第25話:中間決算とバグの再発
二学期が始まった翌日の昼休み。
私と結城、須藤、美咲の四人は、隣のクラスの廊下の壁に隠れるようにして、こっそりとのぞき込んでいた。
「で、どうよ? アタシのプロデュースの仕上がりは」
美咲が自慢げに腕を組み、教室の中へ視線を送る。
その先には、自分の席の近くで謎の反復横跳びを繰り返している拓実の姿があった。
「なにやってるんだあいつ……。まぁとりあえず姿勢はマシになったな。ヒョロガリだった頃とは別人の背中だ」
困惑した様子を見せつつも、須藤が頼もしそうに頷いた。
「うんうん。今日の出来栄えなら、外見で『これがダメ』ってとこはないねー。動きはキモいけど」
美咲の言う通りね。制服に無駄なシワはないし、ヘアセットにも不自然さはないわね。
外見だけなら及第点ってとこかしら。
でも、問題は周囲の『クラスメイトからの扱い』がどう変化するかなのよ。私たちと違って、手加減のないクラスで、今のあいつがどこまで通用するか。
「あいつ、クラスメイトに話しかけようとしてるんじゃないか? ほら、動いたぞ」
結城の声に釣られて視線を戻すと、移動教室の準備を始めた男子のグループに、反復横跳びから脱却した拓実が歩み寄っていくのが見えた。しかし、その肩は分かりやすく強張っている。
「……つ、次、理科室への移動だが……お、俺も一緒に行ってもいいだろうか」
なんか喋り方が硬いんだけど。ラノベ口調を封印したせいで言語機能がバグったのかしら。
「え? あ、ああ……佐藤?」
突然の堅苦しい声かけに、クラスの男子は一瞬目を丸くしたものの、「いいけど」とあっさり受け入れた。
目の前にいるのが『得体の知れない陰キャ』ではなく、『清潔で無害な男』として認識されたってわけね。痛いオーラも消えているし、やっぱり外見の影響は大きいのよ。
「……かたじけない」
「ははっ、お前、武士かよ。 ところで、夏休みの宿題終わったか? 俺、数学がヤバくてさー」
「なんとか終わらせた。最後の問題は、難易度が高すぎたが……」
「だよなー! あれ絶対習ってない範囲だろ」
男子生徒たちとやり取りする姿を見て、結城が小さく息を吐いた。
「ちょっとぎこちないけど、変なポーズは暴発してないし、会話のパスもなんとか回せてるな」
「……そうね。だいぶ怪しいけど、会話は成立してるわね」
さらに。
「あ、ごめん。えっと、佐藤くん? そこ通してー」
「……す、すまん! どうぞ」
横を通ろうとした女子に対し、拓実はビクッと肩を跳ねさせると、忍者のように壁にへばりついて道を譲った。女子は少し苦笑いしながらも、「ありがと」と通り過ぎていった。
「あちゃー、女子相手だと完全にテンパっちゃうね。私や凛子とは普通に喋れるようになってきたのに、キョドりすぎっしょ」
隣で見ていた美咲がクスクスと笑う。
「まだまだ、バグだらけね。女子とは目も合わせられないじゃない」
「毎日のように顔を合わせてた俺たちとは、勝手が違うってことだな」
「それでも、一学期に比べたら見違えただろ。俺たちの普通化計画、とりあえず第一段階は成功ってとこか」
須藤の分析に重ねるように評価を下した結城が、ニッと爽やかに笑ってこちらを見た。
「……まあ、ようやくマイナスがゼロになったってところよ」
私がそっけなく返すと、結城は満足そうに頷いた。
「よし、佐藤も大丈夫そうだし、俺たちは教室戻るか」
「そうだな。安心した」
「うんっ! じゃあね凛子、また後でー」
三人が自分たちのクラスへ戻っていくのを見送った。
低レベルではあるけど、あのラノベ勘違い野郎がここまで来るとはね。
私の尊厳を脅かす『痛い黒歴史』じゃなくなる日も遠くなさそうだわ。
これからもせいぜい気を引き締めることね。
密かに成長を認めつつ、私も自分の教室へ戻ろうとした、その時だった。
教室の中にいた拓実がふと視線を上げ、廊下にいる私に気がついた。
その瞬間。拓実の顔つきが、スッと変わった。
元・勘違い野郎はクラスメイトとの会話を一旦止めると、おもむろに片手を腰に当てた。
そして、何ら邪魔になっていない前髪を無駄にかき上げる仕草をして、斜め四十五度下を見下ろすような……そう、あの春のポエム告白の時に見た、絶望的に痛いポージングをキメた上に、私に向かって「フッ」と不敵な笑みまで浮かべてきやがった。
『どうだ凛子。良い感じに馴染んでるだろ?』
そんな心の声が、テレパシーのようにビンビンと伝わってくる。
……こいつ、調子に乗ってるわね。
あの程度のコミュニケーションでドヤ顔をかましてくるなんて、いい度胸じゃない。
前言撤回よ。
あんたの中身は、やっぱりただの痛い勘違い野郎のままだわ。
ほんの少しだけ成長を褒めてあげようとした私の優しさを返しなさい。
私は廊下から、『あとで覚悟してろよ』という絶対零度の視線で、調子に乗ったラノベ勘違い野郎を真っ直ぐに射抜いた。
「ひっ……!」
窓越しに冷ややかな視線を受け取った拓実の顔からスッと余裕が消え去り、ビクッと情けなく肩を震わせる。
ちょっとマシになったからって調子に乗ってんじゃないわよ、バカ拓実。
まったく、二学期も前途多難ね。
怯える幼馴染を放置して、私は大股で自分の教室へと踵を返した。




