第二十四話 想定外は続く
五メートルほどの高さから落下して背中から落ちたルドーは、流石にダメージが入ってしばらく身悶えた。
衝撃で頭がくらくらと脳震盪を起こしそうになる中、耳鳴りする頭をゆっくりと振って痛みに耐えながらなんとか身体を起こそうと無理矢理力を込めた。
「あーっててててて……」
『あぁースッキリしたぁー』
頭を押さえながらもどうにか起き上がったルドーだが、上から響いて来る振動にはっと我に返った。
良くない物から抜いた影響でいつもの調子に戻った聖剣が衝撃の様子から確認してくる。
『あの狼野郎がいるって?』
「あぁ、今上でネルテ先生達が戦ってる、戻らねぇと……って穴どこだよ!」
改めて上を見上げたルドーが叫ぶ。
真っ暗で何も見えないせいで上から降り注ぐ水路の水音と戦闘による振動音こそわかるものの、落ちてきた穴がどこかなど皆目見当がつかない。
大分広い空洞なのか、ルドーの叫びも無駄に響いている。
先程聖剣を掴んだ時の雷の光でも天井が見えなかった。
試しにもう一度軽聖剣を振って雷魔法を出してみたが、かなり天井が高いのか当たるまでに時間がかかった上、遠すぎて穴も視認できなかった。
『まぁーっくらだな、お前灯り用意できるか?』
「俺のデメリット知ってるだろうが、戦闘以外で魔法使うと全部失敗する」
勇者としての役職を得た時、村で魔導士長に鑑識魔法を使って説明された。
魔物など敵と認識した相手には威力が格段に上がるのがルドーの勇者としての役職の効果だが、デメリットは今まで使えていた生活魔法の類が全てポンコツになって失敗するというものだった。
実際言われて村で一通り試してみたが、今まで使えていた簡単な日用魔法が何一つ成功しなかった。
リリアと違ってルドーが通信魔法を使えない理由もこれにあった。
『そういやそうだったな、こう暗いと敵認識できるもんもねぇか』
「あんま悠長なこと言ってられねぇんだが……」
上からの衝撃音の間隔がどんどん短くなってきている。戦闘が激化している様子だ。
水路に飛び込む直前も、ネルテ先生がわずかに押され始めたのを見ている。
飛び込んでからそれなりに時間が経っている今、あまり猶予は残されていないだろう。
早く戻って加勢しなければならないのに、戻る手段が見つからずにルドーは焦るばかりだ。
『もう見えねぇならいっそ感覚でやっちまうか』
「おまえいつもそれだな、だからそれが分かんねぇんだって」
『知らねぇよ、でも見えねぇなら多分同じだろ』
「同じってなんだよ!」
『敵の気配を探ってみろって、いいからやってみろ』
敵の気配、敵と認識してやればルドーも魔法として使えるという事だろうか。
感覚でやるという事が何を意味するのか、今一よくわからないルドーは混乱するが、聖剣を両手で握り直して深呼吸し、先生たちがいるであろう上に視線を集中して気配を探る。
じっと探るように見続けていると、上の方にある魔力の塊が複数あるのをじんわりと感じ取ることが出来た。
初めて見る感覚に思わずルドーは目を見開いて声を漏らした。
『そうそうそんな感じだ。あとは敵と味方を区別しろ』
「こんなのもっと詳しく言えよわかんねぇよ」
『だから感覚でやるしかねぇんだって』
「それがわかりゃ苦労しねぇんだって」
相変わらず周囲は真っ暗で何も見えないし、魔力が複数あるのがぼんやりとなんとなくわかるだけでどれが誰だか皆目見当がつかない。
そういえばイエディと呼ばれていた少女が相手の狼男の方の魔力が多いと言っていた。
となると一番魔力が多いのが狼野郎か。
集中してよくよく見ようとすれば、確かに攻撃に使っていた赤黒い魔力が見えるような見えないような。
距離があるせいでこれ以上は上手く探れなかったルドーは、もはやヤケクソ気味に叫ぶ。
「えぇい考えてる時間がねぇ! 一発行くぞ!」
『それでこそだぜルドー!』
昨日と同じ要領だ。
聖剣の魔力を抑えずに剣先に集中させていく、一番大きい赤黒い魔力に狙いを定め、大声を上げながらすべてを放出する感覚で大きく一振りした。
『雷閃!』
初めて使った昨日から考えていたのか、聖剣が勝手に技に名前を付けて大声で叫んだ。
剣を振りながら思わずなんだそれとルドーは突っ込んだが、ゲラゲラ笑う聖剣は気分だというのみ。
剣先から放たれた超極太のレーザー、雷閃が天井撃ち抜いて、狼野郎に直撃したのが激しい雷光で遠くからでも見えた。
昨日よりも威力が少し上がっているのか、激しい雷光に焼かれて狼野郎が大声を上げているのが見えたと思ったら、その周囲の石畳が衝撃で崩壊して大穴が開き、水路の水に巻き込まれて全員上から落ちてきたのが見えた。
悲鳴を上げて落ちてくる生徒をネルテ先生が腕を振って魔法でクッションを作り落下を防いで、カンテラを風魔法で運んでなんとか灯りを確保した。
そこまで巻き込むと思っていなかったルドーは大慌てで様子を見ようとそちらの方に急いで走り寄る。
「ちょっとぉ!!! 巻き込み過ぎだよ! 無茶苦茶するんじゃない!」
なんとか無事に床に降りてこちらを振り向いたネルテ先生から強烈な叱責が飛んできて思わず委縮するが、よくよく見てみれば一番負傷しておりかなりボロボロで怪我まみれだ。
エリンジたちの方を向けば、かなり息を切らしてあちこち怪我をしている様子。
かなり戦闘が激化して、押されていたせいで不味い状況だったようだ。
深手を負っていないのが不幸中の幸いだろう。
「まぁでも今の一撃と落下でかなりのダメージが入ったはずだ。戦った感触で分かる、少なくとも反撃出来る余力はないはずだよ」
そう言って全員が振り返れば、少し離れた場所で例の狼男は膝をついた状態でこちらを睨み付けていた。
あれだけの攻撃を直撃して意識を失っていないどころか倒れてすらいないのは流石と言えるところだ。
「さて、捕まえさせてもらうよ」
こちらを唸りながら睨んでいる狼野郎は、頭や体のあちこちから血を流し、片目を負傷したのか瞑りながらもなんとか膝に力を入れようとしているが、痛みから立ち上がれないようだった。
ネルテ先生はしゃがみ込んでいるエリンジ達にその場から動かないように告げた後、近寄って魔法で拘束しようとする。
半分ほどネルテ先生が狼男に近付いた時、不意に聖剣がバチンと反応した。
そのまま聖剣が慌てたように叫ぶ。
『あ!? 別の魔力だ、おい引け!』
「ボオオオオオオオオオオオオンブ!!!!!」
どこからかたくさんの糸が大量に伸びてきたと思ったら、まるでうねる蛇のように大きく絡まって、狼男に近寄ろうと歩いていたネルテ先生を弾き飛ばした。
ネルテ先生は間一髪で受け身を取ったため大事には至らなかったものの、左上腕を負傷したらしい、血を流しながら手で押さえて庇っている。
ネルテ先生の呻くような声が漏れ、メロンが悲鳴をあげているのが聞こえる。
「新手か、油断したね」
「嘘だろこいつ一人じゃねぇのかよ!」
思わずルドーは聖剣を構えたまま叫んだ。
薄暗い中小柄な体系の褐色肌の少年が、狼男を庇うようにその前に両手を広げて立ち、深緑の瞳がこちらを警戒するように睨み付けている。
ボロボロのマントを羽織っているその下は上半身裸のようで、同じようなボロボロのゆったりしたズボンの下は裸足だった。
身長よりもずっと長く多い赤褐色の髪が、まるで生きているかのようにうねうね動きながら周辺を覆っている。
見ている間にどんどん伸びているようだった。
「馬鹿野郎! 適当に相手するだけでいいはずだろ! 無理しすぎだ!」
「へへっ……いい女見つけたもんでつい調子乗っちまった」
その背に庇うようにして怒鳴るように会話をしながら少年の赤褐色の髪が伸びたと思ったら、ボンブと呼ばれた狼野郎の周囲に集まり、白く光ったと思ったらどんどん傷口を回復させていく。
思わずルドー達は目を見張って息を飲んだ。
「髪で回復魔法だって? どういう仕組みだい」
『流石に見たことねぇな。面白れぇ使い方しやがる』
「先生、一旦引くべきだ」
黙って様子をじっと見ていたエリンジがネルテ先生の後ろから立ち上がって提案する。
「ここまで追い込んでおいて逃がすというのか!」
「一人ならまだしも、未知の敵が複数、まだいる可能性も捨てきれん。おまけに回復された。ここらが潮時だ」
噛み付いてきたフランゲルにエリンジは冷静に返した。
狼野郎と同等に戦っていたネルテ先生に一撃を入れたあの髪の奴は、下手をしたら狼野郎より強い可能性がある。
戦えない生徒が後ろにいる以上、さらなる援軍を考えればこれ以上戦うべきじゃない。
幸い今は先程の狭い通路と違って薄暗くもだだっ広い空間になっている。
攻撃を避ける場所はたくさんあった。
しかし撤退する方法がわからず、メロンが不安そうな声を上げる。
「で、でも撤退ってどこに逃げるのさ」
「転移魔法だ。ネルテ先生なら出来ますよね」
「遺跡の入口まで全員いけるが、戦闘の魔力の消耗のせいで少し時間がかかるね」
「だそうだ。時間稼ぎだな」
そう言って構えたエリンジが虹魔法を大量展開して弾幕を放ち始めた。
途端に少年の髪が大量に伸びてきて固まり、まるで盾のように攻撃を防いだと思ったら、今度は刃物のように鋭くなってこちらに大量に降り注いでくる。
咄嗟にエリンジが虹魔法をさらに展開して何とか焼き切るも、次々伸びてくる髪はきりがない。
狼男の回復が終わりつつある少年は、攻撃してきたこちらに向かって睨みながらドスの効いた声を出した。
「同胞に攻撃しといてただで済むと思うんじゃねぇぞ、くそ人間どもが」
「エリンジ、かわれ!」
ルドーが前に躍り出て、聖剣を大きく振るった。
溜める時間がなかったので通常の雷魔法だが、それでも十分の威力のそれは髪を伝って少年本体に攻撃を届け、髪の奴は悲鳴を上げて耐えた後こちらを睨み付ける。
一撃を平然と耐えきったことから、どうやらこいつもかなり耐久があるようだ。
『頑丈だな、相当耐えそうだが効いてる。いけるぜ』
「あっちの髪の奴には攻撃が通るから俺がやる、エリンジは狼野郎の方だ!」
「先生の転移魔法までの間だ、無理はするな」
エリンジの返事に頷いて、ルドーは聖剣を構えながら走り出す。
刃物のような髪がルドー目掛けて飛んで地面に突き刺さってくるのを避けながら、また大きく振りかぶって雷魔法を発動させる。
今度は髪で防ごうとするが、やはりその髪を伝って本体に雷が届き大きくダメージが入っているようで大きな唸り声が上がる。
エリンジは次々と虹魔法を狼野郎に雨あられと投げつけて動けないようしているようだ。
ただその毛皮自体がかなり固いようで、あそこまでやって牽制程度の威力しか与えられていない。まるで嘲笑うかのように構えながらニヤリとしていた。
鋭く伸びてくる髪を次々と切り落としながらまた聖剣を振り上げ、攻撃が飛んでこない程度まで弱らせようと振り下ろそうとした瞬間、ルドーの右腰に強烈な衝撃が走り、かなり吹っ飛ばされてそのまま彼方にあったはずの壁に激突した。
「あーりゃりゃ。ボンブ、カイム、無事?」
「てんめぇ、出てくんならもっと早く出てこいや!」
「私の個人的都合であんま出たくなかったんだよ。まぁ仕方ないし助けたんだからトントンってことで」
髪の少年の怒鳴り声が響いたが、聞いたことのある声に全員の動きが止まった。
ルドーを蹴り飛ばして髪の少年の前にスタッと着地した少女に、目が引き寄せられる。
薄暗いカンテラの灯りに照らされたのは見覚えのある黒帽子。
制服は着ていない。最初に会ったあの旅人のような露出の少ない服装。
「クロノ!?」
魔物を素手で屠る強力な身体能力を持つクロノが、ポケットに両手を突っ込んで片足で立ったまま、ルドーに蹴り入れた足をプラプラさせていた。




