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第5話「サンドワーム」‐①

 山の端に茜が差し始める。鳥たちの盛んな話声が、頭上から無遠慮に降ってくる。薄ら瞼を上げ、ぼやけた視界から今の状況を思い出す。


 少しの間だけ壊れた窓から見える空を眺める。アバニはタイハクより早く起きていたのだろう。くすんだ馬体で砂浴びをして寛いでいた。ひとしきり馬を眺めてから青年はやっと状態を起こす。二、三度軽くこめかみを小突けばだんだんと意識がはっきりしてきた。


(まだ早い時間帯だな……よかった)


 緊張のせいかあまりよく眠れなかった。未だ眠気が残る体でタイハクは座ったまま大きく伸びをした。昨晩の内に用意しておいた野営用の調理器具を取り出す。慣れた手つきで火を点け、鍋に食材を次々と放りこんでいく。昨晩採集して水に漬けておいた若芽、保存食の餅、香辛料と隠し味を少々。鍋から立ち上がる香りに強張る心が少しだけほぐれる。


「アバニ、食べておいで。そっちにいい若芽あったから」


 馬に指示をして自分も朝食をとる。大したものではないが、餅さえ食べておけばなんとかなることを知っていた。


 軽い朝食を済ませ、火の始末をしてから準備を整える。アバニの染料は上手く定着してくれたらしい。癖のあるにおいが残ってしまっているが、先ほどの砂浴びで少しは和らいだだろうか。どこか落ち着かないアバニの手入れをしてやり、ようやくタイハクは出かけることにした。


 日が出ているうちは派手な行動はできない。昨晩の魔法使いの顔を思い出しながらタイハクは苦い顔をする。少し歩いて都の端へ行けば、防衛隊西都支所が見えてくる。砂丘との境界碑──ウマノスの並びの中に存在する、硬い石作りの建物。常に警備のための兵士が配置されており、旅人や商人は専用の入口を通って砂丘へ出て行く。今は朝方だからだろう。砂丘から西都へ入って来る人々が多く見られる。


(昼間の内はむしろ人が少ない……やっぱり夜じゃないと難しいか)


 白昼堂々正面突破はあまりに分が悪すぎる。旅人や商人隊が多く出て行く夕方が狙い目だろう。遠く見える砂の丘には、すでに陽炎が立っている。今日は暑くなりそうだ。



 偵察もそこそこに、青年は買い物に出る。元々そのつもりで準備していたとはいえやはり不足物の方が多い。闇市で見つからなかった物を探して都を歩き回る。時折巡回中の望月に遭遇しそうになりながら、彼は必要な物を揃えていく、が。


「すまないが、シュリープはもうどっこもないと思う」


「やっぱりですか……」


「すまないね」


「いえ、大丈夫です……今年は不作なんですか?」


「それが……早朝に買い占めがあったんだよ。うちもだったけど」


「同じ人がですか?」


「人って言うか、望月だね。祭が近いからか、近いうちに砂丘でなにかするのか分からないけど。まぁまぁな値段で買い叩かれたんだよ」


 苦い顔をする店主に、タイハクの脳裏に嫌な予感が過った。軽く礼を述べてタイハクは店を後にする。他の店を巡っても同じ答えが返って来るばかり。『シュリープの実はほとんど望月が買い取っていった』の一言だった。


(偶然は楽観しすぎ……か)


 どこにも見当たらないシュリープを探し、半日を使い果たしてしまった。気づけば傾いていた日に、タイハクは焦りをにじませる。


 シュリープの実は水分を蓄えた瑞々しい木の実だ。特に馬が好んで食べることから、砂丘横断の際の貴重な水分として持ち歩く旅人が多い。


「いたぞ! あそこだ!」


 飛んできた鋭い声に、咄嗟に反応する。アバニの背に飛び乗ったタイハクはすぐにその場から離れた。背後、馬に乗った望月所属の傭兵たちが迫ってきているのが見えた。向かい側から来る通行人を躱し、駿馬は我が物顔で市街地を駆けて行く。狭い路地に入り、段差を跳び越えて追手をどんどん引き離していく。


 そうして人気のいない場所に辿り着いた一人と一頭は、ようやく足を止めた。


(ここは……廃屋ばっかりなんだな)


 すぐ近くに迫る砂丘を見て長く息を吐く。物陰に潜んだまま、まずは相棒を労った。


「ありがとう。いいか、なんかあったらとりあえず逃げろよ」


 伝わっているのかいないのか、彼女は鼻息を荒くしてタイハクをどつく。まだ静かだがいつ追手がこちらへくるか分からない。


 アバニに身をかがませて様子を伺おうとしたそのときだった。壁向こうから飛び込んできた影に突き飛ばされる。咄嗟に抜いたナイフで殺意の先を逸らす。大剣が派手な音を立てて石畳を抉る。


「さすが。速いな」


 青年を見下ろして、魔女は満足げに口の端を釣り上げた。反撃の蹴りを躱して、大剣がタイハクの元から離れる。即座に身を起こして青年はフーカと対峙する。


「でもこれで終わり。分が悪すぎたね」


 幼い声に促されるようにして、周囲に視線をやる。己を狙う銃口がいくつも、いくつも見えた。魔女が挙げた手を無慈悲に下ろした、刹那。


 目の前の射線に割り込んでくる人影が、ひとつ。


 涼やかな風がなにもかもを攫って行く。青年目掛けて放たれた銃弾は、悉く見えないなにかに撃ち落とされた。目の前に躍り出た人物は長い三つ編みを揺らして、手にした長物を構え直す。


「ん、な!? なんでこんなところに……!」


 思わぬ人物の思わぬ登場の仕方に瞳が泳ぐ。


「ちょっと、訊きたいことがあるの」


「い、今のなんだよ」


 タイハクの問いには答えず、オウは今一度目の前の魔女に視線を向けた。


「へえ、優しいじゃん。『お前と違って』助けに来てくれるヤツもいんだな」


 強調された言葉に、タイハクは眉間に皺を刻む。


「どういう関係か知らないけど、私この人に話があるの。ここは退いてほしいんだけど」


「どうもなにも。よくここまで追っかけて来たね。昨日までオニの町にいたじゃん」


「近道を知ってる商人がいたの。その人のおかげね……ていうか、退いてくれないんだ」


 ぐっと飲み込んで、オウは静かに手にした杖を目の前に立つ少女に向ける。己に向けられた杖を見、フ

ーカはすとん、と表情を落とす。


「お前……魔法使いか」


「だったら、なに?」


「望月に管理されてない魔法使いがこんなところに出てくるなんてね。どういうつもり?」


 問いの意味を理解できず、オウは眉を顰める。


「いいや。ここで消えるならなにも言わねえ。けど──戦うってなら別だけど」


 望月の意匠をちらりと見て、オウは口を噤んだ。


 ばちり、と見えない力が弾けた瞬間。激しく地面が揺れた。


 建物の壁が崩れ、派手に砂埃が舞う。一触即発だった魔法使いたちを割るようにしてなにかが立ち上った。ぬらり、と薄明りに照らされて、白いものが浮かびあがる。


 白く、厚い皮に覆われた体には、短い毛が生えている。頭部の口らしき場所には桃色の触手がまとまって蠢ていた。その姿を知る者は揃って後ろへ引いて行く。


「サンドワーム……」


 小さく聞こえた声がその名を明かす。


「あれが……」


 オウは杖を握り直した。太い体を捻り、サンドワームは強く砂面を殴打する。どこからともなく砂の波が立ち上がってこちらへ覆い被さらんとする。そのまま波を割って突っ込んでくる怪物を彼女は横に回避する。一息付けたのもつかの間。状況を把握する隙すら与えずサンドワームは、ごろり、と側のオウ目掛けて転がり込んできた。


(けど、思ったより移動速度は遅い!)


 力を籠めれば、どこからともなく涼やかな風が吹いてくる。一気呵成に組み上げられた力は魔弾となってサンドワームへ降り注いだ。立ち上がる砂柱を他所に、オウは一息も入れず追撃を指向する。



 ひときわ強い力が弾けて、光の槍を形作った。きらり、と魔法使いの髪が赤く輝く。



「アイツ、魔法が使える個体だ!」


 魔法に反応して作られた障壁ごと、圧倒的な質量が貫く。壁があるならそれを砕く力があればよい。至極単純、明快な──。


「暴力的すぎるだろ」


 望月の魔女は、己が総毛だっていることに気づく。出力が弾けたのは一瞬だった。目の前で立ち尽くす魔法使いは、もうただの子供にしか見えない。


「なんだ……今の」


「ヒラ、一旦退け。アレ、アタシじゃないと相手にならん」


 指示を受けた覆面の男は静かに引き下がる。


「おい、魔法使い。さっきの返事は」


「…………」


 返事がないと見るや否やフーカと呼ばれた少女は手を動かした。刹那、両者は攻撃姿勢に移る。オウは杖を構え直し、改めてフーカを見やる。腕を狙って振り抜かれた大剣の風圧が、勢いよく横髪を揺らす。


 返しで何条も放たれた光弾は軽々と躱される。このままでは埒が明かないと感じたオウは即座に攻撃の手を変えた。横に広く多重に展開された弾幕が一斉にフーカを襲う。


「アンタ強いけどつまんないな!」


 が、相手が数段上手だった。一度に放たれた弾幕を回避と相殺で潜り抜ける。爆風や破片を受けはしたものの、致命傷にはなりえない。下から掬い上げるようにして振り抜かれた大剣が魔法使いを捉えようとする。陽光で煌めいた刃に、魔法使いは口元を緩ませた。


 一歩、大きく懐へ踏み込み足払いをかける。咄嗟の判断でフーカは回避する、が。


「反動か……!」


 傾いた体に気づき彼女は思わず舌打ちをする。時すでに遅し、もう一撃と加えられた蹴りに体幹が持っていかれる。そのまま大剣に制御を奪われた体はあっけなく攻撃姿勢を崩した。


 受け身を取ろうとした先では、金の目が待ち構えている。月光が如きまばゆい光が炸裂する。また弾けた強大な力に小柄な身が耐えられるはずもなく、呆気なく建物の影へ吹っ飛ばされていった。


 派手な砂埃が立ち上がる。観衆は固唾を飲んで成行きを見守っている。すぐさま周囲に目をやったオウは探し人の姿が無いことに気が付いた。

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