表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/193

第十四話 地下にて邂逅するもの

 部屋から出て廊下を進むルドー達は、ものの見事に迷子に陥っていた。

 せめて人に出会えれば道も聞けたのだろうが、進む道に人気は無い。


 右を向いても、左を向いても、代わり映えのしない、白い石の壁が続く廊下。


 コツコツと反響する三人の足音が、やたら大きく聞こえた。


 上下左右に枝分かれした、照明魔道具にうっすら照らされる、白い壁だけの通路。

 ルドーがふと振り返っても、視界は全く違う様相に見えて仕方ない。


 先程から同じ場所を、ぐるぐる回っている気がした。


「やべぇ、イスレさんどころか、人にも会わねぇ……」


 首をあちこち向けながら、ルドーは無意識に呟く。


 しかしどこを向いても、目印になるようなものが見当たらない。

 ひたすら歩き続けながら、次第に焦燥に駆られていく。


 先程のボランティアで見つけた、魔道具部品の瘴気も相まって、その焦燥はどんどん大きくなる。


 リリアも同じように不安な表情に変わり、エリンジも無表情ながら、眉間の皺が深く刻まれていく。


 全員が早歩きになっていく中、リリアが不安を払拭するように話し始めた。


「あの瘴気、あそこだけで発生してたのかな、この建物の他でも発生してたりしないかな」


「今は普段使っている職人もいない。管理者がいない状態で、復興も後回しになっている場所だ。一度前例があった以上可能性は大いにある」


 不安そうなリリアに、エリンジは更に不安になるようなことを言う。


 それでもリリアはめげずに、少しでも明るくなるような可能性を考え続ける。


「……ひょっとしてもう既に見つかってて、人がそっちに行ってるのかな」


「それならこっちにも連絡が来るだろ」


 エリンジが冷酷にも言い切ってしまった。

 確かにその通りだが、不安そうに口をつぐんだリリアに、もうちょっと気を使ってくれないだろうか。


 不安顔のまま黙り込んだリリアの横で、ルドーはとうとう走り始める。


 右に行っても、左に行っても、依然誰にも会えない。

 しまいには、真っ白い壁の行き止まりに辿り着いてしまった。


 どこか道を間違えてしまったかと振り返るが、何をどう間違えたのかが全く分からない。

 どうにもならない焦燥に、少しずつ諦念が浮かぶ。


 趣向を変えて、誰かいないかと、ルドーは周囲のいくつかの扉を叩く。


 コンコンとノックの音が響くだけで、うんともすんともいわない。

 試しに扉をカチャリとそっと開けてみても、個室のような広い空間は真っ暗で明かりも見えず、鼻を衝くカビの臭いがするだけで、埃が被って誰もいる様子がない。


 魔物が襲撃した後で、職人がいないとは聞いていたが、ここまで人に遭遇しないとは。


 見失ったクロノも見つからないまま、延々と続く迷路のような廊下を歩き続ける。

 ルドーには焦りよりも諦念が勝りはじめた。


 ここでひたすら迷い続けても、時間だけが無駄に浪費されるだけだ。


「戻るしかねぇか」


「……お兄ちゃん、戻りの道分かる?」


「えーっと、どうだったっけ……」


「そこを曲がって二つ先を左だ」


 不安そうな顔で聞いて来るリリアに、朧気な記憶で答えるルドー。

 後ろを指差して答えるエリンジに従って、来た道を引き返す。


 しかし戻ってみると、エリンジの言う通りの道でも戻れなかった。

 というより、なんとなく先程の道と、見た目が違うような気がした。


「……通路に魔法が掛かってるな、形状変化形の魔法か」


 厄介極まりないと、エリンジは薄暗い白い通路を睨み付ける。


 エリンジに倣ってルドーもじっと目を凝らすと、目の前でゆっくりと、白い通路が移動していた。


 まるでカタツムリみたいな速度の、よく見ていないと分からない変化。


 しかし紛れもない事実に、ルドーは思考を放棄して叫んだ。


「ただでさえ入り組んでるのに何でそんなことに!?」


「おそらく魔道具製作の守秘義務の影響だろう。情報があまり外に出ないようにしてある」


 ルドー達がボランティアで訪れているここは、魔道具の製造施設。


 中には商会や貴族と連携して作っているものもあるだろう、守秘義務があるのは当然である。

 実際建物は、情報が外部に出回らないよう、窓もない、情報も何もない殺風景な場所が続いている。


 しかし今のルドー達には、それがかえって状況を悪化させていた。


「安易に部屋から出ずに待ってた方が良かったか……」


「しかしいつ戻ってくるかもわからん。緊急を要する報告を放置することも出来ん」


『あ? なんだこの気配……』


 聖剣(レギア)が急にピリ付き始める。

 バチバチと雷が流れ始め、弾ける雷に、ルドーは放置できないと鞘から引き抜く。


「おい、どうした?」


「……お前ひょっとして聖剣と話してるのか?」


 バチバチ弾ける聖剣(レギア)に、ルドーが不安になって声を掛ければ、流石にエリンジが気付いた。


 向けられる怪訝な視線に、説明するのが面倒なルドーは、エリンジを放置して聖剣(レギア)に向き直る。


 ピリピリと電気がどんどん強くなっていく。

 何かを警戒するように、バリバリとだんだん激しくなっていく。


 激しい雷に照らされて明るくなり、うねる雷が髪を掠めた。


「おい、落ち着けって。どうしたんだよ?」


『……魔物? いや違う、魔力反応だ。おい伏せろ!』


 聖剣(レギア)が叫ぶと同時に、激しい衝撃でドカンと地面が崩れた。


 白い石の床を、その下からゴオッと突き破ってきた、赤黒い巨大な魔力の塊。


 魔力で突き破られた大きな穴が、さらに広がるように、ガラガラと崩れ落ちる石の床。

 立っている足場がなくなり、胃がひっくり返って落下する感覚。


 リリアの悲鳴が聞こえる。

 なんならルドーの口からも、情けない悲鳴が叫ばれていた。


 底がどこかも分からない、明かりもない真っ黒な穴の中を、ただひたすら落ちていく。


 落下の勢いに、グルグルとルドーの身体が回る。

 手に持つ聖剣(レギア)が、時折パチパチと弾けて、三人を一瞬照らす。


 ルドーもリリアも、この状況をどうにかできる考えも、能力もなかった。

 魔法使用の許可が下りてないせいで、魔法が使えずエリンジも何もできない。


 長い事落ちている感覚が続いたと思ったら、不意に視界が開けた。


 突然視界が真白になって、ルドーは思わず目を細める。


 照明魔道具に激しく真白に照らされたのは、大きな工場のような製造施設。


 巨大な配管や機械が、遥か遠くから続く壁から、それぞれ天井に向かって立ち並び、ベルトコンベアのような配送構造が、広い床を埋め尽くすように入り組んでいる。

 しかしその様相は、強烈な攻撃に破壊されたかのように、あちこちがボロボロと崩れ、原形を成していなかった。


 暗い場所から明るい場所に出て、目のくらみに慣れる前になんとか見えたのは、地面だった。


 このままでは潰れて全員お陀仏。


 必死に目を回してなんとか周囲を見渡せば、すぐ下に立ち並んだ、壁から伸びるように続く、人より大きな配管が一つあることに気付いた。


「えぇい、やるしかねぇ!」


 ルドーは手に持つ聖剣(レギア)を咄嗟にバツンと突き立てて、落下速度を落とそうと試みた。


 ガリガリと聖剣(レギア)によって、配管の金属が削られていく音。


 徐々になんとかスピードが落ちていったと思ったら、ガツンとリリアがルドーの頭にぶつかる。

 ぐぎぎぎぎと、ルドーがそれになんとか耐えていたら、トドメにエリンジがドスンとぶつかってきた。


 流石に耐え切れず、ルドーを下にリリアもエリンジも落下する。


 なんとか落下速度を相殺したため、地面で潰れることはなかった。

 ルドーはリリアとエリンジの下敷きになって、蛙が潰れる様な、ぐえっという情けない声が出てしまった。


「き、君たち上にいたはずでは、なんでここに!?」


 痛みに呻くルドーが、リリアに回復(ヒール)をかけてもらいながらなんとか立ち上がると、少し離れた開けた場所で、イスレが驚愕の表情でこちらを見ていた。

 横には魔導士だろうか、それっぽいとんがり帽子に、ローブを纏った壮年の男性が立っている。


 二人ともなにかと対峙するかのように、両手を構えたままの状態だ。

 その先に視線を移していくと、そこにいたのは魔物でも人間でもなかった。


 銀色の毛が全身を覆い、二足歩行で仁王立ちしている。

 少しくたびれた服を着たそれは、大柄な狼男とでもいうような出で立ち。


 殺気を放ちながら戦闘態勢を取るかのように、両手を胸の前に揃えてこちらに身構えていた。


 周囲を見渡せば、既に戦闘がかなりあった後なのか、落下する上空から見たよりも状況はひどい。


 見上げるように高い、巨大な金属の配管はあちこち割れて、巨大な塊が周辺に落下し、ベルトコンベアは千切れて、狼男がいる空間の周囲に散らばり、蛇の皮の様にぐしゃりと横たわっている。


 整然と仕切られていたであろう製造施設は、あちこち破壊されたせいで、空間が繋がって大きな部屋になったかのような崩れ様だった。


「バベナさん! 彼らはエレイーネーからお預かりしている新入生です! なにかあってはいけない!」


「えぇい、攻撃を逸らすので精一杯だというのに! 君たち早くこちらへ!」


 イスレが横にいる壮年、バベナと呼ばれた人物に叫び、ルドー達は大声で呼ばれる。


 走ればすぐに辿り着くような距離、距離のせいで少し小さく見える狼男よりは、二人の方が近い。

 ルドーは一瞬困惑するが、あまりの剣幕に押され、走って彼らの元に向かおうとする。


 よくよく見ると彼らの後ろにいるのは、一般の作業員たちだろうか。

 土建仕事をするような服装の男達が、固まって頭を抱えていた。


 ルドー達が走って向かっている間に、狼男に動きがあった。


 正拳突きの構えを取り始めた狼男。

 強力な赤黒い魔力を練りだしたと思ったら、それを拳に貯めはじめる。


 あの色は、ルドー達が落下する前に、石の床から飛び出してきたものと同じだ。


「また来ます!」


「早くこっちに!」


 狼男が吠えるような雄叫びを上げて、恐ろしい勢いで拳を振りかぶると、赤黒い魔力がそのままこちらに向かって飛んできた。


 攻撃が飛んで来ているのに、ルドーの頭の中は妙に冷静だった。


 魔法の使用許可が出ていない以上、反撃するのも違反行為だ。どうすればいい。


『アホ! 何のために俺がいるんだよ!!』


 聖剣(レギア)の叫びにはっとしてルドーはなんとか構えると、猛烈な攻撃魔法が聖剣(レギア)に直撃した。


 喉から出る、悲鳴のような鋭い音。


 今までの比ではない、猛烈な攻撃魔法に押される。

 押し返すどころか防ぐので精一杯だった。


 なんとか踏ん張ろうとするものの、赤黒い攻撃魔法の威力で吹っ飛ばされるように、かなり後方まで押し出されていく。

 聖剣(レギア)から漏れるその余波だけで、全身が擦り切れていく。


 立ち昇る煙を上げながらなんとか耐えたが、攻撃を耐えるだけで、ルドーはかなり消耗していた。

 堪え切れずにルドーは思わず片膝をついた。


 激しく息を切らせたルドーは、次を受けきれる自信がなかった。


『おいルドー! しっかりしろ!』


「お兄ちゃん!」


 リリアが駆け寄り、回復(ヒール)をすぐさま施す。

 その間にエリンジが素早く駆け寄ってルドーの腕を掴み、回復(ヒール)をかけさせながら肩を貸して走り出した。


「なんだアイツは! 瘴気から生まれた魔物の突然変異種か!?」


「あぁ? 魔物だぁ!?」


 広い空間に、大きな怒声が響く。

 エリンジの叫びを聞いた狼男が叫んでいだ。


 対峙していたイスレとバベナが驚愕する。

 ルドー達が来る前の戦闘中も、目の前の狼男は言葉を発してなかったようで、話せると思っていなかったようだ。


「魔物と一緒にするんじゃねぇ! 俺は魔人族だぁ!!!!」


 赤黒い魔力を全身から吹き出しながら、狼男がそう叫んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ