第六十三話 新たに目指す最強
分断された。周囲に誰もいない状況を見渡してそれだけ理解した。
通信魔法を確認すると使える。どうやら先生たちの妨害魔法の範囲外らしい。
「クロノ、ライアがそっちに行った上に転移門が破壊されて追えん……頼む」
エリンジは一人通信魔法を使って訴えた。
返事はないが、拒絶されるような感覚もない。きっと届いているはずだ。
改めて周囲を見渡す。ほどんど真っ暗闇で見えにくいが、どこか建物の中のようだった。
そう思って様子を見ていたら突然明るくなって思わず目を細める。
「他人の心配より自分の身を心配したほうが身のためだぜ」
まるで男がスポットライトに照らされるようにして現れる。
その声は先程転移魔法を受ける前に聞いていた声だ、こいつが分断してきた張本人だとわかる。
エリンジが身構えるよりも先に、男が物凄い勢いで突っ込んでくる。
咄嗟に防御魔法を張ったが、攻撃が当たる瞬間に相手の拳の魔力が膨れ上がった。
そのまま防御魔法を割られて腹部に一撃が入って大きく上に吹っ飛ばされ、そのまませり上がったような形の石の床の上を転がった。
「おいおい、ステージにあげただけでへばんなよ? お前があの中で一番魔力が多かったから特別招待したんだ。楽しませてもらわねぇと困る」
「倒れてなどいない」
この所思うことがあって定期的にクロノに組手を依頼してはボコボコに殴ら続けていたエリンジには、今の腹部に当たった攻撃も口から血を流しながらもまだ耐えられるだけになっていた。
腹を少し押さえて回復を掛けながら、口を拭って立ち上がり改めて相手を正面から見直す。
スキンヘッドの頭から顔にかけて斜めに薄ら傷が付いている。
筋骨隆々で大柄の体型に筋肉を見せつける様な袖のないジャケットだけを来て、立ち上がったエリンジを見てにやにやと薄ら笑いを浮かべながらその紫の三白眼でこちらを眺めつつ身構えていた。
「鉄線の幹部か」
「ほぅ、知っているか。俺はキシキブ、主に脅しと暴力を担当している。そんで俺が幹部だと知ってるとなると、お前が魔人族に情報を集めさせてばら撒いたエレイーネーの生徒か?」
「それは俺じゃない」
「そいつは残念だが、知ってるならこの後吐いてもらう」
男、キシキブはそういうが早く物凄い勢いで突っ込んでくる。
虹魔法を即座に展開して大量に浴びせるものの、肉体に当たる瞬間何か魔法を発動させているのか爆発すれども速度が変わらない。
肉体強化魔法か、どうやら瞬発的に魔法を使っているせいでこちらの攻撃の総量を瞬間的に上回っているらしい。
先程防御魔法を破ったのも同じ要領だろう。
キシキブの振りかぶってきた拳を身を翻して躱す。
エリンジは最近考えていた。
最強の魔導士とはなにかと。
少なくとも言われるがままなるものがそうではないという事は何となく理解できた。
ならば目指すべき最強の魔導士とはなにか。
ふと疑問に思ってクロノに頼み、何度も組手をしてエリンジは思った。
今まで魔法一辺倒で接近戦を碌に鍛えてこなかったと。
近接される前に魔法で叩き潰せばいいと思っていたからだ。
しかし一人分の魔法を鍛えても、アシュで結界魔法に阻まれていた父のように、限度はある。
魔力伝達が使えればまた変わるかもしれないが、肝心の魔力相性がいいはずのパートナーが魔法を使えないのならばエリンジにはその道がない。
なにより魔力伝達は自分以外の人間が必要になる。
今のように一人孤立した状態では使えないのが常だ。
だったらどうすればいいか。
答えは単純だ、接近戦を鍛えればいい。
次々繰り出される拳を躱す。
相手をしっかり見ると、キシキブはまだまだだとでもいうように薄ら笑いを浮かべたままだ。
しかしその動きはエリンジにははっきりと見えるし、手加減して様子見しているその胸中まで把握できた。
「……魔力が強いやつは大概魔法一辺倒で物理に弱いやつばっかだったが、中々避けるじゃねぇか」
「ちょうど同じことを課題としていたところだ」
目の前の男はずっとこうやって魔力の多い相手を嬲ってきたのだろう。
想定した魔力よりも強い攻撃を瞬発的に浴びせることで相手を混乱させ、そして同時にダメージを負わせる。
瞬発的に上がった魔力の固さは鋼すら超える。
骨が折れて内臓が破裂し、最悪死に至るだろう。
ニヤ付いていたキシキブが拳の速度を上げてくる。
その姿にネルテ先生が戦っていたボンブの姿がエリンジの脳裏を過った。
あの時も消耗していたとはいえ、固い毛皮に魔法がまるで通らなかった。
火力としては中規模魔物でさえ一撃で倒せる威力だったはずだがまるで通用せず、魔力を投げ合う二人の攻防に圧倒されて、タイミングがわからず攻撃できなかった。
カイムの髪の防御もそうだ、あれも防御魔法が固くてまるで通じなかった。
火力を上げても通用しない相手にどうやって攻撃を通せばいいか。
キシキブの拳が少しずつ掠ってくる。
一瞬だけ火力の上がった魔力が身体をすれすれで通り過ぎて軽いやけどのようにヒリついた。
クロノの攻撃は未だ早すぎてエリンジにも見えないが、しかしキシキブの攻撃ならまだ見切れる。
最強の魔導士とはなにか。
少なくとも目の前の男にやられるようなものではない。
「なに……!?」
キシキブの素早くなった攻撃の一つが的確にエリンジの腹に入る。
瞬時の威力を上げた攻撃を叩き込んだはずのそれを受けてエリンジは思わず唾を吐いたが、血を吐くでもなく内臓をやられるでもなかった。
エリンジは腹にキシキブの拳を当てたまま、目線を上げて首を傾げた。
「違うな。おい、次はまだか」
「てめぇ、舐めてんじゃねぇぞ!!!」
エリンジが冷静に冷たい目でキシキブを見つめると、頭に血がのぼるように震えながら首が上に動いた後、お望み通りといわんばかりに大量の拳が雨あられと降り注いでくる。
しかしエリンジはもうその攻撃を避ける気がなかった。
次々と繰り出されていく攻撃を受けながら、青あざが出来れば瞬時に回復をかけ、受け続けるたびに唾を吐きながら後退していく。
しかしそれは骨が折れたり内臓が破裂するほどの威力を発揮していなかった。
「どういうことだ、何が起きている」
キシキブが殴れば殴るほど、エリンジは攻撃が入っている様な反応こそするものの、どうにも違うというような、考え事で答えが出ない様に首を傾げているエリンジを前に、キシキブは混乱している様子だった。
今までキシキブが戦ってきた相手は回復魔法をかけながら打開策を考えて必死な表情をしてきた。
結局打開策など見つからなかった相手は、最終的に魔力が切れて攻撃を防ぐことが出来なくなり、ボコボコに殴られて血まみれになって倒れる。
それがこの男、キシキブが戦ってきた相手の常であった。
しかしキシキブの目の前で首を傾げているエリンジは違う。
どうにもしっくりこないとでもいうように、こめかみに指をあてて悩みながら攻撃を受け続けている。
その異様な光景にキシキブはどこか焦りを感じている様子だった。
回復魔法を自身にかけている様子を見られていることから、ダメージが入っている事だけは伝わっている。
キシキブは気が付いたように目を見開いた。
エリンジが男の攻撃に対する恐怖心をまるで感じていないことに。
「っ、ふ、ふざけ、やがって!!!」
無意識に男の神経を逆撫でしていたエリンジは、目の前のキシキブがとうとう本気で攻撃する気になってようやく顔を上げた。
ボンブと遺跡で対峙したときのような、凶悪な魔力の膨れ方をしているが、それでもボンブより弱いように見える。
魔力を纏わせ、大きく溜めた拳がエリンジに降りかかってくる。
顔面を狙ったその攻撃に、エリンジは大きく目を見開いたまま全く避けずに直撃した。
衝撃で周囲の空気が弾ける。
今度こそ手ごたえがあったとキシキブは笑ったが、それはこちらも同じだ。
「なるほど、この要領か」
拳の下で口だけニヤリと笑ったその姿を見て、キシキブは一瞬呆けた後ゆっくりと、自分の攻撃は確かに通じたはずであると、疑心にかられたようにその拳を戻していく。
その拳の下から現れたエリンジの瞳が、エリンジ自身が普段使う虹魔法と同じ色彩を放っていた。
「おい、顔を狙え。もっと攻撃してよく見せろ」
エリンジの言葉に、キシキブは狼狽えたように半歩後ろに下がった。
エリンジは生まれてからずっと最強の魔導士になれと言われ続けていた。
最強の魔導士になるために、攻撃を受ける方が悪いと、日常生活で魔法攻撃を浴び続けていた。
だからキシキブにとって相手を嬲り甚振って恐怖させるだけの遊びは、エリンジにとって日常の一部、魔法を防ぐための手段を学ぶ機会でしかなかった。
だからエリンジは、ボンブよりも弱いキシキブの攻撃に恐怖を全く感じなかったのだ。
「ふ、ふざけ、この……!」
キシキブはエリンジが挑発している訳でも、舐めてかかっている訳でもないと分かっていた。
純粋に攻撃を見て学ばれている、その事実にキシキブが恐怖した様子だった。
目の前にいたのは魔力が多いだけのまだ学校も卒業していない未熟な未成年だったはず、そう考えているのがエリンジにはありありと映った。
拳の攻撃が次々とエリンジの顔にぶつけられる。
攻撃方法を顔で受けることでギリギリまでその様子を観察する。
自身の身体に複数発動の虹魔法で強化魔法をかける。
そうすることによって近接戦も強化し、対応できるように。
瞬発的に魔力を上げて攻撃する目の前のキシキブの攻撃方法は、そんな身体強化の魔法を扱う上で一番効率がいい扱い方をしていた。
身体に魔力を纏わせ続けることは、攻撃魔法を放ち続けるよりも魔力の消耗が激しい。
纏わせる魔力を最小限に、必要な時だけ魔力量を増やして攻撃し、時に防御する。
「まだだ、もっと見せろ」
エリンジが顔面に魔力を瞬発的に纏わせてキシキブの拳をどんどん防御していく。
キシキブの攻撃が激しくなるほど、その練度がどんどん増していっていた。
エリンジも役職を持っている。
超越者、それがエリンジの持っている役職名だ。
複数の魔法を同時発動することで威力があがりやすくなる半面、単独の魔法が使用できない、最低でも三つ同時発動しなければ魔法が使えないデメリットを持つ。
通信魔法や回復魔法、難易度の高い転移魔法でさえ、同時に無駄に別の魔法を発動しなければならない、魔力の消費が激しい役職だ。
その影響で、攻撃以外の際に微弱に光魔法や風魔法など、その都度適したものを最低限同時に発動したりしているエリンジにとって、自身にかける身体強化の魔法は、単純に自身に身体強化をかけるよりも難易度が高かった。
身体に対する魔法発動なので、無駄に魔法を発動して消耗することが出来なかったからだ。
だから普段攻撃に使っている複合の虹魔法で身体強化しなければならなかった。
ようやく複合の虹魔法を身体になじませる感覚が分かってきたエリンジは、キシキブの拳を完全に防御することに成功した。
圧倒していたはずの拳が全く通用しなくなったことに、キシキブは荒い息を吐きながら見るからに狼狽えている。
「俺は最強の魔導士になる。その踏み台になれ」
自身の拳を虹魔法で強化する。手の拳が虹色に輝き煌めいていた。
目の前で何度もその要領を見ていたエリンジの虹魔法を纏った拳が、素早い動きでキシキブの顔面に直撃した。
ミシミシメリメリと、キシキブの顔面が抉れていく。
そのまま大きく振りかぶって殴ったエリンジの拳で、キシキブが大きく吹っ飛んだ。
血をまき散らしながら激しく回転して、まるで水切り石のように地面を跳ねていき、大きな衝撃と瓦礫を飛ばしながら壁に当たってめり込んでいた。
「……いや、なにがどうなってんですかね」
「……ヘーヴ先生?」
キシキブが壁にめり込んで完全に意識を失ったところで、完全にエリンジの意識外だった通路に続いている様なドアも付いていない場所からヘーヴ先生が入って来たところだった。
血まみれで気を失っているキシキブと、なぜか目を虹色に光らせてそこに佇むエリンジの間を、怪訝そうな視線で何度も何度も往復させて疑問を投げかけてくる。
「ようやっと幹部が隠れている場所が別に割れたと思ったら、君、なにしてんですか」
「校長の判断です」
説明が面倒になったエリンジは、元凶に丸投げした。
その一言で全てを理解したヘーヴ先生は、歯を食いしばったまま唇の片方を捲りあがらせて歯ぎしりしながら大きく唸り声を上げた。




