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番外編・ネルテ先生の生徒観察記録.1

 

 時は少し遡り、魔の森に生徒達が置き去りにされたところ。


 ネルテは魔力で編んだ緑の両手を、地面に叩き付けることで遥か上空まで移動し、現在はバケツ型飛行魔道具に座って魔力を流すことで、上空に滞在している。


 そこに転移魔法で、ボサボサのプラチナブロンドのくたびれた男が現れる。


 魔力が高いこの男は、ネルテと違い自力で空中飛行魔法が使えるので、その場に平然と滞在していた。

 ネルテの横に転移した瞬間、顔を顰めて歯を食いしばるように、機嫌の悪そうな顔で睨み付けてくる。


「ちょっと目を離した隙にあなたまで何してんですか」


「あらヘーヴ先生お早いことで」


 ネルテは生徒を観察するために下に向けていた視線を横の男、基礎科担任のヘーヴに向ける。

 全く反省などしていないまま、ヘーヴに向かってニカッと笑ったネルテに、歯ぎしりするような音が返された。


「スペキュラーから連絡があったんですよ、またあなたがスパルタ単独行動しそうだって。話が長くて伝わりづらいせいで遅れましたが」


「やれやれ、黙っておけばいいものを。そういえば校長は捕まったかい?」


 ネルテは告げ口をされたことに一瞬首を振ったが、やり返すように校長の話題を出すと、ヘーヴは否定するように正面を向いたまま顔を顰めて唇を捲らせ無言を貫いた。

 ギリギリとなる歯軋りに、ネルテはその様子をニヤニヤと眺めて留飲を下げ、再び生徒達の観察のために視線を下に戻した。


「ありゃりゃ、逃げられたかい。まぁいつもの事だ、気に病むもんじゃないよ」


「そうやって話を逸らそうとしないでください。私がいなくなった隙をついて、何勝手に生徒達魔の森に放り込んでんですか」


「あの子たちは魔法科、つまり私が受け持つ生徒達だ。こうやって上空で見張って安全確保はしてるんだからいいじゃないか」


「……始末書書いてくださいよ」


「うへぇーい」


 ヘーヴから唸るような声で始末書の作成を指示されて、流石に苦い顔をするネルテ。


 うえーと舌を出して嫌がるものの流石に抵抗はしない。

 ばれてしまった以上、その程度の処分はわかっての上だ。


 その様子を眺めていたヘーヴから、大きく溜息が吐かれたのが聞こえた。


「そもそも魔の森での訓練は、最低でも三ヶ月基礎訓練を終えてからやるもんでしょうが。いくら何でも入学初日は早すぎますよ」


「雷魔法の使用は上々。おぉー複数同時発動もいけちゃう? 凄い凄い。ふむ、戦い慣れてないからとサポートに回る機転の利く子もいるね。お、聖女らしく結界張って避難場所作るとはナイスプレイ」


「聞いてんのかおいコラ」


 小言も無視して眼下の森を観察しているネルテに、流石にヘーヴから怒りの指摘が入る。

 だがネルテは逆に質問を返した。


「ねぇ、今年の魔法科の義務入学の人数何人か知ってる?」


 ネルテが森の方を見ながら、視線を上げずにヘーヴに問いかける。


 眼下では戦いが始まったのか、チカチカと魔法の発動で光る様子が映っていた。

 始まってしまった以上どうしようもないので、ついでに生徒達の戦う様子を観察しながら、ヘーヴは返答する。


「知りませんよ、私は基礎科の担任ですよ? 自分の受け持つクラスで精一杯ですよ」


「五人だよ、クラス十六名中五人が義務入学だ」


「……ちと多いですね」


「国に最低勇者と聖女が各一名、それでも魔法科に義務で来るのは多くても三名だった。毎年一名居ればいい方、そもそもいない方が多かった。現役の勇者や聖女が頑張っていたからね。実際二年には勇者が一人、三年には聖女が一人しかいない。なのに世代交代を考えたとしても、一気にこの人数は……」


「異常だってことですか?」


 ヘーヴの問いかけに是とするように、ネルテは下を向いたまま頷く。


 平均よりも圧倒的に多い、義務入学人数。


 国によって魔の森に対する脅威度が違う以上、本来聖女や勇者の世代交代は、そこまで被るものではない。


「三十年前、一つの大きな国が大規模な魔物暴走(スタンピード)に飲まれて滅んだあと、その国の国土はほぼ魔の森に沈んだ。そのお陰で世界の陸地の半分が魔の森になったっていうのに、各国のお偉方はまるで他人事。自分達の国は、勇者や聖女が居るから大丈夫と来たもんだ」


 唐突に話題を変えたネルテに、怪訝そうに片眉をあげながらも、ネルテが視線をあげないのでヘーヴはそのまま返答する。


「魔法歴史学で学ぶ部分ですね、あれ程の規模の被害は、早々起きるもんでもない」


「ところが十年前に、似たようなことをしでかした国が出ただろう」


「未遂です。事前に懸命な大人が何人か逃げて知らせてきたから何とか食い止められましたが、あれはもう二度と御免ですよ。というか何が言いたいんです?」


 そもそもヘーヴは、なぜ初日から生徒を魔の森に放り込んだか聞いているのに、コロコロと話題を変えられて、イライラしながら歯ぎしりしている。


 しかしネルテは気にせず下を向いたまま、懸念事項を説明した。



「どうにも空気がきな臭い。ほら見てみなよ、勇者と聖女が五人もいるのにあの様子」


「小規模魔物相手にまぁ、大分苦戦してますね。まともに戦えているのは二人ってところですか。片方は例の双子の勇者の方でしょう、もう一人は?」


「エリンジ。エリンジ・クレイブだよ」


 ネルテがヘーヴにニカッと笑いながら答えると、先程まで歯ぎしりしていたヘーヴの顰めた顔がきょとんと呆ける。


「クレイブって、あのジュエリ国クレイブ公爵家の?」


「うん」


「あの偏屈世界第二位魔導士?」


「秘蔵の一人息子だってよ」


「いやですねぇ、偏屈な部分だけ綺麗に遺伝しちゃってまぁ……」


「まぁまだ入りたての若造だ、その辺は置いといてだ。私が言いたいのは、勇者や聖女が多いのもそうだが、多いわりに練度が低すぎるんだよ。今年入る五名のうち、例の双子は発覚三ヶ月だが、魔の森で危機的状況から、あの持ってる聖剣を抜いて授かったそうだよ。危機的状況からの授かりで、本人たちの気の持ち様も違うだろう。三ヶ月であの練度は上々だ。それに対して他の三人は……」


「一人は雑さが過ぎる。残りの二人は戦うどころか、魔法すらまともに使えてないですね」


「うーん、森での大規模火炎魔法の使用、しかも練度が雑過ぎて山火事案件。これはひどい! 今の子含めて、勇者と聖女の三人は、例の双子より発覚が前。一人は生まれつきの子もいるのに、戦ってすらない。エレイーネーに来るまでは、幼いのもあるし各国自由にさせてはいるけど……いくらなんでもこれはないだろう」


「各国上層人が、魔の森対策の要と豪語していた、勇者や聖女をまともに育成する気がなくなってきていると?」


「国が魔の森の防衛をそこまで考えてないっていうのは、良くない兆候だろ」


 ネルテに言われて改めて戦闘を続けている生徒達を見るヘーヴ。

 先に言われた勇者や聖女だけでなく、魔導士志望の生徒達も、あまりうまく戦えていない様子だ。


 魔力量こそ上々なものの、練度は低い。


 魔導士は国を守る要にもなる、重要な職業のはずではある。

 だからこそ、国に洗脳されきらないように、同盟を組んでエレイーネー魔法学校で教育している。


 同盟を組んでいる以上、渋々従っているものの、中には腹の下で何か企んでいるものだっている。


「……各国が独自で魔導士を教育していたりする傾向は?」


「まだそこまではわからない。各国に思惑があるのか、それともただ単なる平和ボケからの短絡思考なのか。だが、最近魔の森が徐々に活性化してきている動きも報告されている。世界全体的な空気がきな臭い。だから力を付けられるなら早いほうがいい」


「なにかでかいことでも起きるとでも? それこそ根拠は?」


「女の勘さね」


 ニカッと笑って答えるネルテに、ヘーヴは遠い目をした。


 要するに今回の生徒達魔の森講習は、女の勘で何となくヤバイ空気感じるから、早めに訓練を開始しておこうという、ネルテ個人の思惑の暴走という訳だ。


 力は付けるに越したことはないから、そこまで強くヘーヴから言われることもない。

 入学初日で気分が上がっている間に、さっさと済ませるのが吉だ。


「誰か助けてええええええええ!!!!」


 聞えた悲鳴に、反射的に二人が振り向く。


 メガネの少年が、中規模魔物に追われているところだった。


 その様子を確認して、ネルテもヘーヴも疑問を浮かべるように顔を顰めた。


「おかしいね、去年まではこの辺りに、この規模の魔物はいなかったはずなのに」


「定期的に間引いてますからね、間引き残しでも残ってましたかね」


 しかしこれをクレイブの息子と、例の双子の勇者が倒したところで、結界に新たに中規模魔物が二体現れて結界を破壊しようとする。


 一体ならまだ間引き残しか、新たに出現したかと考えることもできる。

 だが三体同時はどう考えてもおかしい。


 定期的に間引いて剪定もしているが、瘴気が濃くなってきている兆候でもあるのだろうか。

 流石にネルテが割って入ろうとした瞬間、上空にまで届く閃光。


 ビリビリと空気が揺れて、漂ってくる焦げ臭さに、余波がここまで走ってくる。



「あちゃー、ありゃ自爆しちゃったかな」


「助けたほうが良くないですかこれ」


 黒焦げになった双子の勇者が、最後の中規模魔物に攻撃されそうになった時、とんでもない打撃音で魔物の首が曲がり、そのまま多数の木々を巻き込んで、なぎ倒しながら霧散していく。


 帽子をかぶった少女が跳び上がって、中規模魔物を軽々と、短いスカートから覗くその足で蹴り付けた所だった。


 流石にこれは想定外すぎて二人揃って目が点になった。



「えぇ……魔力反応もなしってことは生身で? 何すかあの子……」


「ファブのレペレル辺境伯んとこの子らしいけど、えぇ……」


「世界一の魔の森接触面積で、定期的に大型魔物暴走ビッグスタンピード阻止の実績誇るあの化け物辺境伯? でも三年にもういませんでした?」


「一番下の子だって」


「魔力反応が全然ないのに、なんか小規模魔物でお手玉してます? 見間違いですかね?」


 ヘーヴが見間違っている訳もない。


 帽子をかぶった少女は、襲い掛かってきた小規模魔物を、ひょいひょいと掴んではぽいぽいと、お手玉のように投げて木に叩き付けては霧散させ始める。


 しかしそこに、クレイブ家の息子の虹色の魔法が、帽子の少女の首すれすれで飛んでいき、脅すようにすぐ横の木をなぎ倒した。


 遠くからでも見えるほど、魔力で膨れ上がった怒気。


 一方で全然気にしていない様子で、一瞬視線を投げるように首を向けた後、魔物を殴って屠り始める帽子の少女。


「あー、こりゃ不味ったかも」


「クレイブ公爵の子どもで、偏屈遺伝が強いならそりゃあ……」


 紙の魔道具で判明した、魔力の相性の良さでペアを組んでいたはずだ。

 だがその相手に、魔力を全く使わずに、肉弾戦で次々と魔物を屠っていく様子を見せつけられれば、魔法も使わずふざけている態度だと認識されるのはあり得る話で。


 クレイブ家の息子と帽子の少女は、魔力の相性が良くても、人としての相性が最悪であることに、この時のネルテは気付き始め、それは校庭での一件で、確信に変わってしまったのだった。


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