第四話 予期せぬ注目
リリアに手を引かれて立ち上がって、ルドーは改めて周りを見渡す。
先程の舌打ち白髪男は既にいなくなっており、見る影もない。
開けた平原にポツンと、明るい石畳が広がった先に見えるのは大きな門。
石造りの装飾が施された、両開きのそれを囲むように、同じような装飾の施された石の壁がぐるりと円形に囲んでいた。
壁の上からは、薄い膜のようなものが伸びている。
『結界魔法に反射したって訳か、ぺちゃんこにならなくて命拾いしたな』
石壁の上にある、シャボン玉のような結界魔法に当たって、ぼよんぼよんとここまで来たらしい。
あの魔導士長には、次会ったら一発入れることにしておいて、ルドーはひそひそと囁きが聞こえる方に、顔は向けずに視線だけを向ける。
学園の新入生だろうか。
各々の服装をして門の前に集まってきていたが、こちらを見て不審そうに話しをしている。
見る限り、馬車などを使ってここまで来ている風貌だ。
現に送り終わった馬車が、何台か引き返すために発車しているのも目にする。
そこに上から落ちてくるようなルドー達は、明らかに不審者だろう。
正直ルドーも上から落ちてくるような移動は想定していなかったし、気持ちはわかる。
入学式もまだなのに、いくら何でも悪目立ちが過ぎて、ルドーは思わず小さく呟く。
「あーこりゃ不味ったかもな……」
聞いた話だと、勇者と聖女が発覚した三ヶ月前が、ちょうど魔導士志望者達の入学試験の時期だったらしい。
入学義務のある役職持ちと違い、世界中から純粋な能力を求められる為、狭き門なのだという。
だから魔導士志望からは、義務で入ってくる役職持ちは恨まれやすいから、気を付けるようにと魔導士長から忠告を貰っていたのだが。
「でもこれ不可抗力じゃない?」
そう言ってひそひそと話す他の生徒を、リリアも気にしてちらりと目を向ける。
そもそもの原因は、忠告してきた魔導士長だ。
どうしろというのだろう。
先程助けてくれた白髪男も、魔導士志望だったのだろうか。
それで明らかに実力不足から、勇者だと勘づいて睨まれたなら納得もする。
それとも単純に、空から降ってきた不審者だと思って睨まれたのだろうか。
どちらにしても、先程の白髪男に、良い印象を与えていない事だけは確かだった。
「幸先不安だなぁ……」
『喧嘩売ってきたやつ全部ぶっ飛ばそうぜ!』
聖剣の癖に、溝がさらに広がるような物騒なことを言う。
頼むからこれ以上悪目立ちするな。
一応吹き飛ばされた影響はないかと、ルドーが荷物を確認していると、ガゴンと大きく音が響いて、正面の大きな門が片方開き、中から人が出てくる。
プラチナブロンドがぐしゃぐしゃの頭に、深い隈がある明らかにくたびれて疲れ切ったような、灰色のくたくたスーツの男。
彼は門に手をかけたまま、周囲をぐるりと見渡すと、呆れたようにさらに頭をぐしゃぐしゃとかきあげた。
「何たむろしてんですかね、さっさと入っちゃってくださいよ、別にカギ閉めてないんだから」
親指を後ろに刺しながら、生徒達に入るように促すと、そのまま中に引っ込んでいった。
顔を見合わせた皆がぞろぞろと従っていく中、荷物を確認していたリリアが慌てだした。
どうやら、ポケットに入れていたハンカチが見当たらないらしい。
正直ぶっ飛ばされた際に飛んでいったとしてもおかしくないが、村の人たちから善意で譲り受けたもの。
出来れば大事にしたい気持ちも分かる。
「ほい、これ」
どこか周囲に落ちてないかと、慌ててぶんぶん首を振っていたリリアに、スッと畳んだハンカチが差し出される。
女の子らしい淡いピンクチェックのハンカチを見て、リリアが顔を輝かせた。
それが落としたハンカチだったのだろう。
「あっありがとう!」
「別に、そこの茂みに落ちてただけだし」
なんでもないというように肩をすくめて、ハンカチを渡した手を軽く振っている。
黒い帽子が目元まで隠しているせいで。表情がまるで見えない。
帽子と同じような短い黒髪が、後ろからのぞいていた。
旅人のような、露出の少ない革製ズボンスタイルの普通の格好だが、体格的になんとなく女性のような気がする。
背格好もリリアと同じくらいなのも理由の一つだ。
リリアがお礼をと名前を聞こうとする前に、入口の混雑にスタスタ歩いて行ってしまった。
独特の緩い空気感だが、まださっきの舌打ち男よりはマシな奴がいそうだと、ルドーは少し安心する。
一瞬、聖剣の方に視線が伸びるように顔が向いたような気がしたが、気のせいだろうか。
そんなこんなで、ルドーとリリアが少々遅れながらもそろって門をくぐると、小さなレンガ調の建物にアーチ状の入口がある。
中は真っ暗で様子が見えない。
先程の引率の大人らしい人は既に見えないが、みんなぞろぞろとそのアーチから中に入っているので、そこが進む先だろうと、ルドーとリリアも同じように歩んでいく。
アーチの影に差し掛かった瞬間、胃をぐわしと強引に掴まれるような、ぐらつく感覚に襲われる。
気が付くと目の前には、室内の影どころか屋外の晴天。
先程までは影も形も見えなかった、巨大な城が目の前に現れる。
丸みを帯びた大きなドーム状のものを中心に、いくつか塔が生えた独特の風貌。
違法建築まがいなヘンテコな所に、塔がくっついていたりするのは、魔法のなせる業なのか。
遠く離れた空中に、あちこちに地面ごと空に浮いている、かなり大きめの建物も散見されて、思わずルドーはリリアと揃って口をあんぐりと開けた。
「な、なんだこんな城いつの間に!?」
明らかに先程のアーチのついていた建物の奥に、こんなものはなかった。
周囲も驚いてざわざわしている生徒が多いことから、ルドーの感覚がおかしいわけではない。
数人平然と見ている様子の者も、いるにはいるのが気がかりだが。
「はいはい、そこ突っ立ってたら、後から入ってくる子たちの邪魔んなるから。さっさと進みなさい」
さっきの頭ぐしゃぐしゃ男が誘導する。
どうやらこちらで、生徒達が入ってくるのを待っていたようだ。
「そこの受付で書類渡したら制服配るんで、男女別にさっさと着替えて入学式だ」
受付らしき机が、ずらっと並んでいる所に指差しで誘導される。
既に何人か受付をしているようで、机に座っている大人にそれぞれ書類を提出して指示を貰っていた。
ルドーとリリアも鞄から書類を取り出して、一番近場の空いている受付の女性に渡すと、真剣な表情で目を通していたが、唐突にニカっと笑い出した。
「あー君かぁ、聖剣引っこ抜いた双子の勇者の方」
「なんて?」
「あ、知らない? 君たち双子で勇者と聖女になったから、大分噂になってるよ。前例ないからね」
おまけになって数ヶ月で、小規模魔の森浄化したしねぇと続けられ、後ろの方の騒音が、わずかに大きくなった気がする。
村の外でどう呼ばれているのかルドーは知らないが、この世界では、兄弟で勇者や聖女になるのはかなり稀の方で、双子で勇者と聖女に同時覚醒したのは、ルドーとリリアが初だ。
ただでさえ双子で希少なのに、おまけに聖剣を引っこ抜いて覚醒したという例外的な特殊性から、二人は現時点でエレイーネー側から、相当注目されている様子だった。
その現状に、聖剣はまた頭の中でゲラゲラ大笑いしていた。
とてもうるさいが、注目されている今あまり反応すると余計不審がられる。
何とか自制しなければならない。
『有名人じゃん、やったな』
「いや全然よくない」
ルドーは思わずボソッと突っ込んでしまったが、会話に対する反応と思われたようで一安心した。
やたらニカニカと笑っている女性から、差し出された書類と制服を受け取って、指定された更衣室に向かう。
ジロジロと、遠慮のない視線が大量に突き刺さって痛々しい。
流石に更衣室までついていけないが、リリアは大丈夫だろうか。
そう思ったら、何やらリリアのいた受付方向からも、揉めているような騒音が聞こえる。
大丈夫じゃなさそうだ、さっさと着替えて合流しよう。
薄青色を主軸に白い線が入った、胸元に校章のような刺繍が施された短いケープコートの制服。
受け取った際に明らかにダボついていたのが、身に着けた瞬間に縮んでピッタリサイズになった。
これも魔法か。
受け取った書類によると武器の着用は許可されているので、聖剣も一応持っていくことが出来る。
魔導士を目指す人間は大体魔法で戦うのであまり武器は主流ではないが、持っている人間がいないわけでもないらしく、それらしい剣を持っている男子が、ルドーの他にもちらほら見受けられた。
村にいた際即興で作った革の鞘に入れて、背中に聖剣をかけている状態でリリアを探していると、ちょうど女子更衣室から団体が出てきて、リリアとも合流できた。
「大丈夫か、さっきなんか揉めてなかったか?」
「あ、うぅんあれは私じゃないから大丈夫だけど……」
特にリリアに憂いた表情もなく、ルドーは一安心する。
「えーっと、私とお兄ちゃんは、同じ魔法科なんだよね?」
「確か、入学義務付けられてるのがそこじゃなかったか?」
魔導士長から軽くしか説明されていなかったが、確か複数の科目があり、それぞれで学習内容が全く異なるとか。
ルドーとリリアが入学を義務付けられているのが、魔物対策や平和維持活動に重きを置く、実践訓練主体の魔法科だ。
それで間違いはなかったはずだと、ルドーは思い出しながらリリアに確認する。
「うん、そうなんだけど……」
なにやら煮え切らない反応をしていたが、詳しく聞く前に講堂に入るようにと、先程のぼさぼさ頭に誘導され、二人揃って先に進んだ。
 




