訓練開始
夕方、女性職員たちはできるだけ動きやすい格好でというカラの要求にたるんとした寝巻のような格好で現れた。それを見たカラは軽く目をつぶり、この世界に体操服はないのだと自分を納得させた。
カラは体育館でまず全員をそろえ、準備運動として採用したのはラジオ体操だった。
準備運動はいきなり体を動かすのはまずいので軽く動作確認するようなものだと言われた。
動的ストレッチにあるジャンプや関節回転があるので、適当と判断した。
ウィスラー夫人は何事か言いたそうな顔をしていたが、カラでなく女性職員に押し切られた。
ラジオ体操を終えると、まず体育館を三周走らせる。そして叩き見かけるように下半身強化のスクワット始める。
最初は初心者ということで十回ぐらい。
次に腹筋、二人一組になって足首を押さえさせる。
スクワットは何とかこなしていた。立ちっぱなしで足腰が鍛えられているのだろう。しかし腹筋はかなりつらそうだ。
次に腕立て伏せ、要領がつかめず、すぐにつぶれるものも多い、腕を深く曲げられないものも、カラは手本を一回だけして見せたがそれだけで腕ががくがくになったことを隠し通した。
いったん休止を告げて、タロが作ってくれた蜂蜜アララスを配る。
さすがに疲れたのかふらつきながら入れ物と人数分用意されたフォークを取る。
「一かけらだけだ」
そう言われて、女性職員たちは蜂蜜の中からフォークでアララスを掬い取る。
「あ、美味し」
「うん美味し」
「いいの、ダイエットじゃなかったの」
「でも美味し」
蜂蜜アララスは味はいいようだ。疲労回復効果のクエン酸があるんだと信じて、用意したのだが、彼女たちの生気は少しだけ回復した。
「次に背筋やるよ」
うつ伏せになって、背中に腕を組み身体をのけぞらす。あまり使わない部位の筋肉を酷使するので地味につらい。
「頼むんじゃなかった」
小さく呟く声をカラは聞いたが、同情をする気にはなれなかった。
「もう少し身体を伸ばして」
ひいひい言っている相手にさらに身体を伸ばすよう要求する。
「次は、腿上げ」
太ももを腰に直角になるぐらいあげる運動をさせる。
これくらいでやめておくかとカラは思った。
これ以上やらせて、筋肉痛で使い物にならなくなっても困る。
「では、最後にストレッチ運動をします」
最後という言葉に一瞬浮かんだ喜色をカラは見逃さなかった。
身体を伸ばすストレッチを行う。性的ストレッチというやつだ。
太腿や腕の筋肉を伸ばす運動は運動前に行うことを最近では進められていない。
「ハイ終了、もう一度蜂蜜アララスを一かけら食べて水を飲んでください」
水差しとコップもあらかじめ用意していた。
汗だくになった彼女達はこれから風呂に入るらしい。
「基本的にトレーニングは毎日行うのが望ましいのですが、私のスケジュールの関係もあり三日置きが限度です、各自自己トレーニングを行ってください」
それだけ言うと、カラは蜂蜜アララスと水差しの水を回収して自室に戻った。
タロの仕事場である調理室にカラは重い足を引きずりながらたどり着いた。
疲れた。トレーニングの見本を少しやっただけで疲労が泥のように蓄積されている。
肩が痛い。決して鍛えることをやめたわけではないが、この身体は鍛えても鍛えても甲斐がない。
決して向上しない体力にもかかわらず、細々と努力を続けてきたのだが。
そのためアニスが一週間で効果が出たという話に一番打ちのめされた。
「いいもん、今は一介の職人なんだから」
苔が生えそうなくらいうじうじとしていたが、なんとか立ち直る。
「カラちゃん、食うか」
お茶碗ぐらいの食器にご飯とあんかけが載っている。
「胃弱飯、これくらいの量を少しずつとるだけで変わるかもしれんから」
ミニあんかけ丼をありがたくいただく。
「で、あのお嬢さんたちどうだい?」
「結構ばててたからね、次は三日後と言ったけどどれだけ来るか」
カラはタロが自作した箸で掻っ込み飯をやりながら答えた。
「ご飯粒ついてるぞ」
夢中になって食べているカラにタロが忠告してやった。