第十四話 地下にて邂逅するもの
部屋から出て廊下を進むルドー達は、ものの見事に迷子に陥っていた。
せめて人に出会えれば道も聞けたのだろうが、進む道に人気は無い。
右を向いても、左を向いても、代わり映えのしない、白い石の壁が続く廊下。
コツコツと反響する三人の足音が、やたら大きく聞こえた。
上下左右に枝分かれした、照明魔道具にうっすら照らされる、白い壁だけの通路。
ルドーがふと振り返っても、視界は全く違う様相に見えて仕方ない。
先程から同じ場所を、ぐるぐる回っている気がした。
「やべぇ、イスレさんどころか、人にも会わねぇ……」
首をあちこち向けながら、ルドーは無意識に呟く。
しかしどこを向いても、目印になるようなものが見当たらない。
ひたすら歩き続けながら、次第に焦燥に駆られていく。
先程のボランティアで見つけた、魔道具部品の瘴気も相まって、その焦燥はどんどん大きくなる。
リリアも同じように不安な表情に変わり、エリンジも無表情ながら、眉間の皺が深く刻まれていく。
全員が早歩きになっていく中、リリアが不安を払拭するように話し始めた。
「あの瘴気、あそこだけで発生してたのかな、この建物の他でも発生してたりしないかな」
「今は普段使っている職人もいない。管理者がいない状態で、復興も後回しになっている場所だ。一度前例があった以上可能性は大いにある」
不安そうなリリアに、エリンジは更に不安になるようなことを言う。
それでもリリアはめげずに、少しでも明るくなるような可能性を考え続ける。
「……ひょっとしてもう既に見つかってて、人がそっちに行ってるのかな」
「それならこっちにも連絡が来るだろ」
エリンジが冷酷にも言い切ってしまった。
確かにその通りだが、不安そうに口をつぐんだリリアに、もうちょっと気を使ってくれないだろうか。
不安顔のまま黙り込んだリリアの横で、ルドーはとうとう走り始める。
右に行っても、左に行っても、依然誰にも会えない。
しまいには、真っ白い壁の行き止まりに辿り着いてしまった。
どこか道を間違えてしまったかと振り返るが、何をどう間違えたのかが全く分からない。
どうにもならない焦燥に、少しずつ諦念が浮かぶ。
趣向を変えて、誰かいないかと、ルドーは周囲のいくつかの扉を叩く。
コンコンとノックの音が響くだけで、うんともすんともいわない。
試しに扉をカチャリとそっと開けてみても、個室のような広い空間は真っ暗で明かりも見えず、鼻を衝くカビの臭いがするだけで、埃が被って誰もいる様子がない。
魔物が襲撃した後で、職人がいないとは聞いていたが、ここまで人に遭遇しないとは。
見失ったクロノも見つからないまま、延々と続く迷路のような廊下を歩き続ける。
ルドーには焦りよりも諦念が勝りはじめた。
ここでひたすら迷い続けても、時間だけが無駄に浪費されるだけだ。
「戻るしかねぇか」
「……お兄ちゃん、戻りの道分かる?」
「えーっと、どうだったっけ……」
「そこを曲がって二つ先を左だ」
不安そうな顔で聞いて来るリリアに、朧気な記憶で答えるルドー。
後ろを指差して答えるエリンジに従って、来た道を引き返す。
しかし戻ってみると、エリンジの言う通りの道でも戻れなかった。
というより、なんとなく先程の道と、見た目が違うような気がした。
「……通路に魔法が掛かってるな、形状変化形の魔法か」
厄介極まりないと、エリンジは薄暗い白い通路を睨み付ける。
エリンジに倣ってルドーもじっと目を凝らすと、目の前でゆっくりと、白い通路が移動していた。
まるでカタツムリみたいな速度の、よく見ていないと分からない変化。
しかし紛れもない事実に、ルドーは思考を放棄して叫んだ。
「ただでさえ入り組んでるのに何でそんなことに!?」
「おそらく魔道具製作の守秘義務の影響だろう。情報があまり外に出ないようにしてある」
ルドー達がボランティアで訪れているここは、魔道具の製造施設。
中には商会や貴族と連携して作っているものもあるだろう、守秘義務があるのは当然である。
実際建物は、情報が外部に出回らないよう、窓もない、情報も何もない殺風景な場所が続いている。
しかし今のルドー達には、それがかえって状況を悪化させていた。
「安易に部屋から出ずに待ってた方が良かったか……」
「しかしいつ戻ってくるかもわからん。緊急を要する報告を放置することも出来ん」
『あ? なんだこの気配……』
聖剣が急にピリ付き始める。
バチバチと雷が流れ始め、弾ける雷に、ルドーは放置できないと鞘から引き抜く。
「おい、どうした?」
「……お前ひょっとして聖剣と話してるのか?」
バチバチ弾ける聖剣に、ルドーが不安になって声を掛ければ、流石にエリンジが気付いた。
向けられる怪訝な視線に、説明するのが面倒なルドーは、エリンジを放置して聖剣に向き直る。
ピリピリと電気がどんどん強くなっていく。
何かを警戒するように、バリバリとだんだん激しくなっていく。
激しい雷に照らされて明るくなり、うねる雷が髪を掠めた。
「おい、落ち着けって。どうしたんだよ?」
『……魔物? いや違う、魔力反応だ。おい伏せろ!』
聖剣が叫ぶと同時に、激しい衝撃でドカンと地面が崩れた。
白い石の床を、その下からゴオッと突き破ってきた、赤黒い巨大な魔力の塊。
魔力で突き破られた大きな穴が、さらに広がるように、ガラガラと崩れ落ちる石の床。
立っている足場がなくなり、胃がひっくり返って落下する感覚。
リリアの悲鳴が聞こえる。
なんならルドーの口からも、情けない悲鳴が叫ばれていた。
底がどこかも分からない、明かりもない真っ黒な穴の中を、ただひたすら落ちていく。
落下の勢いに、グルグルとルドーの身体が回る。
手に持つ聖剣が、時折パチパチと弾けて、三人を一瞬照らす。
ルドーもリリアも、この状況をどうにかできる考えも、能力もなかった。
魔法使用の許可が下りてないせいで、魔法が使えずエリンジも何もできない。
長い事落ちている感覚が続いたと思ったら、不意に視界が開けた。
突然視界が真白になって、ルドーは思わず目を細める。
照明魔道具に激しく真白に照らされたのは、大きな工場のような製造施設。
巨大な配管や機械が、遥か遠くから続く壁から、それぞれ天井に向かって立ち並び、ベルトコンベアのような配送構造が、広い床を埋め尽くすように入り組んでいる。
しかしその様相は、強烈な攻撃に破壊されたかのように、あちこちがボロボロと崩れ、原形を成していなかった。
暗い場所から明るい場所に出て、目のくらみに慣れる前になんとか見えたのは、地面だった。
このままでは潰れて全員お陀仏。
必死に目を回してなんとか周囲を見渡せば、すぐ下に立ち並んだ、壁から伸びるように続く、人より大きな配管が一つあることに気付いた。
「えぇい、やるしかねぇ!」
ルドーは手に持つ聖剣を咄嗟にバツンと突き立てて、落下速度を落とそうと試みた。
ガリガリと聖剣によって、配管の金属が削られていく音。
徐々になんとかスピードが落ちていったと思ったら、ガツンとリリアがルドーの頭にぶつかる。
ぐぎぎぎぎと、ルドーがそれになんとか耐えていたら、トドメにエリンジがドスンとぶつかってきた。
流石に耐え切れず、ルドーを下にリリアもエリンジも落下する。
なんとか落下速度を相殺したため、地面で潰れることはなかった。
ルドーはリリアとエリンジの下敷きになって、蛙が潰れる様な、ぐえっという情けない声が出てしまった。
「き、君たち上にいたはずでは、なんでここに!?」
痛みに呻くルドーが、リリアに回復をかけてもらいながらなんとか立ち上がると、少し離れた開けた場所で、イスレが驚愕の表情でこちらを見ていた。
横には魔導士だろうか、それっぽいとんがり帽子に、ローブを纏った壮年の男性が立っている。
二人ともなにかと対峙するかのように、両手を構えたままの状態だ。
その先に視線を移していくと、そこにいたのは魔物でも人間でもなかった。
銀色の毛が全身を覆い、二足歩行で仁王立ちしている。
少しくたびれた服を着たそれは、大柄な狼男とでもいうような出で立ち。
殺気を放ちながら戦闘態勢を取るかのように、両手を胸の前に揃えてこちらに身構えていた。
周囲を見渡せば、既に戦闘がかなりあった後なのか、落下する上空から見たよりも状況はひどい。
見上げるように高い、巨大な金属の配管はあちこち割れて、巨大な塊が周辺に落下し、ベルトコンベアは千切れて、狼男がいる空間の周囲に散らばり、蛇の皮の様にぐしゃりと横たわっている。
整然と仕切られていたであろう製造施設は、あちこち破壊されたせいで、空間が繋がって大きな部屋になったかのような崩れ様だった。
「バベナさん! 彼らはエレイーネーからお預かりしている新入生です! なにかあってはいけない!」
「えぇい、攻撃を逸らすので精一杯だというのに! 君たち早くこちらへ!」
イスレが横にいる壮年、バベナと呼ばれた人物に叫び、ルドー達は大声で呼ばれる。
走ればすぐに辿り着くような距離、距離のせいで少し小さく見える狼男よりは、二人の方が近い。
ルドーは一瞬困惑するが、あまりの剣幕に押され、走って彼らの元に向かおうとする。
よくよく見ると彼らの後ろにいるのは、一般の作業員たちだろうか。
土建仕事をするような服装の男達が、固まって頭を抱えていた。
ルドー達が走って向かっている間に、狼男に動きがあった。
正拳突きの構えを取り始めた狼男。
強力な赤黒い魔力を練りだしたと思ったら、それを拳に貯めはじめる。
あの色は、ルドー達が落下する前に、石の床から飛び出してきたものと同じだ。
「また来ます!」
「早くこっちに!」
狼男が吠えるような雄叫びを上げて、恐ろしい勢いで拳を振りかぶると、赤黒い魔力がそのままこちらに向かって飛んできた。
攻撃が飛んで来ているのに、ルドーの頭の中は妙に冷静だった。
魔法の使用許可が出ていない以上、反撃するのも違反行為だ。どうすればいい。
『アホ! 何のために俺がいるんだよ!!』
聖剣の叫びにはっとしてルドーはなんとか構えると、猛烈な攻撃魔法が聖剣に直撃した。
喉から出る、悲鳴のような鋭い音。
今までの比ではない、猛烈な攻撃魔法に押される。
押し返すどころか防ぐので精一杯だった。
なんとか踏ん張ろうとするものの、赤黒い攻撃魔法の威力で吹っ飛ばされるように、かなり後方まで押し出されていく。
聖剣から漏れるその余波だけで、全身が擦り切れていく。
立ち昇る煙を上げながらなんとか耐えたが、攻撃を耐えるだけで、ルドーはかなり消耗していた。
堪え切れずにルドーは思わず片膝をついた。
激しく息を切らせたルドーは、次を受けきれる自信がなかった。
『おいルドー! しっかりしろ!』
「お兄ちゃん!」
リリアが駆け寄り、回復をすぐさま施す。
その間にエリンジが素早く駆け寄ってルドーの腕を掴み、回復をかけさせながら肩を貸して走り出した。
「なんだアイツは! 瘴気から生まれた魔物の突然変異種か!?」
「あぁ? 魔物だぁ!?」
広い空間に、大きな怒声が響く。
エリンジの叫びを聞いた狼男が叫んでいだ。
対峙していたイスレとバベナが驚愕する。
ルドー達が来る前の戦闘中も、目の前の狼男は言葉を発してなかったようで、話せると思っていなかったようだ。
「魔物と一緒にするんじゃねぇ! 俺は魔人族だぁ!!!!」
赤黒い魔力を全身から吹き出しながら、狼男がそう叫んでいた。




