第十五疾羅風 vs 矢掛― 地獄界・解析戦 ―
空が――唸っていた。
否。
唸っているのは、風そのものではない。
“流れ”だ。
山谷を引き裂くように、巨大な影が舞う。
「風神の鬼――疾羅風」
一拍。
「――地獄界・絶流淘界」
その瞬間。
空間が、歪んだ。
風ではない。
進もうとするものすべてが、“逸らされる”感覚。
矢掛は、空へ跳んだ。
だが――
踏み込んだ瞬間。
身体が、横へ“流された”。
「……っ!?」
風ではない。
意思ごとズレる。
矢を放つ。
一直線――のはずの軌道。
だが。
曲がる。
あり得ない角度で。
逸れる。
落ちる。
「……当たらない」
疾羅風が、上空から見下ろす。
「当然だ」
「この地獄界では――」
一拍。
「“流れに逆らうもの”は、淘汰される」
次の瞬間。
空が裂けた。
見えない刃が、無数に走る。
風刃。
だがそれは――
“当たりに来る軌道”だった。
矢掛は炎で迎撃する。
しかし。
斬られる。
炎ごと。
「……っ!」
(炎が負けたんじゃない)
(“当たる流れ”に乗せられている……!)
風刃が背を裂く。
血が流れる。
その瞬間。
疾羅風の目が細まる。
「理解が早いな」
「だが、遅い」
――竜巻。
足元から突き上がる。
矢掛は飲み込まれる。
浮く。
潰れる。
叩き落とされる。
連続。
回避不能。
なぜなら――
“落ちる流れ”が決まっているから。
(……まずいな)
地面が迫る。
激突。
静寂。
その中で――
緑の羽根。
鴆。
身体が回復する。
だが。
(勝ち筋が見えない)
疾羅風が降りてくる。
ゆっくりと。
確実に殺すために。
「終わりだ」
小さな竜巻。
牽制。
だがそれすら――
“当たる軌道”で来る。
(……完全に読まれている?)
(いや、違う)
一瞬。
思考が止まる。
そして。
(読まれているんじゃない)
(“当たるように流されている”)
矢掛の目が、変わる。
冷静に。
論理的に。
世界を観測する目。
(この地獄界は――)
(攻撃を当てているんじゃない)
(当たる“流れ”だけを残している)
一拍。
(なら)
(逆らう限り、当たる)
(避けようとするほど、当たる)
矢掛は――
背を向けた。
谷へ飛び込む。
逃げるように。
疾羅風が追う。
「逃げるしかあるまい」
だが。
矢掛は振り返らず――矢を放つ。
明後日の方向へ。
「……何を――」
その瞬間。
炎が、形を持つ。
――鳳凰。
追尾。
だが。
疾羅風は竜巻で迎撃する。
爆ぜる。
無傷。
「無意味だ」
その時。
矢掛が、静かに呟く。
「……やはりそうか」
一拍。
「“当たる流れ”しか残らない」
疾羅風の目が、わずかに細まる。
「なら――」
矢掛が、地に降りる。
静かに。
「“当たらない行動”を取ればいい」
沈黙。
「何を――」
次の瞬間。
矢掛は――
攻撃をやめた。
動かない。
構えない。
ただ、立つ。
風が揺れる。
だが。
当たらない。
風刃が――逸れる。
「……なに?」
初めての“ズレ”。
矢掛が言う。
「貴様の地獄界は、“淘汰”だ」
「つまり――」
一拍。
「“選別”している」
矢を番える。
「当たるものだけを残し、それ以外を捨てる」
放つ。
だがそれは――
狙っていない。
“流れに乗らない矢”。
疾羅風の目が見開く。
「――軌道が読めん!?」
「当然だ」
矢掛が淡々(たんたん)と言う。
「それは“当てるための矢”ではない」
「流れの外に置いた矢だ」
次の瞬間。
青い光。
――青鸞。
分身。
複数。
だが今度は違う。
すべてが――
“不規則に動く”
「無意味だ」
疾羅風が風を放つ。
だが。
焼き切れない。
処理しきれない。
「……数ではない」
矢掛が言う。
「規則だ」
一拍。
「お前は“規則”で選別している」
「なら――」
最後の矢を構える。
「壊せばいい」
鳳凰。
爆発。
一瞬。
風の鎧が揺らぐ。
その“乱れ”。
そこへ。
朱雀。
魂を焼く炎。
――直撃。
疾羅風の身体が、燃える。
「……馬鹿な……」
崩れながら、呟く。
「淘汰される側では……なかったか……」
矢掛は、静かに答える。
「違うな」
一拍。
「私は――」
「選ぶ側だ」
炎がすべてを呑み込む。
風が、消える。
地獄界が、解ける。
静寂。
矢掛は、その場に崩れた。
荒い呼吸。
だが。
目は、死んでいない。
「……ギリギリ、だな」
一拍。
「だが――」
空を見上げる。
「淘汰される側じゃない」




