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第九十話 新たな襲撃、再びの逃走

 

『エリンジ! ジュエリ王宮に賊が入った! 親父さんも攻撃されたらしい、続報を待っているが、すぐ動けるよう宿に戻ってきてくれ!』


 慌てる様なネルテ先生の通信魔法に、エリンジは我を忘れて走っていた。

 ルドーの魔力暴走の原因を探るため、古代魔道具を王宮に使用する申請を出し、今日の夕方本体と一緒に来るために王宮にいた父親であるデルメが攻撃を受けた。

 胸騒ぎがして急ぎ走り、一人宿まで戻ってくると、ネルテ先生がデルメと何度も連絡を取り合っていた最上階の一室に息を切らせながら急ぎ駆け込む。


「状況は」


「まだわからないが、賊は複数らしい。国庫を開けたタイミングで狙われたそうだ」


 ネルテ先生の報告にエリンジは歯噛みする。

 国庫を狙われたという事は、その中にある国の貴重品や、下手したら古代魔道具そのものを狙ってきた賊の可能性がある。


「情報が漏れた可能性は」


「こっちは魔法で徹底的に統制した上で知っている人間も一年の教師と生徒は君だけとわずかだった。この上で漏れたとしたら情報源は……」


「王宮の方か」


 エレイーネー校内は常に結界魔法や転移不可魔法の他に、情報が外部に漏れない様に様々な妨害魔法が施されている。

 校内の教師ならいざ知らず、外部の賊がそれを突破して情報を得るにはあまりにハイリスク。

 その上で情報を知る人間を制限していたとなれば、なんの痕跡も残さず情報を手に入れられるはずがなかったのだ。

 ジュエリ王国王族は、時代錯誤の侵略を企てようとするほど傲慢だ。

 申請を受けた瞬間、情報統制もせずに安易に話し合って情報が筒抜けになった可能性をエリンジは考慮する。

 あの一族ならそれくらい平気でやりそうなことだった。


「あらあら、あらあらあらあら、魔力が多いあなた達、どちらが歌姫なのかしら?」


 エリンジがネルテ先生と相談するように向かい合っていると、唐突に高い女性の声が聞こえて振り向いた。

 開いた窓の揺れるカーテンの傍に、一人の女性が佇んでいる。

 腰まで長い、光り輝くような美しい金髪が窓の風にサラサラと流れて、大きく開いたまつ毛の長いキラキラとした青い瞳が二人を映し、ぷっくりとした唇がニッコリと弧を描いている。

 華奢な身体に豊満な胸を強調するような、コルセットで締め上げた質のいいウェディングドレスのように真白なドレスを着た女性が、二人にゆっくりと近寄ってきていた。

 エリンジとネルテ先生は即座に戦闘態勢に入るように身構える。


「窓から入って来たのか、ここは今関係者以外立ち入り禁止だ」


「今ならまだ厳重注意だけで許すよ、降伏するならその両手を上にあげるんだ」


「外にいる一番大きい魔力の持ち主は勇者だっていうじゃない。だから次に魔力の多いあなた達のどちらかが歌姫だと思ったんだけど」


 女性はゆっくりと歩み寄りながらもエリンジとネルテをその青い瞳に映したまま、こちらの話には一切答えようとしない。


「これだけお膳立てされてれば、きっとアシュの時みたいに慌てて出てくると踏んでたのよ? なのに勇者様が厄介事ぜーんぶ持って行っちゃって、働き過ぎるのも考えものね。でもきっと近くまで来ているはずだと思って強い魔力を頼りにここまで来たのよ? ねぇどっちなの? それともどっちとも試したほうが早いのかしら?」


 意味の分からない話を勝手に続けて、しかし怪しく両手を広げて近寄ってくる女性。

 その様子にエリンジが威嚇するように近寄る女性の足元に虹魔法を放った。

 誂えられた立派な模様の絨毯が焼け焦げ、女性は足を止める。


「やだ! ひどい、ひどいわ! 私は悪い事なにもしてないのに! そうやって力を持っている人たちは当たり前みたいに人を攻撃する! なんて傲慢なのかしら!」


 なにがひどいのだろう。

 エリンジは女性の発言に疑問符を浮かべる。

 貸し切りの宿に勝手に入って来たのは紛れもなく目の前にいるこの女性で、警告をしてもこちらの話を無視して勝手に話し続けているのもこの女性、明らかに怪しい手の動きをしながら近寄ってきていたのもこの女性の方だというのに。


「生まれた身分がいいだけで! 見目好く生まれたというだけで! 魔力を多く持って生まれただけなのに! 役職だって幸運に恵まれただけなのに! あなた達はそうやって持っていることが当たり前だと他人に暴力を振舞うんだわ! ひどい、ひどすぎるわ! 持っていない人間がどんな思いをするか、どんな目に遭って生きているか、何一つ分かってないのよ! 傲慢すぎるわ!」


 勝手に持論を捲し立て始めた女性に、エリンジはどうすればいいかわからずネルテ先生に困惑の視線を投げる。

 女性はひどいひどいと連呼しながら、両手をその胸の前で握りしめて、まるで悲劇のヒロインのようにその余韻に浸っていた。

 エリンジに見つめられたネルテ先生は大きく息を吐いた後、その空中に大きな緑の拳を出現させる。


「警告はしたよ、悪いけど捕まえさせてもらう」


 最終通達をしたネルテ先生に向かって、女性はニッコリと微笑み返す。


「やっぱり傲慢なのね、縁祈願の名において、その縁を断ち切って貴方たちを救ってあげる」




 エリンジを追ってルドーが走り続けていると、その方向からエリンジが温泉宿の方に向かっていることに気付いた。

 通信魔法で何か悪い知らせをネルテ先生から受け取ったのだろうか。

 あっという間にエリンジは見えなくなってしまったが、ルドーはその可能性に賭けて温泉宿の方へと走り急ぐ。


『なんだ、これは、なんだ、何が起こってる? 伏せろ!』


 温泉宿の直ぐ傍の通りの曲がり角に差し掛かったあたりで聖剣(レギア)が叫んでルドーが慌てて立ち止まると、宿の上層階が大きく爆発した。

 瓦礫が飛散していく中ルドーがその爆発に目にしたのは、虹色の、エリンジがいつも使っている魔法。


「エリンジ!」


 思わずルドーはその場で叫ぶ。

 突然の爆発に、魔物の襲撃が解決して安堵していた周囲の住民から悲鳴が上がる中、ルドーは急いで爆発の現場に向かう。

 曲がり角から通りに向かって宿の入口に差し掛かる中、宿の従業員が爆発から逃れようと次々と逃げ走っている所を逆走する。

 瓦礫が落ちて植物が潰され、見る影もなくなった吹き抜けの傍の階段を段飛ばしで駆け上がり、息を切らして爆発のあった最上階に辿り着く。

 走り急いで天井と壁が壊れて煙のあがっている一室を見つけ、その部屋の何とかギリギリ形を保っていた木製のドアを体当たりで破るように開ければ、そこには倒れている二人の人影があった。


「エリンジ! ネルテ先生!」


 爆発の薄らとした煙の中、見知った二人の影が見えて慌ててルドーは咳込みながら駆け寄る。

 二人ともうつ伏せに倒れたまま、反応がないどころかピクリとも動かない。

 開けた壁から吹き込む外の風で煙が収まってきて、爆発に大きく穴の開いた天井から光が差してきたときにルドーは気付く。

 エリンジの白い髪が、薄汚れた灰色に変わっていた。


「くそ、何だ今の爆発、何が起こった、エリンジ、お前がやったのか!?」


 倒れたまま気を失ったエリンジの肩を揺り動かすが全く反応しない。


『違う、そいつじゃねぇ』


 爆発からエリンジがなにかと戦闘でもしたのかと必死にルドーは声を掛けたが、聖剣(レギア)から返ってきた声にさらに混乱する。


「なんでだよ! あの虹色の光、いつもエリンジが使ってる攻撃魔法だろ!」


『確かにいつもこいつが使ってる魔力だ。だが使ったのは別の奴だ』


 聖剣(レギア)の言葉にルドーはさらに混乱する。

 魔力は紛れもなくエリンジのもの、しかしそれを利用したのは別の人物。

 なんらかの魔法で誰かにエリンジの魔力を利用でもされたとでもいうのか。

 思わず周囲を探すように壊された壁や天井の方を見渡すが、それらしい人影は見当たらない。


「お兄ちゃん!」


「おい何事だってんだよ!?」


 爆発音を聞いたのか、後から慌てて追いかけてきていたリリアとカイムも合流してきた。

 現場の惨状を目の当たりにし、リリアは慌てて回復魔法を倒れている二人に掛けようと近寄る。


「……怪我はしてない。でも、なんだかいつもと違う……」


「……クロねぇ?」


 リリアの言葉に怪我はないとルドーが安心するように息を吐いたところで、カイムが庇うように後ろに下がらせていた三つ子のライアが、ルドーが飛び込んできた扉の影を覗き込んで呼び掛けていた。

 ライアの声に気付いたカイムが慌てて扉を動かせば、扉の陰で耳を塞ぐように両手で頭を抱え込み、床に座り込んで怯え切ったようにガタガタ震え続けているクロノがいた。

 普段の化け物ぶりから想像もつかないようなクロノの怯えぶりに、ルドーとリリアが信じられない様に目を見開いて立ち尽くす中、その前でカイムが驚愕するように一拍置いた後、慌てた様子でその前にしゃがみ込んで手を肩にかけて大声でクロノに呼び掛けている。


「おい! おい!? どうしたんだよおい!」


「……一人だって相手したくないのに……二人同時だなんて……なんで急に……」


 クロノはカイムが呼び掛ける声も聞こえないのか、その場でガタガタ震えながら縮こまるように俯き続けてブツブツ呟いている。

 聞き取りにくいが、明らかに何か知っている様なその言葉にルドーははっとした後慌ててクロノに呼び掛けているカイムの横に駆け寄る。


「クロノ! 何を見たんだ!? お前何を知ってるんだよ!?」


「……今までこんなこと一度も……アシュの歌姫のせい?」


「おい! しっかりしろ!」


 カイムがクロノの両腕を掴んで激しく揺さぶりながら大声をあげると、やっとクロノはこちらに気が付いたようにびくりと身を震わせてゆっくりと顔を上げた。

 帽子を被ったまま、その何を考えているか分からない顔がカイムを捉えたように固まる。


「落ち着け、どうしたんだよ、いつものお前じゃねぇだろが」


「クロノ! ここで何があった!? 何を見たんだ!?」


「お兄ちゃん落ち着いてって!」


 カイムがクロノを落ち着かせるように声を掛ける中、掴みかかるようにクロノの方に迫ったルドーをリリアが後ろから引っ張って押し留める。

 ルドーが何とか落ち着こうと荒い息を必死に整えてクロノの話を待とうとするが、クロノはこの場にいる全員をゆっくりと見上げまわし、倒れたままのエリンジとネルテ先生に顔を向けた後、両腕を掴んだままのカイムの方を向いて震える声で低く小さく告げる。


「もう限界、これ以上ここにいられない。ごめん」


「は?」


「クロねぇ!」


 クロノは両腕を掴んでいたカイムを振り切って、ライアの叫ぶ声も無視して、ルドーも見えない速度で部屋を横切ったと思ったらそのまま開いた壁の穴から唐突に飛び降りていった。

 カイムが叫んで髪を伸ばしたがクロノはそれよりも早く跳び去って髪が空を切る。

 ライアが何度も何度もクロノの名を叫び続けた。


「カイム! 追いかけてくれ! ライアたちは俺たちで!」


 クロノに逃げられて、しかし三つ子がいる為振り返って躊躇していたカイムにルドーは叫ぶ。

 ルドーではクロノを追いかけても到底追いつけない。

 何か知っている様相だったクロノを捕まえられるとしたらこの場にはカイムしかいない。

 カイムはまだ躊躇したものの、ライアにも行ってと必死に叫ばれてそのまま髪を伸ばして壁の穴からクロノを追いかけていった。

 二人がいなくなった壁の穴を見つめた後、倒れたままのエリンジとネルテ先生の方に駆け寄ってしゃがみ込み、胸のざわめきを何とかしようとルドーが深呼吸していると、廊下の方から階段をかけ上げってくるかのようなバタバタという複数の足音を耳にする。


「おい貴様ら大丈夫か!?」


「これは一体何事ですの!?」


「ネルテ先生!? エリンジくんも!?」


「これは本校に報告したほうがいい案件ですや!?」


 宿の爆発を遠くから目撃したのか、それとも先程の一件の報告のために戻ってきていたのか、他の連中も続々と宿に戻り、爆発の確認をするように部屋に集まってきていた。

 部屋の惨状と倒れたままのエリンジとネルテ先生を見て次々と悲鳴のような声が穴の開いた部屋から外に響き渡っていた。


 謎の襲撃によって旅行は中止になった。

 スペキュラー先生とクランベリー先生の二人で魔法科の生徒と三つ子が引率されて転移門からエレイーネーに戻る。

 エリンジとネルテ先生は他の先生方によって運び出されたが、外傷はないのでエレイーネーに戻った後一旦医務室で意識を回復するのを待っている状況だ。

 不安そうにしているライアとレイルとロイズを、保護科の寮に向かうようにクランベリー先生にルドーは三人引き渡すが、ライアがリリアの制服の裾を不安そうに握りしめたため、リリアも保護科の寮で一緒に寝ることになった。


 エリンジの様子が気になってルドーはその日寝付けなかった。

 何度も何度も意識を取り戻していないかと医務室の廊下と寮の廊下を行ったり来たりして、ヘーヴ先生に見かけられる度注意されたがそれでもどうしようもなかった。

 明け方近く、ルドーが再び医務室の廊下の方に向かうと、医務室の中から話し声が聞こえてルドーははやる気持ちで医務室のドアを乱暴に開けた。


「やられたよ、まさかこんなことになるとは……ルドー?」


 ベッドで起き上がったネルテ先生がヘーヴ先生と話している所だった。

 報告を聞いたヘーヴ先生の苦々しい表情から、あまり良く無い話なのは見て取れる。

 入ってきたルドーに驚いて顔を向けたネルテ先生を見てルドーは息を呑む。

 その輝くような水色の瞳から色が消えて、淀んだような灰色に変わっていた。


「ルドー君、今は二人を安静にしたいので外に……」


「エリンジ! 気が付いたのか!」


 ヘーヴ先生がルドーを外に出そうと声を掛けてきたが、そのままルドーが部屋を見渡せば、エリンジも同様にベッドに身を起こしていることに気付く。

 とりあえず意識を取り戻したと安堵したルドーは、部屋から押し出そうとしていたヘーヴ先生を振り切ってエリンジに駆け寄るが、エリンジは灰色の髪のまま、思い詰めるように布団の裾を握りしめたまま視線を下に落としている。


「エリンジ? どうした、どこか悪いのか?」


「……ない」


「え?」




「魔力が、ない……」




 エリンジが歯を食いしばるように告げた言葉に、ルドーは理解が追いつかなかった。

 立っている足の感覚が無くなる。

 口の中がカラカラに乾いて、我を忘れてただ布団を握りしめているエリンジを呆然と見つめ続けた。

 ルドーの背中で聖剣(レギア)がビリリと呻くように弾ける。


「出なさい、ルドー君」


「いや、だって……エリンジは一番魔法が」


「出なさい!」


 そのままルドーは激しい剣幕のヘーヴ先生によって医務室から外に追い出された。


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