第三十九話 その天頂の景色
大量の魔物が飛んでくる隙間を器用に縫うように避けて吹っ飛ばされながら、ぐんぐん塔が近付いて一気に天辺の結界魔法の隙間の中まで叩き込まれた。
二人揃って横に広がる楕円状にくり抜かれたような開いた窓のような部分から空間に入ってそのまま壁に当たり、そのまま部屋に落下する。
ルドーが痛みに呻きながらも頭を押さえてなんとか起き上がると、目に入って来たのは異様な光景だった。
鱗のようなものが生えた人と、コウモリのような羽が生えた人、髪の長い幼い少女の三人が、手足を磔の様に拘束された状態で巨大なカプセルのようなものにそれぞれ詰め込まれていた。
そのままカプセルから何かが起動するような轟音がしたと思ったら、中の人からそれぞれ悲鳴が上がり、青白く激しく光りながら振動してカプセルの人から何かを吸い出すかのように光り輝いて、上に繋がれた管から伝って歌姫らしき部屋の外側近くの窓に埋め込まれたような石像に大量に繋がった管から機械に送られている。
上がり続ける悲鳴の絶叫、まるで悪夢のような状況にルドーとトラストは全身から気力が抜けてただただ身体が動かなかった。
「なん……だ、なんだよこれ」
『繋がってるのと別の首輪と腕輪は魔封じだな、抵抗できない状態で生きたまま魔力源にされてやがる。胸糞悪ぃ』
目の前の光景に脳が理解を拒んでルドーとトラストが息をするのも忘れて呆然とする中、聖剣の唸るような低い声が響く。
見ている前で今もなお機械の稼働音が響いてカプセルが不気味に青く光り悲鳴があがり続ける中、別の呻くような声が聞こえた。
「返……せ……」
聞いたことのある声、先程聞いたときよりもずっとか細くなったそれにルドーが無意識にゆっくりと振り返ったら、すぐ足元の後ろに、カイムが血まみれの状態で倒れていた。
倒れているというより押さえつけられているというほうが正しいのか、起き上がろうと必死になればなるほど、見えない何かが押さえつけるように全身からギシギシと音が響いて血が新たに噴き出し始める。
髪の毛も押さえつけられているのか、地面に縫い付けられるようにべたりと貼り付いており、戦う事すらままならない、意識を保つのがやっとな状態のようだ。
「返せ……ライア……返せ……!」
カプセルに入った髪の長い幼い少女の方に血まみれになりながら必死に手を伸ばすカイム。
煮えたぎる怒りをその目に宿らせたまま少女を映したカイムの尋常ではない様子に、ルドー達が状況を理解できずに停止していた思考がわずかに動く。
カプセルの容器越しで見えにくいが、カイムとカプセルの中の少女の容姿がどことなく似ていた。
しかしルドー達が冷静になる前に今度は知らない声が部屋に響く。
「新たな侵入者です」
「何をしているさっさと出力を上げろ!」
どこまでも平坦で機械的な女性の声と、怒鳴るような男の声が聞こえたと思ったら、その声に振り返る間もなくルドーもトラストも地面に叩き付けられた。
何が起きたかわからず顔を上げようとしても首すら動かせない。全身が上から押さえつけられている様な感覚。
この感覚が既に倒れていたカイムにも更に追加されたのか、横で呻くような更なる唸り声が聞こえる。
『重力魔法か、くそ、攻撃しろ!』
聖剣がそう叫ぶが、魔力を込めようにも指一本動かせない状態。
なんとか右手で握ったままの聖剣で魔法を発動させるも、重力魔法に阻まれて思った方向に雷魔法が進まず、グネグネと曲がってなにもない壁に激突した。
ルドーが必死に何とか顔だけ動かして下から見上げると、小太りの少し剥げた小男と、それに従うようにして機械を動かしている若い女性が一人。
機械からはたくさんの管が伸びており、それが先程のカプセルのようなものと、歌姫らしき石像に大量につながれていた。
周辺状況を確認しているのか、魔法の監視モニターがその周囲にたくさん浮かんで、そこから下のみんなが倉庫街で魔物と戦っている姿が確認できた。
「二番、気絶しました」
「えぇいまたか、高かったくせに連続性がない! さっさと回復させろ!」
機械の稼働魔力が一時的に下がったのか、エネルギーを確認するメーターのような部分が下がっていくのを確認していた女性が告げ、小男が命令する。
女性がスタスタと悲鳴を上げ続けている不気味に光るカプセルの前に来たと思ったら、一人ぐったりした様子で気絶していてカプセルの光が消えていたことにルドーは気が付いた。
女性はその気絶していた羽の生えた男に手を伸ばし、カプセル越しに回復魔法をかけ始めた。
気を失っていた羽の生えた男が、即座に意識を回復させて恐怖に目を見開き、その顔に絶望を張り付けて、泣きながらもうやめてくれと叫んでいる。
そんな男に何の感慨もないのか、女性は無表情に彼を回復させ、体力が戻ったためかカプセルがまた起動して光り始め、羽の男がまた絶叫するような悲鳴を上げ始めた。
「か、回復魔法で無理矢理……! 魔力を強引に引き抜くだけでも激痛なんてものじゃないのに、こんなの精神が持ちません!」
トラストも何とか顔を向けて見ていたのか、非難めいた声を上げたが、回復魔法をかけた女性は無表情で意に介さないようにこちらを見た後また機械の方に戻っていく。
「五月蠅いガキどもが何を言う、これはただの魔力源だ!」
命令指示していた小男の方が舌打ちしながら吐き捨てるように言いきった。
「魔力、源……だぁ……ふざけ、んな」
カイムの呻くような恨めしい声が弱々しくなっていく。
重力魔法がさらに追加されたのに、倒れたまままだ起き上がろうとしているのか、ギシギシと肉と骨が軋む音を発しながら、新たに血を吹き出して全身血まみれになってなお手を伸ばし、カプセルの少女に手を伸ばそうと動いているカイムを女性が一瞥していると、その様子を見ていた小男が大きく舌打ちした後ドスドスと走り近寄ってきて動けないことを確認して横から腹目掛けて強烈な蹴りを入れる。
口から声と一緒に血を吐き出したカイムはそのまま意識を失ったようで倒れて動かなくなった。
「今はこの街の破壊が先だろうが! とっととやらないか!」
そのまま怒鳴る小男の声に、女性はまた機械に戻って弄り始めると、ずっと響いていた歌姫の像からの轟音がさらに大きくなった。
鼓膜が破れそうなほどの威力が続いて重力魔法がなくても動ける気がしない。
やはり歌姫の像を細工していたのはこの二人のようだ。
『ルドー! 今は魔力源の破壊が最優先だ、間違えんな!』
「破壊はダメです! 魔力が逆流してあのカプセルの中の人達が持たない! 下手したら死にます!」
『はぁ!? どこまで外道なんだよ!』
聖剣の一声に魔力を当てようと力を込めたものの、解析魔法をかけていたのかトラストの叫びでルドーはつい動きが止まった。今もなお絶叫のような悲鳴は像の轟音と共に上がり続けている。
歌姫の像を止めて魔物の大量発生を止めるには繋がっている機械の魔力源を破壊しないとリリアやみんなが危ない。
でもそれをすればカプセルの中の人が助からない。どうすればいい。
パリパリと雷を収めていく中、何かないかとルドーは必死にない頭で考える。
「……あなたたち、この国の筆頭聖女のナナニラさんに、アシュの市長コロバさんですよね、なんでこんなこと……」
トラストが目線だけ向けたまま下を向いて呻きながらなんとか声を上げた。
ルドーが改めてそちらに視線だけ向けると、冷たく見下ろしてくる二つの顔があった。
「はん、この街が私たちに何を返してくれる? なにをしてもやれ歌姫様、それ歌姫様。信心深過ぎて目の前で街を良くしているこの私に見向きもしない! 国も同じだ! 世界は女神信仰が主流だというのに歌姫を信仰するこの街は世界的に遠巻きにされているせいでこの国の疫病神になっている事に誰も気づいていない! だったらさっさと失くしたほうが世の為と言う奴だ! この国の連中に教えてやるのだ、歌姫の方が疫病神だったとな!」
一方的にまくしたてる小男に、ルドーは訳が分からなかった。
言っている話の意味が何一つ理解できない。
傍にいる女性は何も言う事がないのか、佇んでいるだけで無表情のまま何も言葉を発しない。
尚も自分勝手な理由を捲し立てている小男に、聖剣が心底軽蔑するように吐き捨てる。
『要は自分が甘い汁吸えねぇから邪魔でしかねぇこの街をぶっ壊すってこったな』
「うるさい! 私はこんな小さな町で終わるような器じゃないんだ!」
小男、コロバがそう叫んでどすどすと歩いて来ては、倒れているルドーに向けてドスッと蹴り上げる。
戦い慣れてないのか致命的な威力ではないが、それでも重力魔法でまともに動けないルドーは避ける事も出来ず受ける事しかできなかった。
そのまま立て続けに殴る蹴るを受け続け、思わず口から声が漏れる。
「どうやって入って来たか知らんが、お前らも全部終わったら外に放り出して魔物の餌だ。この街は突如発生した歌姫像の暴走で壊滅した。市長の私と聖女のこいつは尽力したが街民は助けられなかった。歌姫像を英雄視して魔物発生装置という危険を放置したせいで起こった悲劇だと、なんとか他国の要人だけを守るので精一杯だったと世界に伝えるのだ。そうすれば忌々しい歌姫に対する信仰はなくなるし、国の要人を守った私は英雄となり再び国の政権に返り咲くことが出来るのだ!」
ドスドスとルドーを蹴り続けながら大声で叫んでいるが、その口から語られる計画の余りのお粗末さに何も言えない。
要人だけ助けた所で、このアシュを壊滅させた時点で非難は避けられないのに、それでどうやって国の政治に返り咲けると思っているのか。
頭の悪いルドーでさえわかるようなことなのに、そんな理由でアシュを壊滅させる気なのか、気が狂っている。
しかし重力魔法のせいで動けず、魔力源になっているカプセルを止める手段も思い浮かばない。どうすればいい。
八方塞がりの中何とか打開策を考えていたルドーの隣で、トラストがくすくす笑い出す。
歌姫像から響く連続音の中でもよく聞こえてきたその異様さに、コロバは足を止めてゆっくりとそちらを向いて顔を顰めた。
「恐怖のあまり正気を失ったか、鬱陶しい」
「いえ、もうその計画は頓挫しました」
いつもおどおどしているトラストが珍しくはっきりした声で告げた後顔を上げたその瞳は、何か魔法が発動しているのか黄色に輝いていた。
その瞳を見てはっとしたコロバが周囲を見渡した後、何かに気が付いたように大慌てで窓に近付いて身を乗り出すように外を見ると、塔の歌姫像のすぐ真下に、下からもくっきり見えるように大きなモニターが魔法で映し出され、そこにはたった今ここで起きていた様子と、たった今までルドー達が話していた内容がそっくりそのまま歌姫像の連続音が掻き消えるほどの大音量で拡散して垂れ流し続けられていた。
「こいつ、投影と音声拡散で下にいる他国の要人たちに全部バラしたな!」
「アシュの住民だけならまだソラウ王国だけの不祥事になります。しかし他国の要人を殺せば、流石に世界の非難をあなたたち二人が一身に浴びる事になります。だから要人を殺せなかったんでしょう? でももうこれであなた達の所業は他国に伝わる。ソラウ王国だけの他人事から国の要人が巻き込まれた当事国だと世界中に伝わりますね、残念でしたね」
そう言ってクスクス笑うトラストに、ルドーは思わず感心するようについつられて笑ってしまった。
「……やるじゃんトラスト」
「戦闘はまだてんでだめですけど、これくらいなら、なんとか」
「えぇいガキどもがぁ!」
コロバが今度はトラスト目掛けて蹴り上げる。うめき声を上げながらもなんとか意識を保って魔法を解除しないように必死になっていた。
 




