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第2話「月の魔女」‐②

 幸い月は雲に隠れたままだった。草むらを突っ切ってオウは道へ飛び出す。


(あれ、これ……なんだろ……)


 強烈な違和感と既視感を覚えながらオウは母屋へ飛び込む。戸を開いて真っ先に視界へ飛び込んできたのは、ズチへ手を上げようとする覆面の男たちだった。咄嗟に近くにあった椅子を掴んで殴りかかる。イヤな手ごたえを味わう余裕もなく、オウはズチの元へ飛び込む。


「おばさん、大丈──」


「後ろ!」


 反撃がオウの側頭部を捉える。視界で星が散って、鋭い痛みが右から左へ突き抜けた。そのままぐらりと意識が揺れ落ちそうになる。ぐらつく視界を抑えようと、腕を上げようとするが上手くいかない。床に伏せる寸前で受け止められたのか、体温が左頬に当たる。柔らかな感触に痛みが一瞬だけ遠のいた。


 落ちてしまった視界をそのままに、耳に流れ込んでくる音に意識が引っかかる。複数の足音と共に、聞こえる、声。薄く開けた瞼の間に青年の背と小柄な少女の姿が見える。


「ああ、心配で戻ってきたんだ。バカだな」


 青年は無言を貫く。その顔色はこちらからでは伺うことができない。己の頬に触れる手が、小さく震えているのが伝わってくる。


「お二人さん、ソイツは女神殺し未遂の大罪人なんだよ。まぁ、失敗して仲間を全員見捨ててこんなところにいるみたいだけど?」


 頭上で二人が息を飲んだのが分かった。どうして、という声に背を向ける彼は応えない。こちらには一瞥もくれぬまま。長く息を吐いた音だけ耳に届く。


「この人たちは関係ない」


「だからなに?」


 否、と赤い瞳は話を終えようとする。視界がだんだんと広がっていくのが分かった。小さく指先が動いた、その時。


「違う」


 突如床に放り出されたオウは思わず呻く。頭を抱えながら、ようやっと身を起こして渦中へ目を向ける。オウを支えてくれていたはずのズチは、タイハクの腕の中にいた。どこからかナイフを取り出したのか、その切っ先を彼女の首筋に向けている。一切の震えも、迷いも見られない翡翠の瞳に思わず奥歯をかみしめる。小さく震える薄い肩が青年の容赦のなさを物語っていた。


「俺が適当を言って匿わせていただけだ。退け、望月は民に手を出せないんだろ」


 襲撃者の後ろに控えていた覆面たちが肩を揺らす。ナイフは構えたまま、静かに相手の反応を待つ。それでも相手は一歩も退く様子を見せない。


「そんな三文芝居が通じると──」


「最初からこのつもりだ。早く決めろ」


 小さく震える肩を乱暴に掴み直して、もう一度タイハクは退くように促した。低い声に気圧されたのか、覆面は大剣の少女に視線で指示を乞う。


「フーン、じゃいいよ。今回だけは見逃してあげる。二度目はないから」


 さっさと大剣をしまい少女は踵を返した。強行突破を期待していたのか覆面は呆気にとられつつもその後を追っていく。足音も遠くなり、誰も付近にいなくなったことを確信すると、ようやくタイハクはズチから手を離した。咄嗟に手を伸ばしたオージが、床に倒れこみそうになった体を支える。未だ痛む側頭を抑え、オウもそちらを見る。


「本当にすみません。ありがとうございました」


 それだけを言い残して青年は踵を返す。夫婦はなにか言いたげに口を開いて、そのままなにも言えずに背を見送るだけだった。


「アバニ、行くぞ」


 ただならぬタイハクの雰囲気を感じ取ったのか、アバニは素直に立ち上がった。軽く荷をまとめ、さっさと彼は母屋を離れる。薄雲から降り立つ月の光は頼りなく、暗い暗い、行先を照らし出してくれていた。

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