第五十四話 休暇は嵐の前の静けさ
休暇に入ったことで生徒達は各々実家に帰った為、エレイーネーはとても静かになっていた。
ライアは静かになった校内に少し不安を覚えたのか、ルドーとリリアを見かけるとほぼ一緒に過ごそうとする。
実家に帰っているキシアから毎日のように絵本が送られて来るので、リリアと一緒に読んであげたり、エリンジから送られた分厚い魔法の使い方指南書シリーズを読んでは戦いごっこに付き合ったり、貴族組からの支援が豪華だ。
トラストは投影魔法を飛ばして毎日通信してくる。
リリアと一緒の時は顔を真っ赤にさせて饒舌に話すが、ルドーと一緒の時はあからさまにがっかりしているので下心があるのが丸わかりだ。
ライアの手前ルドーはそれを指摘することが出来ず、ギロリと睨み付けるに留めている。
ルドーもリリアと一緒になってライアが寂しくない様に人がいなくなって広くなった校内で、ネルテ先生許可の元かくれんぼをしたり鬼ごっこをしたりして相手をしている。
やはりおてんばなのか一番好きなのは戦いごっこだ。
昼間ならクロノも顔を出してくる。
ライアはカイムの話をせがむのだが、クロノは何故か歯切れ悪く躱して話さないでいる。
その度にライアは頬をいっぱいに膨らませて機嫌を悪くするので、話せる範囲で話して欲しいとルドーは思っているのだが頑として詳しく話さない。
襲撃の話はライアには刺激が強いのだろうか。
夜になると尽くどこかに消え去ってしまうので、話を聞くために一緒に寝ようと張り込んだりしていたライアがまた機嫌を悪くして寝ようとしなくなるのでルドーとリリア二人は宥めるのに苦労している。
昼間も普通にしている様子なのにクロノは一体いつ寝ているのだろう。
ちなみにイシュトワール先輩は親父さんに領地に呼び戻されているらしく戻っているそうだ。
一応休暇中も魔道具の腕輪と学習本は使えるので、ライアが夜更かしで疲れて昼寝をしている時ルドーはそれで勉強や訓練を続けていた。
『暇だ』
「んな事言ったって休暇だしよ」
戦闘がないせいか、聖剣は大分退屈そうだ。
腕輪で聖剣を空中で動かせるようになってから、思ったようにすぐ動かせるよう、ルドーは暇になると片手を上げて無駄にブン回す癖がついた。
休暇になってから数日、ネルテ先生たちは急な出張が入ったからとエレイーネーを不在にしており、何かあったら校長室に縛り付けている校長に声を掛けろと言われている。
ライアと一緒にリリアも昼寝をしているので、一人時間を潰すように聖剣をバチバチブンブン回していた。
『そういやお前、重力魔法の対策は結局どうしたよ』
「ピンポイントで相手に当たるようになってきたから、その延長でいけねぇかなって」
聖剣の刃の先からだけでなく、なにもない空中から雷魔法を放出できるようになったので、重力魔法の範囲外から雷魔法を使えば影響なく攻撃できるだろう。
ここまで強くなっても、まだあの時剣を大量に出してきた男をどうやって倒せるか、時々考えるが答えは何も浮かんでこなかった。
回復魔法もなしに傷が再生した、殺しても死なないというあの男、次対峙した場合どうすればいいだろう。
聖剣にあいつのことを聞いても相変わらず何も答えない。
あの悪魔ゲリックが言っていた、時が来たらわかるという内容に、あいつの事も含まれているだろうか。
「お兄ちゃん回し過ぎだよ。なんかブーメランみたいになってる」
「バチー」
考え事をしながら回すと回転速度が異常に早くなる。聖剣が回り過ぎて残像で円状になっていた。
昼寝が終わったのか、リリアと一緒にライアも起きてきた。
外を見るとまだ日は高いが、十五時は過ぎている。
「おやー!」
「おやつな、食堂になんかないか行ってみるか」
食堂は休暇中も解放されている。
上級生になれば依頼で休暇中もエレイーネーに残ることが多くなるので常時解放されているのだ。
ライアはメニュー表を見てうんうん長い事唸ってから、バニラアイスを注文していた。
いつもは混雑している食堂も休暇な上にこの時間だと流石に誰もいない。
非日常を堪能しながらライアが目を輝かせてアイスを食べる様子を眺めている。
「そうだお兄ちゃん、お昼寝の時来なかったんだけど今日クロノさん見かけた?」
「いや今日はまだ見てねぇなそういえば」
最近やたらとライアにカイムの件を質問攻めされ、しまいには泣き落とし作戦をされ始めたせいか、クロノはライアの昼寝時に寝顔だけ見て行くようになってきていた。
リリアに言われて記憶をたどるが、そういえば昨日夕方見たきり見ていないような気がする。
夜の出歩きからまさか戻ってきていないなんてことはないだろうな。
「あれ? 今日は早いねトラストくん」
三人でゆったりしていると空中に突然投影魔法が現れた。
いつも夕方ごろに通信魔法で確認を取ってから投影魔法を掛けてくるトラストが、この時間帯に急に投影魔法をかけてきた。何か変だ。
『あ、あの! ネルテ先生は!? さっきから通信してるのに繋がらなくて』
「なんか出張で数日通信魔法でも連絡取れないって言ってたぞ」
『えっそ、そんな緊急事態で、助けが』
「あれ? ハイドランジアさん?」
投影魔法で映している場所が薄暗いのか、いつもよりずっと見えにくいが、トラストが抱えるように支えているハイドランジアにリリアが気付く。
自身の身を守るように手で両腕を抱え俯いて震えており、真っ青な顔はこちらの方は見ようともしない。
『なんだなんだ? 只事じゃなさそうだな』
『る、ルドーさん、だれか、誰でもいいから先生に救援を! このままだと僕たち』
『いたぞあそこだ!』
『うわぁ! まずいみつかっ』
ブツッと唐突に投影魔法が消える。
明らかにただ事ではない様子にルドーとリリアは顔を見合わせる。
アイスを食べ終えたライアは不思議そうにそれを眺めていた。
「えーと緊急事態だよな多分、校長しか今いねぇけど」
「不安だけど連絡しないと、トラストくんもハイドランジアさんもなんか危ない感じがする」
「あぶ?」
『ちょっと! ルドーさん、リリアさん! ネルテ先生はご在宅じゃありませんの!?』
リリアがライアを抱きかかえ、ルドー達は急ぎ校長室に向かっていると、今度はキシアから通信魔法が入って来た。
「えっと、ネルテ先生今いないの! 数日連絡できないって」
『そんな肝心な時に! トラストさんとハイドランジア嬢が変な連中に追いかけられてますのに!』
「キシアさん一緒にいるの!?」
リリアが驚いた声で通信する。
通信に集中できるようにルドーは走りながらライアをリリアから取り上げて抱き抱えた。
『一緒じゃありませんわ! 下町の本屋を回っていたら、トラストさんたちが慌てて走っていらして、様子が変だったので遠くから見ていたら、顔を隠した怪しい連中が複数追いかけていかれましたの! 今気付かれない様に尾行している所で、それでネルテ先生に指示を仰ごうと思いましたのに!』
「場所聞いてくれリリ!」
「えっと、キシアさん今どこにいるの?」
『トルポ国の辺境、ロドウェミナですわ! あぁ見失ってしまう! 一旦通信切りますわ!』
「無茶しないで!」
通信が切れたのか、その後リリアがいくらキシアに呼び掛けても反応はなかった。
不安に二人で顔を見合わせながらも校長室に急ぐ。
魔法科の校舎を出てメインホールに戻った後、メインホール入口から真正面に設置されている扉が校長室だ。
息を切らしながら辿り着き、また脱走していませんようにと祈りながらルドーが高尚な金の装飾の入った扉をコンコンとノックすると、「はぁーい、入っていいわよん♡」と何やら男の声で気持ち悪い返事が返ってきた。
恐る恐るドアを開くと、中は不思議な空間が広がっていた。
広い空間の中央を中心に、大量の白い魔法円が浮かび上がっており、銀色の羽根ペンが一本空中でひたすら紙に文字を書き続けている。
大量の書類の山がそのペンを囲むように円形に積み上げられ、次々と書類を書き上げては次の書類がひらひら飛んでいっている。
『驚いたな、古代魔道具がここにもいたのか』
『“あら、話せる方がいらしたの”』
聖剣がその様子を見て声を上げると、ノースターの時のように銀の羽ペンが空中に文字を書いて反応してきた。
ルドーとリリアが驚いて半歩引く中、銀色の羽ペンはすぐに書類作業を再開し、その合間にルドー達にも文字を書いて会話をしてくる。
『“お気になさらず、私は仕事をしているだけです”』
「いや古代魔道具で仕事ってなんだよ」
『“あなた達の用事は私の持ち主でしょう、そこの椅子のところです”』
もうこちらに興味もないのか、サラサラと書類を書き上げては次の書類作業をしている銀色の羽ペンに、ルドーは色々と聞きたいことがこみあげてくるが、今はトラストとキシアの件が最優先だと首を振って、銀色の羽ペンに指摘された場所を探す。
山積みにされた書類の奥に、厳格そうな机と黒革張りの椅子が置いてあり、その前あたりにかなり太めのロープで全身グルグル巻きにされて倒れている男が一人、校長だ。
「ぐる?」
「……マジで縛られてる。あの、クラスの奴からトルポ国のロドウェミナに救援がいるって連絡がきたんですけど」
「なんだと! それは大変だな!」
急に野太い声が上がって集中線が入ったと思ったら、重力を無視してビヨンとゴムのように勢いよく直立し、唸り声を上げて踏ん張り、野太いと掛け声と共に縛られていたロープを弾き飛ばした。
なんだか一瞬劇画調になった気がする。
「仲間のピンチは助けなければ、っという事で行ってきまーす!」
野太い声でルドーの肩をガシっと掴んだと思ったら、今度は軽い声で舌を出しながらペンに向かって敬礼する。校長の動きが何一つ分からない。
ライアを抱えたままリリアと二人狼狽えていると、突然光に包まれる。
転移魔法だと気付いた時には謎の空間を経由していた。
青空に虹がかかり、空中を大きなおもちゃの鳥がぴーひょろろと首を伸び縮みさせながら小さな翼でパタパタ飛んでいた。
知っている転移魔法ではない。
気が狂いそうになってルドーが片手で頭を抱えると、唐突に視界が開けて落下して固い何かに激突した。
リリアとライアを抱えて下敷きになったルドーはカエルが潰れる様な声を出した。
ライアは新しい遊びだと思っているのか機嫌よく声を上げている。
「貴様! 目の前に現れるとはいい度胸だ!」
「大統領―! 割りばし早く持ってきてー! あ、時間かかりますかそうですか。はーいダンクシュート!!」
ルドー達が周囲を確認するより先に、また光に包まれる。
今度は海の中、宝石の魚とウミガメのぬいぐるみが泳いでいる。もうどうにでもなれ。
考えることを放棄したルドーは、また唐突に海から浮上したと思ったら地面に倒れていた。
「おい、何がどうなっている」
夢と現実の区別がつかなくなったルドーは、手を叩いて喜んでいるライアと、同じく混乱して呆然としているリリアの下敷きになりながら、なぜかいつの間にかエリンジが巻き込まれている事に気付くまで時間がかかった。




