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第二百七十六話 亀の歩み

 



「うわああああああああ!」


 ルドーはエレイーネーの校舎廊下をひたすら爆走していた。

 背後からは、魔力で出来た多種多様の動物が大量に追いかけてくる。

 小脇に抱えたライア楽しそうに笑い、背中の聖剣(レギア)がゲラゲラと爆笑している。


 どうしてこんなことになったかと言うと、事の発端は朝のことになる。


 ◇


 勇者狩りの取り調べは、先生たちが担うことになった。

 その為ルドーたちはエレイーネーの日常生活に戻ったわけだ。


 ある朝、ルドーが食堂で朝食を食べようと廊下を歩いていると、突然腕をつかまれた。


「でぇっ!?」


 声を上げて一体何かとルドーは振り返る。


 見たことのある大人びた美人が、瞳を潤ませて両手で掴みかかってきていた。

 サラリと長い亜麻色の髪が、掴まれたルドーの腕にかかる。


「あー、えーと……デポージー、さん?」


 うろ覚えの名前をルドーが口にすると、美人はうるうるととても目立つ桔梗色の瞳に涙を溜め始める。


 基礎科のデポージーとは、ルドーは全科目合同訓練で見かけただけで、直接的な接点はなかった。

 確か優勝したチームのリーダーに無理矢理据え置かれ、美人な顔が台無しな勢いで泣き喚いていたような。


 ルドーがなんとか記憶を頼りに思い出していたら、デポージーの目の周りが赤く染まり始める。

 美人が泣く気配を感じたルドーは、弁明しようとバタバタと慌てた。


「えっ、あっ、俺なんかしたか!?」


「おっ、おっ、お頼みが、お頼みがあるんですぅー!」


 堪えきれずポロポロ涙を落としながら、デポージーはルドーの腕を必死に掴んでいた。

 思ったより掴む力が強くて、ルドーは振り払えない。


「なにあれ……」


「あれ、基礎科のデポージー・マグノフォリアじゃない?」


「一緒にいるのって、最近何かと話題の双子勇者の……」


 共通区画の廊下にいたせいで、他の科目生徒たちが何事かとひそひそと騒ぎ出した。


 誰がどう見ても、ルドーが縋り付くデポージーを泣かせたように見える体勢。


 聖剣(レギア)が心底楽しそうに弾けてクツクツ笑い始めた。


『おぅ、痴情のもつれか。泣かせるなんてルドーもやるようになったな』


「いや違うって、聖剣(レギア)! 身に覚えねぇから!」


「話を、話を聞いてくださいいいい!」


「ま、待て待て待て! 話は聞く、話は聞くから! 一旦場所を変えてくれ!」


 ひそひそと囁く声が大きく不吉になってきて、ルドーは慌ててその場から逃げるように、デポージーを引き摺っていった。


「――――行方不明になったペットの捜索依頼?」


「は゛、は゛い゛。み、見づからなぐっでぇ……」


 なんとか人気の少ない図書室近くの廊下に辿り着いたルドーは、グスグスとまだ泣き続けているデポージーから話を伺った。


 なんでも基礎科の生徒は、その高貴性から唯一、ペットの同伴を許可しているらしい。


 あくまで基礎科寮個室での飼育に努める。

 散歩が必要ならば、担任に許可を取って転移門から必要距離を。

 成績不振になれば、即座に許可は取り消し。


 かなり厳しい条件ではあるが、それでも連れてくる生徒は例年それなりにいるとか。


 そしてデポージーも、その制度を利用してペットを連れてきていた生徒の一人。

 昨日の夜までは確かに個室に居たはずのペットが、朝起きるといなくなっていたそうだ。


「自室と寮周辺、基礎科の校舎、共通区画、護衛科の校舎も頼み込んでぇ、探してもらったんですぅ。でもっ、でもっ、見つからなぐっでぇ……」


 ぐしゃぐしゃと美人を台無しにした顔で、デポージーは話す。


 大事なペットがいなくなったと分かった途端、デポージーは死に物狂いで、床をひっくり返す勢いで探した。

 部屋にいないとなれば寮を、そこから校舎をと、どんどん探索範囲を広げながら。


 デポージーには常帯している護衛科の生徒はいない。

 そこでデポージーは同じ基礎科のオリーブに頼み、彼女の護衛であるサンザカ経由で護衛科の範囲も探してもらったそうだ。


 しかしその範囲を探しても、ペットはどこからも見つからなかった。


「あー、それで俺に、魔法科と保護科の校舎を探してくれと」


「合同訓練でぇ……グスッ、顔を覚えていましたのでぇ……ひっく、なんとかしてくれないかと、思い、思いましてぇ……」


 しゃくりあげてぐずつくデポージーに、ルドーは小さく息を溢す。


 基礎科と護衛科の範囲に、共通区画。

 ここにいないとなれば、あと残されているのは魔法科と保護科の校舎だ。


 デポージーには、魔法科の知り合いはいない。

 そこで誰が魔法科だったかと必死に思い出した結果、全科目合同訓練で全チームの助っ人役だった、ルドーの顔が思い浮かんだという。


『なんでぇ、ペット探しか。つまんねぇの』


「そう言うなよ、聖剣(レギア)。ペットってどんな動物なんだ?」


 落胆し始めた聖剣(レギア)を嗜めつつ、ルドーは目を擦るデポージーに優しく声を掛けた。


 ペット探しをするにしても、その特徴が分からなければ探しようがない。

 するとデポージーは、当然聞かれると思っていたのか、一枚の写真を取り出した。



 ルドーがそれを見た瞬間、困惑でしばし瞬いた。



「……亀?」


「どこにいったの、ロドリゲスちゃん……」


 涙を浮かべて溜息を吐くデポージーの様子から、間違いではないらしい。


 写真に写っていたのは、手のひらに収まるほどの大きさをした、大きなリボンが巻かれた――――



 ――――水亀。



 よく池やら川やら湖やらに生息している、一般的な水棲の亀そのものだった。


「……いや、亀ってそんなに移動早いか?」


『知るか』


「お゛願゛い゛し゛ま゛す゛ぅ゛! 私には大切な家族なんですぅ!!!」


 ずびずびと鼻をすすりながら、デポージーはルドーの手を両手でガシっと掴み込んだ。


 曰く、デポージーが五歳の時、父親が三センチほどの小さな亀を領地で捕まえ、お土産に持ち返って来たらしい。


 それからは仕事で屋敷にいることが少ない両親の代わりの家族として、それはそれは大事に育てていたそうだ。


 毎日水を変え、温湿度に気を使い、エサは手から直接。

 リボンは毎日柄を選んでは結び付ける、過剰なほどの可愛がりぶり。


 ルドーはデポージーからそんなロドリゲスちゃん事情を、捲し立てられるように説明されて閉口した。


「――――というわけで、昨日もロドリゲスちゃんは可愛らしく目を細めて水浴びをせがんできましてぇ!!!」


「わ、わかった! 探す! 探すし、他の奴らにも聞いてみるから!」


 涙目で迫ってくるデポージーに、ルドーは両手で牽制しつつ、そう伝える他なかった。


「……で? その亀の捜索を頼まれたからやってるの? お兄ちゃん」


「そ、そうだって。物凄い勢いで言われて、断り切れなくって……」


 怪しい笑顔を浮かべたリリアに、ルドーはたじろぐ。


 デポージーの勢いに押し切られたルドーは、とりあえず見慣れた魔法科の範囲から探すことにした。

 そこで共通区画の廊下から簡易転移門をくぐったところで、先程の食堂付近での騒動を聞きつけたリリアが、ニッコリ笑って待ち構えていたのだ。


 ルドーが腕を掴まれて、美人に縋りつかれて泣かれている。

 場所が近かったこともあり、今朝の食堂はそんな話題で持ち切り。


 それが朝食にやって来た、双子の妹であるリリアの耳に入ってしまった形だった。


 ルドーが両手を振り回して必死の弁明を図ったお陰か、リリアはようやく納得したように大きく息を吐いていた。


「……わかった。私も探すの協力するよ」


「ほ、ほんとか?」


 普段の柔らかい表情に戻ったリリアを見て、ルドーは九死に一生の気分に至る。

 そんなルドーの調子に、リリアは溜息を吐いて首を振った。


「うん。どっちにしろ、エリンジくんも探さないといけないし……」


「エリンジも? どうかしたのか?」


「それが、ここ数日あちこち動いてるのか、全然捕まらなくって……」


 パシフローの報告書を書かないといけないのに困ったなぁと、リリアは頬に手を当てた。

 リリアの話に、ルドーは不審に思って片眉を吊り上げる。


 エリンジは基本授業外では、自身を高めるために運動場で自主訓練か、自室か図書室で様々な本を漁っている。


 基本的にあまり動きがない奴なので、探そうと思えば見つけることは容易い。


「……聖剣(レギア)、エリンジは?」


『この範囲にはいるぞ。ただ、動き回ってることは確かだな』


 魔力の反応が分かるかとルドーが問いかければ、聖剣(レギア)がパチリと弾ける。


 どうやらエリンジは魔法科の範囲内にはいるが、いつもと違って動き回っているらしい。

 なにか新しい訓練方法でも試しているのだろうか。


『まぁ亀探してりゃ、その内会えるだろ』


「場所教えてくれてもいいのに……」


「どうせエリンジも移動してるんだろ? だった動いたほうが見つかりやすいって」


 聖剣(レギア)の投げやり発言に頬を膨らませたリリアを、ルドーはなんとか慰めつつ、亀、ロドリゲスの捜索を始めた。


「亀ー? 見てないけどー」


「そもそも、ここに、亀、入れる?」


 魔法科校舎の廊下を歩いた捜索の傍ら、両手いっぱいにデザートを抱えたメロンと、一緒に歩いていたイエディに遭遇した。


 ルドーとリリアは早速二人に聞いてみたが、揃って見ていないと首を振る。


「言われてみりゃ、簡易転移門通らないとなんだよな……亀、通れんのか?」


「どうなんだろう……人じゃないし、防犯の対象外なのかな」


 イエディの指摘に、ルドーはリリアと揃って首をひねる。


 それぞれの科目の校舎移動は、共通区画から常時発動している簡易転移門を通る必要がある。

 これは以前基礎科の生徒を装った侵入者が、当時の聖女を害そうとしたための防犯措置。


 だが確かに、人には効く防犯魔法も、亀などの動物に効くのかは定かではない。


 そもそもエレイーネー本校の校舎は浮遊城で、上空に存在しているから、本来野生動物が侵入する隙が無い。

 ひょっとするとその点からも、動物の移動は考慮されていないのかもしれない。


「そう考えると、亀も簡易転移門をくぐれたりするのか?」


『知らん。知るわけがない』


 ルドーの簡易転移門に対する疑問に、聖剣(レギア)も専門外だと匙を投げた。


「うーん、でもでも、魔法科と保護科の場所以外は全部探したんでしょー?」


「謎、不思議、ミステリー」


「うーん、もうちょっと別のとこ探してみるか」


「二人共、もし見かけたら教えてね」


 廊下付近では見かけていないという二人の報告を元に、ルドーとリリアはメロンとイエディと別れた。


「え? 何、亀探し?」


「ハイハイハイ、亀は見ていないです!」


 次は寮の方向でも見てみようかと足を運んだ先で、ルドーとリリアはヘルシュとウォポンを見かけて声を掛けた。


 だが二人も、それらしい亀は見かけていないという。


「基礎科はペット可だったんだなぁ。フランゲルが知ったらまた喚きそうだなぁ」


「あれ、そういやフランゲルは? なんかパシフローの途中から見てないけど」


 ペットに関してぼやいたヘルシュに、ルドーはつい反応してしまった。


 フランゲルはパシフローでの歌姫候補選考で、リリアやエリンジと同じ準備作業組だったはずだ。

 だが途中から、フランゲル一人だけルドーは姿を見ていない。


「あー、なんか母国のシュミックで何かあったみたいで。その連絡交換で途中から離脱したんすよ。そんで今も寮の自室で連絡中」


「ハイハイハイ、ちょっと様子見に行くところでした!」


 ヘルシュとウォポンから初めて聞く話に、ルドーはリリアと顔を見合わせ、聖剣(レギア)が怪訝そうにパチリと弾ける。


「シュミックで問題ごと……?」


「俺たちも詳しくは知らないんすよ、守秘義務がどうとかで。フランゲルはもうちょっと確証が入ってからだとか言ってましたけど」


『ほー、現時点だとまだ情報が足りないってか』


 ヘルシュの説明に、聖剣(レギア)がパチパチと理解して弾ける。


 どうやら北東の島国シュミックで何かしらあったらしいが、世間一般に公表するには確定情報が足りない段階らしい。

 それで万一動くことになった場合に備えて、フランゲルはシュミック第三王子の勇者という立場から、連絡を取りつつ自室待機しているようだ。


「まぁ、なんかありましたらすぐ報告しますんで」


「分かった。こっちも亀がいたら教えてくれ」


 不穏さを漂わせつつも、ルドーとリリアはヘルシュとウォポンに手を振ってその場を後にする。


「あっ、トラスト、亀って探せるか!?」


「亀? 亀ですか?」


 男子寮から今度は女子寮付近を探してみようと、ルドーはリリアを前にして進む。


 すると女子寮の入り口付近で、大量の丸めた紙の束を抱えたトラストとビタを見つけた。


 トラストの役職観測者で、亀を発見することは可能か。

 二人を見て思いついたルドーがそう聞けば、トラストとビタは不思議そうに振り返る。


「校舎内に亀が脱走? 全くもうなにしておりますのよその方、これだから未熟な方は」


「出来なくはないですが、うーん、動物反応ありましたっけ……」


 ルドーの説明を聞いた途端に機嫌が悪くなったビタを放置して、トラストは魔法を発動し、眼鏡の中の栗色の瞳を黄色に変える。


 説明を元に魔法科と保護科の校舎に限定して視線を動かすトラストを、ルドーはリリア、ビタと共に眺める。


 しばらくして、トラストがはてと首をすくめて眉を寄せた。


「亀かどうかはわかりませんが……なんか、変な魔力が飛んでますね」


「変な魔力?」


「はい。すごく小さい……なんでしょうこれ。観測者を使っても、魔力情報しか出て来ない……」


 そう言ってトラストは、黄色く瞳を光らせて、何かを視線で追いかける。


 小さい何かが、魔力を帯びて飛んでいる。

 観測者でも魔力情報しか出て来ないなら、それは役職持ちでもないし、魔法を使っている訳でもない。


 浮遊魔法か何かで動いている対象を、偶然捉えたのだろうか。


 役職もなく魔法を使っていない以上は、いくら観測者で調べてもわからない。

 トラストは無念だというように、ゆっくりと目を閉じた。


「すいません、亀はちょっとわかりませんでした……」


「いや、トラストも直接見たことあるやつじゃないだろうし、いいって」


「ところで二人とも何持ってるの?」


 亀についての話がひと段落したところで、リリアが二人が持っている紙の束を指差した。


「これですか? エレイーネー本校の地図です」


『地図だぁ?』


「本来持ち出し禁止なのですが、寮までの間と、確認作業で一日だけ許可してもらいましたの」


 トラストの返答に聖剣(レギア)が声をあげる中、ビタがさらに詳しく説明する。


「ロイズさんから相談を受けましたの。最近ライアさんが元気がないと」


「ライアちゃんが?」


「なんかあったのか?」


「それが……秘密のお友達と、最近お話出来て居なくて寂しいとかなんとか……」


 訝しむようなトラストの発言に、ルドーはあれ、と腕組みして上を向いた。


 そういえばいつだったか。

 ライアがかくれんぼして見つからなくなった時、秘密の友達が出来たとか言っていたような。


「秘密のお友達というので、ロイズさんも詳細は分からないそうなんですの」


「でも、引っ込み思案で隠れているなら、とりあえず隠れられそうな場所を探してみようかと」


「それで地図を見てみようって話になったんだね」


 ビタとトラストの話を聞いて、リリアが納得するように両手を合わせた。


「ちなみに亀が好みそうな水場ってあったりするか?」


「噴水とかも見当たりませんし、わかりませんね……」


 地図を広げたついでにルドーが尋ねるが、トラストは地図を広げつつも否定を述べた。


 がっくりと項垂れたルドーは、女子寮にも結局亀はいなかったと結論付ける。


 エリンジの普段と違う行動。

 フランゲルとシュミックの問題。

 浮遊する謎の魔力反応。

 ライアの言っていた秘密の友達。


 不審な情報ばかりが積み上がりながらも、ルドーは亀、ロドリゲスを探そうとリリアと次の場所を目指した。


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