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第六十四話 一人、情報を知る者

 

『クロノ、ライアがそっちに行った上に転移門が破壊されて追えん……頼む』


「……なにしてくれてるわけ?」


 鉄線の施設奥、静かになった廊下でエリンジから唐突に通信魔法が入って、クロノはその手に吊り上げ白目をむいて気絶している下っ端を放り投げた。


 一体いつからライアがあの場にいたのか、そういえばリリアの服が妙に膨れていた気がする。

 変装の為にそうしていたのかとそこまで気にしていなかったが、まさかあの下にいたのか。


「ちゃんと見とけばよかった……」


 大きく溜息を吐いて肩を落としたクロノは、先を急いで確認作業を怠った事に気落ちしながらも、気絶したままの男の服を縛って拘束した後、徐に背後を振り向いて気配を探る。


 遠くから何かが走ってくるようにペタペタと足音がする。

 小さい何かが真直ぐ、ものすごい勢いでこちらに向かってきている。

 しかもこれは。


「はーい、捕まえた!」


「きゃふっ!」


 透明化魔法で姿を消したライアをその上からクロノは抱きあげた。

 悪いやつに捕まったと思ったライアが透明のままジタバタ暴れるのを、抱えたまま空き缶の中身を確認するように横に激しく振って目を回させる。一応手加減をしながら。

 目をぐるぐる回したライアは透明化魔法が解除されてその姿をあらわにする。


 捕まえた時の魔法越しに見た必死の形相から、多分無我夢中で無意識に透明化魔法を使った様子だった。


「私だよライア。ここは一人じゃ危ない、わかる?」


「……クロねぇ?」


 ライアの返答に思わずクロノは息を呑んだ。


「……ライア、話せるようになったの?」


「うん。クロねぇ、助けて。この先にレイルがいるの」


「やっぱりか……」


 昨夜、クロノは鉄線が潜伏しているのが魔の森の中にある旧国家の建物だとエルムルス商会で調べ上げ、場所を割り出そうと森の中を探索している際、逃げ出してきたであろうボロボロの眼鏡をかけた小さな少年が人狩りに追われている所に遭遇した。

 なんとか追手をぶん殴って救助しようとしたが、運悪くそこを別の魔人族が二人通りかかったのに気を取られて少年を人質に取られ、抵抗できないまま少年ごと連行された。


 もういっそこのまま施設まで案内してもらおうと、クロノは麻袋で目隠しをされて連れてこられたわけだが、そのままカプセルに突っ込まれて、脱出しようにも他の被害者に危害が及ぶために身動きが取れなくなった。


 常に帽子で顔を隠しているクロノには、麻袋の目隠しは通用しない。

 移送される途中で逃げ出した少年が分かれて連れて行かれたのを確認していた。

 施設に入るまでは一緒だったので、ひょっとしたらクロノが気絶したフリをしていた時に後からカプセルに入れられた可能性も考慮していたが、ルドー達が救出した場にいなかったのでおおよそこの施設の中のどこかにいるはずだった。


 だからこそ急いで奥に進む必要があると感じてクロノはどんどん突き進んでいた。


 不安そうに揺らぎながらも真直ぐ見つめてくる黄色い瞳。

 小さな少女に目線を合わせてしゃがみ込み、しかし確信を持っているかのような強い視線を帽子の下から見つめ返す。


「場所、わかるんだね?」


「うん。レイルの魔力、どんどん弱くなってる」


 大人と一緒にカプセルに入れられ、さらに先程の透明化魔法、本人がそれをしたことに気付いている様子もないことから完全に無意識でやってのけている。

 どうやらライアは小さいながらも魔人族でも魔力が特に多いみたいだ。

 だからこそ、同じ三つ子の魔力を把握することが出来たのだろう。


「わかった、案内してくれる? この先は危ないから、おぶるから絶対に手を離さないでね」


 クロノの言葉にライアは顔を輝かせ、背中に背負えば強くしがみ付くように服を握りしめながらあっちだと指を差し、指示されるままクロノはその方向にライアが気絶しない程度に加減しつつ出来る限り急いで走り出した。


 魔人族の人攫いたちがよりにもよって近場の魔の森の中に潜伏していたとは、本当にふざけている。

 森から出て外の国を、攫われた同胞の情報と共に犯人の手掛かりを探していた彼らが組織を見つけられないわけだ。


 施設の様子を横目で確認しつつ、クロノは先を急ぐ。

 廃棄されたにしては施設内が綺麗すぎる。

 魔人族達と同じだ。

 外はそのまま廃墟染みた容貌にしたまま隠れ蓑にして、中だけ改修して使いやすくしている。

 機械的な物が多い様子から、ひょっとしたらとクロノは嫌な予感が胸を過る。


「あそこ! あの奥にいる!」


 施設内の人間は粗方倒したのは気配で察している。

 ライアが指差した、クロノが未到達だったおおよそ施設の最奥であろう大きな扉を、ライアを庇うように背に抱えたまま遠慮なく蹴り飛ばした。


「えっ えっ!? 自信作の合金鋼の扉が!!?」


 轟音を立てて扉をバラバラに砕け散らして蹴り飛ばした入口からクロノが中に入ると、明らかに研究所のような、モニターやら機械や配線がごちゃごちゃ置かれた広い部屋。

 侵入者が突破してくることはまず不可能とでも考えていたのか、奥の乱雑に積まれた書類が置かれた机に座ってコーヒーを飲んで寛いでいた風貌の、白衣を着た大きな丸眼鏡にタバコを咥えた灰色髪の長身男が狼狽えていた。


 周囲を見渡すと、その部屋の奥の方に、見たこともないサイズの古い大きなカプセルが鎮座している。


 また左手の方の壁際に、大量の管に繋がれたまま機械に寝かされて気を失っている少年がクロノの目に入った。

 カイムやライアと同じ褐色の肌、色素の抜けたような薄く短い茶髪。

 まるで病院の検査服のようなものを着させられている様子から、何らかの実験体にされているようだ。


「うーん、どうやってここまで来たの? たくさん人がいたはずだけど?」


「全部ぶっ飛ばしたよ、後はあんただけ」


 クロノの返答に白衣の男は眼鏡を曇らせ絶句する。

 気持ちはわかる、こんな施設の最奥までたどり着くのに、まさか一人で堂々と正面突破で全滅させてくるなんて普通考えないだろう。

 戦い慣れた相当熟練の魔導士でもなければ、人数が多く苦戦するだろうそれなりの実力の下っ端戦闘員だった。


 クロノの目の前の男はタバコを咥え直して一服しなおしている。

 冷静になろうと行動しているのだろう。


「あのカプセル作ったのあんた?」


「魔力抽出装置の事かい? 研究の副産物で出来た代物だったけど、確かに作ったのは俺だよ」


 なんとなく奥の大きなカプセルが、初期型、所謂プロトタイプに見えたクロノが問えば、予想通りの返答が返ってくる。

 眼鏡の男は冷静さを保とうと、聞いたことをそのまま返答してきたのか。

 はたまた聞かれても問題なく対処できると思っているのか。


 しかし男は副産物といった。


「副産物ってことは、本当は別の研究をしていたって事?」


 クロノが聞くが、男は答えない。

 こちらは知られたくないという事か。

 だがクロノには何の研究をしているのかおおよそ予想が付いた。

 その研究を木端微塵に破壊しなければいけないという事も。


 男は上を向き長い息を吐いて煙を吹き出している。

 子どもがいるんだけど、タバコやめてくれないかな。


「クロねぇ……」


「今は静かに、悟られちゃダメ」


 ライアがレイルと思われる少年を心配そうに見ながら服を引っ張ってくる。


 実験を途中で一時中断でもしていたのか、レイルに繋がれている機械は動いている様子がない。

 管に繋がれたレイルは動かないが、胸が静かに上下しているのも遠目に見える為まだ息がある。

 冷静さを欠いた男にレイルが目的だと知られたらまた人質に取られて昨日の二の舞になりかねない。

 男に見えない位置に隠すようにクロノはライアを背負い続ける。


「どーしたもんかなー、ここまで入られた上に見られたからなぁー。俺戦闘苦手なんだけど……」


 悩むように上を向いてタバコを吹かし続ける男、腕を組みながらタバコを吸う、その組んだ側の手の裾に隠すように、手元にあったペンのような形のスイッチがポチッと押された事にクロノは気付く。


 突如として男の周囲にガシャンガシャンと骨組みが組み上がっていく。

 男を中心に、見上げる様な高さの大型戦闘用の魔道具がその姿を現していく。

 まるで機械で作られた蜘蛛のような、長くて細い脚に、蜘蛛の胴体のように男がその中心にぶら下がっている。

 バチバチと戦闘用の魔法でも溜め始めたのか、機械が怪しい光を溜め込み始めた。


「正面突破してきたってことは、色々知ってる子だよね。君かな、あちこち情報ばら撒いてたの」


「だったら何」


「そんじゃあ捕まえて拷問がてら新しい研究の実験受けてもらうかな」


 機械に支えられながらぶら下がった男が、怪しく笑ってメガネの奥から目を光らせる。

 だがその様子を見てクロノは面倒くさそうに大きく溜息を吐きながら天を仰いだ。


 こいつは、想像以上に――――――――弱い。



 バラバラに破壊されて煙を吐き出しながらバチバチと電流を走らせる戦闘用魔道具の中心で、男は口から泡を吹いて伸びていた。

 クロノがライアを背負ったまま飛び上がって一撃蹴撃しただけで、この戦闘用魔道具は完膚なきまでに破壊され、直撃した男も耐え切れずに伸びてしまったのだ。


 クロノは警戒しながら近付いた後、踵で強めに気絶している男の首に追撃を入れる。

 これでしばらく起きないだろう。


 クロノは男を一瞥した後レイルの方へライアを背負ったまま向かう。

 レイルに繋がっている管は刺されている様子はないのでスポスポと外していく。

 ライアを傍に下ろして気絶したままのレイルの様子をそっと見ると、外傷も見当たらず、体内魔力の様子も吸い取られていないので問題ない。

 なんらかの実験で一時的に魔力が弱まっただけで、死なれたら実験できないのである程度で止めたといったところか。

 それならその内起きるだろう、クロノは安心して大きく息を吐いた。


「レイル、だいじょうぶ?」


「うん、気を失ってるだけ。ライア、私は回復(ヒール)出来ない。このままレイルを見ててくれる?」


「クロねぇはどうするの?」


「ちょっと()()()()用事をする。大丈夫、この部屋からは出ないから」


 不安そうなライアに何かあったら声を掛けてと伝え、クロノは男が座っていた机に向かう。

 大量の研究資料に設計図、紙に書かれたそれを大雑把にバラバラ確認していく。

 うん、想定通りの研究対象、魔力抽出装置とはまた別の実験、その結果の副産物のカプセル。

 ()()をさらに悪用されたらダメだ。


「はぁ、この世界に()()()()()()()()()()の概念がなくてよかった」


 タバコを使っているならライターがあるはず。

 机を見渡せば先程男がタバコを吸う際に使ったのだろう、魔道具のライターが乱暴に置かれているのが目に入った。

 遠慮も躊躇いも微塵もなく、クロノはそれで手元にあった書類に火をつけ、適当な書類の山に放り込む。

 紙の資料に引火した炎がどんどん大きくなっていくのを確認しながら、周囲の書類も確認して何もかも燃え尽きろと言わんばかりに投げ込んでいった。


「ケッホ……なんか焦げ臭い……あれ、ライア?」


「レイル!」


 轟々と燃える資料を眺めていると、レイルが目を覚ました。

 クロノがそちらを向くと、ライアが泣きながらレイルに抱き付いている所だった。

 強く首に抱き付いたライアの頭を撫でながら周囲を確認するようにぐるりと見渡したレイルは、燃える紙の山が小さく黒ずんでいく隣で佇んでいるクロノが目に入ったようで少し怯えたように顔が引きつる。


「に、にんげ……?」


「だいじょうぶレイル、クロねぇは味方」


 見えにくい様に目をすぼめつつ確認しようとしたレイルに、ライアが諭す。

 そういえば人狩りに攫われた際にメガネを落としていたような。

 味方と伝えて安心するかどうかは本人次第なので、クロノは肩をすくませた後最後の仕上げに取り掛かる。


「えーっと……最大出力……これかな?」


 奥に鎮座していた魔力抽出装置のプロトタイプに向かい、先程読んだ資料を基に操作する。

 初期型の為魔力吸収に上限がなく、規格外の数値設定がされているそれを、限界突破してカンスト状態の設定に固定する。

 カプセルを弄り始めたクロノに流石のライアも不安そうにしてレイルに引っ付いていたが、そんな二人にクロノは一瞬顔を向けた後、倒れて気絶したままの男に近付き、雑に引き摺ってカプセルを開いてその中に放り込んだ。


「魔力抽出は激痛で精神がやられるってね、悪いけど自我が無くなるくらい滅茶苦茶になってもらうから」


 クロノはそのまま雑にカプセルを閉めると、ボタンを押して起動させる。

 青白く光り輝いて轟音を上げながら起動した装置の中で、白衣の男は白目をむいて絶叫し始めた。

 顔の穴という穴から血が噴き出し始める。

 あ、まずい子どもに見せちゃいけない。


「……二人とも後ろ向いてて、見ないほうがいい」


 遅い警告をしながらクロノが後ろを振り返れば、レイルが何とかライアの頭を抱えて見せない様にしている。

 レイルは目が悪いからそこまではっきり見えてない、と思う。

 それでも何が起こっているかわからずに困惑と驚愕がその顔に貼り付いていた。


 長い間絶叫と共にカプセルが光り鳴り響いていたが、唐突に高い音がカプセルから発せられて男が弾き出される。

 資料に載っていた通り初期型の欠陥、魔力が吸収できない程に自我が崩壊したため二度とカプセルが使用できない状態になった事で弾き出された様子だった。

 だらしなくよだれを垂らして顔面血まみれの状態で白目をむいたまま気絶している男を一瞥して、クロノはそのままカプセルのプロトタイプに向かって軽く蹴撃を振って粉々に破壊した。


「これで情報も全部潰したし、作ったやつももう覚えていない……といいんだけどなぁ」


 燃やした資料は全部同じ筆跡だったので、おおよそこいつ個人の研究だったとクロノは推察したが、他の誰かが見聞きしている可能性も捨てきれない。

 しかし施設にその形跡もなく、今施設にいる人間以外まで探し切れない。

 今できることはここまでだろう。


「さーて脱出しますか。二人ともついておいで」


 軽く一息ついて振り返り、ライアとレイルに声を掛ける。

 ライアが、まだ恐る恐るといった様子で怯えているレイルの手を引いてついてきた。

 エリンジが通信で言っていた、転移門は破壊されたと。

 地下にあるここから上にある脱出経路を、麻布越しに見た道を思い出さないとなあと、首を捻りながらクロノは二人を連れて施設の来た道を戻って行った。


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