休暇
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ウィリアムは、途方に暮れていた。
せっかく休暇を取ったのに、どこへ行こうかと。
国の立て直しに忙しかったころは なにかと情報をくれたティンカーもいつしか姿を見せなくなった。
ローズが出て行ってからは サラマンダーも姿を消したので暖かい湯を使えなくなった。
今では 時々降る雨に見合った生産活動と人口で、ヒロポン国全体が安定している。
富裕層は居なくなったが 貧困層もなくなったほどほどの社会。
ローズとともに手掛けた「愛し子の園」の活動は、ローズが残していってくれた起案のおかげで、今も順調に運営が進んでいる。
というよりも その数々の起案書のおかげで 各地の経済再編がうまくいったともいえる。
そういう意味では ローズの滞在期間は短かかったが、その功績は絶大だったと言える。
だから 彼女が滞在中、「チート楽しい♬」と遊びまわっていた分の費用は 十分な見返りをもってヒロポン国に還元されたと言える。
実のところ 彼女の滞在費なんて近衛一人の雇用費用よりも安かったくらいだ。
さらに 彼女の心情吐露に感化されたエドガーをはじめとする多くの衛視・近衛・官僚・影の者たちは
その後 女性に対する認識や心遣いのありようを変化させ、皆 幸せな結婚生活を送るにいたっている。
男を「男」としてひとくくりにすることができないのと同じように
「女」もまた ひとくくりにしてよいわけではないという「認識」は、
ヒロポン国宮廷にかかわる男達に大激震を与えた。
そして社会的に「上」に立つもの=指導者層・役職が上の者達の生活態度・倫理観が変われば、おのずと 配下の者達にもその余波が及ぶ。
もともとヒロポン国では 戦時中を生き延びた女たちに、男なんするものぞ(私たちを守れず捨てた男は信用できぬ!)という風潮が階層を問わず根深く広がっていた。
仕事ぶりに応じて支払う賃金は、性別・身分と関係なく同一賃金であることを明確にして実行、
採用基準を具体的に細かいところまで明示し 違反の是正を厳格にするとともに 悪質雇用者を厳罰にすることにより雇用機会均等を実現
その一方で、礼儀作法・教養・総合的判断の的確さ・素早さ・(半年後・1年後・3年後の検証による)妥当性評価などの項目も人事・採用評価に盛り込むことにより 人事の評価基準を庶民層にしっかりと知らしめることにより、幼いころからそれらをしっかりとしつけられた身に着けた人間(=上位階級)が持つ価値を 逆に下層民に知らしめることもできた。それはまた 一般的な人間の判断力の限界を知ることによる 寛容だが甘やかしではない判断力を、庶民に気づかせ、ただの不平不満の不毛さを知らしめることにもなった。
すなわち、雇用機会均等により 社会全体の水準が 卑しき者基準に引き下げられることを防ぎ、
むしろ 雇用機会が均等であるからこそ、身分ではなくその人個人が持つ生産性とマナーの両方が正しく評価されるのだから、出自とは関係なく 人は皆 良識と節度をわきまえ 他者への慮りの発露としてのマナーや教養の有無が重視されるのだと 国民全体に自覚させ、国民全体の社会性全体の向上を狙ったのである。
もっとも30年もすれば 評価方法を逆手にとって暗記能力で点数のかさ上げを図る不埒者が増え、そのうち「思い付きマナー」や「不埒な常識」を振りかざして国家転覆をはかる輩が跋扈するであろうと ローズのメモには書いてあったが。
そして それらへの対抗策は あくまでも文化と伝統の真価を実践する人間を優遇し
教職につく者を厳選することにある。
教育とは 己の必要を満たす範囲で充分。
若年労働者・肉体労働者を大切にして、体力が落ちた後は仕事量を減らしてやる一方で、
若いころに年金として強制貯金させた費用で引退後はのんびり暮らせるようにしてやれ、
ただし 社会に害をなすものは 年齢と関係なく排除・隔離せよと ローズのメモにはあった。
そして 年金管理官の不正を防ぐために監督は厳しくせよとも。
・・
「ローズに会いたい」ウィリアムは かつて彼女と取り合った塔の5階に立ってつぶやいた。
しかし そうつぶやくのは毎晩のことであったので、
せっかくの休暇、気分転換に王都を出るようにと影達から言われていた。
仕方がないので、ウィリアムは ヒロポン国の外に出て、海を見に行くことにした。
・・
海に行くのは 人生2回目だ。
10代の頃、ポセイドンに会うために訪れた海岸は 雲一つなく生き物の影もない荒涼とした土地であった。風も吹かず 石と岩と海しかない土地。
今 目の前に広がるのは、水平線が雲で縁取りされ、
岩礁では 波しぶきがキラキラと輝き
砂浜を縁取る緑まであった!\(◎o◎)/!
しかも べたべたとした海風まで吹いている!
海岸近くの緑のある地で野宿した。
ある日、夕立ちのあと、虹がかかるのを見た。
生まれて初めて体験する激しい雨に打たれて棒立ちになったので、全身ぐしょぬれだ。
ぐしょぬれのまま これまた初めて見る虹に見とれてしまった。
虹の向こうにローズが居るような気がした。
「ヒロポン国の周囲の自然が回復するまで、僕は人間達の王としてがんばるよ」
ウィリアムは ローズの幻影に約束した。
そしてまた 精霊達の許しが得られるまではヒロポン国のかつての領土の外に出ることが許されない現状を思い、自分が目にする国外の様子について人々に話せないことを残念に思った。
なぜなら いつの間にか国境線にそって緩やかな結界が張られ、ウィリアム以外の人間が外に出ることができなくなっていたからである。
それでも いつか大地の力が回復し、地下の水脈も復活して、人もその他の生き物も共存する世界が訪れる日が来るのを楽しみに 今できることに全力を尽くし、仕事と休暇のバランスの取れた人生をこれから歩んでいこうと思った。
「にしても 文句を言う為だけにでも姿をあらわしてくれないのは ちょっと薄情ではないかい?」
ウィリアムは 思い出の中のローズに少しだけ文句を言った。
ここまで読み続けてくださった皆様に感謝いたします。
これにて チート姫は一端終了です。
いつか番外編や続編を書くかもしれません。
その時には活動報告しますので 改めてよろしくお願いいたします。
恋愛物語としては ちょっと変わった終わり方かもしれませんが、
ウィリアムとローズらしい人生の歩みだとお許しいただければ幸いです。




