第二十二話 弱り目に祟り目の再会
光魔法で周囲を照らし、瘴気も少々遠ざけている。本当にほんの少しだけだが。
純粋に見直しただけ、ただそれだけなのだが、アリアはまるで偉業でも達成したかのようなふんぞり返り振りで、しまいには勝手に友人認定しようとしてくる始末。
アリアの言う所の友人が、アリアの周りに侍ることを意味すると考えたルドーは全力で抵抗した。
後ろにいるリリアから無言の圧力が掛かっている。
この程度で聖女アリアに友人として侍れば、比べるでもなくたくさん魔法を覚えているリリアの面目も潰れる。
なによりそんな矮小な奴が兄貴であるなど絶対に失望される。それだけは断固拒否だ。
必死でアリアを全力拒否しても、アリアは意に介さず、まぁ最初はそういうものよねと訳の分からないことを言う。
女子生徒二人からルドーのみが声を掛け続けられたのが気に食わなかったのか、フランゲルがどんどん機嫌を悪く顔を歪めていき、しまいには地団太を踏んで暴れだす。
いや一人は身内だから見逃してくれてもいい気がする。
「おい! 俺様を置いて話をするな!」
「いや普通に会話に入ってくればいいじゃん……」
「なんだと! 俺様を誰だと思ってそんな口を聞いている!」
フランゲルがそういって大きく手を振りかぶって八つ当たりするように横の壁を叩く。
カチッ
フランゲルが叩いた石レンガの壁の小さな石が、嫌な音を立てて押し込まれた。
会話していたことも忘れて全員がその石をじっと見つめる中、ガコンと大きい音がして、何か大きいものが動く軋む音が聞こえてきた。
嫌な予感がして全員がゆっくりと背後を振り向けば、ドゴンという大きな振動と共に大岩が落ちてきて、たった今歩いて来た道からルドー達に向かってゴロゴロと転がり始めた所だった。
悲鳴を上げて走り始めたのはアリアだ。
その後に続く形でフランゲル、ルドー達も必死に走り出した。
しかし走った先もよろしくない。
どんどんと勾配が下がり、下り坂になっていくその真直ぐの道は、背後の大岩に速度を付けるだけで、脇道もない一本道のせいで横に避ける事も出来なかった。
下り坂で勢いがついたのはルドー達も同じで、滑りやすい石畳の通路では一歩間違えれば転げ落ちるだろう、もう止まることもままならない状態。
『後ろばかり見てねぇで前も見ろよ』
面倒臭そうな聖剣の声に、後ろの大岩ばかり気にしていたルドーが正面を向いて目を凝らしてみると、走っている通路の未知の先が、落とし穴のように下に大きく開いており、壁には赤黒く染まった棘が大量に突き出しているのがここからでも見て取れた。
串刺しになった上に大岩に押し潰されるという二段構えの罠だ。
ルドーは情けない声を上げながら傍を走るリリアの腰辺りをガシッと掴み抱えると、同じく悲鳴を上げたリリアをそのまま担ぎ上げて飛びあがった。
リリアを担いだままなんとか聖剣を振りかぶり、棘を避けながら壁に突き立てる。
日々の訓練のおかげでなんとかリリアを担ぎながらもぶら下がることが出来た。
横から固い音がしてルドーがなんとか横を振り向くと、ルドーを真似たのかフランゲルが同じようにアリアを抱えて剣で壁にぶら下がっていた。
直後に大きな音がして大岩が穴に落ち、棘に当たってあちこち砕けながら、ガラガラと大きな音と振動を立てながら落ちていくところだった。
「何が調査済みだよ、殺意高すぎだろ」
「魔法で調べずにどんどん先に進むから……」
「なによ! 私たちのせいだっていうの!?」
「お、おい、貴様! ここから、どうするのだ!」
なんとか助かったものの、壁から元の道まではかなり距離がある。
下り坂の勢いと大玉から逃げる一心で何とか飛び越えることが出来たが、剣を壁に突き刺してぶら下がっている今の状態ではとても戻れる距離ではない。
フランゲルはいつも基礎訓練に身が入っていなかったせいで、アリアを抱えて剣にぶら下がっているのも結構ギリギリな様子が見て取れた。
ルドーがゆっくりと穴の方を覗いてみるが、かなり底が深いのか黒一色で染まり全然先を見ることが出来ない。
「あ、アリア! さっきの光の玉を底の穴に投げれねぇか!」
「な、なによそんなことしてどうするの!」
「暗くて底が見えねぇんだよ! フランゲルはこの状態じゃ炎魔法使えねぇだろ! せめて安全かどうか確かめたい!」
先程リリアを掴んだ際の衝撃で、リリアは松明を手放してしまい大岩に轢かれて潰れてしまっているし、通路側にあるので何よりここからでは手が届かない。
必死にフランゲルにしがみ付きながらも限界が近いのが分かっているのか、ルドーに言われるがままアリアが光魔法の玉を穴に向かって投げ込むが、どんどん下に向かって照らして落ちていくだけで底が全然わからないまま見えなくなってしまった。
どうやら底なしらしい、万事休すだ。ゲラゲラ笑う聖剣の声が聞こえる。
『安全じゃなさそうだぜ』
「り、リリ、つ、通信魔法を」
「この状態、長く持たんぞ!」
『あ、ダメだこりゃ。上だルドー』
聖剣に言われるがまま上を向いた瞬間、猛烈な勢いで水が流れてきて押し流された。
大きな滝のような勢いの水は壁に突き刺していたそれぞれの剣が外れる勢いでルドー達を押し流し、上下左右も分からなくなるほどの激流に飲まれてただ流されていくことしかできない。
押し流された衝撃で抱えていたリリアは離れてしまい、息もまともに出来ない状態でただ流されていく、しばらく必死になんとかもがき続けていたが、壁にでもぶつかったのか後頭部に衝撃が入り、流石に限界が来て息をすべて吐いて、そのままのまれて意識も遠のいていった。
どれくらい気を失っていたか分からないが、背中に強烈な打撃が入って、肺に溜まった水を吐き出した。
ゲホゲホと咳込み、肺に空気が入って呼吸していくことでぼやけた視界が定まっていく。
ゆったりと首をもたげると、見慣れた顔があった。
「え、エリンジ……」
「何をしている貴様ら」
上から見下ろすようにエリンジの機嫌の悪そうな声が降ってくる。
エリンジはルドーが意識を取り戻したのを確認すると、同じように横に倒れていたフランゲルの背中にもドスッと蹴りを入れ、ゲホゴホと咳込む声が聞こえて意識を取り戻させていた。
どうやらエリンジは回復魔法を掛けてくれる気は微塵もないらしい。
「ちょいちょい、回復魔法使えるでしょうが。なんで背中を蹴り上げるかね」
「魔力が無駄だ」
「全く君という奴は。まぁ見つかって良かったよ」
横にカンテラを持ったネルテ先生と、その後ろにチームを組んでいたメロンと猫毛の女子が伺うように覗いていた。
「ねーねー大丈夫―? 私たちたった今君たちが倒れてるところ見つけたばっかりなんだぁ」
「最初、お化けだとか言って、ビビってなかった?」
「わーすーれーてー!」
メロンが涙目でぽかぽかと猫毛の少女を殴り、無表情にされるがままの猫毛の少女。
ルドーはまだ朧気な目で周囲を見渡してみるが、薄暗い中リリアもアリアもいない。
一瞬我を忘れかけたルドーに気付いたネルテ先生が、安心するように声を掛けた。
「あぁ安心して、ついさっきリリアから君たちとはぐれたと通信連絡があったところなんだよ。二人とも無事だ、今イスレさんが保護に向かっている所」
「毎度毎度手のかかるやつだ」
「面目ねぇ……」
アリアと一緒に二人でいるという不安要素はあるものの、ルドーはリリアが無事であることになんとか胸を撫で下ろし、無意識に手を探る。
さっさと拾い上げようとしたが、しかしそこにいつもの感触はない。
頭が急に冷えていく感覚、屈んで周囲に目を凝らして手探るも、石畳をなぞるだけでそれらしいものに手が当たらない。
ネルテ先生たちは呼吸が戻っても起き上がってこないフランゲルに回復魔法を掛けているのか、そちらに注目していてルドーの様子に気付いていなかった。
真っ青になって四つん這いであちこち探し始めたルドーに、エリンジは怪訝な顔をして呼び掛ける。
「おい今度はどうした」
「ない」
「なにが」
「聖剣が、ない……」
いつも五月蠅い聖剣がそこにはなかった。
ルドーは慌てて立ち上がって周囲を見渡すが、ネルテ先生が持つカンテラだけの灯り照らされたのは薄暗い石畳の通路で、枝分かれもしていない一本道にそれらしい形は見当たらない。
それでもルドーはどこかにないかと必死にグルグルと周囲を見渡し続けた。
ルドーの震える声に気付いたネルテ先生も流石に苦い顔をしている。
「流された時かい? 他の人間が触ると危険だから回収しないとまずいな」
「俺様を忘れるんじゃない……」
ゼイゼイと肩で息をしていたフランゲルがようやっと立ち上がる。
一応ネルテ先生に回復魔法をかけてもらってようやく落ち着いた様子だった。
その様子にエリンジがフンと鼻を鳴らしながら見下すように告げる。
「水に流されたくらいで大袈裟だな」
「うるさーい! 仕方ないだろ俺は役職デメリットのせいで泳げないのだ!」
「えっ強制カナヅチ? 可哀想……」
「可哀想な目で俺を見るなぁー!!」
だんだんと地団太を踏むフランゲルと、どうどうと抑えようとする周囲を無視して、ルドーは周辺を歩き回って探し始めるが見つからない。
ネルテ先生も同じように周囲を見渡した後、探知魔法でも使ったのか、カンテラを掲げながら逆の掌に一回り大きな魔法円が出現するが、ダメだと言わんばかりに首を振ってそれを閉じた。
「やっぱりだめか。弱ったね、普通の魔道具ならまだしも古代魔道具は魔力が多い影響で探知魔法を妨害して見つけられない」
「お前脳みそ詰まってるのか」
「悪い今あんま余裕ないからもうちょいかみ砕いてくれ」
エリンジの端的な罵倒も何となく別の事を言いたいのだと分かってきたルドーは、聖剣を探して周りに視線を向けたまま言い返す。
聖剣がなければ小規模魔物にも対抗できないのだ、焦りと不安が押し寄せてきていた。
「貴様らはそこの水路から出てきてそこに打ち上げられていた、つまり水路を辿ったほうがいい」
「いや分かってたなら最初からそう言ってあげて!?」
淡々と話したエリンジに思わずと言った様子でメロンが突っ込んだ。
薄暗くて見えなかったが、エリンジの指し示す先に深い水路がある。
流された途中で手放したならまだこの中のどこかにある可能性が高い。
なんとか通路から聖剣が見つからないかとルドーは近寄って水面に目を凝らしてみるが、それらしい姿は見当たらなかった。どうやら潜って探してみるしかなさそうだ。
「雷魔法の聖剣を水路で探すってだいぶ苦労するよ、大丈夫かい?」
「パッと見ても水底が見えない。かなり深い水路だから、危険」
「ふっふーん、そういう事なら任せて!」
ガッツポーズをしたメロンが水路の傍にしゃがみ、徐にバシャンと水に手を突っ込む。
何をするかと思えば、目をつぶってブツブツ呟き始め、一同は息をのんで様子を見守り始める。
「ふんふん、こっちに行って、こーいって……裂け目から落ちてる?」
しばらくして手を水路から引き揚げて、水をブンブン吹き飛ばしながらこちらに向き直ったメロンは、首を傾げながらルドーに伝えた。
「なんか水路のどこかに穴が開いてるみたい。そこから落ちて水から出たからその先までは辿れなかった」
「あぁなるほど、本体の探知は使えないが水に流れた魔力の微量な残滓を読んだのか。器用なことするじゃないか」
「えへへ、得意の水魔法に思ったより流れてた魔力が大きかったから初めてできたよ」
ネルテ先生に感心して褒められ嬉しそうに照れるメロン。
希望が見えたルドーは確認するように再度メロンに問いかけた。
「要するに水路のどっかに穴が開いててそこから落ちてんだな?」
「うん。あのあたりだよ」
メロンが指差した先には確かにコポコポと少量の泡が上がってきていた。
ルドーが早速潜って確認しようと近付こうとした瞬間、地面を揺らすような大きな雄叫びが聞こえ、それとほぼ同時に天井が激しく破壊されて、瓦礫と一緒に何かが降ってきた。
ドスンと大きな音を立てて四足で地面に着地し、その周囲に大きな音を立てて大きな瓦礫が落下して割れていく。水路にもいくつか落ちて大きな水しぶきがあがった。
落ちてきたそれは、大きな鼻で周囲を嗅ぎ分けるように動かした後、ゆっくりと顔をこちらに向けながら立ち上がる。
銀色の体毛に覆われた、擦り切れた服を着た、ネルテ先生よりも背の高い大柄の狼のような風貌。
聖剣のない今ルドーが一番遭遇したくないものだ。
既に調査を終えて安全な筈の遺跡、まさかここでまた遭遇することになるとは思ってもいなかった。
「てめぇら、どうやってこの中に入って来やがった!」
「あの時の魔人族……!!」
エリンジが思わず呟いた。
全身から赤黒い魔力を吹き出しながら降ってきた魔人族は、まるで狼が遠吠えでもするかのように咆哮して叫ぶ。
あまりの威圧と魔力の余波で、周囲が暴風のように風が吹き荒んでいた。
 




