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第1話「宿場町オニ」‐③

 昼時のオニは一日の中で最も活気のある場所となる。数多の飯屋から漏れ出てくる他愛のない会話を背景曲に男はのんびりと話を始める。


「最近はどうだ?」


「うーん、可もなく不可もなくだ。確かに生活には困ってない」


「へえ、そりゃいいことじゃないか。なにが可もなく不可もなくだ」


「いや、だって」


「分かるぞ。要は生活にしか金が使えないんだろ。お前は馬の世話もあるし、仕事を増やすにしても、そこまで貰えるようなモンはねえ。馬の餌代も別途かかるんだろ?」


「まあ。この子たちは月下種食べないんで。そっちがいけるならもう少し余裕があるかもだけど」


「……だろうよ。そういうお前だって月下種は避けてるんだろ? お前が馬に合わせる必要は無いだろ」


「なんというか……いや、その」


「はいはい、分からんでもない。普通の穀物じゃあないからな。ほらよ」


 そう話を続けつつ、トリベノは携えていた麻袋を一つタイハクへ寄越す。ずっしりと重たい袋の中には、黄緑色の丸い果実が詰まっていた。


「シュリープ……こんなに?」


「オージさんたちに手土産な。収穫が速い品種だが、ちゃんと美味いんだとよ」


「いつもの試供品か……相変わらず調子がいいんですね?」


 タイハクの言葉に彼は頷く。


「上々だな。新生クグイ商会の滑り出しとしてはいい感じだ。ま、他と比べると小規模だがね」


 受け取った果実をタイハクはアバニに差し出す。彼女は一片の遠慮もなく、丸い果実を一口で頬張った。水分の多い果肉が、臼歯に潰される音が響く。


「ごめん、遅くなった……って、えっとトリベノさん?」


 目を丸くしたオウが彼の姿を見て立ち止まる。


「よっ元気してたか?」


「あ、はい。おかげさまで……色々ありがとうございました」


「いつの間に……」


「ああ、ちょっと前に所用でオージさんとこに行ったときに会ってな。お前は仕事中だったから知らねーだろうけど」


「うん、知らなかった。トリベノはいつどこから出てくるか分からないし」


「ええ? そうか? ま、その件については、いいってことよ。俺もあの二人には恩があるからさ。またなんかあったら言ってくれや」


 片手を軽く振りつつ、トリベノはおもむろに立ち上がった。


「んじゃ、タイハクにオージさんたちのお土産渡してあるから、また分け合って食べてくれよな」


 話をさっと終え、彼は雑踏へ戻っていく。


 それから二人はズチから頼まれていた買い物などを済ませ、帰路に就く。その頃にはすっかり日が落ちていた。山間にあるこの町はすぐに真っ暗になってしまう。少し視界を広くすれば降りてくる闇夜へ抗うように、町明かりはその数を増していた。町明かりに潰されそうな一番星の光が遠くに見える。


「ん……なんか賑やかだな」


 町の入り口を仕切る木製の門、その近くには総合掲示板がある。求人や新聞が貼られる場所で、普段であれば気に掛ける所でもないのだが──今日はどういうわけか、掲示板前に人だかりができていた。


「あ、おまえ」


 身を乗り出しかけたオウの首根っこを反射的に掴んで止める。むっと頬を膨らませるオウを無視し、タイハクはそのまま掲示板の方から少女を引き離す。それを見たのか、そそくさと二人と掲示板の間にアバニが割って入る。彼女はすました顔であくびをした。


「いや、ちょっと、なに!?」


「なんでもない。見ない方がいいものもある」


 再度その腕を掴んで、二人と一頭はその場を離れる。狭い門を通る一瞬、掲示板前に置かれていたものと目が合う。一瞬、そちらを見ようとしてしまいそうになって慌てて目を逸らす。見なくてもいいものだ、と己に言い聞かせて足早にその場を去ろうとする。


「これ、ひと、に、あら……ず」


 隣から小さく読み上げる声が聞こえる。隣に置かれた『之人に非ず』と書かれた立て板が乾いた音を立てて倒れた。

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