第三十八話「理を越えるもの」 〈神庭編〉
雨。
降っている。
確かに。
だが――音がない。
地を打たず、
空を震わせず、
ただ“落ちているだけ”。
濡れている。
だが、感覚がない。
神庭は、ゆっくりと手を開く。
「……なんだ、この気持ち悪さは」
指先に、雷を灯す。
バチン――
消える。
「……は?」
もう一度。
バチン。
吸われる。
跡形もなく。
闇の奥。
巨大な影。
「ここは奪雨獄」
減衰鬼王。
「すべての“強さ”は削られる」
神庭、歯を鳴らす。
「……クソが」
踏み込む。
「修羅・六雷閃」
三つの残像。
六つの斬撃。
雷が同時に――
消える。
斬撃も。
雷も。
存在ごと。
「……は?」
着地する。
軽い。
軽すぎる。
自分の身体ではないような感覚。
「強いほど、よく削れる」
「お前は――よく効く」
神庭、歯を食いしばる。
「……ふざけんな」
再び踏み込む。
「修羅・轟雷鎖」
雷が走る。
はずだった。
一歩も進まず、霧散。
「……っ!!」
膝が落ちる。
力が抜ける。
雷神の魂が――沈んでいく。
「気づいているだろう」
「お前はもう、戦えない」
拳を握る。
震える。
上がらない。
「……ざけんな……」
そのとき。
ドクン。
「……?」
胸の奥が鳴る。
ドクン――ドクン。
異様な鼓動。
脳裏に蘇る。
あの時。
“聖水”を飲み干した瞬間の熱。
ドクン――!!
跳ね上がる。
視界が、変わる。
雨が――“見える”。
ただの水ではない。
流れ。
奪う力の経路。
削られる“方向”。
(……そういうことかよ)
「どうした」
神庭、ゆっくりと顔を上げる。
その目は――折れていない。
雨の向こう。
わずかに、揺らぐ影。
「神庭!」
哲西の声。
笑っている。
「見て見ぬフリはしないで」
「……チッ」
別の声。
「理は絶対ではありません」
矢掛。
「理解し、越えるものです」
「ぼくは守るよ」
哲西。
神庭は、目を閉じる。
ドクン――
鼓動が、重なる。
神の魂が、応える。
ドクン!!
神庭、笑う。
「……削る、ねぇ」
ゆっくりと立ち上がる。
「だったらよォ――」
顔を上げる。
雷神の眼。
「削れる“雷”なんざ、雷じゃねぇだろ」
空気が変わる。
雷は、鳴らない。
走らない。
ただ――
“流れる”。
神庭の身体から、
雨の中へ。
音もなく。
形もなく。
「……?」
減衰鬼王が、初めて戸惑う。
それは、力ではない。
削れる“強さ”ではない。
“現象”。
次の瞬間。
鬼の体内。
バチン。
内部で、雷が生まれる。
「な……」
神庭、完全に立つ。
もう、削られない。
「吸うなら勝手に吸ってろ」
静かに。
だが、圧倒的に。
「オレ様の雷はな――」
ドクン。
鼓動と重なる。
「“減るもん”じゃねぇ」
一歩。
踏み込む。
「修羅・瞬雷閃」
見えない。
認識できない。
斬られた“後”だけが残る。
鬼の腕が、遅れて崩れる。
「……終わりだ」
空間が歪む。
六方向。
同時。
神庭の姿が、六つに“存在する”。
「修羅・断界雷(収束)」
すべての雷が。
一点へ。
世界が、細く裂ける。
「――待……」
貫通。
音が、消える。
そして。
鬼が――消滅する。
雨が、止む。
静寂。
だが今度は――
世界は“戻っている”。
ドクン……ドクン……
鼓動が、静かに落ちていく。
神庭は息を吐く。
「……なるほどな」
小さく呟く。
「これが……神かよ」
背後。
足音。
「……神庭」
哲西。
「無事か」
「うん……ちょっと痛いけど」
「全員、生存……ですね」
矢掛。
「勝手に突っ込むなよ」
「だって守らないと」
「……チッ」
「あなたも同じことをしていましたが?」
沈黙。
「……うるせぇ」
哲西が、くすっと笑う。
「理は絶対ではない」
矢掛。
「ぶっ壊せばいいだけだろ」
神庭。
「ぼくは守るよ」
哲西。
雨は、もう降っていない。
理が世界を縛るなら。
読む者がいる。
越える者がいる。
そして――
壊す者がいる。
神庭、小さく呟く。
「……だったらよ」
視線は、まっすぐ前へ。
「オレ様が――定義し直してやる」
ドクン。
最後に一度だけ、鼓動。
理を越えた意志が、
世界に刻まれる。
「覚醒は、三つにして一つとなる。」




