第五十六話 魔の森救出作戦
地響きに目を覚ましたルドーが慌てて周囲を見渡せば、エリンジとリリアも同じように起き上がっていたところだった。
暴走した魔力の影響か、ライアはすぐ傍で気絶している。
ルドーがすぐに駆け寄って様子を確認したが、気絶しているだけで特に問題はなさそうだった。
「さっきのなんだったんだ」
『感情が高ぶって暴走した感じだな、何か思い出したんだろ』
ずっと何かを叫び続けていたライア、聖剣の推測にルドーは息を詰まらせる。
錯乱して魔力が暴走するようなことだ、決して良いことを思い出したわけではないだろう。
それでも無事だったことを安堵したのも束の間、また大きな地響きが起きる。
まるでどこかで戦闘が起こっているかのようだ。
周囲は相変わらず魔の森の中だが、先程いた場所とはまた違って樹木の量が多く闇が深い。
瘴気も先程よりずっと濃く、森の更に奥にいるようだった。
「ここが何処かわかるやついる?」
周囲を見渡しながらダメ元で聞いたルドーの返事に全員が首を振る。
とりあえず気絶したライアは結界魔法が張れるリリアに預けて抱いてもらい、周囲を警戒して観察する。
地響きは鳴り続けている。
森の中で外の様子はまるで分らないが、煙のような焦げ臭いにおいも薄ら感じられた。
『(トルポの辺境近くの中央魔森林、近くにマフィア組織が潜伏しているらしい)』
「うわぁ! なんでいるんだよノースター!!!」
最初からごくごく自然な形で初めからそこにいたかのように、黄色の髪にグルグルメガネのノースターが、三人にわかるように掌から魔法文字を発生させていて、ルドーとリリアは飛び上がった。
エリンジも少し驚いたのか目を見開いている。
思わず大声を出したルドーに、ノースターもメガネがズレるほど飛び上がって驚いた後、落ち着くように両手を前に出した後説明のための魔法文字を出す。
『(べ、別にハイドランジアさんの事をこっそり屋敷から出てくるところを見てたわけでは、途中で合流したトラストくんと一緒にいたから、デートだなんて疑っていたわけでは、でも様子が変になって変な集団に追われはじめて、追手の人数が多いし、先生には通信魔法が繋がらないし、だから透明化の魔法薬を使って後を付けてたら、キシアさんも追いかけてきて、でも途中から見当たらなくなって、一人でひたすら追いかけていただけで)』
「待て、二人を追いかけてここに来た?」
ルドーが確認すると、ノースターは肯定するように頷く。
『(二人を連れた集団は、この先の建物に入っていった。ちょうど魔法薬も効果が切れて、透明魔法薬も手持ちがなくなって、建物に入ろうにも見張りが居るし中がどうなってるかわからないからからどうしようかと悩んでたところ)』
「そこに俺たちが現れた訳か」
確認するエリンジにノースターは頷く。不意にまた地面が揺れる。
「マフィアの組織が潜伏してるとかも言ってたな、そっちはなんだ? この揺れと関係あるのか?」
『(さっきちらっと護衛科の先生が走っていくのが見えて、ちょうどいいから助けを求めようと近寄ったら、そのマフィアっぽい集団と戦闘を始めたから声掛けられなくて、戦闘中の会話聞いたらそんな感じだった)』
「……なるほど、先生方の急な出張、しかも連絡が取れない理由はそれだな。マフィア組織の殲滅、相手方に情報が渡ったり連絡できない様にあえて通信封鎖してるんだろう」
「……ひょっとしてそれでさっきから通信魔法が使えないのかな」
ライアを抱えたままリリアが片手を耳に当てて告げる。
どうやら助けを求めてキシアにずっと通信魔法を飛ばしていたようだ。
キシアが気絶し続けているかどうか定かではないが、呼びかけ続けても反応がないならどちらかというと通信遮断されている方が確率は高いだろう。
通信が使えないならネイバー校長とも連絡が取れない。
ルドー達がどうするべきか考えあぐねていると、聖剣が急に声をあげた。
『おい、空気が悪いぞ、移動したほうがいい』
「空気?」
『瘴気の濃度の割に魔物が全然出てこねぇ、よくねぇぞこれ。移動しろ』
聖剣の声に一同は顔を見合わせる。
確かにここに転移で飛んで来てから今まで、魔の森の中のはずなのに小規模魔物すら出てこない。
この濃度ならとっく遭遇していてもおかしくないはずなのに。
魔物が出てこないなら安全に思えるが、逆に危険の前触れだというのだろうか。
「多分今先生達戦ってるんだよね、大丈夫かなそれ」
「通信が使えん以上知らせようもない。戦闘中にのこのこ行くわけにもいかん。邪魔になるだけだ」
「向こうの戦闘が終わって通信が復活するのを待つしかねぇか。ならこっちはトラストとハイドランジアだな、どうする?」
「ネイバーが様子を見るように送り出したんだ。建物に向かう。案内しろ」
「わかった。リリ、ライアを頼む。ぜってぇ離れんなよ」
「うん、いつだって離れないよ」
『なんでもいいからさっさと移動しろ』
エリンジに言われてノースターが建物に案内し始め、ルドー達は移動を開始する。
魔の森の中にいる以上、安易な場所にライアを置いていけない。
苦渋の決断だか仕方なかった。
しかし聖剣に言われた通りこの瘴気濃度の中を移動しているのに全然魔物と遭遇しない。
瘴気が浄化されたわけでもないのに不自然過ぎる。妙な胸騒ぎがした。
歩いているとノースターが止まるように前を向いたまま手を横に伸ばす。
静かにするよう口に指をあてた後、ゆっくりとその先を指示した。
赤いレンガ調の小さな建物が、その見る影もないほどに蔦に覆われている。
蔦が多すぎて周囲の樹木に隠れて視認しにくい。
ずっと昔に廃棄されたような風貌の建物に、フードを被って顔が見えない人影が二人、周囲を警戒する動きで行ったり来たりを繰り返していてどう見ても不自然だった。
「なんで魔の森にあんな廃墟あるんだ?」
「お前、帰ったらまた歴史学やり直しだぞ」
「えっ」
「昔滅んで魔の森に取り込まれた国の建物だよお兄ちゃん……」
エリンジとリリアの呆れた声に、ルドーはそろそろ本格的に不味いと思い始める。
多分座学だけ恐ろしく追いついてないので、苦手だとはいえそろそろ本腰を入れる必要がある。
魔の森は何も最初からそうだったわけでもない。
特にこの広い中央魔森林は、周辺の国との境を侵食して徐々に広がっていくので、浄化なりして食い止めないと森に没してしまう。
魔物暴走などの大量魔物の襲撃があった時は特に顕著で、国がそのまま滅びてしまえば森にまるまま取り込まれるのだ。
そうして取り込まれてしまった国の建物が、誰にも知られずひっそりと残っている。
「魔物を対処できる犯罪者にはうってつけの隠れ家ということだな」
「でもそれがなんでトラストとハイドランジアが狙われるんだ?」
「例の家騒動だろう、あれに今回のマフィア組織が関わっていたとしたら、漏れた情報源として狙われても不思議ではない」
「……これ以上情報が出ない様に口封じって事?」
『(まずい、早く助けないと!)』
「おっしゃ、あの見張り二人だけなら任せろ」
ルドーがそう言って聖剣を構えて見張りの二人を見据える。
一撃で倒す。
そう決めて構えた聖剣を高く掲げて振り下ろせば、なにもない空間から突然雷が落ちて二人に直撃させて感電させる。
ビリビリとしばらく痺れるように震えていた二人は、ほどなくして焦げた臭いを漂わせながら倒れて動かなくなった。
「音を押さえろ、少しうるさい」
「……確かに隠密にゃ向かねぇか。次から気を付けるわ」
ゲリックからのアドバイスを貰ってから、ルドーは雷魔法を大分思ったように使いこなせるようになってきた。
これを感覚でやれと言われてもわからないわけだ。
心に決めてイメージしないと上手くいかない。
分かってしまえば簡単な事だが、たったこれだけの事をどうしてああも大雑把に伝えるのか。
倒れた見張りを確認しているエリンジを眺めながら、ルドーは聖剣を残念な目で見つめた。
「問題ない。少し待て」
そう言ってエリンジは入口に向かって手を伸ばす。
固唾を飲んで見守っていると問題ないというように手を下した。
「罠の類は今のところ無い」
そういったエリンジは先陣を切って先に進んでいき、ルドー達も続く。
中にも他に人間がいないか、警戒しながらゆっくりと木製の扉を開く。
薄暗い室内は一部屋しかなく、他の人間も見当たらないが、部屋の中央に民家らしい外観から似つかわしくないものを発見して驚愕した。
別のところに繋がっているアーチ状の転移門が後から設置されたのか、朽ちた家具を無理矢理どけて開いた中央空間に鎮座していた。
しかも見る限り既に起動済みだった。
「先生方がこの周囲に来ていないという事は、ここは気付かれていない。増援でも呼ばれたら面倒だ。逃げ道にされる可能性もある」
「でも転移門の向こう側に人がいたらどうしよう」
『(あっそうだ、ちょっと待ってて)』
不安そうに言ったリリアの声に、何か思いついたのかノースターが建物の外に行ったと思ったら、大きな布の塊を抱えて戻ってきた。
『(さっきの見張りの服だよ。これを着て、侵入者がいたので捕まえたけど、通信魔法が使えないからどうすればいいか判断を仰ぎに来ましたって体はどう?)』
「なるほど、悪くはない」
ノースターの話を見たエリンジは、そう答えるとばさりと服をそのままノースターに着させ始める。
混乱してわたわたしているノースターを横目に、奪い取ったもう一着を今度はリリアの上からばさりと着させ始めた。
「俺とルドーはいざとなれば戦えるが、お前たち二人は自衛は出来ても人相手の敵を倒すのは無理だ。こっちのほうがいい」
「お前さぁ、言ってからやれって」
言われてから納得したのか、ノースターとリリアがわたわたと服を着始める。
咎める様なルドーの指摘も、エリンジにはそこまで響いていない様子だ。
リリアはライアを抱えたままだが、置いていくわけにもいかないのでどうしたものかと思ったら、様子を見ていたエリンジが手を構える。
どこからともなく虹色のロープが出てきたと思ったら、それでライアを抱っこ紐のようにリリアに縛り付け、その上から改めて服を着せて整えていく。
ちょっと不格好だが少し太めの見張りになった。
ゆったりとしたローブ調にフード付きの為顔が見えないのも幸いした。
「……まだ起きねぇのか」
『魔力で暴走した後だ、回復のためにしばらく起きねぇよ』
長い事目の覚めないライアにルドーは不安になるが、聖剣が落ち着かせるように言い聞かせた。
「起きてまた魔力が暴走しても危険だ。しばらく寝かせておいたほうがいい」
「そうれもそうか。頼むわリリ」
ルドーの声掛けにリリアはフードの下から答えるように視線を返す。
怪しまれない様にエリンジが普通のロープを魔法で作り、ルドーとエリンジ二人をそれぞれ縛るように指示する。
聖剣はバレない様に服の下にしまい、万一の際戦えるように縛ったロープも解けるようにしてある。
「準備が出来た、行くぞ」
縛られたルドーとエリンジを前に、四人は何が待ち構えているかわからない転移門をくぐった。
 




