06. 私の可愛い人
あの夜から全てが変わった。
リアンダーは正式にルシアンを名乗ることになり、オクタヴィアの魔術によって首から上を隠すことが無意味とされ、今では顔を隠す必要のない生活を送っている。
なお、オクタヴィアの魔術は全くの嘘であるが、誰もが理論上であっても不可能だと証明できない以上、偽りであるとも言い切れないでいた。
この話題が周囲で持ち上がる度に、オクタヴィアは「愛による奇跡かもしれませんね」と照れることを言って笑っている。
王家からは「表向きは夜会の筋書き通りに振舞うように」とモンクレア伯爵に通達されており、お咎めはない代わりに、早々に伯爵位をリアンダーに譲るよう書かれていた。
一応は血の繋がっている父親でもあるモンクレア伯爵からは、何度も実の息子を失ったことによる怨嗟の言葉をぶつけられることになったが、その辺りは気にしていない。
リアンダーの母を縛り、その母を喪った怨嗟をぶつけることすらできなかった。
そんなリアンダーに植え付けられた気持ちと似た感情と絶望を、これから抱えていくだろうモンクレア伯爵は、リアンダーが憐れみの視線をくれてやるだけで勝手に自暴自棄に陥る。
それを理由に部屋に監禁することができた。
ただ、あの日に衛兵によって連れて行かれたルシアンが、その後どうなったのかは知らないでいる。
これはモンクレア伯爵も同じらしく、顔を合わせていた間は頻りにオクタヴィアに聞くよう催促されていたが、オクタヴィアもダスクムーア伯爵も、そして王家も教えてくれなかった。
ダスクムーア伯爵からは身分相応の処罰を受けたとだけ聞いている。
連れ去られたルシアンは身元不明の人物とされていた。
どうとでも使い道はあるかもしれないし、まるで雑草を引き抜いて捨てるように処分されたかもしれない。
どういう道に送り出されようとも幸せになれないのだと予想はついていたが、モンクレア伯爵に伝えることはなかった。
そしてモンクレア伯爵家はハートウェル公爵家の派閥から離れ、ダスクムーア伯爵家と一緒に王太子の婚約者を輩出したペルティヨン侯爵家の派閥に入った。
これはオクタヴィアが、王太子に協力を持ち掛けたことへの見返りだ。
伯爵位の二家でしかないが、ハートウェル公爵家としては暗部の統括という地位の肩代わりをさせていたモンクレア伯爵家が離れるのは痛手だろう。
モンクレア伯爵家が離れたならば、暗部の統括が王太子側に移ったということになる。
それを脅威と捉えて寝返る家があるかもしれない。
ハートウェル公爵家が後ろ盾になっている、第二王子派はさぞや困るだろう。
だからといって、本当はハートウェル公爵家が暗部の統括だったなどと公言すれば、他家を犠牲にして自分達だけ助かろうとした家だと信頼を失うだろう。
どちらにせよ被害は小さくないし、第二王子が王太子になる希望は潰えたに等しい。
「過去にあった貴族達への粛清の際、報復を恐れての身代わりですか」
「どうりで色々と容易なわけだ」
オクタヴィアと彼女の父親が合点のいった顔をしていたが、どうして彼女達がそういった表情になったのかはよくわからないし、気にしている暇もない。
リアンダーにはやるべきことが多いのだ。
モンクレア伯爵家のタウンハウスの使用人はほとんど解雇して、モンクレア伯爵は領地の屋敷へと押し込め、リアンダーはダスクムーア伯爵家に滞在している。
リアンダーを虐げた者達が、どれだけ立場が変わったとしても、その感覚は変わらないというのがダスクムーア伯爵の言い分だった。
確かにそうだとは思う。
庶子ながらも伯爵家の血を引いているリアンダーを、古参の使用人達は容赦なく虐げてきた。
家令は特に酷く、リアンダーを常に卑しい雑種と揶揄し、嫡子とはいえ放蕩に耽るルシアンを諫めることなく可愛がっていた。
あの家の正しく忠実な家令であった、彼の性根が変わることはないだろう。
彼だけではなく他の使用人達にも紹介状は書かなかったので、再就職先には苦労することになる。
ただ、お茶会の準備でティーポットを割った女中と、一緒にいた他の者達は新参者であったため、試用期間を設けてダスクムーア伯爵家で仕事を教わっているところだ。
オクタヴィアが言うには、あの家の使用人達に染まっておらず、今からでも育てることができそうだからということだった。
彼女達を見かけることがあるが、誰もが仕事を失わないようにと懸命に働いている。
リアンダーがモンクレア伯爵邸に戻る時には、改めてリアンダーの下で働く予定らしい。
そうしてモンクレア伯爵家の抜本的改革に手助けしてくれたダスクムーア伯爵からは、少しだけガッカリされてしまった。
なにせモンクレア伯爵家は暗部などではなく、ただの身代わりであったからだ。
貴族達の秘密やスキャンダルなどを知れるチャンスと思っていたようだが、そうそう甘い話は転がっていないのだとブツクサ言うのを聞いて苦笑するしかない。
とはいえ、リアンダーに首ったけであることを公言する、可愛い娘の為だとして力は貸してもらえているし、庶子であったリアンダーを見下す様子もない。
悪人面で誤解されているが、良い義父だと思える人だ。
後見人となった義父の計らいで、オクタヴィアとは取り急ぎ籍だけを入れ、家族の一員としてダスクムーア伯爵家に滞在する間に、改めて行儀作法や社交術といったものを学ぶことになっている。
それが終われば当主の座を譲られ、モンクレア伯爵となってから改めてオクタヴィアとの結婚式を挙げる予定だ。
ただ、滞在期間は長めに用意されたのは、長らく邸内での仕事しかしなかったリアンダーへの配慮だろう。
来週には義父に伴われ、モンクレア伯爵領を視察することになっている。
何から何まで感謝しかない。
外からオクタヴィアの、ルシアンの名前を呼ぶ声が聞こえる。
お茶の誘いだろうかと思い、そうしてから長らく机に向かっていた体を伸ばす。
窓を開けば、庭で愛しい人が手を振っていた。
「あなた、お茶はいかがかしら?」
ルシアンも手を振り返して応える。
「ああ。今から向かうよ、可愛い人」
最後までお付き合い頂いて、ありがとうございました!
後日談はルシアンの末路を予定しています。




