第二十七話 逃れた虎口
ルドーが次に気が付いたときはまた学校の医務室のベッドの上で、起き上がるとすぐ脇で涙目になっていたリリアに気付いて一瞬身構えたが、今回は相当心配させたようでそのまま抱き付かれてわんわん泣かれてしまった。
遺跡の一件以降使用した魔力が多すぎたせいで身体が追いつかなかったらしく、ルドーは一週間丸々眠っていたらしい。
古代魔道具が消滅した後、一緒に発生していた瘴気も魔物ごと消えた。
ネルテ先生たちが安堵したのも束の間、古代魔道具が消滅したため話していた通信魔法が入ったのか、クロノはあの魔人族たちと一緒に止める間もなくさっさとどこかへ行ってしまったらしい。
ネルテ先生とエリンジが大声で叫んだが振り返る様子もなく、どうやら本人の意思で彼らと行動を共にしていてエレイーネーに戻ってくる気は全くなさそうだった。
リリアの方はと言うと、通信を行った後しばらくしてイスレさんと合流したが、瘴気から魔物が発生し始めたせいで結界魔法を解くことが出来ず余計動けなくなっていた。
ところが突然狐目の背の高い男が現れて一瞬で魔物を倒し切り、突風が吹いたと思ったらその男も弱っていた人たちも全員忽然といなくなっていたらしい。
何が起こったかわからず途方に暮れていたところにネルテ先生から通信魔法が入ったため、とりあえずイスレと共に遺跡から外に出て他のチームと合流したそうだ。
その後エレイーネーから応援が来て満身創痍で動けなくなっていたルドー含む傷だらけの数人が運び出されて回復魔法で治療され、数日で大体が回復。
一番消耗の激しかったルドーだけが眠り続けてやっと起きたといったところだ。
遺跡の調査では古代魔道具が暴走した件は伏せるよう、居合わせた生徒に緘口令が敷かれた。
国の重要物となっているものも多い古代魔道具が瘴気の温床となり得るという情報は、一見するととても危険なのですぐにでも知らせたほうがいいと思われがちだが、今回は逆に知らせた場合の危険の方が多いと判断されたのだ。
古代魔道具がそれぞれの国で厳重に保管されているのは、そもそも各国で破壊することが出来ないものだからどうすることもできないからだ。
だが古代魔道具で古代魔道具を破壊できたと知られればどうなるか。
各国が使う事も出来ず封印していた古代魔道具を引っ張り出して、他国の古代魔道具を攻撃し始めるかもしれない。瘴気の発生源になりうるという大義名分をかざして。
武器型の古代魔道具である聖剣だったから出来た芸当か、そもそも古代魔道具から超濃度の瘴気が発生したのも、長い間忘れ去られて放置された結果の暴走の可能性も捨てきれないのに、そんな不確定要素が多い情報を元に古代魔道具同士で攻撃し合ったらどうなるか。
エレイーネーでも流石に想定しきれなかった。
不確定要素も多く、危険と不安を広げるしかない以上、情報を表に出すのは避ける必要がある。
なにより他国の古代魔道具を破壊しようと、前例のある聖剣の所持者であるルドー自身が狙われる可能性も出てくる。
聖剣そのものが他の人間に扱えないなら狙われるのは確実にルドーの方だ。
エレイーネーに所属している以上生徒に危険は及ぼせない。
超濃度瘴気の不安は付き纏うが、長年国の管理下にある古代魔道具から瘴気が発生したという報告がない以上、あの放置された古代魔道具が例外的な可能性も高い。
様々な観点からどうしようもないとのことで、現状のとりあえずの措置だった。
結局依頼したシマス国に知らされたのは、学校での再調査では特に新しい発見はなかったが、途中で潜伏中の魔人族、それも複数と遭遇したため戦闘して逃げていったという報告になった。
エレイーネー側が去る前に先に逃げていったので言う程嘘でもない、はずだ。
「もう大丈夫なのか」
「まだちょっと身体いてーけど筋肉痛みたいな感じだ」
翌日ルドーが登校すれば、エリンジを筆頭に心配していたクラスメイト達に群がられた。
通信を聞いた他の生徒達は我先にと入口から外に逃げ出していたため特に被害はなかったそうだ。
いつまでたっても帰ってこないネルテ先生達とアリア以外のルドー達のチームに不安を感じて右往左往していたが、やがて通信魔法が再開してやってきたエレイーネーの先生方に運び出されたボロボロ状態のルドー達を見て度肝を抜いたそうで、彼らにも相当心配や不安にさせていたようだった。
魔人族との戦闘も色々と聞かれたが、緘口令が敷かれている部分もあるため下手に返答できないせいで答えがしどろもどろになる。
そのせいで記憶がまだ混乱しているのかとキシア、トラスト、アルスの三人に更にいらない心配をさせてしまっていた。
一方であれから変わったことと言えば、フランゲルが今までの態度を改めて真面目に授業を受けるようになった。
どうやら火力が高いのに女子と一緒にほとんど役立たず扱いされていたのがよほど応えたらしい。
火力自体は申し分ないはずなので、その雑さを制御しようと今更ながらから必死になって訓練し始めていた。
いつも一緒にいたアリアとナルシスト男も、フランゲルがリーダー格であった為にヘラヘラとサボることが出来なくなったようで、渋々、アリアに至ってはかなり毒を吐きながらそれなりに授業をこなすようになっていった。
まだフランゲル本人の炎魔法も不安定なため、時々ルドー達に声を掛けて組手をやるようになった。
どうやら炎魔法で燃やしても大丈夫な都合のいい侍従扱いされているらしい。
エリンジはともかくルドーは無事では済まないので燃やすのは勘弁してほしいのだが。
「俺は結構休んだし、後は身体が回復すれば問題ねぇけど。それよりお前は大丈夫かよエリンジ」
「なにがだ」
「なにがって、ほら、あれだよ、クロノの件。すっげぇ荒れてたって聞いたぞ」
ルドーが指摘するとエリンジの眉間にかなり皺が寄った。
クロノに関してはエレイーネーが洗脳魔法の可能性も考慮して、魔人族と共にいることは公にされた。
しかし聖剣の雷魔法をいとも簡単に弾いた様子から、洗脳魔法にかかっているとはルドーは流石に思えず、自主的に魔人族側に付いているとしか考えられなかった。
しかし世間からはほとんど誘拐された扱いの為、時々見かける彼女の兄貴がどんどん酷いことになっていると風の噂で耳にしている。
エリンジは体調が回復してからは、トラストたち曰くかなり荒れていたらしい。
行動が改善するほど心配していた相手がピンピンしていた上に、施設破壊の犯罪者とつるんで学校から逃げ出したとなれば荒れるのは当然ではあるが、多分逃げ出す原因を作ったのもこいつだ。
その自覚がある分エリンジの心境はかなり複雑なのだろう。
「次あった時は縛ってでも引きずり戻す」
「こっわ。そんなことしたらまた逃げ出すだろ、何よりあいつ縛っても突破するだろあの腕力じゃ」
「じゃあどうしろというんだ」
「いや一応話ぐらい聞いてからでもよくね?」
それなりに接してきて分かってきたことだが、エリンジは圧倒的に言葉が足りていない。
簡潔過ぎる一言を吐き捨てるように言うせいで相手に誤解が発生しやすく、またこっちが促さないとあまり相手の話も聞かない時がある。
それで相互理解が出来なくて色々と問題が発生するのだろう。
クロノはルドーから見ても帽子の影響もあるのか何を考えているかよくわからない。
だからとりあえず話だけでも聞いてみたほうがいいと思ったのだが、エリンジからの反応はいまいちの様子だ。
「魔道具施設を破壊している連中と一緒にいる事以上に何を聞けというんだ」
「いやリリとイスレさんが見たもんもあるし、ちょっと事情あんじゃねぇかなって」
人によく似た姿をした人たちがざっとでも三十人ほど、それも弱って怯えていたという。
施設を破壊するだけの魔人族と繋がりがあるかは今のところ分からないが、今回は特に遺跡の破壊を狙っていたわけでもなさそうだったため可能性はある。
そういう意味でルドーはエリンジに話してみたが、相変わらず眉間に皺は寄ったままだ。
「特殊な役職持ちの近くの村人たちが屯してただけかもしれんだろ」
「いやでも回復魔法を怖がるってよっぽどだし」
問題はここだ。回復魔法をかけようとすれば自身の痛みを和らげようと寄ってくるのが普通だ。
それが彼らに遭遇したリリアの話では、傷を癒そうと回復魔法をかけようとしたら、まるでおびえたように縮こまって出来うる限り後退して困惑したそうだ。
どう考えたって普通じゃない。
それにあの時戦闘こそしたものの、クロノたちの様子から攻撃性はあっても殺意は全くなかった。
よくよく考えればボンブに最初に遭遇した時も、今にして思えば殺意は感じなかったように思う。
強力な魔力に当てられて気付けていなかっただけだ。
「だってよく考えてみろよ、あれだけの魔力で攻撃できるのに、今までの襲撃死者ゼロだぞ。逆におかしくないか?」
「……手加減して襲撃している、と言いたいのか?」
「まぁ話を整理するとそうなんのかねぇ……」
襲撃のメイン格とされているボンブは、あれだけ戦い慣れていたネルテ先生と互角だった上に、カイムの方も不意打ちとは言え怪我を負わせることが出来るほどだ。
その上超大型魔物でさえ平気で屠ってしまうクロノまで一緒と来ている。
戦う事も出来ない一般人の方が圧倒的に多い状況なら、やろうと思えば今までだっていくらでも殺せたはず。
面倒事を嫌ってエリンジに絡まれる事を嫌がっていたクロノが、自分からついて行っているのも矛盾している。
施設破壊するだけの集団なんてエリンジ以上に面倒なだけのはずだ。
なにか別の目的があるような気がする。
ルドーがそうエリンジに伝えると、思案するように顎に手を当てて下を向いた。
「……確かに言われてみれば色々おかしく見えてくる」
「な、お前、えーと、今まですげぇ頑張ってきた分ちょっと視野狭いからよ、もう少しおおらかに行こうぜ」
「善処する」
どうすればお前の家はおかしいと言わずに伝えられるか考えながら言ったルドーの言葉はどうやら伝わったらしい。
エリンジが少しスッキリした顔になったので一安心だ。
いや無表情なはずなのだが、なぜわかるのだろうか。
一安心しながらも同時にルドーは自身を訝しんだ。
「貴様ら暇ならまた魔法訓練の組手を手伝いたまえ!」
「いいだろう、叩きのめしてやる」
「うっ、叩きのめすのは魔物だけにしてくれたまえ!? というか俺様はルドーの方に向けて言ったのだぞ!」
ルドーと一緒にいる時間が増えたためか、周囲からのエリンジの評価は嫌味な危険人物から、口数が少ないだけの天然に落ち着いてきたため言葉をかけられることも増えた。
実力が高いため魔法の相談を持ち掛けられることも多く、本人も周囲の意識が高くなってきたと機嫌がいい。
「お兄ちゃん、まだ身体が万全じゃないんだから組手はダメだよ、前にも言ったじゃない」
「わぁーってるよ。そういう訳でフランゲル、今日はダメだ」
「うっ、そうなるとやはりこいつと組手するしかなくなるのか!?」
「精々炎魔法であがいてみろ」
「もうちょっと練度あげたらいい線行くってよ」
「そう言いたいならそう言いたまえ! なぜそれがああなるのだ!」
エリンジが他との会話が増えたせいか、ルドーは自然と通訳することが増えた。
最初は放置していたのだが、他生徒がイマイチ解釈できないためエリンジと会話しているのにその都度ルドーに解釈を求めて一々やってきては説明してくるので、会話を全部聞き直すのが最終的に面倒になって通訳する羽目になっている。
だれかもう一人くらいこいつの思考回路が理解できるやつがいれば楽になるのに。
エリンジ本人を変えようとしてもダメだった。
長年の習慣が身に沁みつき過ぎているためこれだけはどうにも全く改善しない。
本人がどうダメなのか理解できていないのだ、直しようがない。
エリンジにガシっと首根っこを掴まれて悲鳴をあげながら引き摺られていくフランゲルを見ながら、ルドーとリリアはご愁傷様ですと二人で手を合わせて見送った。
 




