#018 敵地へ
呆気に取られていると、下から呼び声が聞こえた。
「エルちゃん、加勢しに来たよ」
「あ、シェリーさん。ステラが向こうに……」
エルミナが向かいを指すと、ステラや他のアンドロイドの姿は見えなかった。周囲を見渡すが、背の高い建物はこの辺りには無く、また隠れられる場所もない。端末を起動して彼女の位置を確認すると、既に1kmは離れた地点に反応があった。
エルミナは全機体が無力化されたことを確認し、半壊したビルを下りた。
「こんな所にいたのね……何体くらい?」
「ここにいる10体と、ステラを追っていったのが5体はいました」
言いながら足元を見回して寒気が走った。動かなくなった機械人形たちがそこらに転がっている光景は、エルミナに得体の知れない恐怖を感じさせた。
生物ではない無機質な、それでいて無理に活動を止められた苦しみのようなものを表現する様。生きているはずもないのに、まるで機械が"悲鳴"を上げているようであった。
「この辺りに、何か怪しいものはあったかしら。」
「いえ、人が隠れている様子はありません。……増援が来るかもしれないですから、一旦どこかへ移動しましょう」
「そうね。アスくん、戻るわよ」
彼女が声を掛けると、アストは民家に空いた横穴から飛び降りてきた。ステラを追いかけようと姿を探っていたらしい。
戦闘地点から少し離れると、エルミナは速足で移動しながら、ステラと連絡を取るべく端末を手に持った。数コール待つが、一向に繋がらない。まだ戦闘している可能性が高いので、しばらく待つべきだろう。
外周寄りに3ブロック進むと、反対側から駆けつけてきた人員が姿を現した。6人組で、ヘルメットに防弾具と、全身を黒く包む警備隊の格好をしている。エルミナの物と同型の機械銃の他に、拳銃、機関銃などを所持している。
現状確認等、会話は3往復で十分であった。警備隊のうち2人は、瓦礫の影に隠れていた例のペアの元へ向かっていった。情報は既に共有済みなので、あとは本部の指令を待つのみである。
本部は案内所ではなく、プレスティアのちょうど真ん中に所在する"都市防衛センター"に存在する。広域に渡る全都市に警報を発令し、現在外で行動しているのは作戦メンバーに限られている。もっとも、外周区では徹底されていない様子だが。
普段は都市の治安維持に勤める防衛センターが中心となり、指揮を執っている作戦。ここまで大掛かりな作戦が展開された例は、大戦後においては初めてである。戦争兵器が復活したともなれば当然だろう。
プレスティア全域を巻き込んだ騒動、発展すれば更なる大事件を引き起こすことになろう。1分1秒たりとも予断を許さない状況であった。
指令はすぐに来た。エルミナが代表して連絡を取る。
『警備隊の4名は例の機動兵器を追撃、ガイド等は周辺施設を引き続き捜索せよ』
若い男性の声で指示が出される。警備隊4人は了解の意を示すと、ステラが飛び去った方向へと走った。
『被害を受けたというペアの安否は』
「警備隊の2人が救助に行きましたが、確認はまだ……いえ、ガイドは無事です。サポーターは負傷していますが、機能に大きな問題は無いようです」
通話の途中、4人が向こうから歩いてくるのを確認し、エルミナは手短に報告した。アンドロイドは頭部を負傷すると、ほとんどの場合は起動しなくなるのだが、幸いにも中枢には傷がつかなかったようだ。
ガイドも無事ではあったが、何一つ装備品を持っていなかった。通信機器も破壊されたらしい。
そのことに気づいたエルミナが付け加えようとすると、すぐに判断が下された。
『そのペアには撤退するように伝えよ。以上』
画面が閉じて前を向くと、そのペアが近くにまで来ていた。ガイドは20代前半と見える短髪で細身の男性で、銀縁の眼鏡を掛けている。サポーターは薄いベージュの髪を少し伸ばした女性型だ。
アンドロイドの方は頭部を損傷していて、痛々しい傷跡が整っているであろう顔つきを曇らせている。身体の痛覚は遮断できても、感情の痛みを消すのは不可能だ。
男性は前に出て深く一礼すると、眼鏡を指で押し上げて遠慮がちに話し始めた。
「ありがとうございます。おかげ様でなんとか助かりました」
誰が見ても彼の方が年上だろうに、なぜか異様に畏まった口調だ。彼の個性とも考えられるが、もしそうだとしても、エルミナにしてみれば余計な緊張を呼び起こしてしまう原因であった。
「いえ、その……さっきはすぐに救援に行けなくてすみません」
「とんでもない。あれは僕の判断ミスですから。敵機体の集団を見て、焦って『攻撃しなければ』と思ってしまって。その結果、相棒もこの通りです」
右に顔を向けると、それまで伏し目がちにエルミナを見ていた彼女は、かなり勢いよく顔を背けてしまった。損傷しているのは主に顔の左半分であり、それを見られたくないという気持ちが働いたらしい。
壊れた箇所を見れば"機械"であるが、強情にも傷を隠そうとする所は"人間"に近い。機械のような傷を負いながら、人間のように恥じる。今の彼女は、パラドックスにも似た不思議な存在──なのかもしれない。
視線を戻すと、ガイドの男性が丁寧にも再度頭を下げようとしたので、エルミナは慌てて両手で制した。
「私がしたことは本当に大したことじゃないですから。とにかく今は撤退して、サポーターの方をゆっくり休ませてください」
「解りました。……それにしても、あなたはお若いのに本当にしっかりしていますね。僕なんかより全然……おっと失礼、無駄話をしている場合ではないですね。とにかく、本当にありがとうございました」
最後に軽く一礼したのを最後に、彼等はゆっくりと中心部へ歩き出した。結局その少女は1度も振り向くことはしなかった。
エルミナは彼女の傷ではなく表情を心配していた。頭脳、即ちAIは機体の損傷を現実として冷静に受け止めながら、ココロの方では落ち込んでいるのだろう。彼女が"ココロ"を持った機械であるからこそ生じる矛盾だ。
しかし、今はゆっくり考えている暇は無いのだ。
シェリーに後ろから肩を叩かれ、エルミナは即座に思考から抜け出した。後ろではアストが周辺を警戒している。
「私達はもっと外周の方へ行ってみようと思うんだけど、エルちゃんも着いて来て。1人じゃ危険だから」
彼女の言う通り、ステラがいない状態で例の"強化された"機体に遭遇しようものなら、対処のしようが無い。アストは体格では若干劣るものの、素早さを生かして立ち回ることができれば相当な戦力となる。
ガイド2人にサポーター1人というイレギュラーな構成で、3人グループは行動を開始した。
ただでさえ物陰の少ない外周部だが、外側に進むに連れて一層建築物が少なくなっていく。ここまでくると建物の残骸すら残らず、ただ瓦礫と化した壁やコンクリートが転がっているだけだ。
背の高い遮蔽物が無いということは、こちらにとっても都合が良かった。待ち伏せ、奇襲の類を受けることなく進めるからだ。
何度も眺めるうち、外周の景色が記憶に染み付いていくようだった。しかし慣れることは無い。家の屋根だった物や自動車の車輪やドアが四散する様子、果てには破られた人の服に染み付いた血痕までも目にすることになり、非常に気味が悪かった。
調査の前に感じていた、漠然とした恐怖とは異なる感情。人の生活が奪われた惨状を見つめ、それでも平気な顔で歩き続けられる人間などいない。
「……」
「エルちゃん、大丈夫? さっきから随分顔色が悪いわよ」
気遣いを受けて初めて、エルミナは自分が俯いていることに気づいた。顔を上げつつ右を見ると、シェリーが覗き込むように顔を近づけていた。
「大丈夫、です。これは私の仕事なんだから、私がしっかりしないと……」
自身を奮い立たせようと表情を強ばらせつつ目を見張る。シェリーは姿勢を元に戻し、それ以上声を掛けなかった。
道を東へと歩み続ける。遂に何も目印が見えなくなってくる。
根元から折れた電柱が地面を抉り、そこから道なりに生じている亀裂。折り重なるように倒れる家の壁。道路が途切れ途切れになり、地図無しでは方角の判別もつかなくなる程に混沌としている。
振り向くと壁が見えた。東区最大のショッピングモールから見下ろした時は遥か遠くに連なっていたそれが、今は背後を覆うように高くそびえている。
「アスくん、敵の反応は?」
「ありません。建物自体この辺りには無いですし、こんな所に戦闘型がいるなんて、とても……っ、この反応は!」
アストが驚いた様子で言い放った。画面を僅かに凝視した後、左後ろ方向に目を移した。エルミナやシェリーもそれに倣って同じ方角を注視するが、視界内には特に変わった物は存在しない。
シェリーが訳を尋ねようとアストに話し掛けたところで、それはこちらに向かってきた。距離は開いているものの、赤い髪をなびかせながら飛び跳ねてくる様子がはっきりと見えた。
「エルー、大丈夫!?」
その人影は大声で叫びながら距離を瞬時に詰め、3人の前に膝を着いた姿勢で着地した。すぐに立ち上がり、目線がエルミナと合う。
「ステラ! どうしてこっちに……あのアンドロイドはどうしたの?」
「警備隊が援護してくれたから、早く片付けられたんだけど……まさか、全部"強化型"だとは思わなかったよ」
「ってことは、ステラが1人で全部倒したの? よくそんなに短時間で終わったね」
「うん。他の人が敵を分散させてくれたから、そこまで大変じゃなかったかなぁ……」
言葉とは裏腹に語尾が弱くなっていく。加えて普段よりも少し疲れ気味の瞳からも、エネルギー消費の激しい戦闘であったと予測できる。
人間のような"疲れ"は無いものの、機械とて当然エネルギーは消費する。人間型の場合は、エネルギーの減少が擬似的に"疲労"に似た物として表現されるのだ。
「まだ動ける?」
「私は大丈夫。……って、それより聞いて! さっき戦闘型と戦ってた時なんだけど──」
そこで間を挟み、声のトーンを下げて続けた。
「──境界の歪みを見つけたの」
言葉を正確に解釈するまで数秒を要した。境界と戦闘型アンドロイド、今までこの2つのワードが関連する事柄があったとすれば"境界大戦"くらいだ。
いずれにせよ疑問は解けず、いよいよもって事態は混迷を極めていく。
「境界……こんな時に転移現象が起こったっていうの?」
シェリーが予想を口にするが、ステラは首を横に振る。
「人影は見えなくて……代わりに、その近くに機械の反応があったんです。多分アンドロイド、それも戦闘型の」
発言を聞いたエルミナの脳裏に、何度目かの嫌な予感が疼いた。事件発生から5日、そして事件発生の前日も含めた6日間。その間に何度も悪寒を感じたが、今のそれはこれまでの何倍もの不安を纏っていた。
これだけでも十分驚愕に値したが、ステラの報告はまだ終わっていなかった。
「それと……さっき警備隊の人が言ってたんですけど、敵の動きがおかしいって。その人は大戦中にも戦闘を経験したって云ってて、その時と比べて行動パターンが乱れているらしいです」
「それは……故障、じゃないよね」
エルミナが頭を抱えていると、アストがまたも声を上げた。
「敵機体の反応です! 東から6体、西から4体」
その声にステラが身構え、エルミナはシェリーに連れられて偶然付近にあった遮蔽物の裏へ入り込む。2人が隠れたことを確認し、ステラとアストは背中合わせに敵影を探す。
束の間の静寂。周囲の空気が張り詰め、前衛の2人の表情は段々と険しくなっていく。湿気を含んだ微風が肌を撫で、砂塵が舞い上がる。
視界の霧が薄まると同時に、3つの銃撃が爆音と共に叩き込まれた。
ステラとアストは斥力によって弾き出されるように飛び出した。それを合図に格闘戦が始まる。エルミナ達のいる場所にも伝わる程に戦闘は激しく、地に響く発砲音と、甲高い衝突音が絶え間なく繰り返される。
エルミナはステラが駆けた方へ照準を定め、煙が完全に晴れるのを待った。そして、対象の影が明確になった所へ撃ち込む。シェリーも隣で同様に射撃を開始する。
2人はそれぞれのサポーターから離れた機体を狙っている。もし誤ってサポーターに向けて撃ってしまうと、彼等が機械銃の効果を受けかねないのだ。
機械銃はそもそも対人型アンドロイド用に開発された装置であるから、効果を発揮する対象の中にはサポーターも入っている。敵味方を識別することなく、対象となる機体を全て停止させてしまうこの装置は、正しく諸刃の剣である。たった1度の誤射も許されない。
間違いなく射撃は当たっているが、どの一体も動作を止めない。半ば予想通りだが、全て外装を"強化"された機体だ。
そこへ新たな銃撃音が加わる。新手かと思い端末からレーダーを呼び出すが、反応したのは機械ではなかった。再び戦場を見上げると、黒い鎧を纏った集団が応戦していた。その数は20人以上。自分の身長程もある盾を構え、攻撃を防ぎつつ隙を見て弾丸を撃ち放つ。
当然通常の弾丸を撃ったのでは、機体の装甲に容易く跳ね返されてしまう。つまり、当てることではなく機体を誘導、分散させることが目的と言えよう。
一進一退の攻防というよりは、退きながらも相手の戦力を少しでも削ごうとする手法だ。その為人数が多いにも関わらず劣勢を強いられている。
エルミナ達は攻撃が通じないと見て、撤退するべきかと考え一旦壁から離れた。崩れた地盤の中に、地下へと続く小さな空洞を見つけたのはその時だった。
「シェリーさん、あれは……」
エルミナが細い隙間を指さすと、シェリーは少し目を細めた。不安定な足場をつたいながら近寄り、人が通れるかも分からない程に狭い亀裂から内部の様子を伺う。どうやらただの土砂とコンクリートの塊という訳ではなさそうだ。
「中に通路があるわね。地下施設……こんな所に何か施設でもあったかしら?」
記憶を辿るが、それらしい施設の名前は浮かんでこない。第一、この一帯は大戦の被害を受けて完全に破壊されたはずなのだ。
外周部に重要施設が残されているとすれば、都市部で消費するエネルギーを賄う為の発電所の類くらいのもの。地下に存在するとなれば地熱発電と思われるが、それにしては海からも山からも遠い立地である。
「まさかとは思うけど……」
こんな場所に騒動を起こした犯人が潜んでいる、一見おかしな考えかもしれないが、何者かに見つかる可能性が低いのも事実。入って捜索するべきか、他の場所を探すべきか。
判断しかねていると、端末からコール音が鳴った。2人がほぼ同時に画面を開く。
『上空捜査隊より通達、東区エリア47より高温の熱源体を確認。爆発物の可能性あり。周囲の警備隊は至急、指定ポイントへと移動せよ』
音声による指令の後、端末が自動で地図を表示する。拡大して確かめると、指定された場所は──
「ここって、今いる場所じゃない!」
シェリーは目を丸くして驚くが、対称的にエルミナは瞬きもせずに事実を受けとめた。予め知っていたかのように。
隣の彼女が呆然とスクリーンを見つめているうちに、エルミナは素早く端末を操作して司令部へと回線を繋いだ。
「指定ポイントに到着しました……ええ、警備隊ではありませんが……はい、内側に通路を確認しました……」
通話は1分間にも満たなかった。やがて話しが終わると、端末をしまい込んで告げた。
「警備隊は5分もしないうちに着くそうですが……早いうちに熱源の正体を確認して、対処しなければならないそうです」
「エルちゃん、突入する気なの? 危険すぎるわ。援護が来るまで待った方が──」
その台詞は途中で凄まじい爆音にかき消された。弾丸に紛れて爆発物が投げられたらしい。
振り向くと、元から半壊していた道路の舗装が原型を留めずに吹き飛んでいた。心なしか警備隊の人数が減っているように見える。更に目を凝らし、地面に倒れた隊員の姿と、彼らに必死に呼びかける仲間の姿を認める。
選択肢は2つ。警備隊が到着するまでこの場で待機しているか、先行していち早く対処するか。
「ここで待っていても危険なのは同じです。だったらせめて、この中を捜索するべきだと思います」
「そう、ね……一刻を争う自体だもの、仕方ないわ」
エルミナはシェリーに対して言うと同時に、自分にも言い聞かせていた。
自ら敵陣に乗り込むという危険を伴った行為。警戒しつつも自力で前に進まなければならない。自身の中に存在する"怯え"に打ち勝つことができるか否か。それがこの"勝負"を分けると言っていい。
2人は顔を見合わせて頷きあい、それから目の前の亀裂の奥の闇へと視線を向けた。
背後から再び爆発が襲う。追い立てるように地面を揺るがし、亀裂は音を立てて崩れようとする。先が見えなくなる前に2人は前進し、間もなく瓦礫が崩落する。2つの人影は闇に呑まれていった。




