第七十三話 知らぬうちの対策会議
依頼応接用に、魔法科の校舎二階には個別の小さな応接室が設置してあった。
基礎科程豪華ではないそこにはシンプルな絨毯が敷かれており、質素な木製の椅子に布がはられ、同じような木製の机が置かれている。
エリンジとリリア、ネルテ先生とニン先生にヘーヴ先生、そしてアリアとヘルシュが、ルドーが突然魔力暴走した件について話をする為に集まっていた。
「聖剣にも参加してもらいますので、事前にルドー君に頼んでそこに置いてもらいました。ルドー君には何がトリガーになるかわからないので来てもらっていません。触ると危険なので触らない様に、いいですね」
『ここで雷が暴発するなり魔力暴走するなりしたら全員に被害が回るわな。あいつも望んでねぇだろうしそれでいいだろうよ』
簡素な机の上に横たわるように聖剣が置かれていた。
「さて、集まってもらったのは他でもない、今日のルドーの魔力暴走の件について話を聞きたいからだ」
全員の視線を集めながらネルテ先生が話し始める。
ルドーの魔力暴走は、何が原因でまた再発するかわからないため、ネルテ先生がルドー本人には聞かない様にとルドーを医務室に連れて出している間にその場にいた魔法科の全員に通達を渡した。
エリンジが横を見れば、リリアは想像以上に兄を追い詰めてしまった罪悪感に駆られ、両手を握りしめて胸の前で押さえつけるようにして硬い表情で俯いている。
その様子をちらりと眺めた後、ヘルシュとアリアの方に視線を向けてネルテ先生に問いかける。
二人とも何故呼ばれたのかわからず気まずそうに身じろぎしながら視線をあちこち動かしていた。
「……この二人は?」
「ちょっと事前に職員室で相談してたらニン先生が聞きたいことがあるってね、まぁそれは後だ。まずはリリア、辛いだろうけどちょっと話せるかい?」
ネルテ先生に話すように促されたリリアは、数度自身を落ち着かせるように深呼吸した後、ゆっくりと慎重に話し始める。
「……兄は、昔からずっと何か隠してます。時々思い詰めたような顔して虚空を見つめてたり、私の方を意味深に見ていたり。でも私には全く話そうとしないんです。ただ、両親もそれを知っていて、しかも魔力暴走したのはここ最近って訳でもなかったんです」
「最近じゃなかった? 前にも暴走したことがあるのかい?」
「勇者や聖女になる前、両親が亡くなった後に残した本棚の中に、兄のカルテもあったんです。二人とも医者だったから。兄は文字が読めなかったから気付いていなかったようですけど。それを読んだら、私達が物覚えも付かないような幼少期に、兄は何度も悪夢にうなされてその度に魔力暴走してたみたいなんです。勇者の魔力もなかったから被害もなかったけど、両親も思いつく限り魔力暴走になるような身体的精神的負担もまるでなかったから原因不明で」
リリアが遺品の中から見つけた両親が書いたルドーのカルテ。
毎日のように悪夢にうなされては魔力暴走を起こしている様子が時間と様子を記録されて事細かに書かれ、それを初めて見つけた時リリアは一人ショックで倒れかけた。
両親も幼少なのもありなるべく傍にいたのに思い当たるような原因がわからず、本人にあれこれ聞いてみた痕跡があるが、幼少期のルドーはどうやらそれにも答えていないらしいことがカルテの記述から分かっている。
「成長するにつれて少しずつ落ち着いてきて、最近はもうすっかり忘れるくらい起きてなかったんです。両親のカルテにも、年齢的なものもあるかもしれないから成長して様子を見ながら話を聞くという結論に落ち着いてて、原因は不明なままでした」
「なるほど、そうなると勇者になった際の何らかの不具合って訳でもないからその線は切り捨てていいか」
役職にはメリットデメリットがあり、それが本人の気質と合わないものだとたまに暴走しやすくなる。
メリットデメリットのせいで魔法が上手く使えないと気を病んで思い詰めていくのだ。
ネルテ先生はその可能性も考慮していたようだが、リリアの話を聞く限りその可能性は低い。
「次はエリンジ、授業の時ルドーと何を揉めてたんだい? 魔力伝達の練習が原因なことは確かだろうけど」
「ルドーから俺にはわずかに魔力伝達の兆候が現れました。しかし同じようにしていたリリアには全く発生していません、ルドーもそれに全く気付いていませんでした。だから無意識にリリアを拒絶していると指摘しました」
「無意識に? 意図して止めてたわけじゃないって?」
「指摘した後、ルドー本人も混乱していました。あいつは誤魔化すのが下手だ、意図してたとは思えません」
『まぁ実際やろうとしてたのは俺も魔力の波で何となくわかるわ、なんでか動かなかったが』
エリンジと聖剣の話に、リリアがほうと息を吐いた。
リリアが兄に実は嫌われていて、それでいてずっと庇われ続けていたのではと小さな可能性に恐怖していた様子を、ルドーに気付かれない様に隠していたのをエリンジは見ている。
ルドーの様子からそんな可能性は微塵もないし、リリアの機敏にだけやたら聡いルドーが何となく何かに怯えている様子に気付いているのも分かっているが、大丈夫だから少し待ってくれと伝えると渋々了承してくれていた。
この分ならもう問題ないだろう。
「そうなるとトラウマか何かの影響で無意識に作用してる感じですかね、問題はそのトラウマの原因がさっぱりわからないという事ですが」
「幼少に何かあった、って言うのも今聞く限りなさそうだねぇ、だめだ、さっぱりわからない」
「んー、じゃやっぱりあっちの線かな。俺かもいいかい?」
ネルテ先生とヘーヴ先生が詰まるように悩み始めた所で、ニン先生が手を上げて話していいかと聞いてきた。
二人が是とするように頷くと、ニン先生はアリアとヘルシュの方を見ながら話し始める。
「そのトラウマの件、多分前世が影響しているんだと思うんだよね」
「前世? なんだいそれは」
「俺も含めてここにいるアリアとヘルシュも前世持ちなんだよ、だから呼んだんだ。勇者や聖女は前世持ちが多くなる。グルアテリアでルドーくんもどうやら前世持ちってことはわかってるから。詳しくは聞いてないけど」
エリンジとリリアもその場に同行していたので覚えている。
確かにルドーは反応があった、詳しく話そうとはしなかったが。
ネルテ先生とヘーヴ先生はあまりよくわからない様に怪訝な表情を浮かべていたものの、話の腰を折らない様に目線で続けるよう促していた。
「前世って言うのは文字通り、この世界に生まれる前に生きた人生の記憶の事だよ。俺の場合一般的な人生かな、普通に何の変哲もなく生まれ育って、順調に仕事をこなしていたらある日強盗に出くわして刺されて死んだ。だからあんまりトラウマとかはないんだよね、もうちょっと体鍛えとけばよかったと思って今世ではこの通りなんだけども。でも多分俺の前世は比較的平和なほうだと思うんだ。それでアリアとヘルシュ、悪いんだけど話せる範囲で話してくれるかな」
「えっそれで呼ばれたんです!?」
「私もそんな大したことないわよ、高校に登校しようと道歩いていたら玉突き事故起こした大型トラックに轢かれただけだもの」
「ちょっとアリアさん!?」
ニン先生の説明に、ヘルシュが驚愕したように狼狽えていたが、あっさりと話したアリアにさらに狼狽えてわたわたしいている。
大型トラックが何か分からない一同だが、話の流れから何となく馬車のようなものだろうか。
疑問に思ったエリンジが聞いてみると、似ているけどもっと大きくて速いと比較的肯定の意見が三人から返された。
「要するに、この世界に生まれる前の世界で生まれ育って死んだところまでの記憶を保持しているってことかい?」
「そういうこと、しかもそれが結構多いんだよこの世界。まぁ当事者同士でないと死んだときの記憶もあるからあんまり言いふらさないだろうね。ヘルシュはどうだい? 死んだときの事だからあんまり重かったら話さなくてもいいけど」
「いや、その、僕はただの引きこもりで、親の脛齧って働かずに部屋に籠ってネット小説ばかり読んでたら、痺れを切らした親が、ニート更正屋とかいう大きな男を二人雇ってきて、部屋から引き摺り出される際に投げ飛ばされて打ち所が悪くてそのまま……」
「……道理で勇者が様になってたのね、ネット小説の典型的な転生テンプレじゃないの」
「アリアさんも人の事言えないよね!?」
「男の癖にうるさいわね!」
「交通事故で異世界転生とかまさに乙女ゲームのテンプレだもんね!」
「人の黒歴史掘り返さないでよ!」
ぎゃいぎゃい言い合い始めたアリアとヘルシュを放置して、話を聞いたヘーヴ先生が考え込むように顎に手を置いている。
「その話が本当ならば、死んだときの記憶も保持しているので場合によっては相当なトラウマを抱えている可能性が高いですね」
「もう誰も殺したくないとか叫んでたからね、ひょっとしたらルドーが死んだときは自分だけじゃなかったのかも」
ネルテ先生の推測に一同は沈黙する。
リリアが真っ青な顔で今にも倒れそうになっていた。
ルドーが自分を傷つけてでもリリアを守り続けようとする理由を、純粋に心配から知りたかっただけだろうに、思ったよりも重い理由かもしれないと聞いて、感情に任せて安易に聞き出そうとしたことを後悔しているのだろう。
エリンジも同様に後悔している。
もっと慎重に事を運ぶべきだった、友人なのに情けない。
死んだときの記憶、それも自分以外が死亡する場面を目撃しての死亡なら、ルドーが幼少期に魔力暴走を連発するのも頷ける。
成長するに従って精神が安定してきて収まったというのも納得だ。
だがまだ無意識下でトラウマになっており、記憶障害が発生するほど精神を病んでいたなら対策はいるだろう。
先生方も同意見だったのか、精神面の対策を考え始めた。
「本格的なカウンセリングが必要ですか」
「でも前世の記憶が影響しているんだろう? そこを考慮したカウンセラーって見つかるかい?」
「うーん、俺と違ってクランベリーは前世ないみたいだからなぁ」
『おい、それもあるが魔力の根源を見れるやつは誰かいねぇのか』
唐突に聖剣が話しかけてきて、全員が怪訝な顔で反応する。
パチパチと小さな雷が、まるで困ったなと言うように弾けていた。
「魔力の根源を見る? どういうことだい?」
『トラウマがあるのは多分間違いねぇが、その前後の記憶障害と、そもそもの魔力の動きが変だ。多分原因は転生だけじゃねぇ、物理的にあいつになんか起きてるぞ』
古代魔道具である聖剣の魔力を使っているからか、聖剣はルドーの魔力の動きを他より良く読み取ることが出来るようだ。
トラウマからの魔力暴走以外に何かあると確信を持っているということだろうか。
しかしエリンジの横にいるリリアはそれとは別の事が気になったようだ。
「……聖剣さん、お兄ちゃんから前世の事きいてるの?」
『俺もそんなに詳しかねぇ。あいつがお前を守りたいって女神に懇願したってことだけだ』
ルドーはほんの少しだけ聖剣に前世の話とやらをしていたようだ。
明かされた話にリリアは困惑するように眉をひそめてきょとんとしている。
「女神に? 私を守りたいって?」
『転生させてんのは女神だ、それは確定事項だ。話を聞くにお前も多分あいつと一緒に転生してんぞ』
続いた聖剣の話に、ニン先生とヘルシュとアリアが驚いてリリアを見た後顔を見合わせている。
しかし指摘されたリリアは身に覚えがないのか、更に困惑するように口に手を当てた。
「……私も? 何も覚えてないのに……」
『覚えてないくらい相当小さかったんじゃねぇか。近くで見てたがお前は記憶障害って様子でもねぇからな、本当に覚えてないだけだろ』
「……一緒に転生したならそれ、ルドー君が前世で死んだとき、前世のリリア君も関わってる可能性ある?」
ニン先生が可能性に気付いてして指摘する。
言われたリリアはまた倒れそうなほど真っ青な顔になったが、身に覚えがないせいで余計混乱しているようだった。
リリア自身がルドーのトラウマになっている可能性は考えたくもないだろう。
しかしルドーは入学から今まで二回ほど、リリアの身が危険に晒されると尋常ではない様子に変わった事がある。
どういう関わり方をしているかまでは分からないが、可能性は高いかもしれない。
『俺もそこまでは聞いてねぇ。だがルドーの記憶障害はどうにも普通じゃねぇ』
「……複数原因がある可能性があると? それで魔力の大元である根源を確認したほうがいいと」
『あぁ、俺はそこまで詳しかねぇし、ルドー本人に説明して魔法使うわけにもいかねぇ』
「……魔力の根源ですか、スペキュラーもクランベリーも流石にそこは突破出来ません。調べられるとしたら相当限られますね、ちょっと伝手探しますか」
「校長がいてくれたらいいんだけど、こないだの一件の報告で連盟に出向いた後また脱走したからなぁ……油断したよ」
「そもそも校長に聞いてもこっちが理解できるように話してくれるかどうか」
「それもそうか……」
魔力の根源、身体に根付いている魔力の大元を探る。
かなり根深い部分になり、所持している魔力の層の奥深くまで見ないといけないので、相当な精神力を使い、場合によっては根源を覗いた者の精神に支障をきたす最上級の練度が必要で神経質な魔法だ。
先生たちが話している間、話を聞いていたヘルシュが不安そうに呟く。
「リリアさんが覚えてないくらいって、それルドーくんも死んだとき相当小さかったんじゃ……」
ヘルシュの言葉に、一同に重苦しい沈黙が走る。
エリンジとリリア二人は後悔する、思っていたよりずっと酷いことをルドーにしてしまっていたと。
「どうしよう、お兄ちゃん、私凄い酷い事しちゃってた……」
『落ち着け、まだ取り返しつくし、あいつは気にしねぇよ』
「……伝手、使うか」
「エリンジくん?」
不安そうなリリアの声にエリンジは答えなかった。




