第八話 転生と怪しい雲行き
流石に窓から見える外は真っ暗になっていた。
リリアに聞いたところによると、ルドーがベッドで寝ている間にネルテ先生がやってきて、寮の場所と明日集合する教室の場所を教えてもらい、あとは各自解散らしい。
荷物は既に、それぞれの部屋に届けられているらしく、荷解きも各自自由にとのことだった。
男女別に分かれているので、途中でリリアと別れた後、男子寮の個室に辿り着く。
一応学習科目別で寮も分かれているので、ルドーがいるのは魔法科生徒の寮になる。
窓が一つにベッドに机が備わったワンルームに。
一応シャワーとトイレも個別に付いている様子だった。
聖剣を適当な場所に立てかけ、荷解きもしないままルドーはベッドに仰向けに倒れ込む。
ここ数ヶ月魔物退治に勤しんでいたおかげで、体力的にはあまり変化はないものの、あの時フラッシュバックした光景が、どうにも胃のあたりをざわつかせた。
『おめぇ、妹が絡むと人が変わるな、なんかトラウマでもあんのか?』
「遠慮なしに聞いてくんな。うーん、変な話なんだが、前世の記憶があるって言ったら信じるか?」
『あぁなんだ前世持ちか』
なんでもないというような聖剣の反応に、ルドーは思わずベッドの上で身を起こす。
「前世持ちって、そんなあっさり信じるもんか?」
『珍しくはねぇんだよこの世界。勇者や聖女は特に前世持ちが多くなる傾向もあるし』
「えっ」
ルドーは思わず声が出た。
勇者と聖女は前世持ちが多くなる。
そうなるとリリアにも前世を覚えている可能性があるのだろうか。
そう思ってルドーが驚愕しているが、聖剣は気にもしないで別の話をしてくる。
『前世持ちだってんなら覚えてねぇのか、転生したときの事』
「……薄らとではあるんだが」
死んで間もない頃、可哀想にという声で目を覚ました。
肉体も認識できないのに、空中に横たわって浮かんでいるような感覚。
何も見えなかったが、声だけが響いて来ていた。
「何か望みがあるなら叶えましょうかと言われたから、妹を傍で守りたいって言ったんだ」
あの時、声しか聞こえなかったから、何が話しかけてきていたのかは分からなかった。
ただその後周囲が真白になったと思ったら、双子として生まれていることに気付いた。
同時に、リリアがあの時助けられなかった妹だということも。
傍で守りたいと願ったからだろうか。
かつては2歳差の妹だったが、今度は双子になって揃って転生していた。
前世の事もあって、多分過保護になっている部分はあると、ルドーは自覚している。
勇者と同様に聖女も前世持ちが多い傾向なら、リリアはあの時の事を覚えているのだろうか。
ルドーがかつて助けてやれなかったことを。
勝手な願いでまた兄弟になってしまったことを。
死んでしまったことを。
気にはなる、だが本人を前にして聞けるだけの勇気が、今のルドーにはなかった。
そんな動揺をしているルドーを尻目に、聖剣はようやく納得したようだ。
『なるほどねぇ、それであの鬼のような気迫って訳ね』
「あの時は俺も無我夢中で、身体が勝手に動いたんだよ」
『そりゃあ随分なこったな。だが毎回自爆してっと身体が持たねぇぜ?』
「そうはいっても、身体が勝手に動くってのにどうしろと」
『まーあれだ。無意識下でも制御できるようにするしかねぇだろうな』
「感覚で何とかしろとか言う癖に。つーか何、心配してくれてるのか?」
『ばっばっきゃろう! 誰が心配なんかするかよ!』
慌てて否定するが、なんだかんだ言いつつ協力的な聖剣につい笑いがこみあげる。
基本的にスパルタで喧嘩っ早いが、大体がルドーを思っての発言になってきている事に、聖剣は気付いているだろうか。
指摘すれば多分雷魔法で暴れるので、ルドーの心の中に留めておく。
「となると明日から自主練していい場所、先生に聞いておくか」
善は急げと言わんばかりにルドーはベッドから立ち上がり、職員室はどこだったかと渡された校内地図を確認し始める。
『あん? もうおせーぞ、明日でいいんじゃねぇの?』
「こういうことは早いほうがいいんだよ」
特に外出禁止時間は決められていなかったはず。
ルドーは聖剣を担いで部屋飛び出していった。
「わぁ驚いた。初日からそんな事きいて来る子久しぶりだねー」
職員室にはネルテ先生がまだ残っていた。
今日の課題の報告書を、ウキウキした様子でまとめている様子だった。
ルドーが自主練をしたいと主張すると、手を叩いて喜んで説明を始めた。
「明日からは今日の課題を元に、本格的な授業に入るけど……午後が魔法訓練だから、気になるようならそのまま残って自主練習しても大丈夫だよ。あ、あとこれ明日他の面子にも伝えるんだけど、君のチーム週末に追加で課外補習もあるから」
「えっ課外補習?」
自主練の説明ついでにされた補習の話に、ルドーはつい面食らった。
ネルテ先生は構わず説明を続ける。
「確かに魔物は五十体倒したチームだ、初日でこれが出来るのは中々ないよ。ただね、将来魔導士を目指す立場としての動きは、全員落第なんだよね。一人は倒したらチームの様子も見ずに、放置してさっさと転移門通って帰っちゃうし」
「あー」
「一人は魔法を使って倒せと伝えたのに、魔力を全く使わないし」
「はぁ」
「一人は自爆して戦闘不能になるし」
「うっ……」
「一番まともに評価できるの、リリアだけなんだよね。彼女だって、現状まともに戦闘が出来るメンバーがいてなんとかしてた様子だから、一人にされたらどうしようもなくなってた。結界を張って維持することで、戦えない面子を助けてはいたけど、そこからの打開策がないと、ジリ貧にしかならない。言ってること分かるかな?」
『わーお、辛辣だぜぇ』
ニッコリ笑いつつも指摘するネルテ先生の説明は、ぐうの音も出ない正論だった。
魔物を倒せたといっても、評価はかなり低い。
訓練だったからなんとかなったところはある。
これが実戦だったら、確かにルドーとリリアは危なかった。
他の戦えなかった生徒は、安全を考慮しながら戦っていたり、そもそも逃げていただけで、周囲に被害が出た訳ではない。
明らかに経験のあるルドーのチームは、経験者の動きとして落第という事なのだろう。
「週末って明々後日……時間的にもう明後日ですけど、課外補習ってなにするんですか?」
「まぁ簡単に言えば、とりあえずチームとして動けるように、協調性を持って欲しいわけだね。その為に、外部の人間と協力する課題に行ってもらうよ、ある種、お手伝い奉仕活動ってやつだね。まぁまだ初年度だから、そんな現場で戦うような難しいことしてもらうわけじゃないから、気張んなくていいからね」
協調性が全くなかったと言えば確かにそうだ。
チームを指示された以上、まず相談して作戦を立てるべきだった。
勇者や聖女としてやっていく以上、他の人と協力して事態に対処していく状況は少なくないはずだ。
その時に毎回突っ走って自爆するわけにもいかない。
それは勇者として迷惑すぎる。
聖女も力を高めれば、浄化魔法で魔物を倒せる力を得られるそうだ。
リリアはまだまだ付け焼刃で、そこまで実力が伴っていない。
エリンジもあの様子だと、戦闘経験がありそうだった。
だが周囲の様子をガン無視して戦い、口にした通り捨て置いていった。
実力は確かだが、魔導士として依頼を頼みたいかと言われれば御免被りたいだろう。
協調性という点においては、現状一番厄介そうだ。
クロノに至っては、魔法が使えないのが本人の言う通りか分からない現状、どうしようもない。
もし魔法しか通用しない相手がいた場合、抵抗が出来ないなら対処は難しいかもしれない。
ただ現状戦力としては充分なので、とりあえず保留にしよう。
ルドーがネルテ先生の説明に神妙な顔で納得していると、大きな爆発音とともに建物が振動した。
すぐ傍の振動に、思わず二人音のあったほうを向いた。
「何事だい?」
ネルテ先生が職員室から廊下に出て、窓から外を伺うのについてルドーも外を見る。
職員室からは少し遠い、校庭らしき開けた場所から、夜の暗闇でもはっきり視認できるほどの大きな煙が上がっているが見えた。
すっかり暗くなっているせいで見えにくいが、爆発の際に発生した小さな炎が、人影を二人照らしているのが目に映る。
一瞬据わった目をしたネルテ先生が、そのまま校庭に向かおうと足早に歩きだしたので、思わずルドーも続いた。
「ちょっと君たち、なにしてるんだい?」
職員室を出てメインホールを経由した後、廊下脇の階段から校庭に降りたネルテ先生が声をかける。
ルドーが追いついたときに薄く照らされた、人の顔が浮かび上がって、ようやく二人が誰かわかった。
エリンジとクロノだ。
完全に呆れた様子で両手を上げて、私は何もしていませんとアピールしているクロノに対し、猛然とした様子でそこに佇んでいたエリンジは、ネルテ先生の呼びかけに表情を曇らせた。
「なんでもありません」
初日からずっと周囲を睨み続けているエリンジは、まるでこいつが全部悪いとでもいうような、強烈な怒りの視線を何度もクロノに向けた後、ネルテ先生に向き直って簡潔に告げた。
その様子からルドーから見ても、なんでもない様子では明らかになさそうだ。
が、この様子だと、エリンジは頑として話そうとはしなさそうだ。
ネルテ先生もそう思ったのか、目を細めた後、とりあえずの現状注意を始める。
「あのねぇ、別に喧嘩は校則違反じゃないからしても構わないんだけど、君たち初日でもうこんな時間なんだから、他の生徒の迷惑にならないようにしてくれるかな」
「以後気を付けます」
頭を下げたと思ったら、スタスタと歩いて行くエリンジ。
先生の言う事は素直に聞くようだ。
明日エリンジが補習の話を聞いた後が怖い。
ルドーは薄々思っていたが、エリンジとうまく連携できるイメージが全く湧かなかった。
詳し語らず立ち去ったエリンジを、ネルテ先生は顔を顰めて見ていたが、諦めたように首を振った後、今度はクロノに向き直る。
「なんで揉めてたんだい?」
「さぁ、私もいきなり気に入らないと突っかかってこられたんで、なんとも」
ネルテ先生が詳しく聞こうとしたが、クロノも良くわからない様子で肩をすくめた。
しかし相変わらず帽子で顔が隠れているせいで、その本心まではまるで分らない。
その後しばらく沈黙が流れたが、校庭の火が自然鎮火したあたりで、ネルテ先生が大きく溜息を吐いた。
「はぁ、とりあえず時間も時間だから、君たち寮に戻って寝なさい。明日も早いんだから、ホラ、とっとと行く!」
ビシッと校舎の方を指差されて、クロノは首を傾げた後、軽く会釈してスタスタと女子寮の方へ向かって行く。
ルドーも軽くお辞儀した後、寮に戻ろうと走り出した。
 




