第一話 異世界の穴
「これ、なんだろうな?」
ここは北陸のド田舎。
山間の町、林道から少し入った場所で氷川和也は、おかしな穴を見つけた。
「怖いよ。なんか猛獣の巣じゃないの?」
長い茶髪をかき上げそう答えるのは霧島香菜、氷川の彼女だ。
二人はクラスは違うが同じ高校の1年、プラトニックな交際中。
「熊でも出そうだよな」
「もう行こうよ。というかどうしてこんな人気の無い場所に連れ込もうとするの?」
「・・・・・・」
「なんとか言いなさいよ」
解ってるくせに。というかお前もホイホイ付いて来てそれは無いだろ。
俺達はプラトニックな関係に終止符を打とうと都合の良い場所を探していた。
香菜も嫌だったわけでは無い。ただおかしな穴の登場でムードは完全に壊れたと言って良いだろう。
今は夏休み、肌の露出が多い香菜にモヤモヤしてしまった和也。
香菜も今日こそはと気合を入れて来たのだが・・・
「痒い!虫に刺されたかも!」
「それは困ったな!見せて見なさい!」
「ちょっと!足ばっか見過ぎでしょ!」
「そんなミニスカート履いて見るなって言われても」
「自慢の脚だから夏は出さないと。でも露骨に見られると腹立つのよね」
なんて勝手な女だ。
普段も我儘言いたい放題の香菜。
なんでこんな女を好きになったかと言うと、ズバリ容姿。
モデルのような長い脚と端正な顔立ち。そこそこ大きい胸。
他は特にない。
「ちょっと、今失礼な事考えたでしょ?」
「まあな。俺はお前で経験を積んで、本命のクラスメートの鏡原さんに行く予定だ」
「ひ、ひどい。私は練習台なの?」
「お互い経験を積んで、よりよいパートナーに巡り合おうぜ」
「鏡原さんも今頃ひと夏の体験を経験してるよ」
「な、なんだと!」
か、鏡原さんは真面目な文学少女だぞ!
お前みたいなアバズレ一直線な恰好はしないし、休み中は実家の和菓子屋のお手伝いを毎日してるとっても良い子だぞ?
「どこが良いの?あんな大人しい子」
「大人しい所」
「じゃあなんで私と付き合ってるの?」
「お前が告白して来たからだ。お前こそ俺のどこが良かったんだよ」
「話が合う所」
「うーん、顔じゃ無かったのか」
「顔は普通じゃん」
悪かったな。
確かにお前とは不釣り合いな顔だよ。
東京に行った時にスカウトされたという噂のお前とは、全然釣り合わない。
「風俗のスカウトだったの?」
「違うって。モデルって言ったでしょ?」
「なんで断ったの?」
「ここからじゃ通えないし、あんな潰しの効かない職業興味ないよ」
「お前、以外に頭良いもんな」
「うん、勉強教えてあげよっか?」
「大人の勉強を教えてくれよ」
「私だって経験無いって知ってるでしょ?」
知らんわ。
見た目だけなら立派なビッチだ。
二桁くらい行ってそうな感じだ。
「もう和也の家行ってパッパっと済ませちゃおうよ」
「あっさりしてるな。ウチは妹がいるから駄目だって」
「萌花ちゃん受験だもんね」
「勉強教えるなら萌花に教えてやってくれよ」
「お兄ちゃんが教えてあげなさいよ」
「やだよ。あいつ最近生意気だし」
なんの話だったっけ
「いたっ!そんな事より虫が増えて来た気がする」
「うーん。ここは諦めて公園にでも行くか」
「まだ諦めてないの?今日はもうそんなムードじゃないよ」
「えー?じゃあ帰る?」
「帰らない!それしか頭にないの?」
あーだこーだ言いながら林道に戻る
しゃーない。商店街にでも行ってお茶を濁すか。
商店街に行くとヤンキーが居た。
田舎特有の金髪リーゼントにアロハシャツだ。
こんなのが居るから田舎がバカにされるんだよな。
「おい、香菜!そんなやつとは別れてオレと付き合えよ」
「嫌よ。あんたバカ高校行ってるでしょ。将来ロクな仕事に付けないでしょ?」
「ふざけんな!オレは将来ビックになってやるぜ!」
「漠然とそんな事言われても困るよな。具体的な目標が無いと」
「うるせえ!氷川お前生意気なんだよ!」
「同い年だろうが」
このヤンキーは平野光秀。
中学の時の同級生だ。
今は県内一のバカ高校に行っている。
「氷川!香菜をかけて俺と拳で勝負しろ!」
「和也がケチョンケチョンにやられてもアンタとは付き合わないわよ」
「お前もヤンキーなんだから徒党組んで来いよ。無駄に群れて数で威圧するのがヤンキーだろうが」
「なめんな!オレをその辺の雑魚と一緒にすんな!」
「喧嘩で勝負ってのが明らかに頭悪いだろうが。勉強でなら勝負してやんよ」
「ぐぬぬぬぬ」
馬鹿なヤンキーは無視だ。
せいぜいビックになってくれ。
「お茶でも飲んでこーよ」
「そうだな。クーラーにあたりたい」
町で一軒しかない喫茶店に入る。
ここも中学の時の同級生の家なんだよな。
チリンチリン「葉山、お手伝いか?」
「氷川いらっしゃい!お、デートなの?ヒューヒュー」
葉山沙希、ショートカットのボーイッシュな女の子。
背は小さく胸は無いがTシャツとデニムのショートパンツで健康的な色気を出してんな。
俺達はコーヒーを頼む。
320円の良心的な価格らしい。
「ねえねえ、なんで向かい合って座るの?恋人同士なら並んで座りなさいよ」
「あっついじゃん」
「じゃあ私が香菜ちゃんの隣に座るよ?」
「邪魔すんな。仕事しろよ」
「はーい」
そういうと葉山は奥に引っ込む。
他に客も居ないしヒマなんだろうな。
「でもあの穴なんだったのかしら?」
「奥が全然見えなかったな」
「奥どころか手前すら真っ暗で、なんだか異質な感じがしたわ」
うむ・・・
なんと言うかブラックホールと言うか。
手前の床も見えなかったんだよな。
黒い空間が突然その場に現れたみたいな。
「町の七不思議って事にしない?」
「あと6つはなんなの?」
「時代遅れのアロハヤンキーとか」
「客が居ないのに潰れない喫茶店もあるな」
『―――ちょっとー、聞こえてるよ?』
葉山がコーヒーを持って顔を出した。
何故か3つ持って来た。
香菜の隣に当然のように座り、コーヒーをすすりだす
「普通コーヒーって客の前で作らないか?」
「これじゃあインスタントでも解らないわ」
「どうせアンタ達に味なんて解んないでしょ」
「まあ俺は違い解らんけど」
「私もコーヒーなんてどれも一緒」
うーむ、これは・・・ブ○ンディだな
「ブブー」
「正解は?」
「これでもキリマンジャロの豆なんだよ」
「へー」
キチンと挽いてからろ紙を通し、じっくりと時間をかけて抽出してるらしい。
「ねえねえ、それより何の話してたの?」
「ああ、林道から少し外れた場所に変な穴があったんだよ」
「やたら大きい奇妙な穴だったわよね」
「へえ、入ってみなかったの?」
「熊でも居たらどうすんだ」
「鼻を狙うのよ」
「戦わないって」
コーヒーをズズズと飲む。
苦いな、ミルクと砂糖をドバドバ。
「コーヒーが台無しに・・・」
「味なんて解んないからいいの」
「和也、私にも砂糖」
「ミルクは良いのか?俺のミルク」
「要らないわよ」
香菜がツンとしてコーヒーを飲む。
大人びた表情で長い茶髪をかき上げながら湯気のあがるコーヒーカップに口を付ける。
うーん、色っぽいな。とても15歳とは思えない。
「ね、ねえねえ、二人はもうエッチしたの?」
「してない」
「和也、正直に言う必要ないでしょ」
「背伸びしたい年頃か?」
「まだなんだ・・・」
「この夏には決める予定だ!」
「和也・・・」
香菜が呆れ顔で俺を見て来る。
どうした?彼氏をそんな目で見て。
チリンチリン
「あ、絵里ちゃんだ」
「なにい!香菜、隠れろ」
「なんでよー」
「沙希ちゃん、氷川君と霧島さんも、こんにちは」
鏡原絵里。
俺のクラスメートで隣の席の子。
黒髪セミロングの大人しい女の子。
はにかんだ顔が可愛い照れ屋の少女。
ちえっ、香菜と一緒に居るとこ見られちゃった。ここは偶然会ったとして誤魔化すしか・・・
「今、和也とデート中なのよ」
「あ!ご、ごめんね、邪魔しちゃって・・・」
「いいよ、ねえねえ絵里ちゃんも座りなよ」
「葉山が仕切るなよ。つかそのデート中と言うのは何かの間違いでは無いだろうか」
「さっきまでひと夏の思い出を作る場所を探していたのに?」
「・・・・・・」
香菜の野郎。
当てつけでペラペラしゃべりやがって。
俺の清廉なイメージが損なわれるだろうが。
「ねえねえ、それより絵里ちゃんも聞いてよ。林道から外れた場所に変な穴があったんだって」
「変な穴?」
「そうそう、変な穴があったんだよ」
「和也、話逸らそうとしてる」
そう言って香菜は長い茶髪を指で払いなびかせた。
うるせえ香菜。
もう帰ればいいのに。
「ねえねえ、今から見に行こうよ」
「危ないぞ。熊でも出たらどうすんだ」
「林道の近くに巣は作らないでしょ」
「うん、人里からすぐの場所には作らないと思うけど」
「うーん鏡原さんがそう言うのなら」
「ええ?行くの?やっと涼める場所に来たのに」
「葉山、店は良いのか?」
「今日はお客が3人も来たんだよ?これ以上来たら雪が降るよ」
「すげえ店だな」
はあ、仕方ない。穴に案内するか。
「ねえねえ、ヤンキーが付いて来るよ」
「ヒマだなあいつも。葉山、目を合わせるなよ」
「聞こえてッぞコラァ!」
「自分が付いて来てるくせに話するなって言ってるぞ?どんだけ勝手な奴なんだ」
「て、てめえ!氷川!」
平野が俺の胸ぐらをつかむ。
今にも殴りそうな勢いで。
「言っておくが俺は手を出さないぞ。暴力事件で学校辞めたくないからな」
「この腰抜け野郎がッ!」
「お前は失う物が無いだろ?俺は良い高校に行ってるから今のステータスが惜しいんだよ。だからお前は俺が手を出せないという自分が優位な状況で喧嘩を売っているんだ」
「氷川性格悪ーい」
「葉山、鏡原さんの前で変な事言うな」
「恋人の私を無視しないでよ。平野やめなって」
「平野君やめて!」
「・・・ケッ!女に守られやがって!」
平野が手を放す。
服がシワになったな。
これってクリーニング代請求出来ないかな。
「いいから行こうよ。平野は帰ってよ」
「うるせえっ!貧乳女!」
「平野、遊んでほしいならそう言いなさいよ」
「ばっ、ちがっ!か、香菜、俺はだな・・・」
「香菜やめろ。鏡原さんが怖がるだろうが」
「え?私は別に・・・」
ああ、暑い・・・
こんな暑い中で何やってんだ。
狭い町だからすぐに知り合いに会う。
今はそれぞれの高校に行ってるが元は同じ中学の5人。
小学校は俺と平野が一緒。女子3人が隣の小学校だった。
「はあ、もう行こうぜ。そんな奴放っておけよ」
「なあッ!氷川てめえ!」
「どうして欲しいんだよ」
「俺を無視するなッ!」
「邪魔してるだけのお前の存在意義を認めろと?迷惑かけて自己主張とか最悪だぞ」
「ま、まあまあ氷川君、言い過ぎだよ」
「すまなかった平野。許してくれ」
「和也、手の平返し過ぎでしょ」
鏡原さんがそう言うんだからしょうがないじゃないか。
女神の言葉だぞ。
「まあいいや。暑いしそろそろ行こうぜ」
「あの場所虫が多いから嫌なのよね」
「霧島さん、虫よけスプレー使う?」
「準備が良いわね鏡原さん。この泥棒猫」
「ええ??」
みんなで穴のあった場所へ向かう。
平野はやっぱり付いて来るんだな。
商店街を抜け、公園を通り過ぎ林道へ。
林道から少し外れた場所へ皆を誘う。
「わ、わあ!これがそうなの?」
「な、なんだか吸い込まれそうで怖いね」
「・・・なんだこりゃ?こんなモンいつの間に出来たんだ?」
ヤンキーが前に出た。
偉そうに穴を睨みつける。
そんなもんにガン付けて何になるんだ。
勉強しないとそんな事も解らなくなるのかな。
「平野、危ないから離れなよ」
「へっ!香菜はこんなのが怖いのか?」
「得体が知れないよ。平野君離れて」
女神がそう言っているにも関わらず調子に乗る平野。
穴に手を突っ込んでみたり、足を突っ込んでみたり。
あーあ、ホラー映画で真っ先に死ぬタイプだな。
「ねえ、平野の手・・・」
「ん?」
平野が穴に手を入れると、切り取ったように腕が消えていく。
平野がそれに気づくとビックリして手を抜いた。
「・・・なんともないな」
「な、なんだ!これは一体・・・」
腕を引き抜くと何ともない。
指を広げたり閉じたり、異常は無いようだ。
「なんなんだろこれ?」
「は、入ってみる?」
「よし行け葉山」
「ひ、一人じゃヤだよ!」
「あ、危ないよ。やめておこうよ」
ふいに香菜が俺の手を引いた。
ん?どうしたの?
穴に向かって歩き出す香菜。
お、おいおい、俺は入りたくないぞ。
穴の中に香菜の体が入る。
えええ、消えていく。すっぱり縦に斬られたように消えていく。
ちょ、ちょっと離せよ!
もう腕しか残ってないのにしっかり力強く手を掴まれている。
入り口前で踏ん張る俺。
穴の中からもう片方の香菜の手が伸びて来た。
両手でつかまれ、穴に引きずり込まれてしまった。
「い、いてて、すごい力だな」
「失礼ね、か弱い香菜ちゃんに向かって」
「こ、ここは?」
「解らないわ、どこかの家の中みたいだけど」
なんだここは?
随分雑な作りの家だな。
床なんて踏むと少し沈むような。
「ねえ見て、窓の外」
「ん?」
・・・なんだここは。
外には往来を行きかう人々。
しかし随分と変わった人達だな。
普通の奴も居れば、やたら耳の長いヤツや、随分ちっちゃいおっさんが居たり、かと思えば2m半はありそうな大男まで・・・
「なんだ?コスプレか?ハロウィンか?」
「・・・それにしては随分リアルなような」
「なんだい?アンタ達は、どっから入ったんだい」
不意に後ろから声を掛けられる。
振り向くと随分露出の多い紫色の髪で褐色の肌のエロそうな女が立っていた。
「あ、あんたこそ誰だ!」
「人の所有する家で随分な言い草だねぇ」
「・・・ここはどこなんですか?貴方は誰?」
香菜は随分落ち着いてるな。
「まずはアンタ達が名乗りな。名乗らないなら衛兵を呼ぶよ」
「・・・私は香菜、そっちは和也」
「・・・どっから来たんだい?」
「そこの・・・穴から」
家の中には壁際に例の穴が存在している。
ん?壁になんか書いてある。
穴に隠れて良く見えないけど大きなおかしなマークが。
「なんだい、ゴミ捨て場から出て来ちゃったのかい?」
「ご、ゴミ捨て場?」
「今朝魔法陣で作ったんだよ。どこに繋がってるかは知らないけど」
「随分無責任だな・・・待てよお前、俺達の町をゴミ捨て場にするつもりかよ」
「・・・見られたくない物を捨てようと思ってたから、もうその穴は使えないな」
俺達の町にエロ本を・・・
林の中によくエロ本が落ちてるのはそういう事だったのか。
「おいおい押すな!」
「わ、わああ」
「きゃあ!!」
その時見慣れた3人が穴から雪崩れ込んで来た。
大丈夫か鏡原さん!
俺は駆け寄り鏡原さんを助け上げる。
柔らかい手だなぁ、えへへへ。
「な!こ、ここはどこだ!」
「・・・見て!窓の外に!」
「ふ、2人共無事で良かったぁ」
俺達と以下同文の反応をする平野と葉山。
まず最初に俺達の心配をしてくれた鏡原さん。
やっぱ女神やでぇ。
「なんだいなんだい、ぞろぞろと」
「お前が作った穴のせいだろうが」
「戻れるの?この穴」
そうだった。
まずそれを確認しなくては。
穴に飛び込み一瞬暗くなる。
すぐに明るくなり、小鳥のさえずりが聞こえ始める。
・・・この空気はいつもの町だ。
いつもの見慣れた風景だ。
穴の中に戻る。
「大丈夫だ、戻れるみたい」
「だ、だったら早く帰りましょう?」
「待って、ここがどこなのかまだ聞いてないわ」
・・・ここはどこなのだろうか。
地球上のどこかにこんな場所があるのか。
「ここはエルーダの町だ。クラリティの首都だよ」
「クラリティって?」
「クラリティを知らない?この世界一の大国だよ?」
・・・明らかに違うな。
俺達の世界で世界一って言ったらあの訴訟だらけのデブっちょの国だもの。
それに大国の首都でこの文明レベル・・・
隙間だらけの家の壁、床もガタガタだ。
「あんたは誰なんだ?」
「私か?私は世界一の魔法使いリターナ」
「魔法使い???」
「何言ってんだ?この女」
「そ、空とか飛べるんですか?」
「空を飛ぶ?そんな人間が居る訳が無い」
飛べないのかよ。
ああ、興味無くなって来たな。もう帰ろうかな。
「人間が空を飛ぶなんて事があれば私は世界一の魔法使いの名を返上しよう」
「・・・そんなの興味ないよ。そろそろ帰ろうぜ」
「・・・そうね、私もそろそろ帰りたいわ」
「ま、待ってよ!なんだかおもしろそうじゃない?気にならないの?」
「葉山、気になるなら残れよ。穴を通ればいつでも帰れるんだから」
「使えないと決まったらさっさと閉じてしまいたいのだがな」
「らしいぞ、帰れなくなる前に帰ろうぜ」
「沙希ちゃん、帰ろう?」
「ま、待て待て待てェ!!」
なんだよ。
空気読めないヤンキーが騒ぎ出した。
「こんな家の中に居ても仕方ねェ!外に出てみようぜ!」
「いってらっしゃい、じゃあ俺達は帰るから」
「び、ビビってんのか?なさけねーヤツ!」
「ビビってんのはお前だろ。一人で行けば良いじゃないか」
「ぐ!ぐぐぐ・・・」
「じゃあ俺達は帰るから。この穴閉じて良いよ」
「て、てめェ!俺を帰れなくする気か!」
ああもううるせえな!
「いいか、行きたければ一人で行け。いつまでも女の子達を得体の知れない場所に置いておくことは出来ない」
「ちょ、ちょっとくらい」
「この魔法使いだってお前が楽しみ終わるまで穴を塞がず待っててくれるほど親切かどうか解らんだろう」
「当たり前だ。私は忙しい身だぞ」
「うっ・・・」
「早く帰りましょう?もう18時よ」
「なんだそれは」
「え?」
褐色の魔法使いリターナが何かに反応した。
・・・香菜が持ってるスマホの事か?
「なんだそれは?今光ってなかったか?」
「ああ、時間を見たから・・・」
「見せてくれ」
「え?圏外だよ?」
香菜からスマホを受け取るリターナ。
「・・・どうやったら光るんだ?」
「待って、今ロックを外すから」
香菜が色々教えてあげる。
リターナの目がどんどん見開かれる。
「写真撮ってあげるよ」
「写真?」
「はい、笑って」
「つ、強い光だな」
カシャ
「ほら見て」
「え?!私が居るぞ!」
リターナが自分の体を触りだす。
大丈夫、存在してるぞ。
エロい体は健在だぞ。
「魔法か?」
「それは科学だよ」
「科学・・・」
「俺達の世界の魔法みたいなもんだ」
「お前達の・・・世界」
リターナの顔が見る見るほころびだす。
なんだ?あんまり良い予感がしないな。
「おもしろい・・・これはおもしろいな」
「そうか?香菜、スマホをくれてやれよ」
「無茶言わないでよ」
「これはどこで手に入る?どうすればいい?」
「それは元々は電話だぞ?この世界ではあんまり意味の無いものだ」
「電話?・・・良く解らん。面倒だからお前達の世界に連れてけ」
「・・・勝手に行けば良いじゃん。その穴で繋がってるんだから」
おおそうか!と言わんばかりに目を見開き、早速穴を通ろうとするリターナ。
それを鏡原さんが制する。
「ま、待ってください!そ、その恰好では・・・」
リターナはやたら露出の多い服装をしている。
胸はパックリヘソまで開き、スカートは長いが両脇に大きくスリットが腰の辺りまで入ったドレス。
マントを被っては居るが、背中もパックリ開いていそうだ。
俺の町にこんな恰好してるやつは居ない。
見た目外人だとは言え許容範囲超えてる気がする。
欧米の社交界にでも行かなきゃこんなのは居ないだろう。
「ヘタすりゃ捕まるかもな」
「田舎だもんね」
「ねえねえ、私が服を持って来るよ!」
「葉山、お前の服じゃサイズ合わん気がするが」
「おねーちゃんの持って来るよ!」
「そもそも俺達が面倒見なきゃいけない理由も・・・」
「ええ?折角知り合いになれたのに、氷川は冷たい事言うんだね」
「俺は関わっちゃいけない気がするぞ?」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ?構わないから私は行くぞ」
「構わないってさ。俺達も帰ろうぜ」
「ひ、氷川君、放っておくの?」
「鏡原さんが言うなら面倒見るけど。全身全霊を持ってして」
「和也ぁ、アンタなんなのよ」
香菜が呆れているが無視だ。
葉山、さっさと服を取って来い。
葉山が持って来た服に着替えるリターナ。
ここで服脱ぐのか?おい香菜、なんで俺の目を隠すんだ?
平野の目を隠せよ。あいつは不良だから性欲旺盛だと思うぞ。
俺の目から香菜の手が離れる。
平野は顔を背けて真っ赤だな。何を見たんだよ。
「もういいか?さっさとお前達の世界とやらを見せろ」
「サイズ小っちゃいな」
「うん、胸が大きすぎたよ」
「まあこの格好ならそこまでおかしくも無いかな」
胸がぱっつんぱっつんでブラウスのボタンが吹っ飛びそうだが。
スカートも窮屈そうだな。ケツが南米人みたいにプリプリしてるからか。
「じゃあ行くか?向こうはもう暗いんじゃないか?」
「今19時くらいよ」
「わ、私、家に連絡しないと」
「門限あるの?鏡原さん」
「無いけど心配してると思う・・・」
19時で心配か。箱入り娘なのかな。
俺達は穴を通り抜ける。
夕闇に暮れるいつもの町。
すぐに鏡原さんがスマホを取り出し電話をかける。
「・・・あれは、誰かと話をしてるのか?」
「ああ、元々そういう機械だよ」
「科学か、面白いな」
取りあえずリターナを連れ商店街へ。
リターナはキョロキョロ。
見る物全てが珍しい。
それは街燈だ。ジャンプしても届かないぞ。
それは床屋の回転看板だ。何故回ってるかは俺も知らん。
「あはは!ここは面白いな!」
「これでも田舎なんだぞ?」
車が俺達の横を通り過ぎる。
それを凝視するリターナ。
危ないぞ?手を引いて避ける。
「・・・人が乗っていたぞ」
「あれは移動手段だ」
「す、すごいな。馬みたいな物か?」
「ああ、そう考えるのが近いかも」
「さっきのスマホと言う物はどこで手に入るんだ?」
「・・・金が要るぞ。銀行口座や住所も必要だったかも」
「金?貸してくれ」
「無茶言うな。大金なんだぞ」
「住所はどこで手に入る?」
「戸籍とかも要るかも」
「ねえ、明日仕切り直さない?」
香菜が口を開いた。
「もう20時よ?ほら店も閉まり始めてるし」
商店街のシャッターが閉まっていく。
日が長い時期だが、空も真っ暗だ。
確かに今からじゃな・・・出来る事が限られる。
「あ、明日こそあの穴の奥の世界をだな!」
「なんだ平野、お前まだ居たのか」
「な!なんだとてめえ!」
「私も連絡したけど帰らないと」
「鏡原さんがそう言うならお開きだな。リターナ、また明日にしてくれないか?」
「んん?私は一人でもこの世界を見て回りたいのだが」
「田舎だからこの時間は見るもん無いぞ?なんか問題起こされても困るし、明日また案内するから我慢してくれよ」
「・・・うーむ、案内があった方が勿論助かるが」
リターナが考え込む。
「明日の朝また迎えに行くから今日は帰らせてくれ。家族が心配してる者も居るし」
「・・・解った。絶対だぞ。来ないなら一人で動き回るからな」
「ああ解ったよ」
鏡原さんと葉山と平野は先に帰る。
俺と香菜はリターナを穴の前まで送り、見送った。
この穴もその内他の人に見つかりそうだから隠せないかな。
こんなもんがあったら混乱の元だ。
リターナはなんとかするとだけ言って穴の中に帰って行った。
葉山の姉ちゃんの服は貸しっぱなし。
さて、香菜を家まで送って行こう。
「ふう、変な一日だったな」
「私疲れたわ。本当に明日も付き合うの?」
「面倒だけどヒマだしな。香菜は予定有るなら来なくていいぞ」
「・・・鏡原さんは来るのかしら?」
「解らん。あの子だって家の手伝いあるだろうし」
鏡原さんに明日も会えるかもしれないと言う俺の考え読まれたかな。
俺はそれだけを楽しみに明日もリターナに付き合うつもりだ。
「・・・平野じゃないけどあっちの世界も気になるわよね?」
「ここより田舎っぽかったぞ?俺は都会に憧れる年頃だ」
「耳の長い人とか居たわよ?前に見た映画にああいう人達が出て来たわ」
「ああ、俺も見たかも。あれってニュージーランドでロケしたらしいぞ」
「観光客が増えたらしいわよね」
観光客か。
あの穴、町おこしに使えるのかな。
どうでもいいか。
「ねえ、知らない街をデートとかロマンチックじゃない?」
「治安とかどうなんだ?文明レベルが低そうだったから、心配だなぁ」
「私みたいな美少女が歩いてたらさらわれるかしら?」
「無いとは言えないだろうな」
ビッチみたいな恰好してるから娼婦だと思われるかもな。
知らない街を歩くには軽率すぎる格好だと思う。
「まあいいわ。明日家まで迎えに行くから」
「・・・解った」
「何?嫌なの?」
「そんな事無いよ」
鏡原さんが来るか解んないもんな。
だとしたら連れは多い方が助かる。
あんなエロいねーちゃん一人で連れてたらこの狭い町ではあっと言う間におかしな噂が広がるからな。
ん、香菜の家に着いたか。
「じゃあまた明日ね」
「おお、おやすみ」
変な一日だった。
これがはじまりに過ぎない事を、和也はまだ知らなかった。




