足を踏み入れた時点で、戦闘になることは覚悟している。

 しかし、銃を握り締める両手は抑えようもなく震え続ける。頭で理解できても、心の平静を保てるか否かはまた別の問題だ。暗闇に包まれている為に、身の回りを常に覆う冷気が際立って寒く感じられるのだ。身体の芯が冷えて緊張がせり上がってきては、それを振り払おうと頭を振る。


 何度か角を曲がり、熱源の感知された方向へと進んでいくと、行く手に2つの扉が現れた。地図で構造を見る限り、ここで建物は大きく2つに分断されているらしい。T字路になっていて、相変わらず敵の影は無い。

 地図はちょうど正面を目的地としているが、地下構造を考慮に入れれば恐らくまだ道は長い。


「シェリーさんは左へ。私は右に進みます」


 エルミナがそう告げた。有無を言わせぬ口調であつた。


「二手に別れるの? 1人じゃ危ないわよ」

「早く探し出す為です。いずれ警備隊も来ますから」


 シェリーが戸惑っている間にエルミナは右へと走り出し、扉を開けて安全を確認すると、振り返らずにすぐさま階段を降りた。シェリーの気遣う声も聞かぬままに。


 降りた先には3つの分かれ道。地図で位置を確認し、真ん中を駆け抜ける。敵影は無い。不気味なくらいに静かな施設跡を、1つの足音が通り抜けていく。

 前方を確認し、後方を確認する。物陰に隠れては周囲を見渡し、銃を構えては向かい側へ向ける。命じられた機械のように一つひとつの動作を正確に明確に行い、進むべき進路を走り続ける。

 だが、彼女をここまで突き動かすのは機械的な使命ではなく、その心に生まれた"衝動"だ。


 手に握りしめる物は、拳銃型装置から"拳銃そのもの"に変化していた。そう、実弾だ。

 あの機体がいない事はレーダーによって明らかになっている。他に何か行く手を阻むものがあれば、それは人間だろう。そう判断してのことだ。


 だが、ここに来て彼女の予想は外れた。暗闇の奥から床を叩く金属音が響き、徐々に音量を増していく。エルミナは即座に2つの武装を持ち替え、十字路から視線を覗かせた。

 音が聞こえるのは左手、レーダーが示すのは1体きり。目的地へ向かうには右側の通路が1番近い。無理に戦闘をする必要は無いが、無視して進んだところで気づかれるのは同じ。


 じっくりと思考を巡らせる余裕は無い。先手必勝とばかりに左側に機械銃を向け、撃ち込んだ。煌めきで通路が明るく照らされ、対象となった機体はよろめきつつも姿勢を正した。例によって効果は薄いが、エルミナが右へ駆け出す時間を作るには十分だった。

 ライトを片手に長い通路を一直線に走る。通路の交差地点で立ちどまる暇も惜しく、真っ直ぐに突き進む。

 程なくして背後から硬い足音が追走を開始する。全力疾走するエルミナよりも鳴る間隔は短く、1歩で進む距離的間隔は恐らく広い。身体的能力の歴然たる差を体感し、エルミナの脳内は焦りと恐れに支配される。


 目の前に開けた空間が映った。ドアは破られていて、申し訳程度に入口を塞ぐ板の残骸は、手で少し力を加えるだけで簡単に押し退けることができた。左右には大型の機械、書類の詰まった本棚、長机が並び、研究室のような趣きを醸し出している。

 そんな雰囲気にも構わずに走り続ける。だが、来るべくして体力の限界が訪れた。膝に手を置いて荒く息をつくと、背後から迫る足音が急速に近づいた。このままでは見つかってしまう、緊張が最大限まで高まった。


 エルミナは力を振り絞り、左に見えた大型機械の隅に飛び込むように床を蹴った。どうにか直線上からは逃れたものの、この程度で相手が見失うはずもない。

 相手はすぐにエルミナの隠れた方向に顔を向けた。あの禍々しいセンサーが光を散らす。

 すると、戦闘型AIはどんな戦略を弾き出したのか、彼女が隠れた場所から1つ手前の機械へ向かった。外装は金属製で、球に近い多面体の形をとっている。敵機体はその下に腕を回し、足を開いて力を加え始めた。


「……機械ごと潰すつもり!?」


 見掛け上の抵抗はほとんどなく、固定具が力なく折れて吹き飛んだ。そのまま上へ持ち上げて、躯を大きく反らせると目に捉えられない勢いで腕を振り下ろした。

 エルミナは反対側へ避けた。機械同士が衝突して轟音を上げ、部屋中にガラスの破片が散らばる。少しでも身体に当たれば身を切られるであろう大きさだ。

 あまりに大きな衝撃に相手がこちらを見失ったらしい。右へ左へとカメラを光らせるその一瞬に、エルミナは引き金を引いた。再び痺れたように機械が身を屈める。上を見上げると、衝撃に耐えかねた天井に亀裂が入っていた。


「よし、狙い通り……」


 部屋に入り込んだ時、エルミナは天井のひび割れを発見していた。逃げ込んだのも咄嗟の判断ではなく、少しの衝撃でも建物が崩落する事を予想しての事だった。機械を丸ごと投げるける行動は予想外ではあったものの。

 崩れ落ちる音を背に、部屋を抜け出し先を急いだ。まだこの闘争は終わっていない。そう駆り立てる心情から、脚の回転が上がっていった。




「……っ! ステラさん、後ろから新手が!」

「任せて!」


 東区外周部。出現した戦闘型アンドロイドが数を減らすことはなく、寧ろ無尽蔵に増え続けていた。1体動けなくすれば2体が、2体破壊すれば4体が、四方八方から戦地に飛び入っては暴れる。

 警備隊の面々は先程より離れた位置に陣取り、敵機体を分散させるべく弾丸と爆薬を放っている。その先、つまり最前線では、作戦に参加しているサポーターのアンドロイドが各地から集結し、守りを固めながら各個撃破する戦法を取っている。


 特にステラは周囲よりも速いペースで破壊していく。その一挙手一投足に無駄なものはない。

 5日前、彼女はいち早く戦闘型アンドロイドに遭遇し、その戦闘データを得ていた。今こうして優勢を保っているのは、主にそのデータが全個体に共有された結果である。

 他にも細かな要因はある。敵集団の統率が取れていないこと。相手側の利点であった遠距離武装が尽きたこと。集まった味方の機体が、人間型でありながら戦闘経験を幾らか積んでいるという事もある。これは直接知ったのではないが、洗練された動きから推測できる。


「アスト君、上!」

「はい!」


 そして、ステラはある事を気にしていた。次々に襲いくる機体は5日前の機体と同型ではあるが、その中に"遭遇した機体そのもの"がいなかった。

 見た目はほぼ完全に一致している上、全ての機体を捉え切れてはいないので、事実と断定するには不確実であった。しかし、彼女の"脳"にも生身の人間に似た直感が作用していた。あの時はもっと苦戦させられたはずだ、と。


 後ろから突き出される拳を振り向きざまに掴み、慣性を利用して相手の躯を回転させ、地面に叩きつける。背中側でアストが相手の足を取り、背負い投げの要領で投げ飛ばす。

 ステラの感じた違和感は消えなかった。やはり、何かがおかしい。大戦中の兵器にしては弱すぎるのだ。

 最初に圧倒されたあのたった一体の機体、あれこそが本物の兵器であり、今現在、集団で掛かってくるこのアンドロイドはまがい物である。機械らしくはないが、そんな予想が頭を駆け巡った。


 第7波目の襲撃が止んだ。周囲のサポーター等はひび割れだらけの地面に腰を下ろし、ガイドはそれを見て遠くから駆け寄ってくる。

 ステラやアストは素手で格闘戦に挑んでいたが、サポーターの中には武装している機体もあった。戦闘用と思われる肉厚の大剣を装備した銀髪の少年は、つい先程まで自身の身長以上もあるそれを振り回していた。

 ガイドも丸腰ではない。機械銃以外にも実銃を所持し、離れた場所から相手のセンサー部分を目掛けて撃つなどして応戦していた。地面に転がる敵機体の頭部に幾つか穴の空いたものがあるが、何度か上手く命中したのだろう。


 ステラは1人だけ立っていた。周囲よりも損傷は少ないが、服装に攻撃を掠めた痕が残っている。穴も何ヶ所か空いているが、躯への直撃は免れている。

 少し離れた地点にアストの目立つ青髪を発見すると、彼女はまるで疲れを感じさせない動作で駆け寄った。


「お疲れ様……あれ、どうかしたの?」

「『どうかしたの?』って、ステラさんは何で平気なんですか……。僕より動いてたのに」


 手を着いて座り込むアストは、空中にスクリーンを展開し何かを表示させていた。彼の全身図の隣に幾つか細かい数値が並ぶ画面──機体のパラメータだ。


 人型アンドロイドは、大抵が自身のAIの他に補助機械を身につけている。ステラやアストで言えば、腕のパネルと首元に付けた半球状の出力装置がそれに当たる。

 幾らアンドロイドのAIが高度であっても、システムに負担が増えれば処理は当然遅くなる。人間型の本体のAIは、人間に近づける為に様々なシステムを搭載しているので、情報処理を本体と補助機械とで分担することで負担を低減させている。

 なお戦闘型は、補助機械に相当するものを持っていない。彼らは人型であるだけで、人間に似た思考・感情を持つようには造られていない。処理を分担する必要が無いのだ。


 ステラが画面を覗き込むと、そこにははっきりと異常を告げる文字が記載されていた。


「脚の駆動部にダメージが……これじゃ動けないね。少し後ろに下がってて」

「えっ、でも、いつ攻撃がくるか分からないのに、ステラさんだけ残して下がるなんて……」


 彼の切りそろえられた前髪が瞳を隠す。言いきらずに口を結んだまま顔を伏せると、ステラが彼の右手を取った。


「アスト君。私は大丈夫だから、今は休んで。これ以上無理したら、本当に壊れちゃうよ? ……アスト君が頑張ってくれて、私も助かったよ。ありがとう」


 そう言って明るく微笑みかける。アストは俯き加減だったが、最後の言葉を段々と顔を上げた。彼の頭の動きに合わせるようにステラは立ち上がり、背を向けた。


「──だから、後は任せて」


 呟いた直後、硝煙の匂いが消えないうちに第8波の銃弾が空から降り注いだ。放たれた方向は2人の目の前だった。

 着弾する瞬間、両手が身を塞ぐ。右腕に電流のような衝撃。乱射された弾丸は地面にも当たり、砂煙が周囲を包んだ。視界が悪くなるが、相手から目を逸らす訳にはいかない。

 現れた機体はそのまま彼女を飛び越えていった。硬質な音を立てて着地すると、機影を感知して立ち上がるサポーター達に襲い掛かる──ことは無く、深く脚を曲げるともう一度高くジャンプする。


「ステラさん!」


 アストは慌てて立ち上がり、彼女の安否を確かめようとする。先のアストと同じように左手で画面を立ち上げると、損傷箇所と詳細の通知が映し出される。しかし、そんな詳細は見るまでもない。ステラ自身にも、右腕の肘近くに穿たれた穴が見えていた。

 損傷直後にAIが自動で(無意識的に)痛覚を遮断したので、痛みはほんの一瞬であったが、修復は不可能である。


「油断したね……遠距離武器をまだ持っていたなんて……」


 自身の損傷ばかりに構ってはいられない。集団で出現してきた今までとは違い、現れた機体は一体のみ。その機体は疲弊した人間型アンドロイドの群れを一瞥もせず、飛び越えて奥へと進んだ。向かった先は瓦礫の山、そして熱源体が発見された場所。

 本部からの通達で、エルミナとシェリーが先行して潜入したことは知っていた。ならば狙われているのは彼女等だ。更に、それは熱源体が"彼等"と関係している証拠でもある。


 ステラは無言で立ち上がり、左腕と首元の機器を取り外してアストに預けると、機体を追うべく足を踏み出した。アストの呼び止める声にも振り向かず、味方の集団の中を突き抜ける。

 それは、誰に指示されたのでもない、自ら生じたあの"衝動"だ。


 隙間があった場所は既に塞がっていたものの、別の場所に大きな穴がつくられていた。

 傍らには着脱式の銃器、機関銃が捨てられていた。これを撃ち尽くして外壁を破ったのだろう。そこから侵入したとすれば、同じ方法をとったのでは間に合わない。


 判断してすぐに、ステラは大きく跳躍して地上から距離を取った。彼女の身は傾きの急な放物線状の軌道を描き、高度10mで力が打ち消しあって静止した。対空時間はほんの数秒。その間に、彼女はカメラのモードを切り替え、発見された熱源体とは別の物を捕捉する。人間ではない人型の動体。

 重力に引かれ落下するその刹那、ステラは左脚を突き出して姿勢を固定し、地面の脆くなっている部分を標的と定めた。自重と重力によって発生した力は、地盤の耐えられる限界を大幅に超えた。


 轟音を立てて土砂が飛び散り、その中心に手をついて着地する。その下の床まで抜けてしまわないように、飛び上がる高さや威力は計算されていた。

 目を開くと、そこには急停止した機械兵器の姿。狙い違わず行く手を塞ぐことに成功した。


「ここから先には行かせない。エルの邪魔はさせないよ!!」


 彼女の瞳が黒金(くろがね)の仮面を睨みつけ、赤い閃光がこちらを射抜いた。機械の眼が交錯し、次の瞬間には同時に床を踏み込んでいた。

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