王女、対面する
おそるおそる馬車から降りた彼女を迎えたのは、葡萄酒のような赤い髪を背中でゆるく束ねた背の高いの男性一人だった。彼はゆっくり膝をつき、彼女に頭を垂れた。
「ようこそ、ジェイドへ。私はアルマン・ディンと申します」
この国の宰相だと名乗った男の態度は丁寧ではあるが、暖かさは全くなく台本通りに演じているようにしか彼女には見えなかった。
促されるまま彼の案内で城の中に入った彼女は驚いた。
城の中があまりにも静かだったからである。
彼女が育った城の中ではいつも人が行きかい、どこからか話し声がしていた。だが、ここは誰もいない上になんの音もしない。聞こえるのは前を静かに歩く宰相と自分の足音だけだった。
静寂が彼女の孤独をよけいに浮き彫りにした。
数々の絵画や芸術品に彩られた長く美しい廊下を進み、たどり着いたのは大きな扉。
扉に施された精密な彫刻とその周りを彩る数々の宝石が、この扉の向こうにいるであろう人物がもつ力を否応なく彼女に伝えてくる。
アルマンが振り向き、抑揚のない声で告げた。
「この扉の向こうにわが国の王ジルコンがおります。本日は、隣国からいらっしゃる姫君を一目見ようと国中の貴族が集いました」
どの国にも野次馬はいるらしい。
それなのに、扉からは何の音もしない。
人間の気配が感じられない。
いっそ扉の向こうは地獄ですと言われた方が安心できるような気がした。
両側から静かに開けられた扉の先で彼女を迎えたのは―――
視線
・・・視線
・・・・・・視線
大広間であるはずの場所は、まっすぐにのびるレッドカーペットのみを残して美しく着飾った煌びやかな人々で埋め尽くされていた。
そんな人々の視線を彼女は一身に浴びた。
好意など微塵にも感じさせない視線を。
逃げ出したくなる衝動を彼女は唇を噛むことで何とかやり過ごした。
そんな彼女の様子など全く気にすることなくアルマンは感情を込めず告げる。
「国王はこの先にいらっしゃいます。そのまま。まっすぐお一人でお進み下さい」
丁寧に包装された命令を彼女は受け入れるしかなかった。
彼女は歩き出した。
彼女からそれることのない視線の中を。
美しい扇で口元を隠し静かにささやきあう人々の間を。
一歩、一歩・・・
死刑台にむかうような気持ちで彼女は歩いた。
一瞬のようで、永遠のような時間を彼女は歩ききり、血のように赤いカーペットの先に彼を見つけた。
金色に光る王座に腰をかけ、足を組み頬杖をついて目を閉じているジェイドの国王ジルコンを。
彼の容貌は聞いていた通りだった。
太陽に愛された証のような褐色の肌、そして光の加減で銀色にも見える白髪。鍛え上げられた体は王というより戦士のようだった。
あきらかに異様な周りの雰囲気にのまれることなく彼はそこに存在していた。
彼女が目の前に立っていることにジルコンが気づいていないはずはない。
しかし、彼は目を開けようとしない。
まるで、彼女など見る価値もないとでもいうように。
仕方なく彼女は口を開いた。
「アゲートより参りました。第二王女ルチル・クォーツでございます」
震えを隠した小さな声は周りの静けさも手伝ってよく響いた。
ジルコンがゆっくりと目を開けた。
そして、頬杖をついたまま、まるで品定めをするように彼女を見た。
そして、そのままなんの反応も示さないジルコンに、彼女は決められた口上を言おうとした。
が、それはジルコンの低い声に遮られた。
「なるほど。噂どおり、あまりに凡庸な容姿だな」
告げられた言葉に彼女の体は凍った。
クスクスと笑う声が広間を満たす。
ジルコンは続ける。
「私が喜んで、お前を妻として迎えると思っているのなら今すぐ考えを改めよ」
彼女の頭の中は彼の言葉によって混乱し、真っ白になった。
だが、なんとか理解しようと口をひらく。
「・・・っどういうことでしょうか?」
でてきた言葉はあまりに小さく震えていたが、ジルコンの耳には届いたようだった。
そして彼は冷酷に言った。
「王妃などに私はなにも望まない。犬のように私に従い、子さえ産めばな。だが、容姿も器量もあまりに凡庸なお前はお飾りにすらなれぬ。お前は私の妃に全くふさわしくない」
王妃という立場さえ彼は見下し、人間としてさえ見ていない。
ならば、それにすらなることのできない自分は一体なんなのだろうと彼女は思った。
「だが・・・」
続いた言葉に彼女は勢いよく顔をあげた。
「せっかく遠路はるばるやって来たお前にこのまま帰れというのもあまりに酷な話だろう。
侍女としてならこの城においてやる。私がやめろというまで侍女としてはたらくがいい」
ジルコンは妖しく唇をゆがめた。
彼の力で発展してきたこの国で彼は秩序そのものだった。
彼が悪といえば悪になり、善といえば善になる。
そんな国に彼がつくり変えた。自分の持つあらゆる力を使って。
逆らう者は誰であろうと許しはしない。
そんな彼を人々はおそれ、いつしか抗うことをやめた。
自分で考えることを放棄し、全てを彼にゆだねたのである。
そんな国で彼女は彼に拒絶された。
多くのこの国の貴族が見ている場で。
それは、この国の全ての人に拒絶されたも同然だった。
貴族たちの視線が好奇心から蔑みに変わるのを彼女は肌で感じた。
彼女がこの国で王女として扱われることはもうないだろう。
そんな、悪夢のような状況で彼女は―――
笑った。
読んで頂きありがとうございました!シリアスって書くの疲れますね・・・。でも、シリアスなのはここまでです。次回からあらぬ方向へぶっ飛びます。よろしければ引き続き読んでやってくださいな。