第二話 初陣は誰もが通る道
「さーて、重苦しい話はやめだ、君たちの今後の事について話そう」
魔導士長がパンと手を叩いて空気を振り払うように手を払う。
隣の騎士隊長も重苦しい空気を誤魔化すように軽く咳払いをした。
ルドーとリリアは重苦しい気分に後を引きながらも、顔を見合わせて改めて向き直った。
「勇者と聖女となった君たちには国の安全を背負う義務が発生するわけだが、つい昨日まで農村民だった少年少女にいきなり魔の森で大型魔物狩りをしてくれという訳にもいかない。まずは基礎的な訓練を経て体力を付けた後、小さい魔物から順序戦っていき、力を付けていく訓練をしていく形になると思う」
『えぇーチマチマメンどくせぇ、どかんとデカい奴行こうぜ』
「うるせぇ黙ってろ」
『やなこった』
さっきまで静かだった聖剣が急に話に噛み付き始めた。聞かされた訓練方法が気に食わないらしい。
大きいやつを屠るほうが楽だし早いだの、安全圏だと危機感が足りないから成長しないだの、一気にまくしたてる。
そうは言われてもルドーもリリアも先日まで普通に畑を耕していた農村民だ。
生活に使う一般的なほどほどの火魔法や水魔法こそ使えるものの、戦闘に使えそうなものは何一つ習得していない。
魔物暴走で出てきた魔物だって、大型ではない一般的な小規模魔物だが、それにだって太刀打ちできずなす術がなかったのだ。それがいきなり魔の森に入って魔物狩りなんてできるわけもない。
「ただの農村民にいきなり魔の森で魔物狩りなんか出来るかよ」
『うるせぇやらなきゃ強くならねぇぞ弱っちいんだから』
ルドーが聖剣に言い聞かせたが、返ってくるのは罵倒ばかり。
不審な者を見る三人の視線が痛いがうるさいのだから仕方がない。
先程の沈黙が嘘のようにルドーが一人漫才をギャアギャア披露している様子を首を振って放置して、魔導士長が思い出したかのようにリリアに声を上げる。
「そういえば君たちの年齢を聞いていなかったが何歳だね?」
「私たちですか? この間十六になったところですけど」
つい先週、ルドーとリリアは十六歳の誕生日を迎えたばかりだ。
ルドーは周囲のおばさんおじさん連中からたくさん食べろと収穫した野菜をお裾分けされたぐらいだったが、リリアは村の男衆から人気があるせいか手紙やら花やらたくさんもらっていた。
ただ本人が知らない間に差出人の名前もなく置き去られていてリリアが気味悪がっていたので、その日のうちにルドーが全部暖炉に放り込んで燃やしてしまったのだが。
そんなあまり一般的ではない誕生日祝いを感慨深く思い出していたら、魔導士長は困ったと言わんばかりに首をひねって頭をかき始めた。
「あーそれじゃダメだな、うん。前言撤回。順序立てた訓練は出来ない」
魔術士長の発言にルドーとリリアは同時にそれぞれ変な声を出す。
安全に訓練をしていけそうだと安堵していたのに、それが全撤回された。
意味が分からず混乱している二人に、魔導士長は更に混乱する言葉を続ける。
「今からだと、うん三ヶ月か。悪いが君たち、そこの魔の森の処置作業をするので前線に出て手伝ってくれ」
「「ええ———————!?」」
『やったぜ』
ルドーとリリアの絶叫が狭い部屋に木霊する。
魔導士長の言葉に喜んでいるのは暴れられる聖剣だけだった。
そうしてルドーとリリアの二人は村の魔の森の中に放り込まれた。
結果、冒頭に至るわけだが。
「お兄ちゃん! 待ってって言ったのにまた突っ走って戦ったわね! 回復!」
「いやダメージ発生してねぇから」
目をギンギンに光らせながら手を振りかぶってきたリリアに少々臆しながら制する。
回復魔法を覚えてからは常に後ろに貼り付いて回復してくれるが、戦闘は出来ないので正直もうちょっと距離を取ってほしい。
ルドーは何度もそう言っているのだがリリアは聞いてくれやしない。頑として譲らなかった。
国の騎士隊長と魔導士長の補佐を受けつつという好待遇で魔の森での魔物退治。
比較的安全は確保されているので渋々だが受け入れている。
どうしてこんなことになったかというとこの世界の仕組みが関係している。
「十六になった新人の聖女と勇者にはエレイーネー魔法学校への入学が同盟国に義務付けられていてね、ちょうどそれが三ヶ月後なんだ」
エレイーネー魔法学校、それはこの世界の平和維持機関だ。
流石に片田舎の平民でもその名前は聞いたことがある。
世界平和を理念に置き、魔物や瘴気の対策のために魔導士を育成する専門機関だ。
各国の大人の事情を避けるためにどの国にも属さず独立した機関になっている。
さらに各国は魔法学校に協力する同盟に加入している。
ルドーたちの住むチュニ王国も当然加入していた。
しかしここは加入しないと戦争準備をしているぞと認識されて周囲から袋叩きにされるのと同義の為、渋々加入しているところも多いと聞くが。
話を聞いた聖剣が嬉々としてしゃべりだす。
『学校とかあるのか、楽しそうじゃねぇか』
しかしルドー達もエレイーネー魔法学校の名前と目的、平和維持のための魔導士育成機関だとは知っていたが、義務入学がある話は初耳だった。
入学するのも実力重視の狭き門、そこに明らかに実力不足なのに義務で入学していいのか。
リリアも不安そうに魔導士長に問いかける。
「聖女と勇者に入学義務があるんですか?」
「魔物と戦い国を守る義務を負う役職だろう? 万一のことがない様に戦闘水準を上げて平和維持のための力を付けさせるというのが理由だね。実際魔の森でも規模が違えば脅威も違う。国によって対処する基礎基準が違うが、なにが起こるかわからないのも魔の森の怖いところだから、危険度の低い国でも念の為ということだね」
『いいねぇ、好きなように暴れられそうじゃねぇか』
五月蠅い聖剣は一旦無視するにして。
魔導士長の話す義務入学の説明に、ルドーもリリアも納得した。
実際に規格外の魔物暴走を経験した後だと確かに説得力しかなかった。
女神によって授けられる国を守るための役職だ、その実力の基礎水準を上げるための義務入学というなら確かに必要だろう。
しかしそれがどうしてルドー達の住む村の魔の森の対処に繋がったのかがわからない。
そう思ってルドーが魔導士長に質問すると、思わぬ返事が返ってくる。
「魔法学校に入学中は国に勇者や聖女がいない状態になるだろう? 一応同盟措置として在学中は魔法学校から魔導士の派遣はされるが、国に対する常識や土地勘がないのは確かだからね、どこを優先的に守るかも国が決めてしまうし。万一君たちが在学中に故郷に何かあったら後悔するだろう、ここは異常な魔物暴走が発生した後だから放置するのはよくない。君たち自身の手で対処した後なら心置きなく魔法学校に行くことが出来ると思ってね」
思ったよりも自分たちに譲歩的な理由で面食らい、ルドーは思わずリリアと顔を見合わせた。
その様子が面白いのか、魔導士長はクスクスと笑いながら続ける。
「いやぁ、国を守る勇者と聖女だろう? 国に悪い印象持って国外逃亡されたら大混乱の元だし、実際勇者や聖女を蔑ろにして国外逃亡されて滅んだ国は歴史上いくつかある。国を守る二人に故郷を大切に思ってもらう事は悪いことじゃないからね」
国運営としても重要な事だと伝えられてようやく納得した。
確かに合理的な理由でもある。実際に滅びた国もあるならば尚更だ。
魔の森対処の理由説明を終えた魔導士長は、次に実際にどうやって魔の森を対処していくかの説明に入った。
「この規模の魔の森で勇者と聖女がいるなら、魔物を退治して浄化魔法で瘴気を払い、あとは木の剪定をすれば普通の森に戻る」
「えっ木の剪定いるんすか」
「瘴気は空気の淀みに近いからね、空気の循環を促せば発生しにくい」
実際そういう方法で小規模の魔の森を通常の森に戻した前例は少なからずあるらしい。
窓を閉めっぱなしの部屋が埃っぽく淀んだような空気になるのと似た現象なのだろうか。
その為に木の剪定をして空気が循環しやすい様に定期的に手入れをしていく必要がある。
「まぁそれでも魔物と対峙するリスクはある。幸いこの森はルドー君のおかげで大方の魔物が消滅しているから、あとは元々この森を住処にしていた魔物を対処すれば大丈夫だろうし、それならば規模も小さくなるから君達でも対処しやすいだろう、我々も調査があるからついでに同行できるしね」
普段から世話になっている村の人たちの危険が減るに越したことはない。
どうせ魔法学校に行くことが決定事項であるならば、生まれ故郷の村から離れる憂いは残さないほうがいいだろう。
そう言う事でルドーもリリアも魔導士長の提案に乗って魔の森浄化作業を開始したわけだ。
小規模の魔の森の魔物は基本森に入らない限り人間を襲っては来ない。成長する魔物が基本的に小さいからだ。
小型犬から中型犬くらいの大きさの魔物が大半で、一定ダメージを与えれば霧散して消える。
懸念点は年月が経って大型化した魔物がいるかどうかだ。
大型魔物は急所を狙って攻撃し、致命傷を与えないと再生してまた暴れ回る。力も強ければ純粋に人間より大きいのも厄介さを増していた。
幸いここの魔の森なら大型魔物がいても一、二体程度。
騎士隊長や魔導士長の交代監視、指導の元、ルドーは基本的な剣の振り方と、リリアは回復と浄化魔法のやり方を教えてもらいながらこの三ヶ月、ひたすら魔物退治をしてきた。
問題はこの五月蠅い聖剣だった。
どうやっても他の人間とは意思疎通出来ないらしく、やれ魔法を放てだ、剣の振り方がイマイチだの、やることなすこと文句を付けてくる。
言われるがまま魔法を使ってみて、ルドーごとまた丸焼けになること数回。
聖剣にゲラゲラ笑われながらブチギレてるリリアに回復されること数回。
なんとか出力先を剣先にイメージしてダメージを負わずに雷魔法を使えるようになってきた。
まだ数回に一度失敗するが。
リリアの方もルドーが何度も自爆するせいで回復の使い方が上達した。
最初は加減がわからず全力で魔力を使っては魔力不足で気絶していたが、少しずつ出力を抑える方法を覚えてきたので最近は気絶することもなくなっている。
浄化魔法の方はまだ狙いにくいようだが、少しずつ練度を上げてきている所だ。
まだ大型魔物を相手にするのは不安かなぁと魔導士長に言われていたが、聖剣がやりたいと暴れて雷魔法まで食らわせてきたので探していたところ見事に遭遇。倒すことに成功したのである。
「いやはや、聖剣様はスパルタだねぇ。でもこれで魔物の脅威はなくなったとみていいだろう、浄化も大分進んだし、あとは本当に木の剪定をすれば終了だね」
魔導士長がそういって徐に手を伸ばすと、激しい突風と風切り音。
突風に閉じていた目を開けると鬱蒼と茂っていた木々が見事に剪定され、太陽の光が差し込んで明るくなっていた。
『風魔法ねぇ、初歩的な奴だが威力は桁違いにデカいな。国のトップ魔導士は伊達じゃねぇってか』
聖剣が舌なめずりするような声色で呟く。
魔物に追われて入った頃とは様変わりして、気軽にキャンプしたくなるような明るい森になっていた。
瘴気も見当たらず、もう魔物の脅威も発生しないだろう。
「二人とも三ヶ月お疲れ様。必要最低限は出来るようになったし、後の詳しくは魔法学校で習えばいいだろう。期待してるよ」
魔導士長がパチパチと手を鳴らす。
何とも居たたまれなくてルドーは頭をかいてそっぽを向いた。