第三百話 大海を知った井の中の蛙
「どうしてこんなことになっているのだああああああああ!!?」
ドカンと巨大戦艦ロボットの拳が新造の戦果を殴りつけた瞬間、コロバの絶叫が夜の海に響いた。
コロバとナナニラが乗る新造の戦艦が、巨大戦艦ロボットになんとか対抗しようと、色とりどりの砲撃魔法を弾幕のように放射してくる。
しかしこちらは歌姫が大元となった古代魔道具。
真っ暗な闇の中の海上。
花火のように光って襲いかかる砲撃魔法は、巨大戦艦ロボットの表層に無情にもピチピチ当たって、弾けて消えていった。
『もういっぱああああああああっつ!!!』
テクノポップの合いの手で、ピエロが叫ぶ。
新造の戦艦を掴んでいた巨大戦艦ロボットの右腕が、音楽に合わせて高々と持ち上げられた。
巨大戦艦ロボットの頭部に移動した操舵室が、動きに合わせてグラッと大きく揺れる。
「うわああああああああああああ!!!」
激しく揺れ動く操舵室の中で、ルドーたちは床にしがみついたまま悲鳴をあげた。
心底楽しそうに、聖剣がルドーの手の中でゲラゲラ笑い弾ける。
カコォンと金属音が響いて、新造の戦艦がシンバルのように震える。
テクノポップの音楽に合わせて響く、ガンガンと殴られる新造の戦艦。
巨大戦艦ロボットが、ルドーたちを乗せたまま、音に合わせて踊るような動きを見せる。
衝撃の度に発生する浮遊感が、ルドーたちを操舵室の中で持ち上げては床に叩き付けた。
耳を塞ぐような音響で、海にさざ波が大きく広がって行く。
「おい! 中に魔人族の同胞が捕まってんだ、あんまり激しく攻撃してんじゃねぇ!」
「だが逃がすな! そのまま妨害魔法を展開して、転移魔法を防げ!」
『注文が多いのん!』
カイムとエリンジが、床に伏せたままそれぞれ大声をあげ、ピエロがテクノポップの合いの手で答える。
天井付近でブラブラ揺れていたピエロは、くるりと宙転してふよふよと降りてきた。
そのまま操作盤の横で伏せていた、フランゲルの肩にひょいっと乗る。
『操舵室に最初に入ったのはコイツだのん! ボクチンの今の持ち主の、コイツにお頼み申し上げるのん!』
「でぇっ!? よりによってフランゲルに!?」
「ふははははははは! ってよりによってとは何だ貴様!」
ちょこんと肩車するようにフランゲルに乗ったピエロを、ルドーは指差して叫んだ。
アリアの上で高笑いしたフランゲルは、一拍置いてルドーの反応に激怒する。
何が琴線に触れたのか知らないが、どうやらピエロはフランゲルを選んだようだ。
ピエロはずっと天井でブラブラ吊り下がっていた。
ルドーは気付かなかったが、フランゲルの肩口に乗るピエロはライアより一回り小さい。
ピエロは機嫌よく身体を揺すってクラウンハットを揺らしながら、フランゲルの肩の上でテクノポップを刻んでいる。
フランゲルの所有物となったピエロの宣言に、カイムとエリンジの矛先がフランゲルに向く。
「コイツ動かせんなら、同胞がどこにいんのか探せや!」
「コロバとナナニラを逃がさないように、先に妨害を張り巡らせろ!」
「えぇい、頭の回ることは俺様にはわからん!」
「きゃあっ!?」
アリアを抱えたまま、フランゲルは叫んで立ち上がった。
突然横抱きにされたアリアが、困惑した表情のまま縮こまる。
詰め寄って来たカイムとエリンジに、フランゲルは大きくビシリと指差して反抗していた。
同時に詰め寄られて、フランゲルはどうすればいいか混乱しているようだ。
肩に乗ったままのピエロが、肩車のような状態でぐらぐらと揺られている。
言い合っている今もなお、巨大戦艦ロボットはテクノポップに合わせて、激しく新造の戦艦を殴り続けていた。
『命じてくれればいいのよん!』
「ならば俺様たちを全員、目の前の戦艦に突っ込みたまえ!」
軽快な音と共に小さく呟いたピエロに、フランゲルは後先考えずに叫んだ。
「でぇっ!? マジで言ってるのか!? うわああああああああああああ!?」
「きゃああああああああ!?」
目まぐるしく変わる景色に、ルドーは再び悲鳴を上げた。
すぐ横にいたリリアが、悲鳴を上げてエリンジにしがみ付いている。
フランゲルの命令と共に、巨大戦艦ロボットの頭部に移動していた操舵室が大きく揺れる。
操舵室から外が見える開いた空間から、巨大な金属の塊が突っ込まれていた。
突然のことに成す術もなく、ルドーたちはあっさりとその巨大な金属の塊に捕まる。
先程まで新造の戦艦を殴っていたロボットの拳が、操舵室にいたルドーたちをまとめて掴んでいた。
「クソが、掴まれ!」
カイムが咄嗟に赤褐色の髪を拳の中に張り巡らせ、なんとか全員それに掴まりバランスを保つ。
巨大戦艦ロボットの掌の中で、ルドーたちは新造の戦艦に向かって運ばれ始めた。
フランゲルの肩からするりとすり抜けたピエロが、別れを告げるように操舵室で手を振っていた。
ピエロが歌い続けているテクノポップが、遠ざかっていくのに、音が大きく耳に響き続ける。
一体どういうつもりだと、ルドーはフランゲルを見上げた。
視線を察したフランゲルは、途端に胸を張って高笑いを始める。
「ふはははははは! 俺様たちで直接コロバとナナニラを捕えれば、逃げられもしなければ要救助者も助け出せるはずだ!」
「確かに、一理ある」
『好きだぜ、そういうぶっ飛んだ作戦』
フランゲルの宣言に、エリンジが納得して大人しくなり、聖剣が大爆笑し始めた。
どうやら色々と注文され過ぎて面倒になったフランゲルは、犯人を捕まえる単純な思考に落ち着いたらしい。
だがカイムはまだ納得できずに舌打ちした。
「あのクソ野郎が、動力源にされてる同胞の位置簡単にゲロるかよ!」
「カイムくん、あっちの方向! あのあたりから、悲鳴が聞こえる!」
怪我人探知が発動していたリリアが、新造の戦艦の中央当たりを指差した。
リリアが古代魔道具の戦艦内に来てから、ずっと聞こえていた悲鳴。
新造の戦艦が間近に迫ったことで、捕らわれている魔人族の悲鳴が、リリアにはよりはっきりと聞こえるようだ。
指差した方向に、カイムは顔を顰めて鋭い視線を向ける。
カイムの背で髪にぐるぐる巻きにされていたライアが、きゅっとカイムの髪を握り返した。
「おい、俺には同胞の救出に行かせろ!」
「当然だとも! そのように命じようぞ!」
カイムの唸る叫び声に、フランゲルはまた高笑いした。
ドォンという大きな音と共に、ルドーたちを包む拳が叩き付けられる。
フランゲルの宣言通り、どうやら魔人族の捕まる位置付近に到着したらしい。
「お兄ちゃん……」
「リリ、頼んだ。行って来てくれ」
心配そうに振り返ったリリアを、ルドーは三白眼でじっと見つめ返す。
捕まって苦しめられている魔人族の正確な場所が分かるのは、怪我人探知が出来るリリアだけだ。
カプセルから魔人族を助け出した後も、リリアの回復魔法がきっと必要になるだろう。
カイムとライアも一緒に居るなら、戦力としては十分な筈だ。
ルドーの視線を受けて、リリアはゆっくりと頷いた。
巨大戦艦ロボットの拳を伝い、リリアが破壊された新造の戦艦の外壁内へと侵入していく。
「……ルドー、悪ぃ。絶対に怪我はさせねぇ」
「わかってる。カイム、リリのこと頼んだ」
「無茶はするな」
「行ってきまーす!」
カイムがライアを背中に縛り上げたまま、髪を切り落して離脱していく。
声を掛けたエリンジに気の抜けた返事で手を挙げるライアに、ルドーは小さく手を振り返した。
エリンジと共にルドーはカイムたちを見送っていると、あることに気付く。
「……あれ、クロノは?」
ルドーの一言で、カイムの隣にいたはずの人影が、拳の中にいないことに全員が気付いた。
◇
「……なんで私はここに残したの?」
『や、今代連れてくのは流石に心配が過ぎるのん』
操作盤をカンコンと叩きながら疑問を上げたクロノに、ピエロは困ったように答えた。
ピエロの歌うテクノポップのリズムに合わせて、操作盤を軽快に叩く。
一人ぽつんと操舵室に取り残され、クロノは困惑していた。
歌っている訳ではない。
ピエロの歌声に音を紛れ込ませているなら、女神や女神深教に見つかる危険性はぐっと低くなるはず。
気付けば身体が勝手に動いていた。
それは歌が好きな歌姫であるが故に。
この状況で、音を奏でない選択肢の方が小さかった。
歌姫にとって、歌を歌うこと事態がストレス発散方法の一つ。
ずっと歌を自主的に抑え込んでいたクロノには、常時多大なストレスが継続して抱え込まれていた。
「……助けられる道理がよくわからないんだけど」
『いやぁ? 今代にボクチンと同じ道辿られるのは、心理的にすっごい嫌だしぃ~? ボクチンもう古代魔道具だから、これ以上失うものもなくて、無敵状態だしぃ~?』
テクノポップに乗せて、ピエロはリズミカルに答える。
古代魔道具は、歌姫が女神深教によって変えられてしまった、慣れ果ての姿。
この場にいるクロノが今代の歌姫だと分かったピエロも、流石にそのまま戦場に戻すのは気が引けていた。
無機物化して歌を封印されていたピエロは、何故か姿を現し、歌を再び歌えるようになっている。
歌姫としての力を、古代魔道具の状態で取り戻しているのだ。
古代魔道具内部となるこの場所が、今代の歌姫にも安全圏になるだろうと、ピエロは考えている。
赤の他人ではあるが、同じ歌姫である者同士で、ピエロなりにクロノのことを気遣った結果だった。
『あとこれは、ボクチンの心配なんだけど。キミに外に出られると、歌えなくなる気がするのん』
「歌が?」
テクノポップの合いの手で、ピエロはクロノに囁く。
『ボクチンがこうなってるの、原因があるはずだのん。おしゃべり出来なくなるの、いやなのん』
フランゲルのいる遠く自らの鉄の拳を眺めるピエロの紫十文字を、クロノは見つめる。
同類である古代魔道具聖剣との接触か、それとも今代歌姫であるクロノとの接触か。
なんであれ、女神や女神深教が想定していなかった、イレギュラーが起きていることは事実だ。
歌姫の力を封じるために、女神と女神深教は歌姫を古代魔道具化している。
無機物だったはずなのに。
急にピエロが視認されるようになって、歌えるようになった原因ははっきりしていない。
ピエロは少なくとも、原因が今代歌姫のクロノだと思っている。
だから今は、操舵室の中からクロノを出すのが怖いと思っているのだ。
操作盤の鉄箱を叩きながら、クロノはピエロから気まずく視線を逸らした。
「私は怖がってばかりで、ずっと逃げることしか考えてこなかった」
『ボクチンだって知ってたら、ビビりちん逃げ回ってたと思うのん』
「でも結局私ははここでこんなことしてる。なにもかも中途半端だよ。だから私は――――」
『――――助けられるべきじゃない? それを決めるのは、ボクチンなのん』
ピエロが両手を広げて言葉を並べたテクノポップに、クロノはカンコンと操作盤を叩く。
心の奥底に沈んでいた汚泥が、奏でる音楽でサラサラと崩れていくような気がした。
歌を歌っている間は、いつだって気が晴れて心が洗われる。
今世でずっと歌を歌えなかったから、クロノはすっかりそのことを忘れていた。
『ボクチンが嫌なのん。だからそっちは気にする必要ないのん』
「それ、私に都合が良すぎるなぁ」
『なら、お礼にもうちょいセッションしましょ。キミの音も、テンポ上がって心地いいから』
ピエロはそう言って、また逆さ吊りにブラブラとテクノポップを歌い奏でる。
今は何もかも忘れて、誘われた通りにしてみよう。
クロノは身体をリズムに揺らしたまま操作盤に向かって、カンコンとドラムスティックを叩き続けた。
◇
「でりゃああああああああ!」
ルドーが振り下ろす聖剣の動きに合わせて、雷鳴が轟き空間が雷に満ちる。
カイム、リリア、ライアと離別した後、ルドー、エリンジ、フランゲル、アリアは、コロバとナナニラがいるであろう新造の戦艦操舵室に、巨大戦艦ロボットの拳ごと突っ込まれた。
ドカンと爆発するような衝撃。
戦艦素材の鉄があちこち破壊されて散らばり、バチバチと魔力エネルギーがあちこちで弾ける。
その場に降り立ったルドーは、即座に行動に移した。
ナナニラの重力魔法が飛んでくる前に、先制攻撃として、雷魔法を操舵室いっぱいに範囲攻撃する。
エリンジが続くように虹色の砲撃魔法をあちこちに放ち、コロバが逃げようとする退路を断つ。
フランゲルが更に追い込むように、火炎魔法で周囲を円状に燃やした。
「逃がしなどするか!」
「ぐわああああああああ!?」
操舵室中央の舵輪の前にいたコロバが、虹魔法の砲撃で発生した爆発に吹き飛ばされた。
固い金属製の床の上で、コロバは脂肪で丸まった身体をゴロゴロと転がしていく。
「ぎゃああああああああ! 熱い、熱い熱い!」
「ふははははははは! 良い様ではないか!」
コロバの更なる絶叫に、フランゲルの高笑いが続く。
さらにフランゲルの火炎魔法がコロバの服と髪に引火し、火を消そうとその場にのたうち回った。
火炎魔法に焼かれた頭部が、中央だけ残念な感じに燃えてちりちりと毛を縮れさせている。
「ちょ、ちょっと、さっさと捕まえなさいよ!」
「わかってるけど、焦りは禁物だって」
背後から掛けられたアリアの怯んだ声に、ルドーは慎重に返した。
それぞれが構えながら、ルドーはエリンジとフランゲルを両脇に、倒れたコロバにじりじりと距離を詰めていく。
フランゲルの背後に、付いてきたアリアがそっと身を隠していた。
コロバ自身に、戦闘能力があるかどうかはルドーから見れば微妙な所だ。
アシュで初めて現れた際も、戦闘はナナニラに任せきり。
重力魔法で動けなかったルドーとトラストを、コロバは蹴り上げていた。
だがそれも戦い慣れていない足の動かし方だった。
だがここまでで計画的な犯行ばかり重ねてきたコロバだ。
まだ何か隠し玉でも持っていないかと、ルドーは聖剣の反応に注視していた。
「ナナニラの重力魔法に注意しろ」
一方で別の懸念を抱いていたエリンジが警告をあげる。
確かに一見して、この場にナナニラは見当たらなかった。
姿の見えないナナニラに、エリンジは逆に警戒していたのだ。
一体どういうことかとルドーが問いかけるより先に、操舵室にナナニラがスタスタと歩いてきた。
途端に倒れて痛みに呻いていたコロバが活気を取り戻す。
「おい、何をしていた! さっさとこいつらを黙らせろ!」
ルドーたちを視認したナナニラが、即座に手を伸ばす。
「どわぁ!」
フランゲルの悲鳴があがる。
即座にルドー、エリンジ、フランゲルが、重力魔法に成す術なく床に叩き付けられた。
「ぐっぎぎぎぎぎぎ……!」
押し付けられる強い見えない力を感じながら、ルドーは必死に顔をナナニラに向けて、同時に驚愕する。
ナナニラは既に満身創痍で、息も絶え絶えで上げている手が小さく震えていた。
動力源のカプセルに入れた魔人族たちを無理矢理回復してきた後なのか。
それともルドーたちの知らない全く別の理由でもあるのか。
ナナニラはアシュの時ともソラウの時とも違う、万全ではない状態。
ならば光明は見出せるはずだ。
ルドーは右手に聖剣を握ったまま、集中してナナニラを睨み付けた。
「――――雷閃!」
大きく叫ぶと同時に、ルドーは聖剣をグッと握り締める。
重力魔法の範囲外、ナナニラの背後。
そこから雷の極太砲撃魔法が数本、とぐろを巻くようにねじりながらナナニラを直撃した。
全身を激しく貫く雷が、ナナニラを焼き切り、バリバリと雷鳴を轟かせる。
声にならない悲鳴が上がり、ナナニラはしばらく痛みに悶える。
そして真っ黒になって、バタンと倒れてとうとう動かなくなった。
ピクリとも動かなくなったナナニラを見て、今度こそコロバは顔を真っ青に染め上げていく。
「ばかな、そんなばかな……!」
「……おやまぁ、逃げられたがトドメさせたか。結果オーライ」
「ヤシャブさん?」
ナナニラが歩いて来た方向から声が聞こえて、ルドーたちは振り向く。
そこにはルドーが倒した男を肩に担いだままのヤシャブが、若草を咥えたままハードボイルドに佇んでいた。
『なるほど。満身創痍だったのは、既にお前に追い詰められた後だったからか』
「出来れば俺の手でケジメは付けさせたかったんだがな。まぁ、それはこっちでするとするかね」
納得する聖剣の声に、ヤシャブが大きな帽子の鍔を片手で押さえた。
どうやらナナニラがこの場に不在で、現れた時に満身創痍だったのは、ヤシャブがナナニラと戦って疲弊させていたからのようだ。
ヤシャブは指から砲撃魔法を浴びせる遠距離型。
その上ヤシャブ本体が隠れて砲撃魔法を続けられ、重力魔法を操るナナニラには相性が悪い。
カプセルの魔人族に対する回復魔法もあって、魔力不足で追い詰められていたのだ。
そのままヤシャブがじろりと、床に転がるコロバを見下ろす。
ルドーたちに全員に包囲され、更に追い打ちでアリアから結界魔法で檻のように囲まれたコロバは、諦めきれないように床をガンガンと腕で叩きつけていた。




