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第二十九話 ドラゴンライダー

 口の中がカラカラに乾きながらも、じっとこちらを見つめるリリアにルドーはなんとか返した。


「……クロノの兄貴に謝るって?」


「過程がどうあれ、私たちがクロノさんから目を離したのは事実だもの。今はもうどうにもならない事だっていうのはわかってるし、とても遅くなってるのもわかってる。でもせめて、謝っておきたいの」


 そう言って制服の裾を両手をぎゅっと握りしめたリリアに、クロノが行方不明になってからずっと葛藤していた様子が伺えた。


 無事だと分かった今でも、目を離してしまった責任を感じてずっと悩んでいたのだろう。

 ルドーはしばらく悩んだ。

 逆の立場で考えても、謝られてクロノが戻ってくるわけでもなし、良い気もしないだろう。

 それでも、行っておくケジメはつけておくべきだ。一発殴られることも考えたほうがいい。

 ルドーがエリンジの方を見ると、無言で頷く。

 どうやらエリンジも反対はしないようだ。


「そうだよな、まず謝ってからだよな。うん、今日の放課後行くか」


「同行する」


「大丈夫かエリンジ、お前」


「性根を叩き直すと言っておきながら、俺も目を離したのは事実だ、行動の責任は取る。焼かれても食われても文句は言えまい」


 入学初日からのクロノに対するエリンジの行動は派手だったために学年を越えてかなり伝わっていた。

 日数が経過して風化しつつあるが、クロノの兄貴からすれば忘れはしないだろう。エリンジもそれが分かっているようだ。


 居心地悪く授業をやり過ごした後、放課後、三人で三年の教室に向かう。

 科目でさえ校舎が別で、簡易転移魔法でそれぞれの校舎を移動するようになっており、用もない他の科目の生徒は共通区以外紹介がなければ通り抜けられないようになっている。

 ただ同科の別学年は別で、同じ校舎の別階層なだけの為、訪ねようと思えばいつでも行き来が自由だ。

 それでも他学年に特に知り合いもいないので、今までルドー達魔法科の面々は誰も上級生の教室に向かった事はなかった。


 道中話をするどころか、誰も言葉を発する気にもなれなかった。

 恐ろしく長い道のりを歩いていたようで、ずっと短い距離をあっという間に駆け上がって辿り着いたような、時間の感覚がよくわからなくなっている感覚だ。

 胃をムカムカさせながら重い足取りで教室に辿り着いて、緊張しながら扉の傍にいた三年生にルドーが名前を伝えて本人を呼んでもらっている間、どんどん胃の当たりが歪むような嫌な感じを覚え思わず息を吐いた。

 なんて言葉で謝ればいいかと思考を巡らせながら三人待っていた。


 大きな音と共にドアごと魔法で吹き飛ばされ、ルドー達三人は廊下から壁を突き破って三階から外に叩きだされた。

 なんとかリリアを庇って前に抱き、校庭に植えられていた木の枝に激突して落下は免れた。

 痛みに呻きながらエリンジの方を横目に見ると、魔法で衝撃を緩和して何とか校庭に着地している。


「随分とまぁ遅かったなぁ一年様よぉ」


 上からの凄みの効いた声に見上げてみれば、後ろに結った長髪を風に靡かせながら切れ長の赤目に長身の男、制服を動きやすく着崩しているイシュトワール・レペレルが腕を組んで壊れた壁にもたれかかりながらこちらを睨み付けていた。

 周囲の三年生が突然の不意打ちを咎め、攻撃をやめるように声を掛けているがまるで聞く耳を持たず、そのまま開いた壁の穴から勢い良く飛び降りて、三階の高さから何事もなかったかのように校庭にドスンと着地する。


「それで今更俺に何の用かなぁおい」


「あ、あの! 本当に今更ごめんなさい!」


「謝ったところで何か変わんのか、あぁ!?」


 リリアが開口一番謝ろうとしたが、当然聞いてもらえるはずもない。

 イシュトワールは両手を振り下ろすとまるで鉤爪の様に両腕の指が伸び、魔力を纏わせて突っ込んできてそのままルドーとリリアが引っかかっていた木を切り倒した。

 リリアの悲鳴を聞きながらもなんとか抱き留めて、情けない声を上げながら倒れる木からふるい落とされる。エリンジの呼ぶ声が聞こえた。


「こっから先は喧嘩だ。手加減してやるからかかってこいや」


 想定はしていたが、イシュトワールの怒り様は尋常ではなかった。

 断言されてルドー達は慌てた。どうやらドラゴンまで作り出す気はないようだが、それでも喧嘩する気で来た訳ではない。

 落ちる時に一緒に倒れてきた木の枝の間からなんとか立ち上がろうとルドーとリリアが二人でもがいている所に、イシュトワールが突っ込んできて、ルドーは咄嗟にリリアを横に押し出してなんとか聖剣(レギア)で一撃を防ぐ。


 そのまま聖剣(レギア)を上に薙ぎ払うように次の一撃が来たと思ったら、さらに連撃が来て後ろに仰け反って何とかかわしながら後転して距離を取ろうとしたが、動きを読まれていたのか足払いで後転を支えていた手を払われ、そのまま背中に蹴りを入れられて校庭に吹っ飛んだ。

 なんとなく動きがクロノに似ているのは流石兄妹と言ったところなのだろうか。


「喧嘩っつったって、気ぃ引けるってのに」


「だが向こうは待ってくれんぞ」


 蹴られて吹っ飛んだ先で何かにぶつかったと思ったら、こちらに走ってきていたエリンジだった。

 ぶつかって揉みくちゃになっているのを二人して立て直しながら立ち上がろうとしたら、恐ろしい勢いで突っ込んできた。


 両手に魔力を宿した鉤爪で振り下ろされた一撃は、咄嗟に貼ったエリンジの防御魔法をガラスの様に破壊して、ギリギリのところをエリンジが咄嗟に身を翻してかわす。

 と思ったらイシュトワールが飛び上がって回りながらルドー目掛けて足を回し、今度は次々来る蹴撃をギリギリのところでかわしていく。

 左腕と思ったら逆の肩、頭と思ったら腰、フェイントの入れ方もどことなく似ているが。

 なぜだろうか、クロノよりも動きは遅い気がした。


 攻撃をかわしながら後退し、なんとか距離を取って二体一として有利な状況に持っていこうとするも、その思考も読まれたのか素早くルドーに詰められ、素早い二撃をなんとかかわしたと思ったら腕を掴まれてエリンジの方にまた放り投げられた。


「どうした! 避けてばっかじゃ何も終わらねぇぞ!」


 お互い受け身を取ってぶつかって倒れつつ何とか立ち上がるが、イシュワールは言うが早くまた詰めてきて次々と攻撃を繰り出してくるので、なんとか聖剣(レギア)を構えて躱し、流し、防ぐ。


 攻撃していいものかルドーにはまだ迷いがあった。

 謝った後一発殴られても文句は言えない状況なのはわかっていた。

 だが喧嘩と宣言され、先程の発言からもこちらの反撃を許容している。

 そうされるとルドーは罪悪感から逆に手が出せなくなってしまう。

 同じ気持ちなのだろうか、エリンジも防御魔法こそ展開するもののいつもの虹魔法を全然使おうとしていない。


「話を、話を聞いてください!」


 リリアが大きく叫んだと思ったら、結界魔法を五重でかけてイシュトワールを包み込んだ。

 イシュトワールは流石に狼狽して結界魔法を見つめた後、リリアの方を向いた。


「私たちは喧嘩を売りに来たわけじゃないんです! ただ、ただ謝りに来ただけです! クロノさんをちゃんと見ていたら行方不明にならなかったはずだから! 私たちは敵対行動をしません! 一発でも二発でも、気が済むまで殴ってもらっても構いませんから! だから、だから喧嘩はやめてください!」


 必死に考えながらリリアが叫んでいた。

 穴から校庭の様子を見ていた三年生たちも、こちらの話が聞こえているのか先程までやめるように叫んでいたのが急に静かになっている。


「……謝るだぁ? それで?」


 下を向いたイシュトワールが、睨み付けるようにリリアを見ていた。

 嫌な予感がしてリリアの傍に寄ろうとルドーが走り始めたが、それよりも前にリリアは勢いよく頭を下げて叫んだ。


「もっと早く謝っておくべきでした! 本当にごめんなさい!」


 そう叫んで頭を下げたままの姿勢のリリアを見たルドーの足も止まった。

 急に頭を下げられたイシュトワールはどうすればいいかわからず固まって動かない。

 一瞬エリンジと顔を見合わせた後、ルドーも同じように勢いよく頭を下げて叫ぶ。


「仲が悪くなってるのが分かってたのに目を離したのは俺だ! 本当に悪かった!」


「相手の状況を鑑みず自分の都合だけ押し付けて嫌な思いをさせていた! 申し訳なかった!」


 勢いよく頭を下げたままじっと目をつむる。

 過ぎていく時間がひたすら長く感じられたが、それでもルドー達は頭を上げなかった。

 三階から様子を見ていた三年の生徒達が再びざわつき始めた頃、唐突に正面から高笑いが聞こえてきて、ようやくルドーは恐る恐る少し頭を上げた。


「あーくっそ、なにしてんだ俺は本当に……」


 イシュトワールが顔に手を当てて俯いた。

 そしてそのままもう片方の手を大きく振りかぶると、リリアの五重の結界魔法を一撃で全て粉砕する。

 バラバラになった結界が花弁のように宙を舞う中、ダメだったかと一瞬ルドーは身構えたが、いつまでたってもその次の攻撃は来なかった。


「クロノは消えた。あぁそうさ、あいつは三年に俺がいることを知ってた。なのに学習科目の件を相談しに来なかった。厄介な生徒に付きまとわれていることも。それどころか入学してからこっちに顔すら見せに来なかった。あぁそうだよ、八つ当たりだ。俺が一番腹が立ってんのは、何の相談もされなかった頼りない自分自身だ!!!」


 そう言って地面を大きく蹴ると、恐ろしい衝撃と共にヒビが入って抉れる。

 衝撃にルドー達は身構えていたが、イシュトワールにもう攻撃してくる意思はないようで、そのまま抉れた地面に片手で顔を覆いながら蹲ってしまった。


「何がドラゴンライダーだ、散々囃し立てられてるくせに家族のはずの妹には全く信頼されてねぇ。お前らが何一つ悪いことしちゃいないってことも分かってんだよ。お前らが俺に謝るのが本当は見当違いだってことも。ほんと何やってんだ俺は」


 俯いている顔から水が滴っている様な気がして、ルドー達はそこから動けなくなった。

 どうしたらいいか分からず三人で顔を見合わせていたが、徐にイシュトワールが顔を上げる。


「手がかりが欲しいんだ。あいつが居なくなった時と、魔人族の話を聞かせてくれ」


 その後イシュトワール先輩は校舎を破壊した事を三年の担任の厳ついメガネ先生から物凄く怒られていた。

 素直に怒られている先輩に先程の怒気はなく、縮こまった小型犬のように感じられる。

 ひそひそと周囲の三年が囁いているが、ルドー達が妹とチームを組んだ結果行方不明になっていた相手だと分かった様子で、一年相手に例の独自戦闘技術まで使うのはやり過ぎだが、まぁ荒れていたし暴れるのも仕方ないと話していて微妙な空気が漂っていた。


 クロノが行方不明になってずっとどこにも向けられない怒りを抱えたまま過ごしていたのだ。

 あの喧嘩の後イシュトワール先輩は憑き物が落ちたかのように年相応に大人しくなった。


 緘口令が敷かれていたが、身内だったこともあり口外しないことを条件にイシュトワール先輩も遺跡での一件と古代魔道具の件をネルテ先生から特別に聞かされていたらしい。それで何か手掛かりになるかと古代魔道具の書籍を図書室から借りたのだ。

 しかし居場所の手掛かりになりそうなものはなく、なぜクロノが魔人族と一緒に行ってしまったのか理由も見当が付かないまま、どん詰まり状態に陥ってしまってどうすることもできない鬱憤が最高潮に溜まっていたところにルドー達が謝りに来たため、あそこまで暴走してしまったそうだ。


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