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9. 侵入と宿縁

 クロトが魔法を行使する。すると、地面から黒く薄い膜がドーム状に広がり、カイルたちを包み込む。

 瞬きをする、わずかな時間で、目的地に移動した。

 ジニウスの森に並列する形で聳え立つ、フェルディナンド王国の監視塔。その塔は、カイルたちの目と鼻の先だ。そこからは、塔の前に王国騎士が警備として3人ほど立っているのが見えた。


「カイル様が仰っていた塔は、いま見えている、あれですね」

 クロトが背中越しに、カイルに言う。

 カイルとルシアンは、クロトの先導の元、警備に見つからないように茂みに身を潜める。


 クロトが使った魔法は、所謂、瞬間移動。彼が持つ独自の魔法である。知っている場所同士をつなぎ合わせ、瞬時に移動することができる。

 頭の中で、何をどのように思い描けば、この魔法を実現させられるのか、カイルを含め、その場にいるルシアンにも分からないため、同じことはできない。


 ——この世に、1つとして、同じ魔法は存在しない。それぞれの頭の中で描く魔法の形が異なるからだ。

 『火』という言葉を1つ聞いても、1本の蝋燭に焚いた橙色の小さく穏やかな火を連想する者もいれば、家屋を薙ぎ倒すほどの赤く燃え盛る火を連想する者もいれば、火山の噴射口からガスを燃やしながら流れ出る高温で黝く神秘的な火を連想する者もいる。

 故に、同じ『火の魔法』と言えど、発動させる者によって色や形、効果さえ異なる。

 

 聖女との距離が縮まったからか、先ほどまでとは打って変わり、突き刺すように鋭く、夥しい魔力が3人に襲いかかる。


「——それにしても、すごい魔力ですね」

 口元を手で覆いながらクロトが言う。


「これは——、戦闘を避けたいな——。だが、フェルディナンドに召喚された以上、敵対の意志を持って、あの塔にいるのかもしれない。そうだったときは、最低でも手足をもがれる覚悟は必要かもな••••••」

 ルシアンの声には、珍しく緊張と不安が混じる。


「ルシアンの言うとおり、フェルディナンドに何かを吹き込まれて、あの場にいる可能性はある。だが、聖女が黒髪で黒瞳なのであれば、フェルディナンドからすると忌み嫌う存在であることは間違いないだろう。そうなれば、こちらに引き入れることもできるかもしれない——」カイルが言う。


(一刻も早く彼女に会いたい——)

 カイルは逸る気持ちを抑えるため、瞼を閉じ、一度深く息を吸み肺を空気で満たす。そして、瞼を開け、短く一気に空気を吐き出す。その瞳から、焦りは消えていた。


「どう動く?」ルシアンが訊く。

「まず、クロトは俺とルシアンが戻るまで、ここで待機だ。万が一の時は、ヴェルディスに帰還し、父に状況を報告してくれ」カイルがクロトに指示する。

 クロトはそれを聞き、黙って頷いた。


「いま見えている王国騎士含め、それ以外に待機してる可能性がある王国騎士や帝国騎士の相手をルシアンに頼みたい。聖女に会うのは、俺だけでいい。ただ——」


 ルシアンに向けて、カイルが続ける。


「例の金髪の騎士——シェリス・ライオネルには気をつけろ。シェリスが現れれば、俺も参戦する。彼は手強い」カイルが忠告する。

「帝国騎士の男か。はいよ」気を引き締めるルシアン。


 「じゃあ、俺が先行するからカイルは後に続いてくれ。あそこにいる警備たちを処理した後、すぐに聖女のことよろしく」

 ルシアンは、カイルに向けて、拳を握り親指を立てる。


「いくぞ」

 短く、作戦の開始を合図するカイル。


 その言葉を皮切りに、ルシアンが塔に向かった駆け抜ける。


 足音に気が付いたのか、警備の王国騎士がカイルたちに向かって腰に下げていた剣を手に、構える。


「剣を抜け! 魔族だ!」

「本当に来やがったっ!」

「や、やってやるぞ!」


 騎士たちが、声を荒げる。


 ルシアンは、足を止めることなく、王国騎士たちに向けて右手を伸ばす。その手には、次第に淡い水色の光が宿る——魔力だ。ルシアンは、さらに魔力を指先に集中させる。彼の指先に集まった魔力を伝い、空気が冷やされ、1メートルほどの長さ、鏃が大きい、氷の矢が宙に成形される。


「——貫け」ルシアンの囁く。

 その瞬間、矢が放たれ、王国騎士の腹を簡単に貫通する。


 ルシアンは、すかさず次の矢を用意する。成形されるとすぐに矢を放つ。王国騎士は1人、また1人と矢に撃ち抜かれ、地面に転がっていく。


 前方の敵の排除を確認したルシアンは、カイルに視線で合図を送る。それを受けたカイルは、ルシアンを追い抜き、一気に塔の麓にたどり着く。


 倒れた王国騎士を見向きもせず、塔を見上げるカイル。

(彼女は、この上か——)


 カイルは、魔力を足に込める。膝の高まで、青紫色の光が宿っていく。

(——行ける)

 カイルは、膝を軽くまで、地面に接する足に体重をいっぱいにかける。つま先の方へ魔力が集中し、足が地面にめり込んでいく。そのまま、一気に地面を蹴り、飛び上がる。魔力の作用も相まって、一気に塔の最上層まで跳躍する。


 カイルは、宙を舞う限られた時間のうちに、目の前に広がる塔の壁面に向かって、黝く燃える火炎を照射した。


ドドォォォン!!!


 轟音と共に外壁が破壊される。下に崩れ落ちる瓦礫を足場に、塔の中へと侵入する。

 壊れた衝撃で室内には砂塵が舞い、視界が塞がている。だが、カイルは肝心の魔力を間近に感じていた。


(いま、目の前に彼女がいる——) 


 徐々に視界が開ける。

 カイルの瞳に映るのは、紛うことなき黒い髪と黒い瞳を持った女性。善意も悪意も全てを飲み込んでしまいそうなほど純度の黒い髪。夜を照らす星明かりを反射する黒い瞳は、宝石のように輝いていた。

 カイルは、彼女が持つ髪や瞳に見惚れた。


 胸が高鳴る。身体が熱い。まるで全身を巡る血液が、魔力が、沸騰しているようだった。

 カイルの胸の中に、ある想いが溢れ出てくる。


(——今度こそ、君を守る)



****



 長い睫毛に、薄ら紫に光る吸い込まれそうな黒い瞳。風が吹くたびやわらかく揺れる黒紫色の髪を持つ男性が、破壊された壁面の側に立っている。

 マリナには、夜は彼のためにあるのだと思った。絶景と思っていた満天の星空さえ脇役のようだ。


(——素敵)


 カイルとの出会いを待ちわびていたみたいに、マリナは無意識のうち彼の方へ歩み寄ろうとしていた。

 それに気づいた、アンナがマリナの腕を掴む。マリナは、身体は動きを止められ、我に返る。


(彼が魔族って、アンナさん正気——? それとも、私が勝手に魔族を怖いものだと思っていただけ——?)


 疑念を抱きながら、マリナはアンナを見た。


「マリナさん、絶対に私の前に出ないでください!」

(シェリス様でも勝てなかったんだ••••••。私では歯が立たない••••••。でも、マリナさんをお守りしなくては……)アンナの身に緊張が走る。


 アンナは、目の前にいる魔族から目を逸らすまいと、睨みをきかせたまま、腰に忍ばせていた短剣を抜く。


「••••••まだ、ユレアではないのか」カイルが囁く。


 彼の声を聞き取ることはできなかったが、口元が動いたことをマリナとアンナは見逃さなかった。


(いま、何か喋って——)マリナが思う。

(——攻撃される)

 アンナは、先手を取られまいと、握った短剣をカイルに向かって投げつける。

 短剣はカイルに一直線に向かっていく。


(この隙に、マリナさんを外に——)

 アンナは、マリナの手を引き部屋の外に向かうとする。

 

 カイルは、自分の元へ向かってくる短剣をその黒紫色の瞳で捉えると、予備動作もなしに魔法を放つ。短剣は(あおぐろ)い炎に包まれ、その姿は塵ひとつ残すことなく消滅した。

 それは、あまりに短い時間の出来事だった。

 

 マリナを連れて部屋を出ようとしていたアンナだったが、あまりに一瞬の出来事に、隙を作ることもできず一歩も動けないままでいた。


 次はこちらの番だと言わんばかりに、今度はカイルが右手をマリナの方へ向ける。すると、マリナの足元から(あおぐろ)い半透明な薄い膜がドーム状に湧き上がり彼女を覆い始める。


「きゃっ!!」

 突然の出来事に、マリナは咄嗟にアンナの手を振り解き、身を縮める。

「マリナさんっ!!!」

 アンナは振り解かれた手を再び掴もうと手を伸ばすが、薄い膜が弾き返すようにその手を阻み、マリナの姿ごと消失する。


 再び(あおぐろ)い薄い膜が姿を現すが、それはカイルの左腕の中だった。膜がゆっくりと破れていくと、その中からマリナが姿を現す。

 そして、カイルは大事そうにマリナを抱き寄せた。


(——!? 今、何が起きて——)


 カイルは、明らかに戸惑った瞳をしたマリナを、じっと見つめながら、彼女の頬にそっと手を添える。カイルは、そのまま指先にマリナの髪を絡ませ、色を確かめるように自分の顔の側に手繰り寄せる。マリナの髪と瞳を交互に見つめた後、カイルはマリアに向かって、そっと囁いた。

「すごく綺麗な髪と瞳だ——」


(な、何——この人!? いきなり、髪が綺麗って——!?)

 急に、ここ数日間の生活の様子が、マリナの脳裏に過ぎる。


(いや、髪洗えてないし、ケアもしてないし、全然綺麗じゃない!? 恥ずかしいから、見ないで!)

 マリナは思わず両手で顔う。耳が紅潮するのがわかった。 


「フェルディナンドから酷い目に遭わされなかったか? ——もう、心配ない」

 そう声をかけるカイルの表情を、指の隙間から確認するマリナ。彫刻のように整った美しい顔に飾られた黒紫色の瞳が、まっすぐマリナに向けられていた。


「この人——いま誰と話して——」


 確かに、カイルの瞳はマリナを見ている。だが、マリナには彼の瞳が自分を映しているように思えなかった。


 アンナの眉がピクッと釣り上がる。

「マリナさんを返せっ!!!」

 

 自身の放った声と共に、アンナは右手で拳をつくり、魔力を込めながら振り上げる。振り上げた拳を石畳の床に向けて、力一杯に叩きつけた。その瞬間、アンナの魔法が発動し、次第に塔が崩れ始める。


 塔が壊れ、体勢を崩すアンナ。その時、地面へと落ちていく瓦礫の隙間から、馬に乗り、剣を手にして、颯爽と塔に駆ける男——シェリス・ライオネル——の姿をアンナは捉えた。


「——シェリス様! マリナさんを!」アンナが、喉を震わせ、祈るように叫ぶ。


 アンナその叫びは、シェリスに届いた。


 シェリスは、ゆっくりと地面に降り立たとうつする黝魔(ゆうま)の姿を確認する。その手には、1人の女性w抱えている。剣を握るその手に力を込めた。 


「任された」シェリスがつぶやいた。

ここまで、読んでいただきありがとうございます。

まだまだ拙い文章ですが、このまま次章も読んでいただけると嬉しいです。

ご意見、ご感想もお待ちしております。

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