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第六十八話 迫る大型魔物暴走

 ルドーは自身に何が起こったか全くわからなかった。

 化け物に何か言われて、急に酷く頭が痛くなった事しか覚えていない。

 その為ネルテ先生やヘーヴ先生に何が起こったと問われても何のことかさっぱりだった。


「体調は問題ないのかい?」


『お前本当に大丈夫か?』


「いやマジで何のことだよ……」


 化け物が二人もいた場所にそのままは危険だと判断したネルテ先生とヘーヴ先生によって、一旦先生たちの集合場所に戻って他の一年の先生方の合流を待ち、その場で捜索のための探知魔法を使っている所だった。

 トラストとビタも合流し、リリアとノースターにも会えたことで、あと合流できていないのはクロノとライアだけとなっている。


「うーん、回復魔法に鑑定魔法も使って見たけど、特に異常は見られないわねぇ」


「暴走してた本人の魔力はどこ行ったんですか……」


「きれいさっぱり消えちゃってるわねぇ。むしろ一般人と同じくらいの魔力量だわ、ほんとにその規模で暴走してたの?」


「勇者で魔力を溜め込むタイプはあってもここまで反応しないのもあまり聞かないし、私と同じタイプでもなさそうね」


 保護科担任のクランベリー先生がブロンドの髪を靡かせてルドーに色々な光を放って魔法をかけながら様子を見ていたが、おっとりと語るその様子にヘーヴ先生は訳が分からず苦い顔をして、話を聞いていたマルス先生もお手上げだとでもいうように首を振っている。

 ルドーの魔力暴走が原因不明の上規格外過ぎたため、捜索を待っている間に負傷した生徒の回復魔法を終えた後、何か異変がないかと手が空いた先生方で調べてもらっていたが、なにも分からない様子だった。


『(その手の反応がある魔法薬もぶっかけてみる?)』


「今それどころじゃねぇだろ帰ってからにしてくれ」


「……」


「なんだ、思うことがあるなら言え」


「うぅん、私も帰ってから話したい、かな」


 リリアとノースターは、アーゲストと名乗る狐目長身白髪の魔人族にここまで連れてきてもらったらしい。

 ライアが危険だというと顔色を変え、リリアから詳しい説明を聞いた後、礼と称して途中まで送ってもらったそうだ。

 実際は話を聞いた後、なんとか感じ取ることが出来たライアの魔力を辿っていた途中でリリアが飛び降りたのを見たアーゲストがノースターも放り投げただけなのだが、ルドーは知らない。


「……やっぱり見つからない」


「もう! いつもいつも肝心な時に役に立ちませんわね!」


「うん、ごめん……」


 トラストとビタが追っていたという小さな少年も、剣の男が捨てた後暗闇の中に消えて見えなくなっていた。

 二人はその子どものことを終始気にしていたが、居場所すら分からなくなってしまった上、唯一こどもの魔力の分かるトラストが探知魔法を使ったが、ノイズが多くて見つからないという。


「ノイズが多いというのはですねこれは探知に反応するものが多量に周囲にいるという事を指しますが鉄線の下っ端がまだたくさんいるというならいざ知らずこんな森の中でここまで多量にノイズが発生することは例外一件除いてほぼほぼないのですがちなみにノイズが多くなる状況を例に挙げてみますとお祭り状態の密集した人ごみで魔力が混ざるほど近くて多かったり魔法を様々な方が同時発動してその周辺空気が魔力で満たされてしまったり探知する場所の周囲にそれより大きな魔力が複数あって妨害されたり様々な」


「説明してる暇があるなら他二人にも探知魔法を使ったらどうだい! まだクロノとライアも見つかってないんだよ!」


 ネルテ先生やヘーヴ先生は、遭遇した剣の男や化け物の規格外さを目の当たりにし、生徒の安全を考えて早期離脱させたがっていた。

 だが捕まえた幹部数名を二年の先生が隔離した転移先で逃げない様に護送し、三年の先生方が状況報告で同盟国連合に赴いているため、エレイーネーにも先生がまだ帰還していない。

 追って襲撃されることも考えると生徒だけ先に戻すわけにもいかず、かといって分断して探すのも悪手だと理解していたので、同じく観測者の役職を持つという話の長いスペキュラー先生が探知魔法を使ってまず近くにいるはずの子どもを保護しようと調べていたが、会った事もない相手だと探知はほぼほぼ不可能という事らしく、それでも一応探そうと試してくれていたのだが、こちらもノイズが多いという。


 護衛科のニン先生とレッドスパイダー先生は赴いた潜伏先でクロノとライア、あるいはその少年を保護していないか二年と三年の先生たちの元に向かって確認しているが、その二人からの通信魔法を聞いている先生たちの反応からそちらにもいないようだった。


「ライアさんの反応もノイズが多いせいで見つけられませんが、クロノさんの魔力なら先程合流前に一瞬反応しましたが」


 その言葉に話していた全員が顔を上げてスペキュラー先生を見た。

 ネルテ先生は両手を肩の前でブルブルと戦慄かせて怒り散らす。


「なんでもっと早く言わない! 場所はどこだい!?」


「合流直後に言おうと思っていたのですが探知魔法を使うように言われたのでやたら反応が多くノイズがどんどん増えていることに違和感を覚えていたのですが考えられる原因としては例外一件除いてありませんのでどうしたものかと考えながら色々と試しながら試行錯誤していた次第でありましてそれに反応があったといっても場所が分かるほどの物ではなく本当に一瞬過ぎる出来事で」


「……まって、ノイズが多いのに反応が分かったの?」


「はい彼女の魔力反応はかなり強いため分かりやすいので以前に感知したときはエレイーネー内でしたので報告はしておりませんでしたがいつでしたかね確かクランベリー先生が戻ってきたので挨拶をと待っておりましたらなにやら手が離せない緊急案件で長時間会えず時間を潰すために新しい花の苗でも探そうと地元の花屋を訪れて」


「お兄ちゃん、なに? この地響きみたいな……」


 先生たちが話し合っている中、ルドーの傍に寄ってきたリリアが周囲を見渡すようにあちこち視線を向けながら告げる。

 なにやらドロドロと、地震のような地滑りのような地鳴りのようなものが少しずつ大きくなりながら響いてきていた。

 ゲッシ村で経験した事はないがこの世界に地震ってあっただろうかとルドーが考えていると、不意に目の前の森の林からガサガサと大きく音がして何かが物凄い勢いで飛び出してきた。


「あぁもう! こんなとこで呑気に何やってんの!?」


「クロノ! お前ライアはどうした!」


 雑木林の影から飛び出してきた見慣れた帽子姿は、腕から下の袖が破れて血まみれになっているが、その割に腕には特に怪我はしていなさそうだった。

 ただ相当疲れているのか、大声を出しながらもルドー達の前で立ち止まったクロノは、前かがみになって両手を膝につきながら息を整えようと荒く呼吸している。

 その姿を見たエリンジから怒号が飛んで、呼ばれたクロノの名前に先生たちも一斉にこちらを振り向いた。


「ライアたちならさっきカイムに返した! そんなこと言ってる場合じゃない、早く森から出て!」


「えっ……まって! たちって言った!? ひょっとして褐色でボロボロの髪の短い男の子見なかった!?」


「ロイズもカイムに返したよ! だから今それどころじゃないって!!!」


「その子たちとあなたを探していたんですよ、もう大丈夫ですから落ち着きなさい」


 トラストがクロノの言葉に反応して咄嗟に問いかけた答えに、トラストとビタはようやく安心したとでもいうように二人大きく息を吐き、力が抜けたのかヘナヘナとその場に座り込んでいた。

 今まで見たことがないほど慌てている様子のクロノに、ヘーヴ先生が近付きながら両手を前に出して落ち着かせようとしていたが、前かがみになったままのクロノから大きく苛立つように唸る声が返される。


「あーもう! だからのんびりしてられない! 聞こえないんですかこの音! 大型魔物暴走(ビッグスタンピード)が発生してる!!!」


 そう叫んだクロノに全員が愕然とその場に立ち尽くす。

 ドロドロという地面の響きはどんどん大きくなってきていた。


大型魔物暴走(ビッグスタンピード)だと? 確かか?」


「私がどこの出身だか知ってて言ってる? この音何度聞いたと思ってんの?」


『……なるほどな、あの空気の悪さ、前兆だったか』


「おやまぁここまで多量に発生するノイズの例外一件がまさにその大型魔物暴走(ビッグスタンピード)なのですが」


 いち早く回復したエリンジの低い声に、クロノが噛みつくように答える。

 聖剣(レギア)も納得したように低い声で呟いて、スペキュラー先生も短く続けた。

 先生たちが一斉に周囲を見渡して状況確認の探知魔法を使い始め、その言葉が真実であるとわかるようにどんどんと顔色を青く染め上げていった。


 先生方とて魔物暴走(スタンピード)を経験していないわけではない。

 だた、今回の鉄線殲滅戦において魔物に妨害されない様にと結界を張り続けて避けていたため、魔物が全く出てこないという前兆に気付けなかった。

 また、エレイーネーが魔物暴走(スタンピード)に対応する際は、国が対処しきれないと救援要請を出してきた後の為基本事後対応、その上レペレル辺境伯領はいつも自領で対応しきるためエレイーネーに救援要請をしたことは一度もない。


 今回のような大型魔物暴走(ビッグスタンピード)の現地発生に遭遇した先生は誰一人としていなかったのだ。


「……最大規模、レペレル辺境伯領と同等、これはトルポも危険です! 国に対する警報連絡!」


「多すぎる、だめ! この規模だと今張ってる通常結界は破られる! 来るわ、全員備えて!」


 ドロドロと、雪崩のような音がどんどん迫ってきていた。

 ヘーヴ先生が慌ててトルポに緊急連絡の通信魔法を発している横で、結界を張っていたクランベリー先生が大声で叫ぶ。


 その瞬間、森から雪崩が落ちてくるように、真っ黒な魔物の集団が津波のように押し寄せてきた。


 リリアが咄嗟に浄化魔法を使って正面から来る魔物を蒸発させたが、それでも空間が出来たのが一瞬、また埋まるように魔物の波が押し寄せたのをエリンジが虹魔法を大量放出し、続く形でルドーも聖剣(レギア)を振るって正面に雷閃を放つが、それも一瞬で飲み込むほどの魔物の大群。

 先生方も魔物の波から生徒達を守ろうと各々が傍で魔法を使って何とか空間だけでも維持しようとしているが、それでも津波のような魔物は衰えるどころか増していく。


「……動きがおかしい」


 全員が大量の魔物と対峙している中、相変わらず腕力で大量の魔物を殴って霧散させていたクロノが唐突に呟く。

 魔物の発する轟音の中、それを聞いたルドーは聖剣(レギア)を何度も振り下ろして雷魔法を連続放出させながら声を張り上げた。


「動き? なんだよ、何が変だってんだ!?」


「いつもは人間を見かけると見境なく蹂躙してくる。なのに今はまるで通り過ぎざまについでに攻撃してる。……なにかに惹かれてそっちに向かってる?」


 魔物の波は確かにルドー達の正面から出てきているが、集団で囲まれるような状況ではなく、川の中州のようにその周囲を走り抜けながら正面に来ている魔物だけが攻撃してきていた。


『言われてみりゃ確かに変な動きしてんな』


「この規模の魔物暴走(スタンピード)を誘発した何かがあるとでも言うんです?」


「どっちにしろ状況改善しないと何もわからないね、幸運を願う(グッドラック)!」


 ネルテ先生がそう叫んだ瞬間、その場にいたクロノ以外の全員が緑色に光る。

 すると魔物の津波が光った全員に気付かないかのように通り過ぎ始めた。


「幸運値的にあまり時間は持たない! スペキュラー!」


「解析完了!」


 スペキュラー先生が珍しく一言だけ叫ぶと、バシュンと大きく音が鳴って辺り一帯の魔物が一瞬にして蒸発する。


「これで距離は取れました、クランベリー!」


「はいはーい」


 ヘーヴ先生の声と共に、グランベリー先生から結界魔法が放出される。

 温かく光る分厚い結界魔法が瞬時に大量放出され、何重もの結界魔法が張られ魔物の津波の音も遠く聞えるようになった。


「生徒達は私が引率してエレイーネーに戻します」


「先生、俺たちも資格はあります、戦わせてください」


「そうはいってもまだ取り立てな上一年だろう! さっきまで捕まってた子もいるのに言ってる場合じゃないよ!」


「今は一人でも人手が必要、違いますか」


 ヘーヴ先生は生徒を避難させようとしたが、頑として聞こうとしないエリンジ。

 ネルテ先生の叱責も一蹴してじっと許可を求めるように無表情で見つめている。


「人手がいるのは事実だしねぇ、この規模だともうロドウェミナも危ないわ。住民の避難誘導もしないといけないし、前線じゃなくてもそれくらいならいいんじゃない? 校長が連れてきた子たちはまだ防御転移魔法ついたままだし」


「えっ?」


「なんだ気付いてなかったのか。致命傷を受けても一度なら平気だぞ」


『あれま、ほんとだわ気付かねぇもんだな』


「いや説明されてねぇよ!」


 校長がルドー達四人を村に送り出す際、安全を考慮した防御転移魔法を付けてくれていたらしい。

 致命傷を一度だけ無効化してエレイーネーに即時転移する魔法が付いていたそうだ。

 あの校長ほんと説明だけは何もしてくれない。


「防御転移魔法はトラスト、ビタ、ノースター、クロノには付いてないだろう、危険だよ」


「それでも助けられる人がいるなら助けたいです! トルポは生まれ故郷でもあります!」


「貴方だけでは力不足ですわ。私がいればそうでもありませんけど」


『(回復魔法薬ならまだ在庫あります)』


「いやこの規模だと避難誘導する村も危険なんだよ!」


「なら同じ防御転移魔法私が付けるわよー? 他の担任達にも一斉連絡してるけど人手がいるのは事実だもの」


 尚も渋るネルテ先生。

 ルドーが鉄線幹部に危険に晒された現場にいたので心配するのは担任としても当然の反応だが、戦う意思を曲げないエリンジの様子に触発されたのか、トラスト達三人も引かない様子にクランベリー先生が助け舟を出す。

 その様子を見ていたリリアが思い出したかのようにルドー達に振り返った。


「そういえば森の入口にいたキシアさんは?」


「通信妨害も解除されたからついさっき連絡した。先に村に戻って既に避難誘導を開始している」


「はっや!」


『へぇ、さっすがだな』


 一体いつ連絡したのか、エリンジの返答にルドーは舌を巻く。

 どうやら人手がいるからと例の発光する魔人族二人兄弟を巻き込んで既にロドウェミナ配置のトルポの兵士と共に村の半数は避難完了済みらしい。


「はぁ……生徒に先を越されちゃどうしようもない、始末書覚悟でやりましょう。クランベリー、防御転移魔法を。終わったらロドウェミナまで転移魔法使いますよ君たち」


 魔物は今も森を覆う津波のように動き続けている。

 言い争っている時間はないとヘーヴ先生が折れ、ネルテ先生も観念したように大きく息を吐いた。


「あー……私防御魔法も付かないし転移魔法効かない事のが多いんで先行っときます」


「だめだクロノ、魔法が使えないから自主的に連絡取れないだろう。飛行魔法で連れてくからこっち来な」


「あっはい……」


 クロノがまた単独行動しようとしたが、流石にネルテ先生が許さない。

 レペレル辺境伯領の経験と知識は今一番必要だ。

 一人で行くのは許さないとネルテ先生の真顔の圧力に流石のクロノも屈した。


「今日一日で色々起こり過ぎだろ」


「行かないのか」


「いや行くけどよ……リリ」


「やだよ一緒に行くもん」


「回復は今一番必要だ」


「わぁーったよ、リリ離れんなよ!」


「うん!」


『魔物相手なら怖かねぇ、大暴れしようぜ』


 闇夜の空へ、ネルテ先生がクロノを抱えて緑の拳で地面を叩き、一足先にロドウェミナに向かって魔道具を使い物凄い勢いで飛行していく。

 トラストたちの防御転移魔法をクランベリー先生が終えるや否や、全員ロドウェミナに向かって転移を開始した。


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