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第七十二話 遠きを知らず近きも知らず

 結局エリンジはリリアに言い負かされたのか、虚無顔で呆然と佇み、クロノとカイムの言い合いはエスカレートして不愉快な様子でカイムが教室から出ていった。

 慣れ合う気はないと言いつつも、カイムはちゃんと授業には出るし教室に残る当たり結構律義な奴かもしれない。


「クロノさん、行っちゃたけど追いかけないの?」


「いや私が追いかけても困らせるだけじゃん……」


 リリアが心配そうに聞くが、クロノは逆に距離を置くような反応だ。

 失踪中は普通にやり取りしていたと思っていたのに、やっぱり何を考えているのかよくわからない。

 ルドーは放心したままのエリンジの肩を叩いて、残り少ない時間で食堂に向かいなんとか昼食を平らげる。


 魔法訓練も今回は魔の森ではなく校庭に集まれとのこと。

 どうやらアスレチックコースは基礎訓練の時だけの形状変化魔法らしく、見慣れた運動しやすい開けた空間が戻ってきている。

 魔法科全員が揃ったのを確認してネルテ先生が説明を始めた。


「さーて、後半に入ったので本格的に魔力伝達を覚える段階に入っていくことになる。まずはお手本を見せてもらおうか。キシア、アルス、トラスト、ビタ、前に出てくれるかな」


 ネルテ先生が四人を呼び寄せ、手を繋いで伝達魔法を使うように指示する。

 他の生徒に見られながらの魔力伝達の使用にキシアは真っ赤になっていたが、アルスがとりなすように話しかけて気を取り直した。

 キシアとアルス、トラストとビタがそれぞれ手を繋ぎ、集中するように目を瞑る、すると溢れた魔力がお互いを行き来するように循環していくのが見えた。

 魔力の循環がどんどん早くなり、二人の魔力が混ざり合っていく。

 二人の魔力が完全に混ざって循環が最高潮になった瞬間、キシアとアルスは拡散魔法と氷魔法が融合して大きな棘を生やした家一つ分の氷塊を発生させ、トラストとビタは地面から大きな拳を生やした後トラストが狙っていた場所に叩き付けて地面を抉り割っていた。

 どちらも一人の時とは威力が倍以上、比較にならないくらい強力だ。

 見ていた生徒達から感嘆や拍手、歓声が上がって、髪色と同じくらい顔を赤くしたキシアが汗を飛ばしながら恥ずかしそうに唇をかんで俯き、対照的にビタは紺色の髪を靡かせ優雅にスカートをつまんでお辞儀している。

 アルスは苦笑いしながら片手を腰に当てて反対の手で頭をかき、トラストはビタに倣って慌ててお辞儀していた。


「とまぁこんな感じに、魔力伝達は使えば二人以上の威力が出せるようになる。魔物相手には強力な武器になるだろう。そこでまずはパートナーと二人で魔力伝達を発動させるところから始めてね。こういうのは魔力の影響で本人の感覚にもよるところが大きいから」


 そう言ってネルテ先生はそれぞれのパートナーと二人一組になってまずは魔力を循環させるところから始めるように指示する。


「こういうのは一度感覚を覚えて練習すればどんどん上達していくし、魔力伝達は別にパートナー二人との特権的な物でもない。ただ人数が増えれば威力があがる分複雑化して難易度もあがっていくから注意が必要だよ。既に出来るようになったキシア、アルス、トラスト、ビタは、今度は手を繋がなくとも魔力伝達が使えるように練度を上げる練習をしていってね。魔力伝達は練度を上げればある程度距離があっても使えるようになるから」


 一通り説明したネルテ先生は手を叩いて始めるように促した。

 各々がぼそぼそと話したり相談したりしながら手を繋いで試し始める。

 単独で入って来たカイムはパートナーがいないが、そもそも周囲を睨み付け続けている状態ではパートナーどころではない。

 ネルテ先生もそれが分かっているようで、どこか入りたい二人組がいれば声を掛けてねと促している。

 カイムはそれに唸るだけで遠くに移動して周囲を睨み付けるだけでどこにも入る気はなさそうだった。


「うーん、聖剣(レギア)の魔力で魔力伝達って可能なのか?」


『どうだろうな、やった事ねぇよ』


「一応試すだけやってみる?」


「怪我するどころじゃなくなるから痛かったらすぐ言えよ?」


「自分にも回復(ヒール)使えるから大丈夫だよ」


 聖剣を空中に浮かせてルドーはリリアと手を繋ぐ。

 魔力をリリアに流すイメージでいいのだろうか、でもこれは攻撃ではないので魔法として使えるのだろうか。

 攻撃魔法以外使えないルドーの勇者デメリットの範囲に入るかわからない。

 しばらくするとリリアの方から暖かい感覚で魔力が流れてくるのを感じる。

 ルドーもなんとか返そうと色々考えて試してみるが、どうにも上手くいっている気がしない。

 何度か試してみたものの、どうやらリリアに聖剣(レギア)の魔力は全く流れていないらしく、まるで成功する気配がなかった。

 他の面子も上手くいかないのか苦戦している中、問題が起こっているのはルドーだけではなかった。


「……おい、どういうつもりだ」


「パス」


「授業だぞ、魔法を使えなくとも魔力はあるだろ」


「個人的都合でやりたくない。パス」


「ふざけてるのか?」


「全面的に私が悪い、それは認めるから好きに怒っていい。それでもやりたくない、パス」


 クロノがエリンジに魔力伝達を使う事を拒絶していた。

 手を繋ぐどころか向き合う事すら拒否している。

 怒り心頭のエリンジがどんどん眉間に皺を寄せていくが、クロノはどこ吹く風で完全無視を貫いている。


「ちょっとちょっとクロノ、魔力はあるんだろう? 一人では無理でも、魔力伝達なら二人で魔法が使えるようになる可能性もあるのに」


「こればっかりは無理です。パスします」


 授業放棄する態度に流石にネルテ先生が待ったをかけたが、指摘されても尚も拒絶し続けているクロノ。

 エリンジの怒りが危険域に達し始めたのをルドーはリリアと二人で察して視線を合わせ、そっとエリンジの傍に走り寄った。


「魔力伝達だけなら抜けます」


「……ひょっとして魔法が使えないのは魔法の訓練してないからとかじゃなくて、特殊な理由があったりするわけかい?」


 ネルテ先生の質問に答えず、クロノは背を向けてスタスタと校舎の方に歩いて行ってしまう。

 練習していた他の面子もネルテ先生とクロノの会話を聞いてヒソヒソと話し始めている。

 離れた場所で周囲を睨んでいたカイムが、傍を歩いて校舎に向かうクロノを顔は動かさず目の視線だけで追っていた。

 取り残されたエリンジは、怒髪天を衝く形相でそれを睨んでいたが、怒りを鎮めるように大きく息を吸い込んで吐き出しながら気を落ち着かせていた。


「よく耐えたなエリンジ」


「感情を爆発させるのは未熟者のすることだ」


『ほぅ、成長したもんだ』


「……こっちもうまくいってないけど、入る?」


「仕方ない、頼む」


「しょうがない、そこは三人でやってみて」


 ネルテ先生もお手上げだというように首を振ってルドー達に許可を出す。

 リリアとも上手くいっていないルドーのところにエリンジが加わる。

 とりあえず三人で輪になるように手を繋いで試してみる形を取った。

 聖剣(レギア)を空中に浮かべたまま、ルドーはとりあえず目を瞑って魔力に集中してみることにした。

 魔力を送るイメージでいいか不安だが、他に思いつかないのでそれでとりあえず試していく。


「……お前、自覚なかったのか」


「ん? 何が?」


 エリンジに声を掛けられてルドーは目を開けた。

 するとエリンジには聖剣(レギア)の魔力が薄らと流れていっているのが見えるのに、なぜかリリアに対しては全く流れていなかった。

 同じように手を握って、同じようにイメージしていたはずなのに。

 リリアが苦々しい顔でルドーを見ている。

 やめてくれ、そんなつもりでやっている訳じゃない。

 全身から力が抜けていくように動揺してルドーは二人から手を放して数歩後ろに下がった。


「お前、無意識にリリアのこと拒絶してるな」


「……そんなわけ!」


「今の魔力の流れが答えだ」


 エリンジに端的に言われてルドーの呼吸がどんどん荒くなる。

 身体が急激に冷えていくのに、冷汗だけがどんどん身体中を伝い始めた。


 ルドー自身がリリアを拒絶している、しかも無意識で。


 そんなはずはない。

 いつだって傍にいて、なにがなんでも守る。

 そのつもりでずっとここまで来たのに。

 じゃあなんでエリンジには魔力が通って、リリアには魔力が通らなかった。

 ずっと傍にいて守ってきた。

 でもリリア本人とちゃんと向き合ったことは。


「お兄ちゃん、ずっと何か隠してるでしょ」


「グルアテリアでニン先生が言っていた、前世がどうとかいうあれか?」


「……やめてくれ!」


 リリアの言葉にエリンジが思い出したかのように指摘して、ルドーは思わず叫んだ。


 言いたくない、自分のせいでリリアが前世で死んだなんて。

 傍にいたのに助けられなかったなんて、リリア本人に伝えたくない。


 責める様な二人の視線を感じてルドーは逃げるように視線を地面に落とした。

 視界がぶれるようにぼやけて胸のあたりが苦しくなる。


「ルドー、前にも言ったぞ、こいつは弱くない。ちゃんと見て向き合えと」


「うるせぇ! 生まれてからずっと一緒なんだぞ、リリのことはわかって……」


「うぅん、お兄ちゃんはずっと何もわかってない!!!」


 リリアの大声に周囲が振り向いて静かになる。

 言い争いを始めたルドー達に全員の視線が集まっていた。


 大きく叫んだリリアを、ルドーは初めて正面から見つめた。

 リリアの大きな丸い緑の瞳に、強烈な強さが宿っているのを見てルドーは衝撃を受ける。

 何もかも見透かされるような、そんな嫌な感覚に思わず首を振って目を伏せてしまった。


 ルドーの息がどんどん荒くなる。思わず胸を掴んだ。

 何もしてないのに責められている様な気がして動悸が激しくなった。


「お兄ちゃん、ずっと何を隠してるの」


「やめろ……」


「いつもボロボロになって、身体が焼け焦げて死ぬような目に何度もあって、なんでそこまでするの!」


「違う、俺はただリリを守りたいだけで……」


『おい、そこらへんで……』


「双子でも普通じゃないことくらい分かるよ! 何がそうさせてるの! 何がそんなに苦しいの!!!」


「いやだ!!! やめろ!!! ()()()()()()()()()()()()!!!!!」


 無意識に口から叫んだ言葉にルドー自身が驚愕した。

 殺したくない、なんだこれは、なんでそんなことを口走った。



 俺は一体、()()()()()()()



「あああああ……!」


 赤が、血が、目の前にいっぱい広がっていく。


 俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ



 頭を抱えてルドーは大きく呻きだす。

 脳みそを刃物で直接ザクザクと刺されるように強烈な痛みが走っている。

 心臓が握り潰されるかのように強烈に痛く苦しい、息が出来ない。


 ルドーからうっすらと、どす黒い魔力が滲み出始めていた。

 周囲でルドー達が言い争っているのを見ていた面々は、ルドーの異質な変化に驚愕の表情を浮かべ始める。


「えっえっ? ル、ルドーくん魔力農村民並みじゃなかったっけ?」


「普通じゃない、なに、あの、明らかにおかしい魔力」


「聖剣のものとはまた違いますわ! しかも普通の溢れ方じゃありませんわよ!?」


「どんどん強くなってないか! 一体どうなっているのだ!?」


「なんかわかんないけど危ない感じするわよ!?」


「下がってみんな!」


「……なんで。お兄ちゃん、どうして……?」


 ネルテ先生が前に出て手を上げ警戒する中、魔力暴走を始めたルドーにリリアは動揺して後ずさった。

 リリアを異常に守ろうとする理由を聞きたかっただけなのに、鉄線の時と同じように暴走を始めてただただ動揺していた。


 あの時は化け物に接触したのが原因だろうと聞いていたのに、今はその化け物もいないのに。


 エリンジもリリアと同様に、まさか魔力暴走するまでに至ると思っておらず、周囲で弾ける魔力が漏れ出したルドーを呆然と眺めている。

 ネルテ先生がなおも警戒して生徒を下がらせる中、ルドーのどす黒い魔力がどんどん暴走して弾けるように周囲を攻撃しはじめる。


 全員が狼狽え驚愕する中突然ルドーは大量に髪の毛を巻き付けられ、大きく振りかぶられて抉るほど強烈に地面に叩き付けられ、声にならない悲鳴がルドーの口から血と一緒に洩れた。


「ここで暴れんじゃねぇ、チビどもに被害が出たらどうしてくれんだ」


 目を細めたカイムが遠くから魔力暴走しかけたルドーをその髪で掴んで地面に叩き付けていた。


「……人のトラウマ抉ってそんな楽しいかよ、やっぱクソ人間だわ」


「そんな、つもりじゃ……」


 カイムは鋭い視線でリリアとエリンジの方を見て吐き捨てる。

 言われたリリアはびくりと身体を揺らし、エリンジも何も言い返せず下を向いて佇み続ける。

 付き合っていられないとばかりにカイムは髪を切り捨てながら大きく溜息を吐いて、足取り荒く校舎の方に戻って行った。


「うぇ……気持ちわりぃ」


 暴走しかけた魔力が消し飛ぶほど強い衝撃で叩き付けられ、ルドーは血を吐きながら目を回していた。


 確かエリンジも一緒に魔力伝達の練習をしようとして。

 あれ、なにがあったんだっけ。


『……また忘れてるか』


「なにが? あれ、なんで俺カイムの髪に縛られて寝転んでんだよ」


「……すまん、気を急いた」


「なんで謝ってんだよエリンジ」


 エリンジが苦悶するような無表情をしているように見えたが、ルドーには理由が何一つ分からず大量に疑問符を浮かべる。


 先程まで暴走しようとしていたのに、今度はつい先ほどの出来事のそれをすっかり忘れている様子のルドーの異質さに、その場の全員が息を呑んでただ立ち尽くしていた。


『……記憶だけじゃねぇな、下手したらもっと別のもんか』


「何の話だ?」


『転生も難儀なもんだってこった』


「いやだから何の話だよ」


 訳が分からず完全に困惑しているルドーに、周囲も不安と困惑が入り混じった目で見つめ返す。


 翌日からルドーはネルテ先生に、聖剣(レギア)を使う為魔力伝達の練習が上手くやりにくいのでしばらく諦めるように個別通達を受けた。


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