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第二百七十四話 想定外の飛び立ち

 

 なにもかも想定通りにいかなかった、ソラウ王国の歌姫候補選考。

 中でも一番の想定外は、ノスタシア(ノースター)のその後である。


「ノスタシアちゃああああん! こっち見てええええええええ!!!」


「微笑んでええええ!」


「ファンサしてええええ!」


『もう女装してないのになんでぇ(´;ω;`)』


 恐ろしい熱量で敷地外の柵から、ノースターに向かって叫び声が上がる。


 なんでもノースターのトレードマークのグルグルメガネは、単純に顔面を隠すためだけに使っていたらしい。

 ノースターが美しい素の顔面でいた幼少期、何度も誘拐に遭いかけたとか。


 その為身の心配した両親がグルグルメガネをかけて外すなと命じ、追いかけが多い人間関係をリセットするために、ソラウ王国からトルポに移住したそうだ。


 ノースター本人は魔法薬以外これっぽちも興味がなく無頓着だったので、なんか騒がれなくなったなぁと、そのまま忘れ去っていた。


 しかしそれが今回、歌姫候補選考への潜入とはいえ、その隠していた美貌の解放。

 後光が常に射すような光の波紋、何をしても絵になってしまう絶世の美。


 選考から外れても、ノースターは近年稀に見る絶世の美少女っぷりで、一瞬にして熱烈なファンが発生。


 さらにアリスキャッテの会場は、ソラウ王国で信仰のある歌姫の候補選抜で、王宮にも注目されて中継されていたらしい。

 ソラウ王国の王侯貴族も、画面越しでも神聖視されるノスタシア(ノースター)の現場映像に、かなりの数が射抜かれてファンと化したそうだ。


 そしてノースターにとって厄介だったのは、パートナーであるカゲツの存在である。


「ほらほら、熱狂的に求められてますや。泣いてないでファンサですや。手を振ってウィンクでも、この角度が最適ですや」


『やだよぉ(´;ω;`)』


「何を言いますや。魔法薬調合の立派なパトロンになり得るですや。魔法薬で稼ぐ気がない以上、これまで散々貢がせてきた、魔法薬の素材薬草の材料代くらいもらいますやよ!」


 黒い笑顔でニッコリ笑い、チャリンと指でお金のポーズをしたカゲツに、ノースターが追い詰められていた。


 なんでもノースターは今までカゲツに、無償で魔法薬の材料を調達させていたらしい。

 任意の植物を魔力で生やす、カゲツのハーブセラピストの役職にかこつけて。

 しかしカゲツの役職デメリットは、使い過ぎると唐辛子爆弾が生成される、かなり恐ろしいもの。


 カゲツの反応から、今までかなり無茶をさせて材料調達をさせていたようだ。

 ルドーが以前カゲツから聞いた話から、ノースターはカゲツを騙し討ちして未承認で治験もさせていた。


 そのためノースターはカゲツの主張に頭が上がらない。


 脅すような黒い笑顔を浮かべたカゲツに、ノースターは屈した。

 叫び声をあげる民衆に渋々、ノースターはギギギとブリキのような音を立てながら、なんとか片目を瞑る。


 後光が射す絶世の美形から放たれる、慣れない仕草の、引き攣ったウィンク。

 叫び声をあげていた民衆たちは、ノースターの美形に当てられて、はう、やら、ほう、やら、溜息を吐いてバタバタと倒れていった。


『なんなの(; ・`д・´)』


「一ウィンクでざっと五十人ほど倒れましたや。将来性がかなり高いですやね」


 困惑の表情を隠せないノースターの隣で、カゲツが倒れた人数をカウンターでカチカチ数え上げながら、金の臭いをビンビンに感じ取っている。

 ノースターの人気の急上昇振りは、もう抑える事は出来なさそうだ。


「結局連中は出て来なかったか」


 アリスキャッテ入口の石畳敷地に戻って来たルドーたちに、エリンジがそう言って無表情に近寄ってきていた。


「あぁ。ゲリックが言うには、どうにも最初から出て来ないだろうって憶測だったみたいなんだよな」


「奴が言い出したのにか?」


「あくまで俺たちを引っ張り出す口実で、本命は勇者狩りの方だったみたいだ」


「なら最初からそう言えばいいものを」


 ルドーが周囲を見渡しながら答えると、エリンジの無表情の眉間に皺が寄った。


 最初は連中、女神深教の動きを探るためと聞いていたのに、話が違う。

 勇者狩りが相手ならば、ゲリックが最初からそう言ってくれれば、ルドーたちもそのつもりで対応しただろうに。


 騙し討ちのような所業で一気に機嫌が悪くなったエリンジは、ゲリックに対してブツブツ効率が悪いなどと文句を羅列し始めた。

 エレイーネーに戻ったらゲリックに問い質すつもりだろう。


「お兄ちゃん、怪我は?」


「リリ、怪我してないから大丈夫だって……大丈夫だって!」


 エリンジの後ろから駆け寄って来たリリアに、ルドーは手をあげて応えた。


 安心させようとかけたルドーの言葉は、リリアには全く信用されていないようだ。

 リリアはルドーの返事も生返事に返し、あちこちペタペタ触っては回復魔法をかけようとする。


 一通り調べて、ルドーの言う通り怪我がないと理解したのか。

 ようやくリリアがげっそりし始めたルドーから離れた。


「大丈夫だって言ってるだろ」


「お兄ちゃんは大丈夫じゃなくてもそう言うもん」


『まぁ普段から無茶苦茶してっからなあ』


 いつもみたいに引っ叩かれなくてマシだと、聖剣(レギア)がクツクツ笑い声をあげた。


 ルドーの抗議に、リリアはルドー自身の日頃の行いから、そう言い返して頬を膨らませている。

 身に覚えしかないルドーは、返す言葉を失って閉口した。


「勇者狩りが相手だ。多少無理はしたんじゃないのか」


「それが勇者狩りは、思ったより戦う気がなかったんだよ」


 エリンジの疑問にルドーはそう答えて視線を向ける。


 捕まえた勇者狩りは、ネルテ先生の魔力の拳に再び捕まれ、レッドスパイダー先生に押さえつけられていた。


 レモコに追わされた負傷もそのままだが、頭に埋め込まれた魔道具を強引に引き抜き、それでもルドーに襲い掛かったかつてを知っていれば、嫌に大人しい。


 羅針盤を素直に差し出してきたり、勇者狩りは以前と違って、勇者を狩る目的意識が揺らいでいるのだろうか。


「そんであの勇者狩りは、どうなるんだ?」


「搬送するのが本来だろうが、奴が入っていたシジャンジュ監獄は破壊されたままだ。スレイプサス監獄も一度破壊された為あやしいが、かといって残りのグルバネット監獄に入れるのも……」


「一極集中しすぎてよくねぇか」


 勇者狩りの処遇を、ルドーはエリンジと考える。


 元々勇者狩りが収監されていたシジャンジュ監獄は、女神深教の厄祈願(やくきがん)に破壊された。

 スレイプサス監獄も同様に先に破壊されたが、その時はまだ正体が露呈していなかった歌姫、クロノが、厄祈願(やくきがん)が立ち去った後に修復したから、なんとか運用できている。


 ただ一度襲撃された懸念から、新しく収監される犯罪者は、三大監獄で残りのグルバネット監獄に送られていた。


 三大監獄として運用していた重度犯罪者が、そうして一つの監獄に送られるようになった。

 なのであまり長期化すると、獄内のパワーバランスが崩れる。


 そんな状態に勇者狩りを収監するのも懸念の方が強い。

 野放しも良くないが、捕まえた後も勇者狩りの扱いは難しくなっていた。


「お兄ちゃん、クロノさんどうかしたの?」


「あー……ちょっと色々あって。ここじゃ言いにくいから、後で説明するよ」


 くいくいとルドーの袖を引っ張って来たリリアに、ルドーはそう短く応えた。


 リリアの視線の先には、少し離れた場所でカイムが機嫌悪く顔を顰め、赤褐色の髪でクロノを指して喚き散らしている。


「だからさっさと先に戻ってろよ!」


「今戻ったら逆に怪しいじゃん」


「負傷したことにでもすりゃいいだろ! 実際てめぇ色々ギリギリなんだしよ!」


「目立った怪我もないのに、逆に目立つじゃん。もう大丈夫だから気にしないでよ」


「強がりもいい加減にしろや!」


 カイムはクロノを気遣って、先にエレイーネーに戻るよう指示しているようだ。

 しかし一人先に戻ることで勘繰られることを恐れて、クロノはカイムの提案をガン無視している。


 ハイシェンシーがクロノが歌う場面を目撃したことで、視覚と聴覚を魔法接続していたバンティネカに、クロノが歌姫であることがバレた。


 クロノが正体を黙っていた詳しい事情は、女神深教という狂信的で危険な組織が絡んでいる。

 その為基礎科担任のヘーヴ先生が、クラスを受け持っていることもあり、バンティネカへの説明に回っていた。


 歌姫本人ではなく、周囲の人間が女神深教に狙われる。

 先代歌姫だった幻術団団長という、ソラウ王国単体では解決しきれなかった問題も絡んでいたので、説明は難しくなかったようだ。


「要するに、その危険な組織の問題を伐根的に解決しなければ、歌姫は表だって出てくることが出来ない。ということですわね」


 別室でヘーヴ先生の説明を聞いたバンティネカは、そのように答えたという。


 歌姫に依存的なソラウ王国国民を憂いて、バンティネカは歌姫否定派に属していた。

 国民に危害が加わる可能性を鑑み、クロノの正体はしばらく秘匿する方向で話はまとまったそうだ。


 元々今回の歌姫候補の最終選考は、勇者狩りを捕まえること。

 だが同行していたエレイーネーが捕まえたことで、選考はうやむやになった。


 なので歌姫は今回の選考では基準を満たさず現れなかった、という話に落ち着くようだ。


「トロープ公はー……やっぱもう帰ったのか」


「身内が亡くなったんだ。仕方ないだろう」


 周囲を見渡すように首を振って確認したルドーに、エリンジがそう答えた。


 今回はソラウ王国側で提示した歌姫の基準が満たされず、選考は不発に終わった。

 この話は歌姫候補を募集して選考を主催した、トロープ公が離脱したことも大きい。


「トロープ公は、肉親が、あのご老婦人だけだった」


 エリンジと話していたルドーに、少し離れた場所でメロンと一緒にいたイエディが声をあげた。


 イエディの実家ははソラウ王国のルッツ伯爵家。

 その為ソラウ王国公爵家であるトロープ公の流れてくる噂も、ある程度耳にしていた。


 先々代トロープ公爵が例の老婆が女性の時に屋敷に隔離してからというもの、トロープ公爵家はかなり荒れたらしい。

 正妻が既に一男一女をもうけていたのに、先々代トロープ公爵は後継もそっちのけで、隔離した部屋に入り浸った。


 なんとか後継、先代トロープ公爵が継いだものの、隔離先で女性との間に子をもうけ、先代トロープ公の婚約に色々と口出ししてきて、破談に追い込んでいったそうだ。

 おおよそ女性との間の子の血筋に、公爵家を継がせたいという欲が出てしまったのだろう。


 そんな泥沼な家庭環境で生まれ育った今代のトロープ公は、当然先代に事あるごとにいびられ続けた。

 両親を早くに亡くし、老齢となった先々代トロープ公に訴えても、泥沼が加速して悪化する。


 自然と今代トロープ公の逃げ場所が、祖母である老婆の隔離部屋になっていった。


「貴族の暮らしって、なんかぐちゃぐちゃなんだな……」


「こじれる前に対処しないのが悪い」


 イエディの説明に声を震わせたルドーに、エリンジはジュエリ王国の同じ公爵家として、対処が甘いとふんと鼻を鳴らす。


「そうは言っても、相手が家で一番の権力者じゃ、一筋縄じゃいかないよ」


「実際、かなり厄介だった。だから今代のトロープ公は、若い内から、実績をたくさん積んで、先代にも文句を、言わせないよう、追い出せるだけの、体裁を整えた」


 エリンジを嗜めるリリアに、イエディは賛同を示した。


 先々代の血を引くとはいえ、今代のトロープ公は、愛妾から生まれた孫に当たる身。

 正式な婚約から結婚を経た正妻が生んだ後継、先代トロープ公爵とは立場が違った。


 それでも先々代が裏で手を回し、先代の結婚を妨害したため後継を作れず、先々代の思惑通り、今代のトロープ公が後継に指名された。


 このままでは身が危険に晒されるかもしれない。

 そう考えた今代トロープ公は、その老婆である祖母に、更に頼りきりになっていったそうだ。


「先々代が亡くなり、先代も屋敷から追い出して、今代トロープ公は、ようやく自由を手に入れた。そこで今代トロープ公は、年老いた祖母に恩返しをしようと――――」


「――――ソラウ王国で強く信仰のある、歌姫を探し出そうとしていた、か」


 イエディの説明に、ルドーたちはそもそもなぜトロープ公が歌姫候補の募集を掛けたのか悟った。


 今代トロープ公の年老いた祖母は、先々代が亡くなったっことで、ようやく隔離部屋から自由に動き回れるようになった。

 しかしその時点で老衰していて、車椅子での移動を余儀なくされていたのだとか。


 長年の監禁生活と、年齢による痴呆も症状として現れ始めた。

 年齢も年齢の為、老婆が亡くなるのは時間の問題。


 せめて残り短い余生だけでも、正気となって世界を見てほしかったのか。

 それともそもそもの老衰を覆し、監禁前の自由を謳歌して欲しかったのか。


 トロープ公が歌姫に何を求めていたのかもわからぬまま、老婆は団長との再会を果たし、晴れ晴れしく亡くなっていった。


『当人に取っちゃ残酷なもんだな。恩返ししようとしたら、今際の別れになっちまったんだから』


 溜息のようにパチリと弾けた聖剣(レギア)に、ルドーもやるせなさを抱いた。


 幻術団の魂たちが空に舞い上がって消えた後も、トロープ公は老婆の亡骸に縋りついてすすり泣いていた。


「とっても大事そうに抱えて行ったよ。多分こっちには戻らないんじゃないかな……」


 イエディの肩に抱きついたメロンが、そうルドーたちに報告する。


 トロープ公は、老婆の亡骸を恭しく抱きあげて、つい先程一足早くアリスキャッテを離れたそうだ。


 監禁された愛妾で、身内の幻術団も天に召した。

 大体的に葬式をあげることも出来ない以上、トロープ公がひっそりとあげることになるだろう。


「大丈夫ですの? その、目撃されてしまったじゃありませんの」


「あの様子ですと、しばらくは亡くなった反動で気に病むかと。不謹慎な言い方ですが……」


 ルドーたちのすぐ傍で、ビタとトラストが話し合っていた。


 確かにビタの言う通り、トロープ公にはクロノが歌う所を目撃されてしまっている。

 ただトラストが話す通り、トロープ公は祖母が亡くなった反動で、しばらくは落ち込むだろうことが予想された。


 元々恩返しをするつもりでの歌姫選考だ。

 肝心の恩返し相手が亡くなってしまったのでは、どうしようもないだろう。


 その辺りのトロープ公の動向は、ソラウ王国の事情も絡むので、バンティネカの周辺に頼む他なかった。


「一体どういうことだぁ!!!」


 突き抜けていくような怒鳴り声が聞こえて、ルドーたちは一斉に振り返る。


 今回ノースターを変装させ、ソラウ王国での推薦を後押ししてもらった、イエディの父親ルッツ伯爵が、ドスドスと足音を響かせつつ近寄ってきていた。


「選考を落としただと!? この役立たずが! お陰で私はこの場一番の笑いものだ!!!」


 そう叫ぶと同時に、ルッツ伯爵はイエディに大きく手を振りかざした。


 バシッと叩く音と共に、イエディが地面に倒れ伏し、メロンが大きく悲鳴をあげる。


「イエディ! ちょっと、なにするのよ!」


「うるさい! 家の事情だ、この役立たずに躾けているだけだ! よそ者が口を出すな!」


「嫌だよ、聞いてやるもんか! イエディは私にとって大切な人なのに!」


「メロン……」


 さらに激昂して手を振り上げたルッツ伯爵から庇おうと、メロンがイエディに覆いかぶさった。


 ルッツ伯爵は、ノースターが変装した姿を歌姫であると確定付け、周囲にそれはそれは偉そうに豪語して振舞い続けていた。


 しかしそもそもノースターは最初から偽物として、歌姫選考に潜り込んでいる。

 当然最終選考を突破するはずはないのだが、そこで大声で歌姫を豪語して後押ししていたルッツ伯爵は、周囲から失笑と嘲笑の的に晒された。


 受けた恥辱に対する怒りのはけ口を、ルッツ伯爵はイエディに一心に振り下ろしていたのだ。

 その動きは今まで当たり前のようにそうしてきたと、誰が見ても分かる動きで。


 イエディは家と折り合いが悪いとルドーも聞いていたが、いくらなんでもこれはやり過ぎだ。


 ルドーは慌てて、エリンジと共にイエディとメロンの前に回り、ルッツ伯爵に立ち塞がった。


「大声であちこち勝手に吹聴してたのはそっちだろ!」


「根拠もなく言いふらしていたのはそちらだ。こちらはあくまで条件に合う人物を連れてきたまで、暴力を振るわれる謂れはない」


 ルドーとエリンジは、そう言ってそれぞれが武器を構えた。

 バチバチと雷が唸るルドーの聖剣(レギア)と、ギラリと虹色に魔法色が光るエリンジのハンマーアックス。


 威圧的な光景を真に受けて、ルッツ伯爵はたじろぐように後退った。


「えぇい、家の問題だぞ! 部外者は引っ込んでいろ!」


「そうも言ってられないよ。確かに家の問題でもあるけど、イエディは同時にエレイーネー(うち)の生徒だ」


 唾を飛ばしたルッツ伯爵に向かって、別方向から静かな声が飛ばされた。


 ルドーたちが横を向くと、そこにはいつもの笑顔を引っ込め、凄みのある表情を浮かべたネルテ先生が立っていた。


「私の預かる生徒だ。家の問題だというならば、躾と主張するに足る理由を述べてくれるかい? 今のやり取りを見る限り、貴殿の八つ当たりにしか見えなかったけどね。ルッツ伯爵」


 いつも通りの口調と会話なのに、ネルテ先生の笑顔のない凄みの圧力は尋常ではなかった。

 大事な生徒が理不尽に暴行を受けて、全身で怒りを顕わにしている。


 両腕を組んで近寄るネルテ先生に、ルッツ伯爵はダラダラと冷汗を額から落とす。

 実際躾というのは建前、普段からルッツ伯爵は、気分次第でイエディに暴行を加え続けていたのだろう。


 それを証明するかのように、イエディはいつものことと、地面でじっと丸まって動かない。


「どこまで、どこまで私を馬鹿にしたら気が済む。えぇい、もうお前など我が家に必要ないわ! 勘当する、二度と私にその辛気臭い面を見せるな!」


 捨て台詞を吐いて、ルッツ伯爵は逃げるようにドスドスと足を踏み鳴らしてその場を後にした。


「……えっと」


『とんでもないことになったな』


 聖剣(レギア)のパチパチ弾ける声にも、ルドーはなんと言えばいいのか分からない。


 反省を促すつもりが、まさかルッツ伯爵がこんなにあっさりとイエディを切り捨てるとは、ルドーは思いもよらなかった。


 ルドーは目の前で起こった出来事が信じられず、呆然と地面に丸まるイエディを凝視する。

 駆け寄ったリリアが即座に回復魔法をかけているイエディも、呆然と走り去ったルッツ伯爵の方向を見ていた。


「……どうしよう、帰るところ、無くなった」


「あぁもう! あんなムカつく暴力男のところに帰る必要はないの、イエディ!」


 狼狽えるように視線を下げたイエディに、メロンがガシっと両腕を掴む。


「うちにおいでよ、イエディ! 歓迎するから!」


「え?」


「養子でもなんでも! 私が面倒見てあげるから、一緒にいようよ、イエディ!」


 そう言って左手をブンブンと振り回し始めたメロンに、イエディと共にルドーたちは呆気に取られていた。

 しかしそんなイエディとメロンの様子を見て、ネルテ先生がケラケラ笑い始める。


「そうだね、イエディ。別に気に病んでまで無理に家にこだわる必要はない。将来を考える時間はエレイーネーにたっぷりある、どうしたいかじっくり考えな」


 イエディはそう言って笑うネルテ先生の顔を呆然と眺めた後、メロンに引っ張り立たされる。


 色々と想定外ばかりが続いた歌姫候補の選考は、この最後のいい意味での想定外で幕を下ろした。


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