第四十五話 勇者聖女症候群
「勇者聖女症候群?」
聞き慣れない言葉にルドーは首を傾げてリリアとエリンジを見るが、二人も心当たりがないのか目を合わせると首を横に振る。
オリーブとカゲツとサンザカの方を見てみたが、不思議そうな顔をしているのでこの三人にも覚えがないようだ。
イスレさんも首を傾げて不思議そうにしている。
「君たち二人とも、前世の記憶持ちだろう?」
ニン先生の言葉に、ヘルシュとアリアはえっと驚いた声を上げる。
「やっぱり……しかもそれなりの年齢で転生したパターンだね。残念だけどこの世界、前世持ち結構ゴロゴロいるから、君たちが期待してた転生特典とか、この物語の主人公とか、ヒロインの乙女ゲームや小説とかでもないよ」
残念なものを見る目で説明したニン先生に、ヘルシュとアリアは雷を受けたような顔で固まった。
呆然としたままの二人にどうしたものかと見ていたニン先生に、よくわからないままのルドー達は怪訝な顔をするばかりだ。
「……勇者聖女症候群ってなんすか?」
「俺も一応勇者でね。あ、もう国は滅んでんだけど。前世持ちでね、サラリーマンの営業で外歩いてた時に強盗にばったり出くわしてさっくりやられたわけ。そっちの双子の君たちも勇者と聖女だよね、どう? 前世あったりする?」
「えーっと、何の話かよくわからないんですけど……」
「……ちょっと話したくないっす」
「……お兄ちゃん?」
思いがけないタイミングでリリアの前世について聞かれてルドーはどぎまぎしたが、リリアはあまりよくわかっていない様子だった。
確かに当時三歳だったので覚えている方が難しいのかもしれない。
一方で同じく話を振られたルドーだが、親に一家心中で殺されましたなんてセンシティブすぎて言いにくい。なによりリリアに聞かれたくない。
視線を逸らせてごにょごにょと口を濁していると、リリアとエリンジが怪訝な顔をした後目を見合わせていた。
「うん、まぁ死んだ時の事なんて話したくない事の方が多いか。とまぁこんな感じで前世持ちがこの場に最低四人いるわけだね。そんで勇者や聖女になった前世持ちは、よくある前世のラノベやアニメの影響で、この世界の主人公だと誤解するわけだ。俺はそんな現実が見れていない痛い連中を勇者聖女症候群と呼んでいる。まぁ厨二病のようなもんだよ」
ルドーは五歳で転生したので厨二病が何のことかはさっぱりわからないが、話を聞いていたヘルシュとアリアはうっと声を上げて顔を俯かせて胸を押さえた。
思い当たることがあるらしい。
その様子を見ていたニン先生は両手を組んでうんうんと首を振りつつも、可哀想なものを見るような視線でアリアとヘルシュを見つめていた。
「魔法が使えるから誤解するよね、わかるわかる。俺も若い頃誤解したよ、その結果国が滅んだけど。おまけに役職とかまさにそれっぽい感じだから余計ややこしいよね。でも女神は役職授けるだけでそれっきり何もしてこないから主人公補正とかないよ。さらに言うと地道に筋トレとかで鍛えないと魔力の根本も鍛えられないから魔力チートとかもないよ」
「えぇ!? 普通転生特典の魔力チートとか覚醒が王道じゃないですか!」
「うんだからないのよそれ。筋トレするしかないの」
「し、シナリオは! 攻略対象とのスチルは!」
「だからないんだよそういうの。君も覚えないからそれっぽいことしてるんでしょ」
叫ぶようなヘルシュとアリアの訴えを、ニン先生がズバズバと情け容赦なく叩き切る。
「君たちまだ若いから大丈夫大丈夫、若気の至りでまだなんとかなる。でもそろそろ現実見ないとね? 厨二病状態を垂れ流し続けるのがどんだけ後に響くかは想像つくでしょ? 早いうちに改めたほうがいいよ?」
何を言っているのか今一よくわからないルドーはまたリリアとエリンジと顔を見合わせるが、二人もよくわからない様子だ。
大きく悲鳴を上げて床に転がりのたうち回り始めた二人を放置して、ニン先生はドン引きしているオリーブたちに向き直る。
「精神的なダメージでしばらくこの状態が続くだろうけど、そのうち落ち着くだろうからそれまでは放置してあげてね。復活してもあんまり突っ込んで聞いてあげないであげて」
『せめてものやさしさだわな、触らんどけ』
尚も悲鳴をあげながらのたうち回り続けているヘルシュとアリアを引いた目で見ながらも、放置するのが優しさと言われてルドー達は大人しく従った。
「そ、それじゃ改めて鑑識魔法試してみるね?」
「手伝う」
「うんお願い。多い方が正確性が高くなるし」
「そういう事なら私も試してみますや」
三人で囲むように武器の山に向かって鑑識魔法をかける。何もできないのでルドーは眺めているだけだ。
しばらくして三人がそれぞれ手を下す。リリアは困ったように首を傾げた。
「どうだった?」
「うーん、この武器魔法使われてないみたい。何の反応もない」
「え、魔法でしか移動方法なさそうだったからそっち調べたんじゃあ」
「武器にはないが周囲に若干残っている」
「あやや!? 私全然わかりませんでしたけどありました!?」
「俺でもようやくわかるくらい微弱だが、おそらく転移魔法だ。しかしリリアの言う通り武器にはない」
「武器持ってる奴が転移魔法使ったら武器にも反応するしなぁ、なんだこれ」
『……壊しとけこれ』
誰かが転移魔法を使ったまでは分かったが、相変わらず武器の運搬方法がわからないままだ。
この量の武器の移動となれば、魔法を使わなければ必ず人の痕跡が残るはず、それがないから魔法を使ったと思われていたのにそれもない。
聖剣が低い声で破壊するよう促してくるが、このまま壊していいものだろうか。
「なーんもわからんまんまなんは気味悪いわぁ、せめて現れた原因がわかれば対策できるんに」
「他の教会にも行ってみますか?」
「何も形跡がないんじゃそっちで探ってみるしかないかぁ」
一応武器は複数の場所から発見されているので、複数箇所回る予定には最初からなっていた。
次の教会での調査に期待するしかないが、もし同じように全く反応が無ければどうしたものか。
ここでの調査は終了として、聖剣を構える。エリンジも構えたのを確認し、息を合わせて同時に魔法で攻撃する。
室内であるのも考慮しながら武器に魔法を直撃させれば、しばらくバチバチと武器同士で雷を連鎖させて、エリンジの虹魔法と雷魔法の熱でどんどん焦げていき、そのまま黒焦げて炭になっていった。
「変な感触だ」
「そうか? 武器を破壊したの初めてだからわかんねぇな」
「なにか変な感触がある」
『……』
ルドーは魔物を倒したことはあっても意図的に物を破壊した事はない。
エリンジが言うなら多分そうなのだろうが、エリンジもなにがおかしいのかまではよくわからないみたいだ。
気味の悪さを残しながらも次の教会に向かって歩いて行く。
ヘルシュとアリアは落ち着いたようだが、何やら落ち込んでトボトボ歩いていた。
突っ込んで聞かない様にと言われていたので誰も声を掛けないままだが、今までのナルシストっぽい動きと変な事を言う様子がなくなっている。
「次はさっきと違って小さな町の方にあります」
「武器が出現した教会ってなんか関連性とかあったりするんすか?」
「そうですね、今のところ夜の施錠している間に出現しています。あとはグルアテリア西部が比較的多いくらいでしょうか」
同行しているイスレにルドーが質問すると、考え込むように答えてくれる。
「戦争準備やて言われてるんはこれやね。ランタルテリアとの国境沿いに多く出てきてる」
「国境沿いに武器が集まれば確かにそう思われるな」
「でもグルアテリア側に戦争するメリットないって言ってたよね、えっと、ヘルシュくん」
リリアが遠慮がちにヘルシュに確認すると、先程までの威勢のよさはどこへやら。
ぐったりとした様子のヘルシュが答える。
「……うん、まぁ、ランタルテリアが仕掛けてくるならいざ知らず、こっちから仕掛ける理由がないんだよね。こっちは海と接する面積が広くて漁業と農業で食料は賄えるどころか、有り余って近隣国に輸出して儲けてるくらいだし。魔の森との接地も狭いから一部だけ警戒してればいいから魔物暴走も滅多にないし。それにランタルテリアから仕掛けてくるのも難しいと思うんだ」
「ランタルテリア側にメリットはあるけど仕掛けられない理由があるのか?」
「三十年前のドンパチの時に協定結んでね。あの時もランタルテリア側から仕掛けられたから、次攻めて来たら周辺のソラウ、ファブ、シュミックがこっちの味方になるようになってるんだ」
「えーと、要するに周囲から一斉に袋叩きにされるから手出しできないってことか?」
「うん、そゆこと。戦争になったら魔物が森から出てくるから他の国も甚大な被害が出るから避けたいんだろうね。だから本来はこっちから仕掛けるはずないんだけど」
それに国からもそういった報告は聞いてないしなぁと続けるヘルシュ。
聞けば聞くほどグルアテリア側が戦争準備をする理由がない気がする。
なぜこんなことになっているのだろうか。
「さて、次の町までちょっと時間あるし、うちからもちょっとええかな?」
教会から出てしばらく歩いてから、なにもない草原の砂利道をザクザク歩き続けていると、不意にオリーブが話しかけてくる。
「……資格を持ったばかりの新人の俺たち三人にどうしてもと声を掛けた理由か」
「えっ武器の調査依頼が理由じゃねぇの?」
「それもあるんやけど、ちょっと個人的に話したいことあってな」
驚くルドーにそう返したオリーブは、意味深にルドー、リリア、エリンジの順に視線を投げる。
サンザカとカゲツは何かを察したかのように顔を見合わせて、横で歩いていたアリアとヘルシュの腕をそれぞれ掴んで距離を取って後ろで歩き始める。
オリーブはその様子にニッコリ笑って二人に手を振った後、改めてこちらに向き直った。
「いやな、三人とも、クロノっちゃんとチーム組んでたってきいたけんね」
「え、クロノさんと知り合いなんですか?」
「基礎科の筆記試験の時隣の席だったんよ。それで話したら意外といい子でな、せやから気にしとってん」
オリーブが話し始めたのは意外にもクロノの事で、リリアが受けこたえた後三人とも目を丸くして顔を見合わせる。
先程までニコニコしていたオリーブは、少し悲し気に影を落としながらさらに続けた。
「クロノっちゃんねぇ、事務員なりたい言うててな、ほんならうちで働かんかなぁてクラスで声掛けようと思うとったんに、入学式でなんでか魔法科になっとって。大丈夫かなー思うて声かけたかってんけど科目が違うから校舎違うて、休日にでも聞こうと思っとったらその休日初日に行方不明やろ? うちもそれで結構心配しとったんよ。まぁ無事だったらしいしアシュにも来てたようやから、今度見かけたら気が向いたらうちで働かんかって言っとったって伝えてくれたらなって思うての」
そう語って小さく笑うオリーブの表情は純粋に心配そうで、他意は全くないようだった。
どうしてもとルドー達に依頼した本命は、クロノに対する伝言を頼みたかっただけらしい。
気まずそうに下を向いたエリンジをリリアと二人で眺めながら、ルドーはなんとか肯定を返す。
試験で顔を合わせただけのオリーブから伝言を頼まれるくらいには良いやつだったらしい。
カイムの言葉がちらつく。やっぱり魔人族に付いて行っている理由が気になる。
ルドーの肯定ににっこりと笑い返したオリーブが、もういいよというように後ろに控えていたカゲツとサンザカに手を振って声を掛けていたら、ふと前方が気になったように顔を向ける。
「あれ? あれはエルムルス商会のキャラバンやねぇ」
オリーブが遠くを見てそう呟くと、屋根を張った荷馬車三台ほど、ガラガラと馬に引かれている所だった。
「おっかしいなぁ、こん時間帯にあんな量のキャラバンが通るような報告受け取らんよ?」
「ややや、結構多めですな、市でもないのに何を運んでいるのでしょう」
「この先の町って大きめなのか?」
「いや、国境沿いでだいぶ遠いからそこまで規模大きい町ではないけど……」
「あれ?」
『あん?』
リリアが何かに気付いたように、キャラバンではなく下を見た後また上を見る。
そしてほぼ同時に聖剣が何かに反応したようにピリついた。
リリアは大きく目を見開いて、振り返ってこちらに叫んだ。
「お兄ちゃん! あの鳥普通の鳥じゃない!」
この国に最初に入った時に見かけた鳥だと思っていたものが、ずっと大きくなってそのままキャラバンに突っ込んだ。




