第四十八話 潜んでいた悪意
「なんのつもりだよてめぇ!」
「爆弾が仕掛けられてるって言ってんのよ! ただでさえ弱ってるのに、爆発に耐えられるわけないでしょ!? あぁもう、いい加減落ち着けってぇ!」
空間を裂くような大きな破裂音に、ルドーは目を覚ました。
草むらの中ルドーが起き上がる。
周囲は何もない草原に、まばらに木が生えている殺風景な場所だった。
木枯らしが吹くような風が吹いて雲が早く流れ、先程までの青空が嘘のように陰り曇ってきている。
ルドーは周辺を見渡す。
少し離れた所に倒れていたエリンジとリリアも、ちょうど起き上がってくるところだった。
「いっつ……くっそ、てんめぇ……いや、まて、爆弾? 確かか?」
「やぁーっと話聞いたぁ……」
立ち上がったルドーが振り返ると、顔の左片方を赤くしたカイムと、クロノが話している所だった。
カプセルが爆発した形跡はない。
どうやら転移した後、クロノがギリギリで、カイムを何とか引き留めることが出来たようだ。
「これに触ったら爆発するよう仕掛けてあるよ。ここ、見えんでしょ」
ルドーたちから少し離れた場所で、カイムと話すクロノ。
カイムに指し示すように指差したクロノに、ルドーも視線を動かす。
転移魔法の際に剥がれたのか。
小舟の積み荷の布の下には、例のカプセルが収まっていた。
クロノの指し示す場所には、カプセルとは別に、武骨な箱のようなもの。
大きな布がテープのようなもので、グルグルと縛られた状態で取り付けられていた。
箱から伸びる血管のような不気味な管が、カプセル中に張り巡らされている。
ルドーの位置からも、伸びる管にわずかな魔力も見えた。
誰かしら魔力を持った人が触った瞬間、爆発するよう仕掛けられているようだ。
クロノに指摘され、カプセルの仕掛けにようやく気付いたカイムの声が震えていた。
「ふ、ふざけんなよ……こんな目の前まで来て……」
「カイム、アーゲストとボンブを待とう。あの二人ならきっと外せる。この子はまだ生きてる、助けようよ」
「くっそ……がぁ!!!」
大声を上げて、近場の木に八つ当たりするように、カイムの髪が伸びて叩き切った。
切り落とされた木々が、大きな衝撃を立てて倒れる。
喚いて暴れるカイムを、両肩下げて大きく息を吐き、クロノは眺めている。
カイムとクロノの様子を見ながら、ルドーはエリンジとリリアの方に静かに近寄っていった。
「悪い、あいつに驚いて手元が狂った」
「急に飛び込んで来たからな、しゃーねーわ」
「でもクロノさんのおかげで、こっちでも接触しなかったみたい。中の子もまだ生きてるみたいだし、良かった……」
「――――いんや、よくないんだなぁーこれが」
その場にいる全員に呼び掛ける聞き慣れない大声に、全員が顔を上げた。
空中に男が一人漂っている。
こざっぱりと刈り上げた黒髪に、どこまでも深い青い目。
筋肉質で痩せている裸の上半身には、背中から左肩にかけて、大きな鷲の刺青が入っている。
民族衣装のような脚衣を着た足を空中で組み、右手で頬杖をついて、ニヤニヤしながらこちらを見下ろしている男。
まるで最初からそこにいたかのように、空中に自然と佇んでいた。
咄嗟に構えたルドーの手の中で、聖剣がかつてないほど周囲に雷を大きく弾け始めた。
その震え方は、まるで恐怖に怯えているようだった。
「助けようとしたら、触れた途端ドカン! 砕け散ってバラバラの肉体を見た時の絶望といったら、半端ないだろう?」
「……んだとてめぇ?」
『っ……嘘だろ……なんでまだ生きて……』
「聖剣?」
ガタガタと震えるように振動し、耳元で弾ける雷音がうるさいほどに激しい。
点滅するような雷光が周囲を照らし、髪を逆撫でる静電気すらバリバリと帯電して。
ルドーは聖剣をまるで制御できなかった。
「あーあ。そうでなくても、街中で爆発したら、あの平和のためにあちこち奔走していた議員さんも、あっという間に弾けたのに」
明らかに異常な反応を示し始めた聖剣。
しかし男は、ルドーにも聖剣にも気にも留めずに話し続ける。
「頑張ってた議員の周囲の人たちや、戦争が始まる町の人の、絶望した顔も見たかったんだが」
聞こえてきた言葉に驚愕して、ルドーは目を見張った。
空中を漂う男の言葉は、明らかにテロを計画した側の発言だった。
楽しそうに上を向いて手を叩き、まるで世間話でもするような気楽さで、男は話し続けている。
ルドーの傍でエリンジが身構え、リリアも硬い表情で、ルドーのすぐ横に移動する。
だが聖剣が怯えたように震え続けて、ルドーはまともに構えることが出来なかった。
「せっかくチマチマしたことは、部下君たちが頑張ってくれたのに、台無しじゃないか君たち。どうしてくれんのさ」
男はルドーたちが構えているのも、まるで気にしない。
忘れ物でもしたかのような気軽さで、困っているぞと、両掌を上に向けて首を振っていた。
カイムもルドーたちから少し離れた場所で、威嚇するように髪をバサリと広げる。
クロノもカイムのすぐ後ろで、男の方に向き直っていた。
その場の全員が、男から守るように、カプセルの前に並んで警戒する。
すると突然男が、その目をカッと大きく見開いて、歪んだ口で笑いながら叫んだ。
「――――そんなにそのカプセルが気になるなら、俺が代わりに触って開けてやろうか!!!」
『グラジオス……ダメだルドー、逃げろぉ!!!』
大きく雷光で周囲が真白になるほど発しながら、聖剣が叫ぶ。
空中に漂う男が突然腕を振るうと、腕が巨大化して大きく伸びた。
違う、腕が数えきれないくらいの剣に変化して、ルドーたちの方に迫ってきていた。
質量を無視して、その腕から放たれた大量の剣は、一直線にカプセルに向かう。
「ふっざけんなぁ!!!」
「カイム!」
カイムとクロノの叫び声が響く。
大量に押し寄せる剣を防ごうと、カイムがカプセルの前に立ちはだかった。
カイムは即座に赤褐色の髪を伸ばして、大量の剣を叩き割ろうとする。
だが髪の刃より、恐ろしい勢いで迫ってくる巨木のような剣の束の方が、圧倒的に威力が強かった。
大量の剣によって、髪の刃がバラバラに弾け飛んで、カイムは目を見開いている。
伸びた剣が、カイムとカプセルに届く直前、ルドーは聖剣を振り上げた。
「やめろぉ!!!」
雷閃が剣の塊に当たって、なんとかカプセルから進路を変えるのと、クロノが剣の塊を前に動けなかったカイムを、抱えて横に跳んだのはほぼ同時。
巨大な動く蛇のような大量の剣が、間一髪でカイムを掠った。
カイムの顔を切り付け、血が飛んでいるのがルドー達に見えた。
『やめろ、ルドー! そいつに手ぇ出すな! お前じゃ勝てねぇ、逃げろ!』
「さっきからなんなんだよ聖剣、一体どうした!?」
雷閃はなんとか発動したものの、ルドーの手の中で大きく振動し続ける聖剣は、明らかにいつもの調子ではなかった。
異様な聖剣の様子。
エリンジが構えたまま、暴れる聖剣を抱えるルドーを横目に見た。
そして男から放たれ続けている、とぐろを巻く剣の束に視線を戻す。
男から放たれた剣の束を、エリンジは鋭い視線で睨み付けていた。
「今の武器、見覚えがあるぞ。教会にあったやつだ!」
「えっ、じゃあさっき言ってたのも、本当ってこと?」
「そうだ、このままこいつは放置できん!」
エリンジの発言に、リリアの驚く声をルドーは聞いた。
指摘されてルドーもその剣を凝視する。
確かにエリンジの言う通り、女神教の教会で見かけたものと同じ。
打ちたてのようなぎらつく刃の、似た形状の剣の山だ。
一方何とか攻撃を避けて、倒れたカイムとクロノも起き上がって来た。
カイムは額を切られたのか、左目を覆うように血が伝い、滴る血を地面に多く流している。
先程のカプセルに爆弾を仕込んだ発言に加えて、直接攻撃を加えようとしたこと。
怒りで震えているカイムの肩を、クロノが抑えるように手をかけている。
心なしか、クロノの手がわずかに震えているようにルドーには見えた。
「てめぇ……ふざ、けんな……まさか、全部仕組んで……」
「カイム、抑えて。こいつはダメだ、手出ししないで」
「んー、人狩りたちがいい仕事してくれたからね。ついでにそのカプセル、ここに連れてきてもらったんだ!」
完全に煽っているその発言を聞いて、カイムからとうとうブチンと切れる様な音がした。
カイムは、止めようとするクロノの叫びも無視して振りほどく。
怒りに任せて放たれた髪の刃は、次々と繰り出されて男に向かっていく。
しかし男は、カイムの髪の刃を全く避けようとしなかった。
男の全身に、ドスドスと刃が鋭く突き刺さっていく。
しかし男は、血を流しながら突き刺さっていく髪の刃に、ニヤリと笑ったまま反応がなかった。
肩に、腹に、挙句には左目を貫通する勢いで。
ザクザクと肉に突き刺さっても、そよ風でも受けたかのように、平然とそこに佇んだまま。
突き刺さって血を流しているのに、不気味に笑う、明らかに異様な男の様子。
ルドーとエリンジも、驚愕に息を飲んで目を見開き、リリアの口から小さな悲鳴が漏れた。
手応えのない髪の刃。
カイムが目を見開いて固まる中、男は刺さってきた髪を掴んで、そのまま恐ろしい強さで引っ張る。
虚を突かれたカイムは、大きく上空に振り回されて、ドカンと地面が抉れるほど、強烈に叩き付けられた。
カイムが衝撃で口から血を吐き出す。
「カイム!」
クロノが倒れたカイムに駆け寄っていく。
その隙に男は身体に刺さった髪の刃を、ザクザクと棘を抜くかのように、血を吹き出しながら平然と抜き取っていた。
痛みなど全く感じないとでもいうように。
ルドー、エリンジ、リリアは、余りにも異質な空気に飲まれ、息をするのも忘れて呆然と佇む。
その間も男が伸ばしていた右腕から、剣の刃が変化して吐き出され続ける。
ガチャガチャと音を立てて、剣の束がうねるように動きながら、またカプセルに迫ってきていた。
抉れた地面に埋まるカイムは、クロノが駆け寄っても動く様子がない。
このままではカプセルが謎の男に爆破されてしまう。
はっとしたルドーが咄嗟に走り始めた。
『ルドー、やめろ! 手ぇ出すんじゃねぇ!』
「そんなこと言ってられねぇだろ!」
抗議してくる聖剣をルドーは無視した。
倒れたカイムの代わりに、ルドーはカプセルの前に向かって走り出す。
聖剣を大きく振り上げ、今度は男本体を狙って雷閃を浴びようと振り下ろした。。
『やるだけ無駄だ! くそ!!!』
「おっ、おい!?」
聖剣が混乱しているのか。
振り下ろした瞬間、思ったよりも強力な雷閃が放出されて、ルドーは驚いて声を上げた。
普通の人間ならば致死量の雷。
しかし男は、その致死量の雷魔法を見ても、避ける様子もなくそのまま真正面から雷閃を受けた。
雷光が当たり一辺を照らすほど、激しく舞って突風のような衝撃が走る。
身体がどんどん焦げていく様子があるのに、男は微塵も痛がる様子はない。
皮膚が爛れて、下の筋まで焼けていく様を、ありありとその場の全員が見せつけられる。
生肉が焼ける嫌な臭いが、開けた草原に充満するほどしているはずなのに。
焼けただれて、目玉と鼻が抉れた状態で、ルドーの方にグルッと顔を向けてきた。
「あー、古代魔道具だなそれ。国の回収漏れたやつ、それに電撃……五百年前のあれか」
真っ黒に焼けただれた、骸骨のような状態の男が喋る。
グルグル回る目が、明いた穴から生えてきた。
ズルズルと焦げた皮膚が覆われて、ルドーたちの目の前で再生していく。
回復魔法の類ではない、なんの魔力反応もないのだ。
そもそも回復魔法があったとしても、先程の雷魔法は、ルドーに加減できる量ではない。
間違いなく致死量だったのだ。
ルドーの焦りは、誤って殺してしまったことから、目の前の怪物への恐怖へと塗り替えられる。
やはりだめだったかと、聖剣が必死にルドーに呼び掛けた。
『殺しても死なねぇんだよこいつは! 倒せねぇんだ! 逃げるしかねぇ!』
「いや古代魔道具の持ち主逃がす訳ねぇだろ――――
――――――――女神深教、戦祈願」
男の雰囲気が一瞬で変わる。
それは男にとって死刑宣告だった。
余りのドス黒い、場を支配する殺気。
その場の全員、時が止まったかのように恐怖で動けなくなる。
その一瞬の隙をついて、男は恐ろしい速さでルドー目掛けて腕を振るった。
一瞬すぎて、ルドーにはなにが起こったかわからなかった。
全身が熱くて痛い。
なぜだろうか、どこか懐かしい感覚がする。
「おにいちゃぁん!!!!!」
リリアの痛烈な悲鳴でルドーは気が付いた。
ルドーは、自分の身体のほぼすべてが、剣によって貫かれている事に気付いた。
全身が心臓にでもなったかのようだ。
耳に響くような大きな音で、ドクドクと徐々にゆっくり脈打っている。
剣によって塞がれている傷口から、とめどなく血がぽたぽたと、パシャパシャと滴り落ちる。
血が伝っている剣の、冷たく固いたくさん刺さっている感覚。
ショックで硬直した身体が、ルドーには全く上手く動かない。
青い制服が、どんどん血の赤に染められて、足元の草まで濡らしていった。
あの時の記憶が蘇る。
前世で死ぬ直前の、あの苦しくてどんどん感覚がなくなるような。
聖剣から聞いたこともないような音を唸らせて、ルドーを生かし繋ぎとめようとしていた。
だがルドーには、魔力を大量に注ぎ込んでいる感覚と音が、どんどん遠ざかっていく。
『言う事きけ、逃げろって、クソ、マジで死んじまう……』
「ルドー! くそっ!!!」
エリンジの声も、ルドーにはずっと遠い。
男に向かってエリンジが、虹魔法を使っているような音がする。
だが霧がかかったかのような視界では、ルドーには状況が分からない。
不意にルドーの身体が軽くなると同時に、痛みが激しくなった。
息を吸おうとしたルドーの口から、血の塊が大量に漏れた。
「回復魔法を遠距離から……でも不安定だな、慣れてない感じの転移魔法も組み合わせて……なにかな。こいつを苦しめるの、手伝ってくれてる感じ?」
せせら笑うような声を聞いていると、大きな衝撃が、ルドーの身体を貫いていた大量の剣越しに伝わる。
バキバキと大量に何かが折れる様な感覚と音。
掠れる目でルドーが正面を向くと、うっすらと帽子の姿がぼやけて見える。
「うわぁ、魔力反応ない……ん? いやあるか。変な漏れ出し方してるな、封印されてる?」
「っ……」
「当たりか、大変そうな体質だな」
男から発せられる話し声だけが、やたら大きくルドーの耳に響く。
そうしている間にも、ルドーは寒気がどんどん強くなっていった。
「でも今一番厄介なのは、やっぱり回復だよね。治されるのはちょっと」
誰かが恐怖で息を飲む音が、ルドーの耳に聞こえた。
誰がしたかは見なくても分かる。
ふざけるな、それだけはダメだ。
『おい、この状態で馬鹿、やめろ、ルドー!』
「あれ、動けるはずは……」
「――――――――妹に触んな」
怒りで目の前が真っ白になっていたのか、それとも雷光で真白になっていたのか。
目の霞んでいたルドーに判別は出来なかった。
ただ目の前の男がリリアに手を出す前に、何が何でも止める。
無意識の執念が働いたのはこれが二度目。
ルドーが何も見えないくらい目の前の光景が真白になった後、酷い耳鳴りがしたような気がした。




