第十二話 雰囲気最悪課外補習
エレイーネー魔法学校には、依頼や緊急要請に即座に対応できるよう、世界各国に転移魔法で移動できる、簡易転移門を設置している。
普段は安全対策として閉ざされているそれは、学校内から許可のある者が転移魔法を使う事で、他の人間も通れるようになる仕組みだ。
今回ルドー達が受ける課外補習も、この転移門から依頼のあった国に向かう。
他の国に向かうチームも、ネルテ先生の指示で順次転移門をくぐっていた。
ちなみに今回時間制限はついてないので、終わり次第各自で門をくぐれば戻れるらしい。
この間の一件で、クロノは翌日丸一日授業に出て来なかった。
丸一日授業の訪れなかったクロノに、エリンジとの一件もあって、他の面々も不安そうな顔をしていた。
その事もあって、ルドーはひょっとしたら、クロノはこの補習にも来ない可能性を危惧していたのだが、一応来てくれた。
課外補習に向かう集合場所の、簡易転移門が設置されている中央ロビーに現れたクロノに、ルドーはリリアと一緒に胸を撫で下ろす。
ただ、無言で現れたクロノは、エリンジと明らかに距離を取っている。
表情の分からない帽子の顔すら向けていない、もう関わりたくすらなさそうな様子だった。
エリンジの方は一件の後から、ネルテ先生と長い事話していたらしく、どうにも浮かない顔が続いている。
ただ反省したというよりは、理不尽に感じて不貞腐れている様な、苛ついている態度だ。
姿を現した、顔も向けないクロノに、文句でもあるかの様に、エリンジは強烈に睨み付けている。
この二人の間に放り込まれたルドーとリリアは、非常に重苦しい空気に話すことも出来ず、時折目配せして耐える事しかできない。
そうこうしている内に、ネルテ先生に指示されて、ルドー達四人は簡易転移門を潜った。
協調性を高めるための補習のはずだが、こんな状態でどうすればいいのだ。
「エレイーネー魔法学校の方たちですね、私はイスレです。今回はよろしくお願いいたします」
転移門をくぐった先にいたのは、おかっぱ頭に聖職者の格好をした男だ。
この世界にも宗教は存在している。
役職を授ける女神の一神教で、「女神教」と呼ばれる世界宗教だ。
転生を経験した手間、女神とやらが多分いるとはルドーも思っている。
しかしそこまで信心深くないルドーは、村に教会もなかったことから、あまりこの辺りは詳しくなかった。
そんなルドーでも、イスレが女神教の信者であることは、胸についている象徴装飾の服装で何となくわかる。
エリンジとクロノの空気のせいで、ぎこちなさの残る自己紹介をイスレに各々した後、空気に耐え切れないのか、リリアがイスレに質問する。
「あの、私たち、具体的に何をするか聞いてないんですけど……」
「あぁ、復興手伝いのボランティアですよ。歩きながら説明しましょう」
そう言って微笑むイスレ神父は、先導するように左手で外を示した。
転移門があった建物。
転移門しか設置されていない建物なのか、すぐに外に出る。
外から見れば、小さな神殿のような石造りの建物を、ルドーは振り返って眺めつつ、四人がイスレ神父に案内される。
どうやらどこかの町外れにある、小さな建物だったようだ。
道はそこまで整備されてないものの、それなりの人通りがある。
前を先導するイスレに続いて、ルドー達も歩いて行く。
時折イスレは道を行きかう人たちに声を掛けながら、歩きつつ振り返って、ルドー達に説明を始めた。
「この町は一ヶ月ほど前に、魔物の襲撃を受けたんです」
「えっ……見える範囲に魔の森はありませんけど」
「確かに魔の森は近くにありません。だからこそ住民たちにも油断があったといえます」
イスレから話される内容に、どういうことかとリリアが首をかしげる。
ルドーの知る限りでも、魔物は魔の森から生まれるのが一般的。
森さえなければ比較的安全だという認識だった。
「魔物の発生源は魔の森じゃなくて瘴気。つまりこの町で瘴気が発生して、魔物も生まれた。たまにあることだよ」
二人で不思議に思っていると、特に顔も向けずに後ろからクロノが説明した。
魔の森はあくまで瘴気が溜まりやすい、もしくは瘴気そのものが生まれている森を指す。
瘴気は必ずしも、魔の森のみで発生する物ではないということだ。
空気の淀みに近い瘴気、だがその発生原因はよくわかっていない。
人知れず死んだために手入れのされていない死体や、たまに森も何もない場所から、突如として発生することがあるそうだ。
今回の町の襲撃も、その原因不明で、突発的に発生した瘴気から生まれた魔物が原因だと、イスレは説明する。
「魔導士にとって常識だろ」
「俺ら三ヶ月前まで一般人だったもんで……」
エリンジがいつもの調子で、苛つく非難の声をあげる。
言い訳がましいが、ルドーが本当のことを言うと、初めてエリンジが驚いた顔をした。
「三ヶ月もあれば十分だろ」
ルドーが思っていたのとは、別の驚きをエリンジにされていたらしい。
こいつの時間配分はどうなっているのだろうか。
ギスギスし始めた空気に、イスレが苦笑いしつつまた口を開いた。
「話を続けますね、魔物による襲撃で町も人も被害が出ましたが、幸いにも魔導士が近くにいたので対処は早く死者も出ませんでした。町の復興も、水や食料など生命線といえる部分の修復も、粗方終わっています」
イスレから聞く話に、ルドーは疑問を抱いた。
話を聞く限り、必要な復興は大体終わっていそうな気がするが、ボランティアとは一体何をするのだろう。
「え、じゃあ復興の手伝いって何を……」
「それがここですね」
ルドーの疑問に答える様に、イスレは正面の建物を見上げながら足を止めた。
鉄でできた外観はしかし、所々穴が開いていた。
住宅よりもずっと大きい、工場のような建物だと、ルドーは印象付ける。
建築素材だろうか、鉄骨を持った男たちが、入口らしい大きな両扉から出入りしているのが、ルドー達の目に入った。
「今回皆さんに手伝ってもらうのはこちらの工房の修復です」
「工房?」
振り返ったイスレ神父の言葉に、改めてルドーは建物を見上げた。
武骨な鉄でできた外観。
確かに工房と言われれば、そう見えるような風貌。
窓も見当たらないその建物は、広い室内で何かを作るような、十分な敷地の広さも外から見る事が出来た。
しかし工房の修復と言われても、建物を直す修繕魔法は、ルドーもリリアも習得していない。
何より今回の課外補習は、魔法を使わなくてもいいものだと、ネルテ先生から事前に説明を受けていたものだ。
同じ疑問をリリアも抱いたようで、所々あいた穴を不安そうに見上げながら、おずおずとイスレに向かって小さく声をあげた。
「まだ魔導士の資格がないから、魔法は使わないようにって先生に言われてるんですが……」
「あぁ大丈夫です、魔法は使わない作業なので」
リリアが不安そうに告げると、魔法は使わなくていいと言われてきょとんとする。
だが安心させるように微笑むイスレに、リリアは再び不安そうな顔に戻る。
「あの、体力仕事にもまだ自信ないんですが……」
「あぁ、そういう復興じゃないんですよ」
「えっと、どういう事でしょうか、話が見えないんですけど……」
困惑するルドーとリリアに、イスレはニッコリと微笑むと、建物の奥へと付いて来るようにと手を向けた。
イスレに案内されるまま、ルドー達四人が中に入ると、のっぺりとした石造りの廊下に繋がっており、入り組んだ廊下を、まるで迷路のように進んでいく。
「この町の特産が、魔道具開発なんですよ」
「魔道具開発?」
「そう、日々をより良くするための道具を開発する。という理念の元、町長の肝煎りの特産だったそうで、最近では、いくつかの商会にも、声をかけられるようになってきたところだったそうです」
「そこに魔物の襲撃があったと」
「死者は出ませんでしたが、負傷者は出ました。この工房の職人達がやられてしまいましてね、しばらく安静にとのことなんですけど、ここで問題が発生しまして」
イスレの話を聞きながら、右に左とやたら分岐する廊下を進む。
案内がないと迷いそうな構造だった。
外観からそこまで大きく感じていなかったが、階段が上に下にと伸びている様子から、どうやら建物だけでなく、更に地下までくり抜いて作られている感じがする。
「魔道具の材料には、その製造過程で、魔法や魔力が込められているんですよ。しかし魔物の襲撃で、適性のあった職人たちが軒並み倒れてしまったため、残った一般人では、誰も片付けられなくなってしまったんです」
そうしてイスレは、ここですよ、廊下の先の扉を開いて、ルドー達を中に入れた。
案内された場所は少し広めの部屋で、様々な形をした魔道具の部品が、辺り一面に散らばっていた。
魔法が込められたものが一目瞭然のものもあれば、込められたかどうか判別つかないものもあるし、危ない感じに光っているものもある。
「動作確認のために、魔力を込めたりして組み立てる過程があるんですが、魔力を抜く前に放置された結果、あぁほら」
散らばる魔道具の部品に、イスレ神父が説明しつつ、一つの部品を指差した。
ルドーが危ない感じの光り方をしていると思った部品が、パチパチと火花を出したかと思ったら、ドカンと小さく爆発した。
規模こそ小さいものの、下手したら指がなくなりそうな威力だ。
「魔力を持たない一般人は、そもそもその感知が出来ないので、危険と分からないんです。町を助けてくれた魔導士も、ライフラインの確保はしてくれましたが、ここまでは復旧の範囲外でして……」
この通り危険なのですがとイスレが言えば、また部品がいくつか、パチパチと小さく火花を散らす。
そこでとイスレは指をあげ、ルドー達を見据えて話を続けた。
「エレイーネー魔法学校の生徒さんたちなら、魔法耐性がとても強いので、持っただけで魔力を吸収して無効化出来るものもあります。このまま放置して誘爆しても危ないので、これを片付けて欲しいんです」
そう言ってニッコリと笑うイスレの話に、ルドーはリリアと一緒にようやく納得した。
本来の業務を担っていた職人が、魔物に襲われ軒並み倒れた。
作業中の危険な部品っが散らばっているが、そもそも魔力が見えない一般人では、魔道具の危険が分からない。
そこで危険かどうかの仕分け作業を、魔導士を目指すエレイーネーの生徒に依頼したというわけだ。
「なるほど、これが魔法を使わない、且つ俺たちにしかできない復興作業ってことか」
『地道な作業だな、首が長くなっちまう』
「使い方ちげぇしお前首ないだろ」
「誰と喋ってるんだ」
「なんでもない」
述べた感想から続いた聖剣との会話に、エリンジが不思議そうな無表情で話しかけてきて、不用意に聖剣と喋っていたと、慌ててルドーは口を紡ぐ。
エリンジに聖剣と話していると言っても、きっと面倒なことにしかならない。
「この建物内には、このような倉庫が複数あります。とりあえず職人が安静期間を終えて戻ってくるまでの間、安全にすれば大丈夫です。魔力を抜いた部品は箱へ、壊れてしまったものは回収用の穴へ、魔力が抜けないが安定している物はこちらの魔法保管庫にお願いします」
それぞれの仕分け先を、イスレ神父が指差しながら説明した。
ルドーはリリア、エリンジと共に、ふむふむとその場所を確認し、イスレにこの部屋にあるものは全てお願いしますと言われる。
床に散らばっただけでなく、並べられた棚に積み上げられた、それなりに多い魔道具の部品を見上げ、ルドーは気が遠くなりそうな作業に眩暈がした。
「私も他の復旧作業があるので、ずっと見ていられませんが、度々覗きに来ますので」
言っている傍からイスレは、おーいと開いた扉に廊下から声をかけられ、ペコペコ謝りながら出ていってしまう。
そうして部屋に残された、ルドー、リリア、エリンジ、クロノ。
じっとしていても仕方ないので、とりあえずといった形で、ルドーが近場の物から手を付け始め、リリアもそれに倣い作業を始める。
あり、なし、ぬけた、ぬけない、爆発した後らしき破片。
この部屋の中だけでもかなりの数だった。
それが複数の部屋に渡る。
作業はかなりの時間を要しそうだ。
「魔法は使えないくせに、魔力の判別は出来るのか」
「……」
ルドー達の横で作業を始めたエリンジが、同じように作業を始めたクロノに噛み付いている。
魔法が使えないのに、魔力が込められているのが分かるクロノの様子が、エリンジの疑心を呼んでいるようだった。
一方クロノはというと、もう何もかも面倒くさいという様子で、エリンジを完全に無視しながら、明らかに距離を取り始めた。
ルドーは一瞬色々と考えたものの、この二人の相性の悪さから、割って入ることに決めて声を掛けた。




