第六十五話 動くこと雷霆の如し
「いってぇ……」
『やられちまったな、大丈夫か』
薄暗い部屋の中、倒れていたことに気付いてルドーは頭を抱えながら起き上がる。
転移魔法で飛ばされるのは今日これで何回目だ。
立ち上がりつつ薄暗い中周囲を見渡しても誰もいない。
「くっそ……」
『落ち着けよルドー、焦ったって相手の思う壺だぞ』
状況を考えても、鉄線の誰かに見つかってここに飛ばされたとしか思えない。
デメリットで人相手に攻撃魔法が使えないリリアは、同じように鉄線の連中に一人で飛ばされたのなら、傍にいないと危ない。
だが聖剣の言う通り落ち着いていなければ、場所も分からないのに探知魔法も使えないルドーでは探すことは不可能だった。
冷静に、いかに早く場所を把握してリリアに合流するか、今考えるべきはそれだ。
改めて周囲を見渡す。
薄暗くも一定間隔で蝋燭が設置されているお陰で何とか見渡すことが出来る。
狭い廊下のような通路のようなそこには、床はタイルが敷き詰められているように薄暗い中規則正しく並び、木材の柱が一定間隔で通路の中央に生えて、同じ木材質の棚か何かが並んでいるように組み上げられている。
かなり分厚い埃をかぶり、蜘蛛の巣が張っている様子から、長期間使われていなさそうな場所だった。
「どこかわかるかここ」
『わかるわけねぇだろ。ただ誰か一人いるぞ、奥の方に魔力がある』
「……知ってる奴か?」
『いや、知らん奴だ』
聖剣の言葉に、ルドーは警戒するように通路の先に目を光らせる。
大きく深呼吸した後、周辺を探るように見渡して聖剣を構えつつゆっくりと歩き始めた。
鉄線に見つかって転移魔法でここに飛ばされたのなら、対処されるために送られたはず。
つまりここに居るという人物は敵としてみていいだろう。
「つまりそいつは鉄線の誰かってことか。ならそいつをぶちのめして……」
『場所を聞き出して合流するってか。いいねぇ、単純で分かりやすいぜ』
周囲から攻撃が来ない様に見渡しながら一歩ずつ歩を進めていく。乾いたタイルに足音がよく響いた。
薄暗い中棚をよくよく見てみると、錆びついて使えなさそうな剣や槍やらが置かれている。
どうやらかなり古い武器庫のようだ。
『なんか来るぞ!』
ルドーが周囲の観察に気を取られていると、聖剣がピリついて叫んだ。
咄嗟に身構えた瞬間、左腕上腕から突如として切り付けられたかのように血が噴き出す。
「うっ……」
『おい! 大丈夫か!?』
一体何が起きた。
左腕を改めてみると、まるで切り付けられたかのように一直線に血の線が走って滴り制服を赤く染め上げている。
酷く深くなかったおかげでまだ聖剣を握ることは出来るが、どこから攻撃が来たのかまるで分らなかった。
見えない位置からの攻撃か、しかし切り付けられた傷口を見るに刃物によるものだ。
『透明化じゃねぇな、一瞬過ぎたし音が聞こえるはずだ』
「感じた魔力は近かったか?」
『近かったが、何だろうな、奥にいる魔力が一瞬こっちに飛んできた感じだ』
遠距離からの狙撃、にしても相手は真正面の奥にいるのに、傷口は左側から切られたように斜めにさっくり真直ぐだ。
「転移魔法で攻撃だけ飛ばすことって出来るか?」
『出来なくはないが、かなり技術がいるはずだ。それにこんな一瞬じゃほとんど不可能に近いが、魔力の反応としては一番近いな』
転移魔法で、刃物の攻撃だけを飛ばしてきている、しかも見えない程の一瞬で。
聖剣でさえ不可能に近いというそれが可能ならば、相手はかなりの手練れだ。
ルドーから攻撃出来ない程見えない位置に相手がいたままだと一方的に蹂躙される。
その場に留まることは悪手だと考えたルドーは焦りながら走り出す。
走っている間にも攻撃が飛んできて、どこを狙われているかわからず避けられない。
後ろから背中を斜めに切られて血が噴き出し、足が遅くなる。
その動きを読むかのように右太ももを外側から切られて痛みに思わず転倒した。
『走ってるだけじゃダメだ、攻撃しろ!』
「くっそ!」
転倒した回転に勢いを乗せ、聖剣に言われるがまま振りかぶって雷閃を正面に放つ。
随分と距離があるのか、数秒真直ぐに飛んでいったそれは、奥の方で金属が弾くような音と共に掻き消え、当たった手応えを感じさせなかった。
『弾かれた! 走りながら撃ち続けろ!』
舌打ちをしながら叫ぶ聖剣に言われるでもなくルドーは血を流しながらも立ち上がって走り始める。
必死に走り近寄りながら今度は雷閃ではなく、空中からの雷撃を直接連撃で叩き込む。
遥か遠い空間に、当たれと思いながら聖剣を振り下ろすが、距離も威力も十分なそれは、またしても金属音が響いて掻き消されたと分かる。
ただ攻撃を防いでいる間向こうは攻撃できないのか、見えない斬撃は飛んでこなかった。
ならばと、ルドーは聖剣を振り続けて空中からの雷撃を連続で浴びせながら走り近寄り続けた。
走り近寄っていく中、ようやく遠くにあった空間が見えてくる。
通路と同じほどの木造の小さい部屋、人が座るくらいしかない狭い部屋に男が一人。
そこに佇むように立っていた男は、剥げた白髪を後ろに縛った、丁髷の様な髪型をしている。
露出している手足には傷跡が多く、髪型と合わせているのか群青色の着物を着ていた。
腰に差した刀に手をかけ、目を瞑ったまま微動だにせずこちらを向いている。
その姿を視認したルドーは聖剣を振ってさらに雷魔法を空中から浴びせるが、金属音と共に一瞬でかき消される。
男の身体は全く動かず刀を動かした手の動きだけが恐ろしく早い。
『居合か! なるほど道理で早え! 気を付けろ!』
男に向かって聖剣を振るい、雷魔法を浴びせ続けるが、変わらず一瞬にして次々切り落される。
今度は雷閃を男に向かって放ち、間髪入れずにさらに雷魔法を空中から浴びせるように連撃した。
男がゆっくりと目を見開く。
その瞳に視認された瞬間、ルドーは身体が硬直して動かなくなるほどの殺気に睨まれる。
男が空間から飛び出し、雷閃のすぐ脇を避けるように通り抜けながらルドー目掛けて恐ろしい速さで走り寄ってきた。
『ルドー!!!』
聖剣が動いて防ぐ形になり、なんとか真正面からの居合を防いだものの強烈な威力に後方に大きく吹き飛ばされる。
防ぎきれなかった居合切りに、右額と左腕が切り裂かれた。
『大丈夫か!?』
「わりぃ助かった。くっそなんだよ早すぎるぞアイツ」
男はそのまままた目を瞑って飛び戻るように部屋に戻る。
雷撃ではだめだ、完全に防ぎきられている。
目に入ってくる大量の血を拭き飛ばすように手で振り払う。
あちこち切られ過ぎたせいでアドレナリンでも出ているのか、身体が妙にドクドクと早鐘を打っていた。
男がその場で刀を持つ手を素早く動かす。また急に背中に斬撃が追加で入って思わず大きく呻いた。
間違いない、こいつは居合切りを転移魔法で飛ばしてきている。
どうするべきか。
逃げるか、ダメだ、男に背を向けたら先程の本体からの居合切りでおおよそ真っ二つにされる。
別の道を探すか、ここまで一本道だったのにどうやって。
この男を倒すしか道はないのか。
時間を稼ぐためにルドーは雷撃を再開する。
一定間隔で放つ雷撃に、金属音が鳴り響く。
雷撃で攻撃を一時的に止めることは出来ても、こちらの攻撃が通らない。
雷閃を放てばまた本体が避けるついでに居合切りで攻撃してくるだろう、転移魔法で飛ばしてくる居合切りの威力と段違いだったそれは何度も受けきれない。
故にルドーは雷閃を安易に撃てなかった。
「威力を上げればいけるか?」
『ダメだ、あいつ刀に雷まとわせた後地面に叩き落してやがる。一瞬なせいで刀にもそれほどダメージ入ってねぇ。これじゃいくら威力上げても同じだ』
力業によるゴリ押しも考えたが、聖剣の言葉に通用しないことが分かり焦り愕然とする。
なら聖剣の魔力に任せて消耗戦に持ち込むか、こいつがどれだけ体力があるかわからないのに、時間がかかったらリリアが危ない。
「くっそ、マジでどうすりゃいい」
考えろ、目の前のこいつを倒す方法を。
「まだ速さが足らん」
唐突にエリンジに言われた言葉がルドーの頭に響いた。
あぁそうか、こっちの攻撃を通すには、あの居合を超える速さで攻撃するしかないんだ。
「魔法はね、想像」
今度はゲリックの声が響く。
そうだ、古代魔道具である聖剣を使っているのだ。
想像、その名の通り思うがまま動いて攻撃できるはずだ。
「聖剣、俺を信じてくれるか?」
『なんだ、また無茶苦茶するつもりだな?』
雰囲気の変わったルドーの言葉に、聖剣がクツクツ笑い始める。
聖剣を手から離して空中で回転させ始める。
残像で円形に見えるほど早く、雷を纏わせてバチバチと光を迸しらせながら、男に向かってブーメランのように思い切り横に投げつけた。
周囲に雷をまき散らしながら飛んでいく聖剣本体なら、雷のように刀にまとわせて叩き落すことは出来ない。
刀よりも刀身の太い聖剣本体を居合切りで叩き落すには、威力が足りない。
男が驚いて目を見開き、防ぐように刀を抜いて構える。
ルドーは右手を上げて集中した。
タイミングは一瞬だ、男に攻撃するタイミングに全神経を集中させる。
円状に素早く回転しながら男に迫った聖剣を、男は防いで叩き落そうとその刀を構えた手を上げる。
「ここだぁ!!!!!」
刀を構えて攻撃を叩き落す瞬間なら、居合切りは使えない。
手を上げていた右手の腕輪に、雷魔法を纏わせて聖剣の場所に集中した。
雷は本来、光の速さで進む。速くて当然なのだ。
自身に雷を纏わせ、雷として移動する。
雷の、光の速度で攻撃する。
刀で聖剣を叩き落そうと男が刀を振った瞬間、ルドーは雷を纏わせながら聖剣のある男の目の前に瞬間移動する勢いで移動した。
そのまま再び聖剣を手にしたルドーは、刀を振った後の隙だらけの男に横から光の速度で切り付けた。
聖剣を投げたのは、男に刀で叩き落すための隙を作ると同時に、一直線上に並んで後ろにいるルドーが何をしようとしているのか悟らせないため。
驚愕に目を見開いた男の腹から胸にかけて聖剣の黒い刃が斜めに入り、傷口から噴き出す血飛沫が大きく迸るのを、とてもゆっくりと目の前で眺めていた。
男を通り過ぎた場所に着地して、肩で息をする。
全身に迸る雷を徐々に沈静化させながら、荒い呼吸を何とか落ち着かせていった。
ゆっくりと立ち上がって振り返り、倒れた男を見下す。
急所を外したとは思うが、左わき腹から右胸の上部に向かって振るった傷は大きく開き、今も血を大量に流していた。
「……死んでねぇよな、これ」
『文字通り殺されそうになってたんだぞ、こんな時まで相手の心配してんじゃねぇよ』
咎める様な聖剣の声にルドーは思わず俯いたが、今はそれどころではないと首を大きく振って気を取り直す。
男がいた部屋の奥を覗けば、扉が設置してあった。
やはりこいつを倒さないと先に進むことは出来なかったみたいだ。
「……これじゃここがどこか聞けねぇか。先に進むしかねぇ」
そう思って扉に手を伸ばそうとするが、不意に視界がぶれる。
殴られるような眩暈がしてルドーは思わず片膝をついた。
『……致命的な深い傷ではないにしろ、流石にこの大量の負傷で血を流しすぎたか。大丈夫か?』
「くっそ……こんなことしてる場合じゃねぇのに……」
ぐらつく眩暈を抑えようと手で顔を抑える。
しかし視界がどんどん二重三重とぶれていく。
『っ……嘘だろ、おいルドー!!!』
大きくビリ付いた聖剣に顔を上げると、後ろに立ちはだかる男の影が視界に入った。
振り向くと同時に切り付けられ、胸を直撃する。
転がったまま倒れて、ドクドクと血が流れ落ちていく感覚を大きく感じた。
倒したと思った男が血を流しながら立ち上がっている。
不味い、身体が動かない。聖剣を握ったままの右手がピクリともしない。
刀を手にゆっくりと歩み寄ってくる男を、その圧倒的な殺気を、ただ恐怖に満ちた目で見つめる事しか出来ない。
「おらあああああああああああああ!!!」
部屋の天井が崩れて何かが上から落ちてきた。
緑の魔力の大きな拳が、そのまま男をガシッと掴んで刀を持つ腕ごと固定して動けなくしている。
「うちの生徒にぃ……」
その空色の瞳を大きく光らせながら、魔力の大きな左手で男を固定して馬乗りになった状態で。
ネルテ先生は空中に巨大な右手の拳を魔法で作り上げる。
「手ぇ出してんじゃないよお!!!!!!」
衝撃と爆発で地面が抉れ、ルドーは血を流しながらさらに転がる。
猛烈な攻撃で地面にめり込まれた男は、今度こそ白目をむいて血を吐き出し、ルドーから受けた傷口からさらに血を噴き出した後動かなくなった。
「全く! 本当にこんなところでなにやってんだいもう!!!」
ネルテ先生は男がさらに動かない様に念入りに魔法で固定した後、怒りの足取りで近寄ってきて回復魔法をかけてくる。
意識を失う一歩手前だったルドーは回復魔法に思わず呻いた。
「なんで鉄線幹部のところにルドーがいるんだい! その傷もそうだ、一回やり合ったのかい!?」
「……すんません、倒したと思ったんすけど……」
徐々に回復が効いて視界がはっきりしていく中、ネルテ先生のかつてないほど猛烈に怒っている気迫に押されてルドーは思わず委縮しながらもごもごと弁明する。
「倒したと思ったんなら拘束しな! 全く油断しすぎなんだよ! 聖剣もなにしてんだい!?」
『うっ、いやほんと面目ねぇ……』
「倒したら拘束する! 基本中の基本だよ馬鹿ども! ほら復唱しな!!!」
回復魔法が効いてルドーは呻きながらなんとか身体を起き上がらせるが、ネルテ先生の叱咤は止まらない。
仕方ないだろう、実際かなり危ない状況だった。
そのままルドーは聖剣と共に、倒したら拘束する、とネルテ先生が落ち着くまで何度も何度も揃って復唱させられた。
 




